第1話 第21警備隊
5月も終わりに近付き、雨の日も増えてきた。
新任の隊員も仕事に慣れてきた頃だが、天気など関係なく、第21警備隊は今日も変わらず仕事をしていた。
シャーッ!
雨に濡れた路地で、黒猫が毛を逆立てて人間に対して威嚇する。
首輪も鈴も付いている飼い猫だが、一昨日逃げ出して、今日やっと見つかったその姿は傷だらけ。黒い毛並みば泥で汚れていて、恐らく近所の野良猫と喧嘩でもしたのだろう。
そこに対峙するのはフードを被った少女。フードの隙間から銀髪が少し垂れている。
「よーしよし、そこの黒猫、大人しくして……ろ!」
少女が手を黒猫相手に翳すと、弱々しく吹いていた風が動き出す。
風は猫の周囲を囲むように集まり、ー見えない箱で猫を保護する。ついでに濡れていた毛並みも乾かす。
逃げようとしても何故か逃げられなくて動揺している隙に黒猫を抱き上げるーーが。
「うわっ」
黒猫は大暴れだった。
黒猫はローブに爪を立て逃げ出そうとするが、少女には勝てず、動きを封じられる。
「全く、人騒がせな猫だな」
黒猫は無事に飼い主の元に届けられた。
第21警備隊。
ルミリシン自治区自警団の警備隊の中で唯一地区を超えた、自治区全体の警備をする部隊。
ーーとはいえ
現状、彼らの仕事で1番多いのは迷子探しと猫探しであった。
ついさっき行われた警備隊の隊長会議でも、「君達は一体何をやっているのだね?」と聞かれる始末。
「んんぅ〜!そもそもこの隊は有事の際、すぐ動けるようにする為に作った隊なんだし、大きい事件なくていいじゃん!そもそも自警団なんて仕事がない方が平和じゃん!ぐちぐちうるさいんだよ!」
バンッ!と勢いよく、中身が出そうな強さでジョッキを机に叩きつける。中身は酒ではなく、リンゴジュースだが。
酔っ払いさながらに叫んだ少女こそ、第21警備隊隊長ルミリア。隊員からは何故かボスと呼ばれている。
「まあまあ、人探しでも猫探しでも感謝してもらえるし、外野のことなんて無視しときなって」
そうルミリアを宥めるのは大柄で日に焼けた男ーーゴーイット。
「唐揚げとビールくださ〜い!」
空気を読まずニコニコ注文を追加するのは、寝癖なのか癖毛なのか分からない白髪をぴょんぴょんさせているオケニミ。
当直の時間ではない3人は、いらいらしているボスを宥める為、第3地区の居酒屋で夕食を取っていた。ちなみにゴーイットの奢りである。
「お、オケニミはビールにハマったか」
「そうなんですよ〜。まだ18になって1ヶ月くらいですけど〜、結構飲んでます〜」
いつもよりいくらか饒舌なオケニミとゴーイットが酒の話をし始める横で、ルミリアはひたすらおかずを平らげていた。
「カリカリウインナーも追加で!」
ルミリシン自治区では18歳以上でお酒が飲めるが、ボスは17歳なのでまだ飲めない。しかしその暴飲暴食っぷりは大人顔負けだ。
注文した料理を一通り平らげたルミリアは、ごくごくとリンゴジュースを飲み切る。
「落ち着いたか、ボス」
「うん、まあ、ある程度は」
「あれだっけ〜?僕らの仕事が全然警備じゃない〜って言われたやつだよね〜」
「そうそう。それをさっき会議で言われたんだよ。まあ実際?この2年間大きな実績を残したわけでもないし?ただ細々とした仕事しただけだし?」
不貞腐れたようにこぼすルミリアを見て、ちょっとめんどくさくなってきたゴーイットとオケニミが目を合わせる。
こりゃもうさっさと引き上げて寝て忘れさせた方が楽だな。
以心伝心に成功した2人は揃って立ち上がり、帰る準備をする。
「俺明日早めから当直入ってっから、そろそろ帰るわ」
「ボスも明日9時じゃなかった〜。早く寝た方がいいよ〜」
「うん、分かった」
居酒屋に来たのが18時半で、今が21時。そこそこの長さだ。今回はただ食べるだけだったけど、いつキレるか分からない状況での食事に2人はかなり疲れたらしい。
荷物をまとめ、ゴーイットが会計を済ましたところで、何人かのおっさん達が入店してくる。
