第2話 2度目のくしゃみ
「へっくしゅん!」
くしゅん、くしゅんとその人物のくしゃみは反響していく。
「う〜、さむぃ。そろそろ春来ないかなぁ」
くしゃみほど広がらなかった独り言をこぼしながら、地面に這いつくばり、その人物は何かを探す。
「あ〜、見つかんねぇ。何処行ったかなぁ?」
床だけではなく、机や椅子、棚の上まで念入りに確認する。それでも見つからないからか、捜索範囲はどんどん広がっていった。
下ばかり見ていて腰が痛んできたその人物は、上を向いて伸びをした瞬間、動きが固まる。
「あ、まさか。いや、そんなことあるかぁ?」
その人物の視線の先には、鉄格子で塞がれた穴があった。
次の日、朝ボスが第21警備隊の隊舎に出勤すると、何人かの隊員がいた。
「おはよう」
おはようございます、おはっす、はよーなど様々な挨拶が隊長室兼会議室兼休憩室のあちこちから聞こえてくる。
隊長室兼会議室兼休憩室。その隅に、申し訳程度にあつらえてある隊長席の机の上には数枚の書類が積まれていた。
「これ、昨日の報告書?」
「あぁ。あとはボスの確認だけ」
「おけー」
返事をしたのは、制服をきっちり着こなした青年、レンク。第21警備隊に2人いる副隊長の1人で、比較的現場に出ることは少なく、隊の事務作業をしていることが多い。
それと潔癖症であるので、男ばかりで雑然としがちな隊舎は、意外にも綺麗に保たれている。今も片手にははたきを持っていた。
「あぁ、ちょうどいましたね。ボス、昨日の夜中の報告書です。第13地区で軽い乱闘がありまして」
「相変わらず13地区は治安が悪いな」
「仕方ないですよ。あそこは移民系が集まってますから。ルミリシンの人よりも酒に強いのでよく飲みすぎますし」
そう言いながら報告書を差し出したのは、クユ。第21警備隊の中では珍しく、一応隊長であり年下のボスに敬語を使う隊員だ。
「そうだクユ、ベリンじいさんが酔っ払ったところ見たことあるか?」
「いいえ。あの人移民系の中でも酒強い方ですからね。噂によると、家に帰ってからも何本も酒瓶を開けているそうですよ。彼が何か?」
「昨日、酔っ払って酒瓶を振り下ろした。クユ今日夕方当直あっただろう。酒場、ちょっと目を光らせておくように伝えといて」
「分かりました」
書類に目を通してサインを書き込んでいると、書類の1つに2ヶ月後に行われる山岳遠征のメンバー表が来ていたことに気付く。
遠征が行われる山は自治区の北東にあるコレトーラ山。少し標高が高い普通の山だが、自治区の西にある魔の森や地下迷路からしか現れない魔物が、時折この山に現れる。その魔物が街へ降りてくる事もある為、年に一回遠征が行われている。
第21警備隊からは2人決まったようだ。後で伝えておこう、と考えてからボスは席を立つ。もうすぐ巡回の時間なので、今日組む相手を確認していると、その本人達が出勤してくる。
「おっはようございまーす!あ!ボスももういるじゃん!すぐ巡回行っちゃう?」
先に挨拶して部屋に入ってきたのはぱっと見では女の子にも見える男性、ヨリセ。18歳で成人しているが、小柄であり隊の中で一番可愛い人物。
「……おはようございます」
ヨリセの後からぼそっと挨拶したのはノエ。
隊で一番可愛いのはヨリセであるが、一番美しいのは誰か、と聞かれれば満場一致でノエの名が挙がるだろう。
「あぁ、もう書類は終わったし、早めだけど行こうか」
隊長室兼会議室兼休憩室の隣にある更衣室に3人で行く。
更衣室とはいっても、制服は出勤する時に来ているので、伝達魔法の補助魔道具や手錠など巡回する時に必要なものを身に付ける部屋だ。
ちなみに制服は白いワイシャツに紺のネクタイ、紺のジャケットに男性は紺のズボン、女性は紺のズボンかキュロットを選べる。
自治区内では紺の制服は自警団だけと決まっているので、一目でそれと分かる。
「さてと。昨日、軽い乱闘あったらしいし、今日は13地区の方目指す感じで」
「オッケー」
「うん」
第21警備隊の隊舎はルミリシン自治区の中心、第1地区にある。特定の地区を担当していないのと、どこへでもすぐに動けるようにする為だ。
なるべく人通りが少ない路地裏など犯罪の温床になりかねないところと、住民に顔を覚えてもらう為に住宅街を通る。
3人1組の巡回は基本的に6時間、夜中は3時間隊舎で待機、時間をずらしながら1日7組が行う。第21警備隊は長期の仕事を現在持っていない為、主な任務は巡回のみとなってしまっている。
たまに地区内の事件が長引いていたり人手が必要な時はそちらの手伝いをするくらい。
途中で昼食を取り第14地区と第13地区の境目あたりの住宅街を歩いていた時、5歳ぐらいの少女と母親から声をかけられる。
「あー!この間のお兄ちゃん!」
「あっ、こら!」
少女が母親と繋いでいた手を離し、3人の元まで走って近付いてくる。その様子にボスとヨリセが首を傾げると、ノエが答える。
「……この間、公園で木から降りられなくなった子達を何人か降ろしたんだけど、その内の1人」
そういえば誰かがそんな話をしてたなーと思い出す。その間に少女は3人の目の前に到着したので、ルミリアとノエだけしゃがむ。
「すみません、突然。お仕事中なのに」
「いえいえ、大丈夫ですよ!」
母親とヨリセが頭を下げあっている中、少女は手をばっと出す。
「この間はありがとう!これあげる!」
手の中にあったのは、少し大きな花だった。
その花の花弁は中心から外側に向かって、黄色から黄緑、深緑とグラデーションを描いていた。2人が目を丸くしていると、少女は言葉を続ける。
「不思議なお花でしょ!さっき摘んだんだ!きっとすごいのだから、お兄ちゃんにあげる!」
「え、いいの?こんなすごいの」
「うん!この間たすけてくれたから!」
「じゃあ、ありがたくもらうね」
ノエが花を受け取り、今度はルミリアが少女に話しかける。
「ねぇ、お名前聞いてもいい?私はルミリア」
「うん!私は、ルル!」
「ねぇルルちゃん、このお花、どこで見つけたか教えてくれる?」
「えっとねー」
「あっち!」と元気な声でルルが指す方向は北東で、すぐ隣は第4地区にあたる。
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
「うん!」
それからルルと母親とは手を振って別れた。
「へっくしゅっ!」
手を下ろした直後にくしゃみをしたのはボス。
「大丈夫?風邪?ボスって花粉症あったっけ?」
「いや、前調べた時はなかったけど。ただ出ただけだろ」
「……まだ冷える日は冷えるし、気を付けた方がいいね」
「うん。いやそれよりも」
ヨリセとノエの正面に立って、ボスは真剣な表情をする。
「ねぇ、その花さ」
ノエの持つ花を指差す。
「地下迷路に似たようなのあったよね」




