第二話
少し短めです
ファリス帝国士官学校の校庭に元気な掛け声が響き渡る。
一年生たちは剣技の授業と言う事で、みな模擬剣を素振りしているのだ。
大分体力がついてきたのか、以前ほどのうめき声は聞かれないものの、それでも結構きつい様子である。
その中には三人の少女達も含まれていた。
一人は見事なまでの金色の髪を日の光にあて髪自体がまるで輝きを放っており、綺麗なライトグリーンの瞳は宝石を思わせるほどの作りである。
また肌の色もこれまた染み一つない綺麗な肌をしており、男性の目を引くには充分すぎるほどの魅力を放っている少女だ。
彼女は今までは運動と言うものにおいては縁があるとはいいがたい生活を送ってきており、最初のほうは常に筋肉痛と戦っていたが、今ではある程度体力がついたのか、汗を流しながらも何とか授業についていっている。
「相当体力がついたようだな」
彼女の隣にいる黒髪の少女がそんな彼女を見て、満足そうに笑みを浮かべた。
「いやでもつくわよ……あんな厳しい、虐待ともいえる稽古を毎日やらされているんだから」
「……そういうな。ジーナの身を案じてこそ厳しい内容にしているんだと思うぞ」
「リーリヤ? 貴方だって文句ばかり言っているくせにこういうときだけ彼らをかばうなんておかしくない?」
リーリヤは思わず目線をそらす。
防具に隠れて見えないが、体にはいくつかの痣が出来ており、女の子としてはあまり嬉しくない思いをしているのだ。
「お二人はいつも先輩達に鍛えられているんですね。羨ましいです」
彼女達の隣にいる、この歳にしては豊満なバストを持った女性が本当に羨ましそうに、ポツリとつぶやく。
ウェーブのかかった栗色の髪の毛を持ち、大きなパッチリとした瞳である。
「なんだったらキーラもあの常軌を逸した稽古に付き合ってみるか? まったく人の体を何だと思っているんだあいつらは」
手の平を返すように思わず愚痴をこぼす。
色々と不満が募っているのだろう。
そんな二人をみてクスクスと笑うキーラ。
そんな彼女達に稽古をつけている三人の少年は今は座学の授業である。さすがにそう何度も監督生に指名すると彼らの授業が遅れると教師側が配慮したのかも知れない。
マルクの席は窓際にあり、ちょうど校庭を見下ろせる位置である。
座学の授業にあまり乗り気ではないマルクはポケーッと授業を進める教師の声を聞き流しつつ窓から少女達の様子を見る。
この場所からでも彼女達の様子は良くわかる。
特に遠距離を主体とする彼は、普通の人間より視力がいいのだ。
何を喋っているかまではわからないが、口を動かしていると言う事は、剣を振り回してもおしゃべりする余裕があると言う事だ。
そう思い少しだけ笑みを見せる。
その様子をレオンが見やり、小声で話しかけてきた。
「何ニヤニヤしているんだ? 気持ち悪いぞ」
「嬢ちゃん達の様子を見てな、大分余裕が出てきたなあと思ってさ。レオンも見てみるか?」
「生憎、俺の位置からでは見る事はできん。それに今は授業中だそっちに集中しろ」
堅物らしいレオンの忠告もマルクにとってはあまり効果がないようだ。
三人の少女の様子を見るのに飽きたのか机に突っ伏す。
少しばかり離れた席に目をやると、アラムもすでに夢の世界に旅立っている。
あれで座学の成績を上位にキープしているのだから大したものだなとレオンは思ったが、それを今更考えても仕方ない。
自分の事に集中しようと羽ペンを走らせてノートに授業内容を書いていく。
やがて授業が終わり、昼休みの時間となった。
三人の少年達は教室から出ていつものテラスへと向かう。
その途中、とある女学生が顔を赤らめながら、こちらを見て立ち止まっているのを確認した三人の少年達のうち二人はやれやれといわんばかりに目を見合わせる。
「それじゃ俺達は先にっているぞ」
「たまには付き合ってみたらどうかと思うっすけどね」
