第40話 企業案件:ワイヤーアンカー義手
神代工業に呼び出された那由多は、またしても新型の義手を渡された。
装備の準備を済ませ、ダンジョンに到着する。
もちろん、今回は忘れ物などない。
「これ、普通の義手より重いな……」
那由多は新しい左腕を持ち上げ、手首を動かしてみた。
今回の義手には、ワイヤーの射出と巻き取りを行うためのモーターなどが組み込まれている。そのため、通常の義手よりも重量が増しているらしい。
前腕部には5本の指が備わっており、手首から二の腕にかけての装甲も、どこか重厚な印象を与える。
二の腕には、ワイヤーアンカーを射出するための穴が設けられていた。
「あーしの重力で軽くしてあげよっか?」
隣では、美琴が楽しそうに笑っていた。
なぜ彼女がここにいるのか。
理由は簡単だ。
暇だったので、勝手についてきたのである。
「いや、それだと俺まで浮いちゃって、逆にやりづらいでしょ! ……よし、配信用カメラドローン起動!」
那由多は適当に配信タイトルを決め、いつものように配信を開始した。
カメラに向かって挨拶すると、画面には瞬く間に大量のコメントが流れ始める。
「どうも! 今回は神代工業製のこの腕を試すよ!」
〈なんだ……? 穴から矢でも出すのか?〉
〈砲弾とか?〉
〈おっ、美琴だ!〉
〈随分と重厚だなぁ〉
視聴者たちは、義手に搭載された機能をあれこれと予想している。
それを見た那由多は、思わず笑みをこぼした。
「ふふっ! なんと、ここからワイヤーが射出されます! しかも、先端のアンカーで対象を捉えられるうえに、電気ショックまで流せるんだ! 天井に刺して、ターザンみたいなこともできるらしいぞ!」
那由多自身、この義手を試すのが楽しみで仕方なかった。
新しい装備を前にすると、どうしても心が躍ってしまう。
早く実戦で使ってみたい。
そんな気持ちが、自然と表情に出ていた。
「ナユタン、いつにも増して楽しそうだね〜」
『ご主人は少年のような心をお持ちのようで!』
ネアはわざわざ義手の接続部分から音声を出し、那由多に話しかけた。
「だってよ! こういうこともできるんだろ?」
那由多は二の腕を天井へ向けた。
次の瞬間、射出口からワイヤーが勢いよく飛び出す。
アンカーが天井の岩場に食い込んだのを確認すると、那由多は巻き取り機構を作動させた。
「うぉっ!?」
ワイヤーが巻き取られ、巨体が一気に引っ張り上げられる。
そのまま身体を前方へ振り出し、勢いをつけてスイング。
那由多は岩場を飛び越え、少し離れた足場へと飛び乗った。
「よっしゃー!!!」
〈すごww〉
〈漫画で腰の横に2つ、似たようなの付けてる子いたよな〉
〈人に向けたら肉が抉れるな〉
〈変身する前に危ないことしてて草〉
最後のコメントを見た那由多の声が止まった。
「あっ」
背後から、怒りのオーラが漂ってくる。
那由多は無言で変身した。
「よしっ! ……よし…………」
『何がよしですか』
ネアの冷ややかな声が響く。
那由多は冷や汗を流しながら、決して後ろを振り返らずに歩き始めた。
まずは、ダンジョン攻略だ。
余計なことは考えない。
そう自分に言い聞かせながら進んでいると、石像のような姿をした魔物を発見した。
那由多はすぐさま魔剣を抜く。
「分身っ! とっととCランクに上がりたいから、狩るぞ!」
企業案件もこなす。
クエストもこなす。
両方やらなければならないのが、売れっ子探索者の辛いところだな。
「いけー! ナユタン!」
美琴の声援を背に、那由多は魔物へ向けてワイヤーアンカーを射出した。
アンカーは魔物の足に食い込む。
「岩だから電気が効かないか……! 絶縁破壊できるほどの威力はないしなッ!」
電撃で動きを止める作戦は使えない。
ならば、別の方法で対処するまでだ。
那由多はワイヤーを巻き取り、義手を勢いよく引き上げた。
強靭なワイヤーに引っ張られ、魔物の巨体が大きく傾く。
そこへ、分身たちが魔剣を投げつけた。
飛来した魔剣が魔物の頭部を次々と破壊する。
役目を終えた魔剣は、魔法の力によって持ち主の手元へと戻っていった。
「お前の身体が石のせいで、電気が台無しなんだよぉ! 見せ場ってモノを知っているかいっ!?」
那由多は叫びながら、分身たちのワイヤーを接続させた。
複数のワイヤーが連なり、長い1本のワイヤーとなる。
それを利用して、周囲にいた魔物たちの足をまとめて引っ掛けた。
