第13話 第7地区での捜査
ルミリアとルリーシオがお出かけをした翌日、第21警備隊の隊舎には幾人かの人が集まっていた。
1人は燃えるような赤髪をショートカットにして、吊り目でキツそうな印象のある総務隊事務のアライア。
もう2人は、第1警備隊から派遣されてきたジェンシンとユクリ。ジェンシンはいかにもベテランな風格の大男に対し、ユクリは成人したての少年だ。
その他、ルミリア率いる第21警備隊隊員の面々が隊舎の隊長室兼会議室兼休憩室に集まっている。
「総務隊所属のアライアです。フランメリア密輸についての会議を行います」
見た目通りの厳しい声でアライアが会議を始める。
隊長室兼会議室兼休憩室はいつもの広々とした部屋から一変し、ソファやカーペット、クッションが片付けられ、ロの字に机が並べられている。
「フランメリアについてですが、資料の通り白くて針のように細く、固い茎が特徴で……」
会議が始まる。まずはほとんどの人が知らないフランメリアの説明から始まり、各隊から送ってもらった報告書の話へと移っていく。
20ある隊の内、9つの隊から報告書が届いている。その地区に偏りはなく、ルミリシン全体に満遍なく広がっている様子だ。
「報告書から読み取れる事についてですが、お酒以外には大きな共通点はないので、地道な捜査になると思われます」
問題は、共通点がない事。
捜査の糸口が全くないので、まずは3人1組で班を作り、各地区の隊で報告書よりも詳細に書いてあるだろう調書を読ませてもらい、調書に書かれていた場所でひたすら聞き込みする事が決まる。
少し空気が緩んだところで、アンドラが声を上げる。
「そういえば、ジェンシンと、あー、確かユクリだったか。何で2人は派遣されたんだ?」
アンドラは第21警備隊の中で1番の年長者であり、以前は総務隊所属だったので、緩んだ空気の中、会議とは関係ない事を言い出しても、誰も咎めない。それに、皆気になってた。
「あぁ。その事ですか。実は1地区で暴れた者がいた時、対処したのが自分とユクリなんで、こっちの調査に参加してこいって」
ジェンシンが答える。
第1地区はルミリシンの要所がたくさんあり、また、居住している人もほとんどが議員などの権力者、犯罪は全て未然に防がなければならない。
そんな第1地区で起こった騒動の原因は一刻も早く究明しなければいけないそうだ。
「対処した時、何か違和感とかそういうのはあったか?」
「えっと、その、違和感ってほどじゃないです、けど、嫌な匂いがした気がします」
緊張からか何度か噛みながらユクリが答える。それにアライアが質問をする。
「どんな匂いだったか具体的に分かりますか?」
ジェンシンとユクリが顔を見合わせ、思い出しながら答える。
「う〜ん、本当に一瞬だったからなぁ。なんか、鼻の奥に直接来るみたいな?」
「ツンとするような、感じでした」
2人が首を傾げながら答えると、あっ、とオケニミが声を上げる。
「ボス〜、ゴーイット先輩〜、前にベリンじいさんの時〜、そんな感じの匂いしませんでしたっけ〜?」
「そういえば、一瞬だったけどしたな」
オケニミの言葉にゴーイットが賛成する。ルミリアも無言で頷き肯定の意を示す。
「そのベリンじいさんの時、というのはどちらの地区であったのですか?」
「13地区です」
アライアの質問にルミリアが答えると、アライアが何枚かの書類をめくり一枚を取り出す。
「これですかね」
「じゃ、ベリンじいさんからもフランメリアが検出されたってことか?」
「えぇ、報告書にはそのように記されています」
その後はいくつか確認をした後、3人1組の班を作る。ジェンシンとユクリ以外に、ルミリア、ゴーイット、オケニミもフランメリアが検出された者に接触した事があるという事で、この5人はバラけさせて組む。
「それでは、フランメリアの密輸についての会議を終了します」
アライアが声をかけて、一部の机以外を片付けてから更衣室で巡回と同じ格好に着替える。
アライアが伝達魔法を使えないのもあり、隊舎にはレンクも共に残る。レンクは各地区への連絡係も務める。
ルミリアはゼリスとアンドラと同じ班として、ゼリスが第21警備隊の前に配属されていた第7警備隊の隊舎に向かう。