「いや、待て! 俺に用事とは限らないだろ?」
いやいやそれはないだろ? 今年に入って何度目だよ……めんどくせえなどと思いながら、レオンの言葉を無視して二人は姿を消した。
ため息を吐きレオンは意を決してその女学生に近づいていった。
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二人の少年がテラスに着くとすでに席は賑わっており、席を探すのも一苦労と言った様子である。
三人の少女達を探すべく目線を巡らせるが、さすがにこの人数の多さでは中々見つける事はできない。仕方無しに開いている席に座り、向こうが勝手に見つけてくれるだろと他力本願に頼る事にして食事を始める。
「相変わらずレオンはモテるっすよね……まったく少し色々と経験するのもいいと思うんすけど、どうして色恋沙汰には奥手なんすかね?」
「さーな。色々あるんじゃね? まともな人生を送って来たとは言いがたいしな。んな人の事よりお前はどうなんだ? 熱心にリーリヤの面倒を見てやってるじゃねえか」
珍しく少しばかり狼狽する。
これを言われたのが他の人物であれば、アラムは動揺をおくびにも出さずしれっとごまかし話題をそらす事も出来たのであろうが、マルクが相手ともなるとさすがにそうも行かない。
水を一口飲む振りをして何とか会話の間を図ろうとする。
「良く見てるっすね……」
ごまかすのは無理だと判断して、素直に白旗を揚げる。
「何年付き合ってきたと思ってるんだよ……しっかしリーリヤをねえ……の割にはあまり積極的に行かないんだな」
「自分でもまだちゃんと分かってないっすからね……本当に恋なのかどうか。すくなくても気になる相手というのは分かっているっすけど。マルクはどうなんすか? 気になる相手はいないんすか?」
言ったとたんアラムは思わず舌打ちをしてしまう。これは不用意な質問だったと後悔したのだ。
平和な日常に慣れすぎてしまって油断があったのかもしれない。
「知っているだろ? 俺は好きになればなるほど、壊したくなるんだよ」
気にする様子もなく平然とした態度で食事をしながらそう答えるマルク。
しかし言っている言葉は物騒な一言に尽きる。
彼の心に植えつけられた破壊の衝動は、普段は彼の強靭な精神力によって抑え付けられているが、一度タガが外れてしまえば、それこそ手当たり次第に破壊していくものである。
好きなものほど特に壊したくなるのだ。
そしてその事はアラムとレオンが一番良くわかっているはずである。
ゆえにアラムは先程の質問に対して自分に舌打ちをしたのだ。
だからこそマルクは第三者に対してはつかず離れず、時には素っ気無い態度を取るように接してきている。
普段ジーナなどをからかっているのはその現れであろう。あえて嫌われるような振る舞いや言動をちょこちょこといれて、必要以上に近づかないようにしているのだ。
「まあ、誰が好きとか、だれだれが気になるって話は女の特権だよな。俺らがする話じゃねえよ」
今までの自分達の会話を振り返りクスリを笑みを漏らす。
「そうっすね」
アラムもそれに追従してこの話題は終わりだと打ち切るが、そうも行かなかった。
「なになに? 誰が誰を好きだって? へえ……あんた達もそんな話題をすることもあるんだ。結構可愛いところあるんじゃない」
からかうためのいいネタが出来たと言わんばかりにジーナがその話に加わろうとしてきたのだが、ジーナではこの二人を相手にするのは無謀もいいところである。
「そうっすね。お姫様ももう少し可愛らしい態度を取ってくれてりゃ惚れていたかもって話をしていたんすよ。ほんと見れば見るほど美人っすよねえ」
どこか熱っぽい目であえて、ジーナを見やるアラム。
そしてそれに追従するのは悪友であるマルクだ。
「全くだ。その見事なまでの金色の髪と良い、きれいなライトグリーンの瞳といい、ほんと見とれるよなあ」
