第15話 第11地区での捜査
さらに一方で、第11地区では第1警備隊からユクリと、第21警備隊からテレイ、クユによる班が捜査を行なっている。
第21警備隊に異動する直前に第11警備隊に所属していたのはレンクのみであるが、レンクは隊舎で待機しているので出られず、案内はクユがする事になった。
クユも以前第11警備隊に所属していたが、第21警備隊に異動する直前は第14警備隊に所属していた。
そんなクユの案内により3人が第11警備隊の隊舎に向かうと、死にかけのような姿の隊員が姿を現す。それも複数人。
その内の1人がふらっと体勢を崩す。
「大丈夫ですかぁ?」
テレイが駆け寄って身体を支える。
「……うっ。やっと、やっと」
その目元は隈がひどく、髪もボサボサ、何か事件でも起こったのかとテレイとユクリが身構える。と、そこに呑気な声が響く。
「おや、エーベルではないですか。何をしたらそんな酷い状態になると言うんです?」
「?……クユ、か?」
「えぇ、そうですが?」
変わらずテレイに支えられたままのエーベルがクユに問い、クユが不思議そうに首を傾げる。その様子を見たエーベルは勢いよく目を開き、突然饒舌に話し出す。
「それが聞いてくれよぉ!一昨日はなんかアルシュトラとかいうのが見つかったせいで増員して捜索になるし!昨日の朝に人質有りの立てこもり事件は起こるし!報告書はたくさん書かなきゃいけないし!やっと二徹が終わったところなんだよぉ!なのに悪魔はいるしよぉ……」
エーベルはテレイの腕から飛び出し、クユの足元に縋りつこうとするが、直前でクユが避け、追いかけっこが始まる。
テレイとユクリは目を丸くし、呆然と2人の様子を見ていたが、テレイはお腹を抱えて笑い出し、ユクリは必死に口を抑えている。
大の大人2人の追いかけっこ、それも片方は何故か泣きながら、片方はいらついた顔をしながらも煽るように長い脚を利用して早歩きで逃げる。
「おーい!お前ら何やってんだ?」
新たな声が響き、4人の意識がその声に集まる。
「い、いや注目されたかったわけではなく、てか、クユどうした?」
「仕事です。リンデ、早くこの馬鹿エーベルを連れてってください」
「あぁ、はいはい」
リンデという青年がエーベルの首根っこを掴み、動きを止める。
「それで、仕事って?」
「うちの副隊長から連絡行ってると思うのですが。……そちらの事務員に確認しに来たのです」
「そうかそうか。俺らはもう上がりだから、じゃあな」
「えぇ、ではまた」
「今度酒付き合えよー、クユー!」
リンデは歯切れの悪いクユの言葉に不思議そうにするが、詮索することはせず、さっさと叫ぶエーベルを連れて去っていく。
それを機に立ち止まってエーベルとクユの追いかけっこを眺めていた他の隊員も歩き出す。エーベルの言葉通り、早く帰りたい人が多いのだろう。
「お騒がせしてすみません。2人とはエーベルとリンデでして。早速事務に行きましょうか」
改めてクユが先導して3人で第11警備隊の隊舎に入る。
「うっ、ん?」
思わずテレイが声を出してしまう。
基本的に自警団の隊舎の作りは一緒だ。だからこそ、隊舎に入るとなんとなくその隊舎の雰囲気が分かる。
「ほらそこ!寝ない!もっとちゃんと磨け!」
第11警備隊の隊舎の中は一部がとてつもなく汚く、残りの部分は今まさに隊員達によって磨かれている。その顔は先ほどすれ違った隊員達よりも鬼気迫った顔だった。
「よし!ネイハは帰っていいぞ!」
平均的な身長、だが自警団の大男達の中では圧倒的に小柄な少女が1人の隊員に声をかけると、その隊員は喜色満面で立ち上がり、掃除道具を片付ける。
少女の制服は隊員達の制服とは異なり、事務員である事を示している。
「そういえばさっき、二徹の後悪魔が、とか言ってましたけど、これの事?」
思わずといった風にユクリが呟く。
「ん?あなた達は?」
3人に気が付いた少女は、薄い桃色の髪をふわふわさせながら近付いてくる。