「こんにちは。お久しぶりです、ぜリスです」
ゼリスが先頭になって隊舎に入る。会議が終わってすぐレンクが各地区に連絡を入れてくれたのだろう、すぐに事務室に案内される。
「あ、21隊の方々ですね。事務のヒニエです」
報告書によると、第7地区では暴れた者が2人で、2人共フランメリアが検出されている。送られてきた報告書とは別に隊で保管している詳細な調書と地図を広げ、仔細に2人の行動について確認する。
「やっぱり、唯一の共通点は酒を飲んだら暴れたって事くらいか」
「だな。それにこの日の2人の行動、どこも被っちゃいねぇ。本人達は無自覚なんだろ?一体どこでフランメリアの煙なんか吸うんだよ。空気なら被害者がもっといてもおかしくねぇのに、そこも変だな」
事故なのか事件なのか、この件については変なところがたくさんあるが、どれもイマイチハマらない。
タバコのないルミリシンで煙を吸うといえば、出店の煙か、あまり吸いたいものではないが工場の煙、あとは各家庭や食事処の煙くらい。
納得がいかないまま、とりあえず土地勘のあるゼリスに、1人ずつ行ったとされる場所に向かう。
1人は銀行員で、この日は仕事だったため自宅から職場の銀行まで直接行き、仕事終わりに同僚と酒場に行っている。他に寄り道は一切無かった、と本人と同僚が証言している。
3人でその道を歩いてみるが、特別な何かがある様子はない。
第7地区にはコレトーラ山に繋がる門があるものの、魔物は滅多に現れず主に農業が発達している地区だ。地区の南西部に公共施設が集まり、あとはほとんど畑が広がっている。
事が起こったという酒場に着くと、まだ開店前だったが、店主に直接話を聞く事が出来た。
「最近は落ち着いたけど、1週間くらいはその話題で持ちきりだったよ」
事故や事件も滅多に起きない穏やかな地区で、それも普段人柄の良い人が突然暴れたとあって、第7地区としては大騒ぎだったらしい。
「そんですぐ後、別の人も暴れたらしいじゃん?2人とも酒飲んだら暴れたから、みんな少し酒を控えるようになってこっちは商売あがったりだよ」
店主がやれやれと首を振る。
酒場を出た後、銀行に寄り暴れた本人に会ってみる。
「あっ、自警団の。ほんっと申し訳ありません!」
話した感じは真面目な好青年だった。普段はお酒が得意でないのもあり、1杯しか飲まないそうだが、何故かあの日は何度も飲んでしまったそう。無意識に飲んでいたらしく、本人も不思議そうな顔をしていた。
当日の行動も聞いてみると、調書と内容は変わらず、その日の記憶は曖昧だった。なんとなくどこに行ったかは覚えているが、詳しく何をしていたかまでは思い出せないそう。
フランメリアの影響かもしれない。
もう1人の暴れた人は農家だそうで、仕事終わりに飲みに行って、帰宅途中突然暴れたところを父親が殴って気絶させたらしい。ただ、その際にランプ台を壊してしまった事で自警団で聴取を受けたそうだ。
自宅、農地と伺って本人と家族に話を聞いてみたが、仕事終わりに買い出しに行かせて、そのままいつも通り飲んだくらいで、その日は普段となんら変わりのない日だったそうだ。
「そうすると、市場が怪しいかも」
ゼリスがそう口にして、歩き出す。
「第7地区って市場なんてあったか?」
「市場ってほど大きくはないけど、朝は農家が野菜売って、昼と夜は食べ物とか色々売ってる。ていうか、さっきの酒場あたりだよ」
「へぇ〜、そうだったのか。気付かなかった。実は普段夜番ばっかだし、出身も12地区で、配属もされた事ねぇから、7地区ってほぼ初めて来るんだよ」
コレトーラ山の遠征くらいか?とアンドラが歩きながら話す。
自警団全体で言える事だが、未成年は夜番に就けないので、アンドラなど成年者は比較的夜番が多くなる。さらに夜番の仕事は隊舎での待機なので出歩く事が少ない。
市場に着くと、ちょうどお昼時になっており、先ほど酒場に来た時とは全く違う景色が広がっている。
簡単に移動が出来る小さな屋台がいくつか並び、食事処が客を呼び込む声があちこちから聞こえてくる。お昼休みの労働者が集まり、騒がしい声が響いている。
「普段は穏やかだけど、人が集まるといつもすぐ騒ぐんだよ。……7地区はそんなとこです」