いきなりの褒め殺しにジーナは思いっきり赤面する。
この二人の口からありえない言葉が飛び出てきた不意打ちもある。
おまけに褒められて悪い気がするはずもない。
「な、なによいきなり……い、今頃私の魅力に気付いたって遅いわよ。で、でも、まあ知らない仲じゃないんだし、そうやって素直になっていれば……その、私だって目をかけてあげないこともないわよ?」
「これでもう少し出るとこが出てたら、完璧だったのに画竜点睛を欠いたのが本当に惜しいな」
フォークがマルクの手の甲に向かって突き刺さる勢いで、放たれたが、素早く回避するマルク。
「……何をする?」
さも心外だといわんばかりに、被害者のような顔をしてジーナを見やる。
「だ・ま・れ! 今日という今日は許さないわよ……いつもいつも胸の事ばかり馬鹿にして!」
「俺がいつ嬢ちゃんの胸を馬鹿にした? 今日はまだ一言も胸については語っていないが?」
問答無用とばかりにマルクに攻撃を仕掛けるが、座っているにもかかわらず、マルクはそのすべてを回避する。
「ジーナも少しは学習と言うものをすればいいものを……あの二人を相手にからかうネタなどあったとしても、ジーナの手に負えるものではないだろう」
リーリヤがいつもの事とはいえ、さすがに呆れた声を出す。
「でも、ジーナさん楽しそうですよ?」
隣にいるキーラがどこか少しだけ羨ましそうに見ながら、ジーナの様子を述べた。
「まあ、昔に比べると今は楽しいのかも知れないな。さ、そろそろジーナを止めに行こう。ただでさえ午前は体力を使ったんだ。下手すりゃぶっ倒れるぞ」
そうして三人の少女達は二人の少年と合流を果たす。
そのすぐ後に、レオンも合流して、女学生とのやり取りを根掘り葉掘り聞かれ、さすがに困った様子のまま二人の悪友に助けを求めたが、応じるはずもなく、凄まじい精神力の消耗を強いられる事となった。
全ての授業が終わった学校帰りに、珍しくレオンが寄り道すると言い出して、一行とは別行動を取る事になった。
いつもとは違うレオンの様子に少しばかり訝しむが、マルクとアラムは、自分達までもが少女達と放れるわけにも行かないので、仕方なくそのままレオンを見送った。
帰り道には必ず中心街を通る事になる一行。
そんな一行をとある宿の四階から見下ろしている人物がいた。
「おーおーおーのんきなものだね……姉御から止められていなかったら今すぐにでも切り刻んでやりてえのによ」
赤い髪を短く刈り上げ、細身でしなやかに引き締まった肉体を持つ男が、両の目から殺意をほど走らせながら、つぶやく。
「あーんアラムくぅん……やっぱ素敵よね……分かっているのよ。痛いんでしょ? それを周囲に悟らせないで必死で我慢している彼ってほんといいわぁ……でもなんでいつもあんなに痛そうな顔をしているのかしらねえ……たまんないなあ」
情熱的に熱っぽくアラムに視線を送りつつ、自らの指を胸に持っていく女性もいる。
ザハールとレイチェルの二人である。
彼らは先日、ジーナとリーリヤを殺そうとして、とある組織から送り込まれた暗殺の実行者でもあるが、性格に難があり、また三人の少年達によって、自分達の仕事を邪魔された人物でもある。
すでに以前の戦いの傷は回復しており、いつでも動ける状態なのではあるが、彼らの上司からまだ動くなと言われており、現在待機中という訳なのだ。
「姉御もさっさと命令してくれりゃいいのに……いい加減体がなまっちまうぜ」
「レイラ姉さんにはレイラ姉さんの考えがあるんでしょ? 大人しくしてなよ。娼婦を切り刻むような馬鹿な真似だけはやめてよね」
「てめえに言われたくねえよ! まあいい……その肝心の姉御は何処に言ったよ?」
「さあね、ちょっと用事があるといってついさっき外に出て行ったわ」
やれやれと思いベッドに体を投げ出すザハール。
レイチェルはそのまま窓から、アラムにずっと視線を送ったままであった。




