第39話 企業案件:パイルバンカー義手
那由多は今日、神代工業に呼び出されていた。
理由は、新型の攻撃用義手が開発されたからだという。
その知らせに胸を躍らせ、早速本社へ到着した那由多を出迎えたのは、柊律だった。
「よっ! おはよ、ナユタン」
「おはよう。それで? なんか完成したらしいじゃん?」
「まあまあ、見てみればわかるよ」
律に案内され、研究室へと足を踏み入れる。
そこに置かれていたのは、肘の関節が大きく曲がった状態の義手だった。
普通の義手とは明らかに違う。全体的に無骨で、肘の後方からは棒状の金属筒が長く突き出している。
「へぇ……魔弾を放つか、魔法を撃ち出すのに特化したやつかな?」
「違うよ」
「へ?」
那由多の口から間の抜けた声が漏れた。
「これは、魔石のエネルギーで杭を打ち込むパイルバンカー義手だよ!」
「なんと……! ゲームとかでロボットが装備してるやつか……!」
「そういうこと! ちなみに私の案だよ! 褒めてくれたっていいのだよ!」
律は胸を張り、得意げに笑った。
那由多は改めて義手を眺める。
手のひらもなければ、指もない。あるのは杭を打ち出すための開口部と、その後方に伸びる巨大な駆動機構だけだ。
そもそも、これを義手と呼んでいいのだろうか。
いや、武器として考えれば、むしろ合理的なのかもしれない。
「すごいなぁ……律はやっぱり天才だ」
「そんなにストレートに褒められると、流石に照れるな」
律は身をよじって照れた。
その反応を見て、那由多も笑う。
「ははっ! 天才なのは紛れもない事実だよ。まあ、取り敢えずCランクを目指してクエストをこなしつつ、これの宣伝かな?」
「まあ、一般向けに発売する予定はないからね。それの宣伝というより、神代の技術力を世間に知らしめてほしいんだよ」
「おうよ!」
こうして、新型パイルバンカー義手の実地試験が始まることになった。
なお、律は研究所での仕事があるため、現場には同行できない。
那由多は義手を受け取ると、いったん家に戻って装備を整えるかどうか迷った。
しかし、すぐに首を横に振る。
「……いや、面倒だな」
結局、那由多はそのままDランクダンジョンへ向かうことにした。
普段使っている生活用義手は邪魔になるため、背負っていたリュックに収納する。
これで準備完了だ。
「こんな俺でもDランクなんだよなぁ……よし、配信スタート!」
那由多は片手で新型義手を持ち、カメラに向かって手を振った。
「どうもー! ナユタンです! 今日は神代工業さんの新型、パイルバンカー義手を試していくよ~!」
義手をカメラに見せつける。
「ちなみに一般発売は未定! 今回は神代工業さんの技術力を宣伝するための企業案件だね!」
〈なにそのゴツいの〉
〈やばwww〉
〈えっ?義手の手の要素0じゃん〉
〈パイルバンカーって漫画かよ!〉
「うんうん! 自分もそう思ってたけど、実用化はできるみたいだね! まあ、強いかどうかは使ってみないとわからんけど!」
『適当ですね、ご主人』
「だってそうじゃん。過信して死ぬよりはマシ」
スポンサーに少し失礼だが事実だ。
『それもそうですね。では、早速その義手とリンクしましょう!』
那由多は義手を左肩の接続部に押し当てた。
すると、フェムトマシンが反応し、義手と身体の接続を開始する。
無骨なメタリックの装甲の義手の各部の機構が固定されていく。やがて、義手の一部が赤く発光した。
「おおっ……!」
那由多は左腕を動かそうとした。
しかし、そこにあるのは指も手のひらもない、杭を打ち込むことだけに特化した武装だ。
普通の腕のようには動かせない。
「よし! これでナユタンブラックに……あああああ!!! 神代工業からそのまま来たから、変身アイテム持ってきてねぇ!!」
〈馬鹿確認ヨシ!〉
〈こういうところが愛らしいよね〉
〈致命的で草〉
〈帰ったら?〉
「帰るのだるいし……俺、普通の人より腕力あるし……あああああ!!! 魔剣もねぇ!!」
『私は介護士の資格は持っていませんよ』
〈だから帰れよ……〉
〈別にみんな急いでないからwww〉
〈まあ、フィジカルは薬で強化されてるのも事実だし……〉
〈まあ頑張れ〉
コメント欄は、もはや他人事だった。
那由多はしばらく考え込む。
変身アイテムもない。いつもの守護者の魔剣もない。
あるのは新型パイルバンカー義手と、普段から鍛えてきたえ薬物強化した身体、そして分身の力だけだ。
「……まあ、せっかく来たんだし、取り敢えず威力を試してから判断するか!」
『ご主人、計画性という言葉をご存じですか?』
「知ってるよ! 知ってるけど、今は実行する気がないだけ!」
『胸を張って言うことではありません』
那由多はネアの小言を聞き流し、近くの岩壁へ向き直った。
「取り敢えず、壁の岩を砕けたら帰らなくていいでしょう! はい!」
左腕を構える。
次の瞬間。
ドゴォンッ!!