次の瞬間、魔物たちが一斉に転倒する。
確かな手応えを感じた那由多は、魔剣を構え直した。
「終いだ」
分身たちが一斉に散開する。
それぞれが別の魔物へと向かい、次々と頭部を砕いていった。
ほどなくして、魔物たちはすべて塵芥と化した。
その間、美琴は重力操作で自分の周囲にバリアを張り、砂埃が髪や服に付着しないようにしていた。
「かっこいいよー!」
『流石です、ご主人!』
〈いいね、那由多の怪力と強靭なワイヤーの相性〉
〈薬物とフェムトマシンによる身体強化はすごいものだ〉
〈この石像の魔物ってかなり硬いよな〉
流れてくるコメントに、那由多は苦笑した。
「フェムトマシンは今、義手との接続にも使ってるけど、今回の戦闘じゃ身体強化はあんまり関係ないですよ〜」
そう説明しながら、那由多は魔物の残骸から魔石を拾い集めていく。
これもまた、クエストの一環だ。
「こんだけあればいいか」
必要な数を確保した那由多は、魔石をカバンにしまった。
そして、ボス部屋を目指して再び歩き始める。
道中では、赤い正体不明のスライムを感電させて倒し、オークを電撃で痙攣させてから仕留めるなど、新型義手の機能を試しながら攻略を進めていった。
そうして、ようやくボス部屋の扉を発見する。
那由多は勢いよく走り出すと、そのまま扉へ飛び蹴りを叩き込んだ。
轟音とともに扉が開く。
「ボス部屋に行くときは、気分を上げないとね!!」
着地した那由多は、部屋の奥へと視線を向けた。
カメラドローンが対象のスキャンを終え、情報を表示する。
『対象:血泉ドンーク』
『推奨ランク:Dランク以上』
『推奨人数:フルパーティ』
そこにいたのは、筋骨隆々とした3メートルほどのオークだった。
異常なまでに発達した筋肉によって己の血管が破裂し、全身が血に染まっている。
その姿は、見る者に生理的な嫌悪感を抱かせるほど異様だった。
〈うわっ!きもっ!!〉
〈そいつに力勝負は挑まない方がいい〉
〈腕力だけならBランク下位はあるぞ〉
「あーしがぶっ殺そうか?」
美琴が何気なく口にした言葉は、那由多にとって発破をかけられたも同然だった。
「もちろん、俺だけでやるぞ! 見せてやる!」
那由多が笑顔で答えると、美琴もニッコリと笑った。
「がんば!」
「おうよ!」
那由多は魔剣を構え、ワイヤーアンカーを天井へ向けて射出した。
アンカーを固定すると、4体の分身が次々とワイヤーを巻き取り、天井付近まで上昇していく。
残る本体と1体の分身は、魔物の左右の足へそれぞれワイヤーアンカーを撃ち込んだ。
「踏ん張れ、俺っ!」
『残存しているフェムトマシンを、出力に回します!』
現在、那由多の体内に残っているフェムトマシンの量は30%。
そして、ネアだけが把握している適応率は49%だった。
この数値がどれほどの意味を持つのか、前例がないためネアにも断言できない。
だからこそ、那由多には尋ねられない限り伝えていなかった。
下手に自信を持たせ、無謀な戦いの末に命を落とされては困るからだ。
そんな事情を知らない那由多は、ワイヤーを利用して立体的に移動しながら、魔物へと斬りかかっていく。
天井から急降下して斬りつけ、魔物の拳を紙一重で回避すると、再びワイヤーを巻き取って距離を取る。
電気は自分が感電しかねないのでやらない。
「あらよっと!」
別の分身が魔物の肩に飛び乗り、魔剣を深く突き立てた。
そのままワイヤーを外し、自身の体重を乗せて剣を押し込む。
魔物の身体が大きく傾いた。
好機と見た本体と分身は、左右から魔物の足を引っ張る。
「うおおおお!!!」
しかし、魔物も黙ってはいなかった。
肩にしがみついていた分身を捕まえると、頭部を殴りつけた。
分身の頭部が砕け、身体が光の粒子となって消失する。
「ガァッ!!!」
那由多の全身に、耐え難い痛みが走った。
痛みの反射に涙があふれ、身体から力が抜けていく。
その一瞬の隙を、魔物は見逃さなかった。
両足を引いて体勢を立て直すと、ワイヤーをたどるようにして本体の那由多を引き寄せた。
「マズっ……!」
あっという間に、魔物の懐へと引きずり込まれる。
巨大な拳が迫る。
回避は間に合わない。
絶体絶命だがしかし。
那由多は一か八か、引き寄せられる勢いを利用して攻撃に転じた。
「ヤケクソだぁあああ!!!!」
防御よりも、今は攻撃だ!