「私は21隊のクユです」
クユの言葉に後ろの二人もお辞儀をする。それにあぁ!と少女は声を上げる。
「ルミィのとこの!私は事務員のニーナです。連絡はレンクさんから来ています。こちらにお越しください」
ニーナの案内により3人は別室に通される。
バタンッ
扉がしまった後、掃除をしていた隊員達は目にも止まらぬ速さで掃除道具を片付け、どこにそんな力が残っていたのかという速さで帰りの支度をし、走って帰る。
ニーナが調書を取りに再び扉を開けた時、既に廊下はもぬけの殻だった。
「あいつらぁ……」
ニーナとしては、二徹で仕事をし続けていたためにとんでもなく汚くなってしまった隊舎を綺麗にしてから帰りたかったのだが、隊員達は隊舎の汚さよりも、次の出勤でのニーナの怒りと膨大な掃除よりも、何よりも早く帰って休みたかったらしい。
「遅くなってしまい申し訳ありません」
わずかに苛立ちが残る笑顔で謝罪を口にしながら、ニーナが調書を手にして、3人を残した部屋に戻ってくる。
こちらです、とニーナから調書を受け取り、3人で目を通す。調書5枚の内、フランメリア関係は2枚。
「わぁぉ、これ、すごいですね。集団でですか。しかも重症者出てる」
「あぁ、それは軽い乱闘になりかけたやつですね」
テレイが自然を装い、早速触れて、少し詳細に話を聞き出す。
「5人組が酒場、といっても外の席でだったのですが、1人が暴れて、1人が号泣して、1人が眠って、2人が喧嘩を始めたんですよ」
暴れた人と喧嘩を始めた2人を止めるために動いた人もまとめて乱闘になりかけたらしい。特に暴れた人が体術の師範だったため、怪我人が数人、重症者も1人出たそうだ。
あとはー、と残りの4枚もニーナが詳しく説明をし一旦落ち着いたところで、部屋に備え付けられていた水を4人で飲む。
「ところでこれ、なんの捜査なんですか?2日前に突然報告書を21隊に送れと言われるし、今度は調書を見に来るし」
「申し訳ありませんが、こちらからは詳しく説明出来ないのです」
申し訳ないと言いながらも、これ以上は喋れない事を笑顔で伝えるクユにニーナはふーん、と返す。
「ま、他の隊の捜査を詮索してはいけない、って暗黙の了解ですもんね。すみません」
「口にしてしまったら暗黙ではありませんけどね」
クユとニーナが軽く笑い、水を飲みきったタイミングで調書のコピーだけ受け取る。
「では、ご協力ありがとうございます」
「いえいえ。あ、そうだ、ルミィによろしくお伝え下さい!」
第11警備隊の隊舎を出た3人は、第21警備隊の隊舎に戻る。
「あ、もうお昼過ぎてますね」
「お昼を食べたら話を聞きに行くのは無理ですね。夕方にはもう一度会議ですから、早めに戻らないといけませんし」
「それだったら1食くらい抜いても大丈夫だしぃ、そのまま早く帰ろぉ」
「いや、私はお昼を食べたいんですよ」
クユの言葉にテレイがえぇ〜と言うが、なんだかんだ3人は飲食店を探しながら歩く。
「あ、あそこはぁ?」
「なんでパンケーキなんて甘ったるいものを食べなくてはいけないんですか。もっと普通のを探してください」
「仕方ないなぁ。普通の店普通の店。ていうか普通ってなんだよぉ」
軽く会話しながら並んで歩く2人の1歩後ろをユクリは歩く。
「ところでユクリくんは何か食べたいものあるぅ?」
「いえ、お二人の好きなところで大丈夫ですよ」
「そんなこと言わずにぃ。私は別に食べたいわけじゃないしぃ」
食べ出したらクソほど食べるくせに何を言ってるんですか、とクユがテレイにツッコミを入れている中、ユクリが指さす。
「あの、あそこどうですか?」
クユとテレイがユクリの指す方向に目を向ける。その建物は申し訳程度に小さな看板が立てかけられていて、その看板には食事の絵が描かれている。一目見ただけでは飲食店だと気付けない。
「お、すごぉい。よく気付いたねぇ。クユクユ、普通はよく分かんないけどぉ、多分あそこは普通だと思うよぉ」