凄まじい轟音とともに、パイルバンカーが作動した。
魔石エネルギーによって生み出された爆発的な推進力が杭を突き出し、岩壁を叩き砕く。
粉塵が舞い上がり、視界が白く染まった。
やがて土埃が収まると、壁には大きく抉れた跡が残っていた。
そして、突き出された杭はそのまま義手の内部へと戻っていく。
「おおっ! ちゃんと戻ってくるんだな!」
那由多は感心したように左腕を眺めた。
杭を使い捨てる必要はない。
打ち出された杭は義手から離れることなく、再び内部へ収納される仕組みだ。
「まあ、これなら戦えるかな……? じゃあ、張り切って行こー!」
〈十分な破壊力で笑う〉
〈人間に当てたらヤバそう〉
〈反動に耐えてる時点でナユタンやばいよ〉
「これ、常人だと鎖骨とか折れるかもね……。変身してたら、もっと楽だったんだろうけど……」
那由多は少しだけ後悔した。
だが、今さら帰るのも面倒だ。
「お! 早速、猪みたいな魔物を発見!」
通路の先にいたのは、巨大な猪型の魔物だった。
魔物も那由多の存在に気づき、地面を蹴って突進してくる。
那由多は逃げるどころか、左腕を構えて真正面から迎え撃った。
「はぁっ!」
義手が魔物の顔面を捉える。
打撃が命中した瞬間、パイルバンカーが作動。杭が勢いよく突き出され、魔物の動きを一瞬で止めた。
魔物はそのまま地面へ崩れ落ちる。
杭は義手の内部へ戻り、何事もなかったかのように収納された。
「……うん、強いな、これ」
那由多は満足げに頷いた。
だが、次の瞬間、自分の服に目を落とす。
「お気に入りの服なのに、血肉まみれに……。変身してたら、こんなことには……」
〈だから帰ればよかったのに……〉
〈威力は確かだね〉
〈くさそう〉
「しょうがない、切り替えて行こう!」
買い換える金ならある。
そう自分に言い聞かせ、那由多は再び歩き始めた。
そして、通路の角を曲がった先で足を止める。
「……多っ!?」
視界に飛び込んできたのは、多種多様な魔物の群れだった。
那由多は咄嗟に壁の陰へ隠れる。
正面から突破するには数が多い。かといって、今さら引き返すつもりもなかった。
「分身ッ!」
変身もしていないのに、那由多はいつものようにポーズを決めた。
シュッ、シュッ、シュッと次々と分身が現れる。
そして、那由多たちは互いに顔を見合わせると、一斉に魔物の群れへ飛び込んだ。
「「「「「「ヒャッハー!!」」」」」」
全員が叫びながら、魔物の群れへ突撃する。
先頭の那由多がパイルバンカーを叩き込み、魔物を壁際まで吹き飛ばした。
その先には、別の分身が待ち構えている。
「1人テニス!」
吹き飛んできた魔物を、別の分身が義手で迎撃。
魔物は再び弾き飛ばされ、さらに別の分身の攻撃を受ける。
まるでボールを打ち返すように、那由多たちは魔物を次々と翻弄していった。
〈いや、容赦なさすぎだろ!〉
〈まあ、今の神楽は本気でやらないと装備的に死ぬしな〉
〈いつもと変わらんよ〉
「杭を出したまま殴るッ! そして、魔物を上に投げて杭を打つ!」
那由多は魔物を打ち上げ、上空へ向けて左腕を突き出した。
杭が勢いよく伸び、魔物を捉える。
攻撃を終えた杭は、再び義手へと戻っていった。
分身たちは互いの動きを邪魔することなく、次々と魔物を撃破していく。
新型義手の威力もさることながら、それを使いこなす那由多たちの連携が異様だった。
やがて、最後の魔物が倒れる。
「ふぅ……! クエストもそこそこ達成したし、そろそろボス部屋に向かうか!」
那由多は義手の杭についた汚れを壁に擦りつけ、通路の奥へと進んだ。
すると、行く手を白い靄が塞いでいた。
「……あれ? 扉がないタイプのボス部屋ね。いつもみたいに蹴破れないな」
〈あれ狙って連続で蹴破ってたんだwww〉
〈破天荒を演じてる?〉
「いや、なんかこう……やってる感あるだろ?」
〈ないよ〉
『無いですね』
「ないかぁ……」
那由多は適当に呟きながら、白い靄の中へ足を踏み入れた。
その先にいた魔物を、カメラドローンがスキャンする。
『対象:邪亀仙チョウジュ』
『推奨ランク:Dランク以上』
『推奨人数:フルパーティ』
「おいおい、二足歩行の亀かよ?まるでミュータントター……」
那由多が呟いた、その瞬間だった。
ドンッ!!