〈マジかよ〉
〈勝ったな、風呂食ってくる〉
〈あぶねぇ!!〉
その光景に、美琴の顔が青ざめた。
慌ててポケットからパチンコ玉を取り出し、弾き飛ばす準備をする。
だが、その頃にはすでに決着がついていた。
「……貫いたぞ」
那由多は、迫り来る魔物の拳を新型義手で間一髪のところで受け止めていた。
そして、空いた右手で魔剣を握り、魔物の身体へ深々と突き刺していたのだ。
魔物は力を失い、ドタンッという重い音を立てて倒れ込んだ。
義手も音を立てて崩れて壊れる。
やがて、天井から分身たちが落下してくる。
彼らは地面に着地すると、ヒーロー着地を決めてから消失した。
「どうよ?」
全身を血に染めた那由多は、得意げに笑った。
もっとも、分身が受けた痛みはまだ残っている。
反射的に涙があふれ、なかなか止まらなかった。
『はぁ……。心臓のない私まで、心臓が痛くなる思いでしたよ……』
「ハラハラさせんなし!」
美琴はそう叫びながら、取り出していたパチンコ玉をポケットへ戻した。
那由多はカメラドローンへ向き直る。
「ということで、電撃はあんまり活かせなかったけど、ワイヤーアンカーの技術は神代工業が一強なんじゃないかな? では、また次の配信で! ありがとうございました〜!! 神代工業を今後もよろしくお願いします!」
配信を締めくくると、那由多はカメラドローンをキャッチした。
こうして今回の企業案件は無事に終了し、2人は帰路についた。
「もうCランクに挑戦できるかな? 計算面倒だからギルドで確認だな」
「できんじゃね? あーし達も応援に行くから、いつ受けるか教えてね」
「そういう美琴は、勝手にAランクに上がったじゃん!」
「全部瞬殺で面白みなかったから、来る必要なかったよ〜だ!」
「ははっ、流石だよ。俺のスキルはEランクだからな」
何気なく口にした言葉だった。
しかし、それを聞いた美琴の表情が、少しだけ真剣なものに変わった。
「卑下すんなし。那由多は強いし!」
肘で那由多を小突く。
「でも、美琴やレイに勝てる気はしないな」
「SSランクスキルなんて、世界でもほんの一握りしかいないんだから! そもそも、そんな相手と比較すること自体がおかしいのよ!」
「でも、前のランクアップのときはSSランクスキルのやつがいたぜ?」
「それはナユタンがSSランクスキルの持ち主に遭遇する確率がバグってるだけ! だから、胸を張って戦え!」
美琴は浮遊して那由多の肩まで上がると、ポンと叩いた。
その手を握り、那由多は笑顔で答えた。
「ああ! ありがとな!」
「うん!」
――ああ、私はこの笑顔に惚れたんだな。
美琴は、改めて自分の恋心を自覚した。
そして那由多は、間近に迫ったランクアップ試験に向けて、気合を入れ直すのだった。