「そうですね。普通の定義はともかく、あそこの店にしましょうか」
店は少し通り過ぎたところにあったので、先頭がユクリに変わり、3人で店に入る。
「こんにちはぁ」
店内は少し暗く、人の気配はない。テレイの明るい挨拶が店内に響き渡ると、ドタドタと上から音がし、段々近付いてくる。
「いらっしゃいいらっしゃい。すみませんねぇ、この時間にお客さんが来るのは久しぶりだったので、席を外していました」
降りてきたのは白いヒゲをおしゃれに生やした元気なおじいさん。
「どうぞ、お好きな席にお座りください」
メニューです、と渡された紙を3人で覗き込む。
表には食事の名前と値段が書いてある。
「じゃあ私は仔牛のステーキにしよっかなぁ。1番大きいサイズにするぅ!」
「ふむ、私はチキンの香味焼きをお願いします」
「えと、僕は白身魚のソテーで」
3人の注文を聞き、おじいさんがキッチンに入る。といっても客席から見えるタイプのキッチン。
一応、という風にユクリがメニューを裏返してみると、表のメニューより文字数の多いメニューが出てくる。
「?これ、なんですかね」
「多分ですが、お茶、かと。いくつか知っているものがあります」
すると、会話が聞こえていたのだろう、おじいさんがキッチンから声をかける。
「妻が生前お茶が好きでねぇ。私も妻に付き合う内にハマってしまってね。おかげで退職した後にお店を開いてしまったよ。お茶の販売もしているのでぜひ見ていってください」
店の端には、おじいさんの言った通り袋詰めされたお茶が沢山並んでいる。その1つを手にとってクユがため息をつく。
「ほぉ。二日酔いに効くものもあるんですね。仕事終わりにまた来るとしますか」
「え?クユ財布持ってきてないのぉ?」
「当たり前でしょう。規則で財布は隊舎に置いておくよう決まってるじゃないですか」
「そんなの皆破ってるじゃん」
「食事は予算で出来ますが、仕事中に私的な買い物をしない為に決まっているのですから、守るのは当たり前です」
ユクリがうんうんと頷き、テレイが真面目ぇ、と言う。しばらく3人でこれは知ってるこれは知らないなど話す。
「わっ、これお花から作られたお茶なんだ」
「すごい珍しいですね。僕も仕事で見た事があるだけで、売ってるのを見るのは初めてです」
やいのやいの話していると、おじいさんが器用に3つの皿を持ち、机に丁寧に置く。その様子を見て、3人も席に着く。
いただきます、と食べ始めるとテレイが目を大きく開く。
「す、すごい!すごく美味しい!こんなの初めて!」
「ははは。お褒めに預かり光栄です。実を言うと、退職するまでジェリアラーティアという店でコックをしていまして。料理の腕には自身があります」
「えっ、あのジェリアラーティアですか!?」
おじいさんの言葉に、ユクリも驚きの声を上げる。
それもそのはず、ジェリアラーティアと言えば第1地区でも有名な高級店で、多くの政治家が会食などに利用している店だからだ。
驚きと共に納得の味を、全く喋らず3人は堪能する。最後に食べ終わったテレイがお腹をさすり、やっとお店に声が響く。
「はぁ〜。すっごい美味しかったぁ。1番大きいのにして大正解ぃ」
「えぇ、本当に」
「ごちそうさまでした」
3人が立ち上がり、忘れ物がないか確認して店を出る。
「絶対また来ますねぇ!」
「はい、またのお越しをお待ちしております」
最後まで丁寧な対応をしてくださったおじいさんにテレイは手を振り、クユとユクリは頭を下げる。
店を出てすぐ、テレイの声が響き渡る。
「満足満腹大満喫!」
お腹をさすりながらとびきりの笑顔を浮かべるテレイの横で、ポツリとユクリが呟く。
「そういえばなんですけど、ルミィって誰ですか?」
ユクリの言葉にクユとテレイは揃って首を傾げる。
「そういえば、誰だろぉ?」
「うちの隊にそんな名前の人いましたっけ?」
残念な事に、第21警備隊ではボスと呼ばれすぎて本名を忘れられている人物が1人だけいるようだった。