「まずっ……!?」
チョウジュはすでに目前まで迫っていた。
巨体に似合わぬ速度で拳を振り抜く。
那由多は咄嗟に左腕を差し出し、その一撃を受け止めた。
衝撃が義手を伝う。
同時に、パイルバンカーが作動した。
杭が突き出され、チョウジュの身体を弾き飛ばす。
魔物は床に転がり、甲羅の重さに振り回されるようにして、うまく立ち上がれずにもがいていた。
「なんでそのナリでスピード特化なんだよ……! しかし、情けないサマだな」
那由多は驚きながらも、すぐさま分身たちを展開する。
6人の那由多がチョウジュを囲み、一斉に左腕を構えた。
「「「「「「おらぁっ!!」」」」」」
連続して叩き込まれるパイルバンカー。
杭が打ち込まれるたび、チョウジュの甲羅に亀裂が走った。
だがチョウジュは強引に立ち上がると、地面を思い切り踏みつけた。
ドゴォンッ!!
衝撃波が周囲へと広がる。
「うわあああ!! いってぇ!!」
直撃を受けた分身の1人が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
頭を強く打った衝撃が、那由多本人へフィードバックする。
「ぐっ……!」
視界が揺らぎ、膝が崩れそうになる。
その隙を、チョウジュは見逃さなかった。
近くにいた分身の首を掴み、力任せに捩じ切る。
分身の姿が消失した。
「がっ……! あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!!」
那由多は頭を押さえ、苦痛に顔を歪めた。
分身の消失による痛みが、容赦なく本体へ流れ込んでくる。
『ご主人! 痛みによるダメージが大きいです。退避も検討してください!』
〈ちょっとピンチじゃね?〉
〈大丈夫か?〉
〈所詮は装備がなければ分身するだけの敗北者〉
コメント欄にも不安が広がる。
那由多は荒い息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。
そして、目を見開いて笑う。
「……まだまだ行くぜ?」
再び分身を展開する。
今度は闇雲に突っ込まない。
那由多は4人の分身を特定の位置へ配置し、残った分身と本体でチョウジュの注意を引きつける。
チョウジュは目の前で動き回る那由多たちに苛立ったのか、勢いよく拳を振り抜いた。
「よし、引っかかったぞ!」
那由多は叫ぶ。
「分身ごとパイルバンカーで貫けッ!」
配置していた分身たちが、一斉に左腕を構えた。
魔石エネルギーの出力を最大まで引き上げる。
ドゴォォォンッ!!
複数の杭が同時に突き出され、分身の向こうにいたチョウジュを捉えた。
衝撃を受けた魔物の巨体が、勢いよく吹き飛んでいく。
「くっ……! 分身は攻撃を続けぇ!」
那由多は痛みを堪えながら、次の攻撃へ移る。
先ほどはテニスのように魔物を打ち返していた。
しかし、今度はまるでドッジボールだ。
1人がパイルバンカーで殴り飛ばし、別の分身が待ち構えて追撃する。
魔物が反撃しようとするたびに、別方向から杭が突き出される。
チョウジュは攻撃の連鎖から抜け出せない。
やがて、那由多たちは魔物を空中へと打ち上げた。
「さっきと同じだ! 下から突き抜ける!」
6人の那由多が、同時にチョウジュへ向かって跳躍する。
そして、左腕を突き上げた。
「「「「「「これで終わりだぁぁぁッ!!」」」」」」
パイルバンカーが一斉に作動。
凄まじい衝撃が重なり、チョウジュの身体が大きく揺らいだ。
次の瞬間、魔物の巨体は耐えきれずに崩れ、砕け散った。
周囲に静寂が戻る。
那由多は着地すると、肩で息をしながら左腕を下ろした。
「決着ーッ!!!」
勝ち誇るように叫ぶ。
その声には、疲労と安堵が混じっていた。
〈あー、ヒヤヒヤした〉
〈次からはちゃんと準備しなさい。お説教よ〉
〈またレイが現れたぞ!〉
〈パーティメンバーと仲良くて何より〉
「いや、年下に説教されるのがいいわけないだろ!」
那由多はカメラ目線で反論した。
もっとも、レイが本気で怒っているのは、何故か画面越しでも十分に伝わってきた。
「……帰ったら怒られるんだろうなぁ」
『自業自得ですね、ご主人』
「ネアまで!?」
那由多は肩を落とした。
それでも、今回の目的は達成できた。
新型パイルバンカー義手の威力は十分。神代工業の技術力を宣伝するという企業案件としては、申し分ない結果だ。
「まあ、今回は神代工業さんの技術力がどれだけ高いかわかったね!」
那由多は左腕をカメラに見せる。
「それじゃあ、また次回! またねー!」
そうして配信を終えた。
――その後。
装備を忘れたこと、無計画にダンジョンへ入ったこと、そして危険な状況でも退避しようとしなかったことについて、那由多はレイたちからみっちりと叱られることになった。
「……萎え萎えだぁ」
帰宅後、ソファに沈み込む那由多。
しかし、気持ちまで折れたわけではない。
新しい武器を得た。自分自身も、少しずつ強くなっている。
そして、次に目指すべき場所も決まっている。
「……よし。そろそろCランクに上がるぞ」
那由多は再び立ち上がった。
今度こそ、準備を整えて。




