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第二章~一話


 ファリス帝国首都アルブルグム、そこから南西に馬で20日間ほどかけた場所にガラノフ公ヴィクトルの領地がある。

 

 

 彼の領地の中心の街は山に囲まれており、自然豊かな実りを存分に楽しめるのが特色の一つとなっており、この場所も首都には劣るとはいえ商人や旅行者が数多く行き来する場所でもあるが、その反面、自然が多いと言う事で、魔獣なども良く出没しており、多くの冒険者なども見受けられる。


 また彼の私兵も常に魔獣を退治すると言う事で必然的に強さなどが求められ腕の立つ兵はもとより、軍としての強さも際立っている。

 

 現皇帝の義理の兄であり、彼の正妃は現皇帝の実の妹である。

 そして現皇帝には公式に血を受け継いでいる後継者は存在しない。よって現在最も皇位に近いとされている人物であり、その権勢たるやかなりのものである。


 厳密に言えば彼の妻が最も王位に近いのではあるが、いずれにしろ同じ事であろう。夫婦間の仲は良く

、また側室との乱れもなく家の事は万事滞りなく順調と言っていいほどだ。


 一度気になることがあり首都に出向いたはいいが、肝心の情報を手に入れる事ができなく今現在彼はあせっている状態だ。

 病状が思わしくない皇帝の見舞いと言う名目の元、首都に赴いたが、そこで手に入れた情報は、自分が企てている策略の失敗を聞かされ、あげく実行犯が生け捕りにされたという事である。


 もしそれが本当であれば、自分とのつながりを疑われ失脚にも繋がりかねない出来事である。ましてあのやり手の宰相であるエフィムの事だ。おそらく自分の企てなどすでに看破されていると思ってもいい。自分がこうして大手を振って歩いていられるのは、ひとえに自分の用心深さが功をそうし、証拠をつかまれていないからである。



「まずは事の真偽を確かめねばな……エフィムめ……あの様子だとあの件に関してもすでに承知だと見える」


 自室でグラスに入ったワインを片手につぶやくガラノフ公。

 時刻はすでに夜半を過ぎており、窓から見える景色は暗闇のみである。


 

「くそ一体どうなっている? 『飛竜の爪』は完璧な暗殺の組織ではなかったのか? たかが小娘二人なぜ取り逃がす……」


 『飛竜の爪』は完璧な暗殺の組織。

 それが彼の知る情報である。

 今から約半年ほど前に初めて接触をしたのだ。


 

 それまでは『飛竜の爪』など御伽噺程度の存在としてしか彼は思ってもいなかった。

 そして彼自身、そんなものが事実だったとしても使う気等、全くなかったしその必要性も感じていなかった。


 しかし半年前に向こうから初めて接触され、さらに聞かされた事実に驚愕して、その真偽を確かめ正しい情報だと知るや否やいてもたってもいられなくなったのだ。


 半年前、彼は自分の領地を護衛の兵と共に見て回っていた。

 その途中白衣に身を包んだ男が自分の馬車の行く手を阻んでおり、護衛の兵となにやら騒がしくやりあっていたのだ。


 旗や兵の鎧につけている紋章を見れば、この一団が何を意味するものなのか、すぐに見抜けるはずなのだ。


 公爵家の行く手を阻むなど下手をすればその場で切り捨てられても文句は言えない事柄である。とはいえ、ガラノフ公はむやみに平民に手を上げたりするような人物ではない。しかし兵達のほうは限界に達していたのかだんだんと喧騒がさらに騒がしくなっていく。


 このままでは血が流れると判断した彼は馬車を降りて自らの足でその騒ぎの中心へと向かって歩き出した。


 そして白衣の男が彼の姿を認めると、優雅に一礼して「是非お耳に入れたい事があります」と言ってきたのだ。

 そのあまりにも堂々とした態度にガラノフ公は自分の馬車へと案内して、耳を貸す事にした。


「それで話とはなんだ?」

「この国の未来の皇位について……」

 

 感情が抜け落ちたようにも思える、抑揚のない言葉ではあるが、ガラノフ公は少しばかり興味を引いた。


「……さて……どういう意味かな?」


「言葉通りの意味ですよ。ガラノフ公……みな誰しもが皇帝が死んだ後、次の皇位は貴方かもしくは貴方の妻であるリュドミーラ様か……もしくは三人のご息女のどなたか……そう思っておられるようですね」