その瞬間、3人は揃ってツンと鼻を刺すような匂いを嗅ぎ取る。
「おーい!いつものジョッキと瓶、両方で!」
「はいよー!」
大声で注文し、店長も景気良く返事をしていることから常連の客だと分かる。少眉を寄せながらボスが隣のゴリラに尋ねる。
「ゴーイット、あの人達はいつもここに来ているのか?」
「あぁ、そうだが。ここらじゃ有名だよ。あの内の1人、ベリンじいさんはいくら飲んでも酔わねぇんだよ。いつだったか、クユと飲み比べしてたが、圧勝だったよ」
「あの人達いつ来てもいるよね〜」
クユとは、第21警備隊の隊員の1人。隊の中で一番の酒好きで一番の大酒豪である。
「ふーん、そりゃ凄い。私クユが酔ってるところ見たことないし」
「僕もないよ〜」
ゴーイットが飯代を支払い、3人で居酒屋を出ようとしたところで、ガタッ!と大きい音が店内に響く。
「ゔぅ〜ん!」
先ほどのおっさん達の1人が突然立ち上がり、酒瓶を一本勢いよく飲み干す。
おぉ!と一瞬静まり返った居酒屋に客の声がこもる。
「ベリンじいさん最初っからかっ飛ばすねぇ!」
「こんな一気飲み久々じゃねぇの!」
すぐに一緒にいるおっさん達や周りの客が囃し立てる。
だが。
一気飲みした本人、ベリンじいさんが自らが空にした酒瓶を上下逆さまに持ち替え、振り上げる。
ガシャンッ!!
鋭い破砕音が居酒屋に響き渡る。
が、破片は見当たらない。
「間に合ったか?」
「おう/うん〜」
ルミリアが結界を酒瓶の周囲に魔法で作り、酒瓶は割れたものの幸い破片は飛び散らなかった。
そのすぐ後、静まり返った居酒屋の中でゴーイットとオケニミが飛び出し、ベリンじいさんを素早く拘束する。
そのまま店の外にベリンじいさんを連れて行こうとすると、連れのおっさん達が慌てて声を上げた。
「おい。待て待て!そいつはあのベリンじいさんだぞ」
「今のはただの酔っ払いに見えるけど、オレァそいつが酔っ払う姿なんざこの40年見たこたぁねぇぜ」
立ち止まり、ルミリアがベリンじいさんに視線を向ける。
「こいつがベリンじいさんなのか?」
「あぁ。確かにあの酔っ払わねぇじいさんがこんな行動するのは変だな。いつもは優しいじいさんだ」
ゴーイットが体をルミリアに向け、質問をする。その回答に少し考える素振りを見せるが、すぐに連れのおっさん達に向き直る。
「とりあえずこいつは酔っ払って危害を加えようとした。それは変わらないから近くの自警団に連れて行きます。この変な行動については酒を抜いて本人にも話を聞いてみますので」
そう言って連れてこうとしたところで、ベリンじいさんが暴れる。
「ゔぅん!」
「うおっと〜。もう〜暴れないでよおじいちゃ〜ん」
オケニミが強めに拘束し直し、今度こそ3人はベリンじいさんを連れて居酒屋を出ていく。
また静まり返る居酒屋だったが、あの酔わねえベリンじいさんが暴れた、という事実以外はまぁたまに起きる事なので、すぐに切り替えて飲み直し始める。
賑やかさを取り戻した居酒屋で、ベリンじいさんがいた机だけ、少し暗い雰囲気が漂っていた。
ベリンじいさんを地区の警備隊に引き渡し、3人は寮に帰る為に夜道を歩いていた。
「ねぇ〜、ボスとゴーイット先輩〜。あのおじいちゃんからしてた匂い知ってます〜?」
「俺は知らないな」
「私も。別に嫌な匂いってわけじゃないけど、なんか鼻を刺す感じだった」
ベリンじいさんからしたツンとした匂い。
「調べた方がいい気がする〜」
「俺もそう思う。ベリンじいさんが酔っ払ったところ、マジで見たことがないし」
「でもベリンじいさんってことを除けばまぁある事だからね。それこそ匂いなんて、あそこの居酒屋結構香辛料を使ってるから、勘違いなんじゃないかって言われて終わるね」
決定的な証拠があるわけでもなく、周りから見て変だというだけでは調べることは出来ない。それに何を調べればいいのかも分からないし。
「まあ、夕方の巡回で酒場を気にするように、とだけは伝えとくよ。それしか出来ないし」
モヤモヤしながら、3人は夜道をのんびり歩く。