ゼリスがぼそっと付け加える。同意の元引き抜いたとはいえ、改めて以前勤めていた地区を訪れると、懐かしく思う事も多々あるのだろう。
市場の喧騒に入ると、同じ自警団の制服を着た人がゼリスに声をかけるかける。第7警備隊は警備隊の中では人数が少ない方のイメージだったが、だからこそなのかお昼はこの市場に集まっているようだ。
「私達もお昼、ここで取っちゃうか」
3人で並んで歩きながら、野菜チップスや串焼き野菜のチーズがけなどを買い、食べ歩く。
「にしても、見事に肉がねぇなぁ」
「7地区は乳牛が多いから仕方ないよ」
アンドラの言葉にゼリスが苦笑しながら答える。
「……おぉ」
ふとルミリアが足を止める。綺麗、と呟くルミリアの視線の先にはサイダーが売られていて、横に透明な道具の中で冷やされているだろう花氷が積み上がっていた。
「仕事休憩に一杯どうですかー?」
元気よく声をかけてくれた店主に頷き、ルミリアがサイダーを購入する。アンドラはもう甘いのは無理、と言いゼリスはただでさえ寒いのに飲むわけないじゃんとそっぽを向く。
アンドラが甘いもんは若いうちに飲み食いしとかなきゃ後悔するぞ、とゼリスに割と真剣に忠告している。そんな様子に苦笑しながらルミリアが透明なサイダーを受け取る。
サイダーの中には明るい水色の花が入っていて、上には切られたレモンも乗っかっている。泡と氷が太陽の光を反射して、透明なグラス自体がキラキラ光っている。
「この花氷は、食べてもいいんですか?」
「あぁ、食べても問題ないですよ。食用の花だから。最近不定期だけどね、いろんな種類の花の試食を無料でやってて、美味しかったから花氷にしてみたんだ。サイダーに合いそうだし」
「へぇ〜。どんな味するんだろ。楽しみです」
3人で一旦近くの空いている席に座る。市場のあちこちにはテーブルが乱雑に並び、皆買った食べ物を並べて談笑しながら食べている。
ルミリアが席に残り、食べ物を広げている時に、アンドラとゼリスも安い果実水を買ってきてから、食べ始める。
「?ボス、サイダー飲まないのか?」
「あれ、知らなかったっけ?私炭酸苦手だから、あとで炭酸抜きながらちびちび飲むよ」
じゃあなんで買ったんだ?という呆れの視線がアンドラとゼリスに向けられるが、花氷が綺麗だったんだもん、仕方ないじゃん。炭酸しか選べなかったし。
籠に入った野菜チップスを広げ、好きな野菜の串焼きを食べて、談笑する。
「花氷、ゼリスならたくさん作れそうだな。帰ったら作ってみてよ」
「観賞用なら野花でもいいし」
「綺麗で魔法も使えるなら一石二鳥って言いたいんでしょ。でも知ってるよ、みんな氷の彫像作っておくと、誰が1番早く溶かせられるか勝負してるの」
ルミリアの提案にアンドラが乗り、ゼリスが少し拗ねながら答える。でも最後には頷いてくれていたので、きっと作ってくれるだろう。
意外にも猫舌なアンドラ含め、3人とも猫舌だったので、少し湯気の減った串焼きに文句を言う人もおらず、和やかにお昼が過ぎた。
食べ終わった後、アンドラとゼリスはゴミを捨てに行き、ルミリアはもう一度サイダーを売っている店に行く。
「すみません」
「はーい、あ、さっきの自警団の」
「この食用の花なんですけど、どちらの店で試食しました?」
質問に店主が渋い顔をする。
「それが、よく分かんないんだよね」
ルミリアが首を傾げると、詳しく話してくれる。
「移動式の花屋だったから、他の地区だとは思うんだけど。無料の試食やってたのにどこに店があるのかとか宣伝はしてなかったのが不思議だったな。まぁだから、今ここで使ってるのは7地区の花屋で買った花だよ」
話の途中で戻ってきたアンドラとゼリスも不思議そうな顔をする。
「その店、また7地区に来ますかね?」
「来ると思うよ。前に来たのは5日ぐらい前だから、そろそろだと思うよ」
ありがとうございます、と挨拶してから出店を離れ、市場も抜ける。
「どう考えてもその花屋が怪しいだろ」
アンドラの言葉にゼリスも頷く。
「花屋だから、フランメリアが関係している可能性も高いし」
2人の言葉を聞いて、ルミリアが今後の方針を固める。
「店が来るまで、張り込み。その後は尾行捜査を行う。明日からは私服で捜査だ」
「「はい」」