 ガラノフ公は思わず目を見張った。「皇帝が死んだ後」などと敬意がまったくないその言い方に少なからず驚いたのだ。

 多少話した程度ではあるが、この白衣に身を包まれている男は一定以上の教育を受けたと感じており、公爵家の自分に向かってこのような事を言うと言う事は不敬罪でそのまま首を跳ねられても文句は言えないのである。

 


「貴君の狙いは分からんがこの国にとってよからぬ人物である事は間違いないだろう……さて覚悟はよいか?」


 馬車の中で相対している人物に終わりだと告げ兵を呼ぼうとする。


「ふふふ、ガラノフ公は案外せっかちな方のようですね。なるほどこれでは皇位を手に入れられないのもうなずけると言うものです」


「さっきからもってまわった言い方ばかりするな。貴君の言うとおり私はあまり気の長いほうではない。最後に何か言い残したければさっさとさえずるがよい」


「わからないふりをしているのですか? 私はさっきから本題を言っているのですよ? このままでは貴方に皇位は手に入らないと」


 なにを言っているんだ? この男は? ガラノフ公は本気でそう思った。

 国王の病状は思わしくなく、秘密裏に手に入れた情報によるともってあと4年がいいところだと聞いている。

 そして皇位継承権が最も近いのは我が妻であり、我が娘である。

 さらに言えば自分の第二正妃は友好国のカルカット王国出身の者であり、その間に儲けた三番目の娘に関しては両方の国の血を受け継ぐ娘なのだ。


 

 年功序列を無視してでもこの子が皇位につけば、ファリス帝国とカルカット王国間の仲はさらに強まり、将来的には帝国のためにもなるはずなのだ。



「皇帝には公式に存在しえない一人娘がおられます」

「馬鹿な……」


 思わず否定を意味する言葉が口から漏れた。

 当然だ。自分とて皇帝の妹を娶る前まで侯爵として長年皇帝に仕えていたのだ。そのような噂など聞いた事もない。



「かつて皇帝が、宮廷に仕える下働きの女性に手を出しました。しかし身分の低いその女性は他の女性からの嫉妬を恐れて、逃げるように宮廷を後にしたのです。そしてその後、妊娠していると分かると温和で知られているドローニン公爵を頼り、そこで一人の娘を産んだらしいのですよ」


 良くある話の一つではある。

 他の国の歴史においても貴族の間で色々と噂される類の話だ。

 しかし、良くあるからこそ馬鹿には出来ない。


「続けろ……」


「ドローニン公爵は生んだ娘を秘密裏に子供に恵まれていなかった別の貴族に養子として預けました。しかしその貴族はとある事情で亡くなり、その娘は再びドローニン公爵に預けられたそうです」


「ふん。なるほどな良く出来た話だ。だがそれが真実だとしても証明するための手段がないではないか。ましてや公式ではないのであれば、その娘に皇位継承権などあるはずもない」


「ええ、仰るとおりです。しかし、もし皇帝がその事実を知っているのであれば? そして私が掴んだ情報によると帝国宰相であるエフィム殿も後ろ盾になっておられるようですね。それと彼女が産着として使用されていたものには交差する剣と盾、その真ん中に山羊が描かれている紋章が縫われているらしいですよ」


 内心、ガラノフ公は驚愕に揺れるが、その気配を一切外には出さない。

 しかし、二の句が告げなく、馬車の中では重苦しい沈黙が続く。


 馬鹿な……皇家にしか許されぬ紋章をなぜ? それに帝国宰相のエフィムが後ろ盾だと? 馬鹿な馬鹿な……。


 彼はこの時までは特に野心を持っていない人物と言ってもいいだろう。無難に領地を治め、領民からも親しまれていた人物だ。


 そして周りの貴族達も次の後継者は彼だと決め付けた様な態度で彼に接してきており、いつの間にか彼もその気になっていた。


 何もする事無く、この国の頂点を極める事が出来る。自分はなんて恵まれた人生を歩んでいるのだろうと思い込んでいたのだ。

 

 しかし、この話を聞いたとき、彼は自分が手に入れたものを盗まれた感覚に陥ったのだ。

 ましてや皇位という誰もが望みながら、時には策をめぐらせ血を流し、そして生きている人間でそれを手に入れられるのはたった一人だけである。


 何にも変えがたい代物を、なぜ自分ではなく、わけのわからない小娘に与えなければならのだ……?

 ましてや皇位継承権は我が妻のものであり、実質自分の物である。ポっと出の娘に譲る道理など一切認めるわけにはいかない。つまり彼の思考は公式に後継者が発表されたわけでもないのに自分がもしくは妻か娘が後継者だと思い込んでいたと言うわけである。


 

 よってその娘は彼にとって盗人とも言える存在なのだ。

 この時、彼は決意したのだ。

 


「なぜそのような事を私に教える? それが真実だとしてお前達に何の得がある?」


 侯爵から公爵へと、昇進もかねて長年貴族をやってきたのだ。

 となると、善意で近づいてくる者に対しては間違いなく何らかの打算があると見てよい。逆にその打算がなければ、この男の言う事は信用できないというわけである。



「そうですね。もし貴方が皇帝の地位に着いた暁には少しばかり便宜を図ってほしいのですよ」

 

 相変わらず表情すらも変えず、感情も出さず、抑揚すらない言葉で、それでも自分にとっての利を説き始める白衣の男。


「便宜だと?」


「ええ、今の帝国は皇帝が病気のためか実質帝国宰相エフィムが政治を取り仕切っている。そうですね?」


 苦々しげに表情を歪めるガラノフ公。

 やり手であり、皇帝からの信頼も厚い男ではあるが、どこか人を寄せ付けない冷徹な眼差しが好きになれないのだ。


 物事を全て数字で動かしていると言ったような感じであり、あまり人間味を感じさせないそのやり方は例え正しくても、ガラノフ公としては気に入らないのである。


「ああ、そうだ」


「そこなんですよね……我々が今一番悩んでいるのは」


「我々だと?」


 初めて白衣の男が感情をあらわにしたと思われる瞬間である。

 本当に悩んでいると言った感じで額に手をやる白衣の男。


「ええ、我々です。ああ申し送れました。私は『飛竜の爪』から派遣された使者みたいなものです」


 この男と話して何回目の驚きだろうか? もう数えるのもめんどくさいがやはり感情を表に出すような真似はしない。


「色々と噂は聞いているがな。事の真偽はともかく、話を続けろ」


 相手の驚きを知ってかしらずか促されるままに話を続ける。


「なぜか今の帝国宰相は帝国内にある遺跡に対して、色々と積極的に動かれているようですね」

「金と時間と人員の無駄だな」


「ええ全くです。我々研究者からすれば知的財産を帝国が占有しているようにも思えるのですよ。ですので我々としては非常にやりづらいのです。ここまで言えばお分かりですか?」


「研究者か……私が聞いていた話とは大分違うような気もするがな。ようするに私が皇位を確実にとった暁には帝国内にある遺跡を開放しろと言うわけだな?」


 白衣の男はニヤリと笑みを浮かべた。

 その笑みに思わずガラノフ公は少しばかり危機感を覚えたが、すぐにかき消す。


「われわれもそのためならば、貴方に協力は惜しみません。もし、我々の力が必要と思われた時には、そうですね……貴方の領内にある「ローザの酒場」でライネック産のワインを2本とセビナル産のチーズを4つ注文して下さい」


 ちなみにこの二つは飲めたものじゃないし、セビナル産のチーズに至っては毒とまで言われており、「憎い相手がいりゃこいつを食わせれば一発だよ」とまで言われている代物だ。


 注文するにしてもおいてある店などほとんどないし、ごくたまにおいてある店があったとしても、酔狂な客が前もって予約を入れて、度胸試しに注文するほどの品物である。


「ああ、そうそう『ローザの酒場』は調べればすぐに場所がわかります。それでは今日のところはこの辺で」


 そうして男は馬車から出て姿を消した。

 馬車に一人取り残された、ガラノフ公は思考の海をさまよい、その日はいつの間にか屋敷に戻っていた。


 少しゆっくりと投稿していきます。

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