第38話 ギルド案件:中学生を救え!
復帰配信から数日後。
昼頃、那由多は自宅のPCでゲームをしていた。
だが、以前のようにアクションゲームを楽しむことはできない。
左腕が義手になったせいで、細かな操作がまだ難しいのだ。
「あ〜! こんなところで一番の支障が……!」
ゲーム画面に向かって那由多が喚いていると、携帯電話が鳴った。
表示された名前はギルドだった。
「はい、もしもし?」
『もしもし? いきなりで申し訳ないですが、緊急の救援要請が入りました』
「なんと……!」
那由多は立ち上がる。
「私の家から150メートルくらいのところにあるFランクダンジョンですか?」
『そうです! 状況を録画したいので、配信をオンにして至急突入をお願いします!』
「分かりました! 詳細は?」
電話を続けながら、那由多は急いで着替え始めた。
念のため止血剤なども準備する。
『中学生のグループが、裏ボスと呼ばれる現象によって、Fランクより格上のモンスターと遭遇しました』
「中学生……」
その言葉を聞いて、那由多は以前のことを思い出した。
自分が初めて裏ボスと遭遇した時の配信。
あの時、自分が勝てたのは運が大きかった。
今なら、改めてそう思う。
「では、向かいます!」
『お願いします!』
必要な情報を聞き終え、那由多は電話を切った。
左腕を日常用の義手からシルバーの戦闘用義手へ換装。
守護者の魔剣を手に取り、軽装鎧を装備する。
「ああ……ヴェルナがいたら、もっと楽だったのになぁ。アイツ今外行っているからなぁ……」
『ご主人なら1人でやれますよ!』
「だといいな」
そんなことを呟きながら玄関を飛び出す。
そして猛ダッシュ。
自宅から約150メートル。
那由多なら数秒で到着できる距離だった。
ダンジョン入口でライセンスをかざす。
そんでもってカメラドローンを浮かべる。
「はい、今日は救援対応のための録画配信です。じゃあ、急ぐよ」
いつものような挨拶はない。
那由多は無言でイヤホン型の変身アイテムに触れた。
ナノマシンが展開され、黒と青の装甲が全身を覆っていく。
そして守護者の魔剣を抜く。
そのまま、ダンジョンの奥へ駆け出した。
〈本気のナユタンだ〉
〈命かかってるから真面目だな〉
〈無言変身のナユタンブラック〉
〈誰だか知らんが助けてやってくれ〉
コメント欄が流れていく。
しかし、那由多はそれを見る余裕もない。
「……子供だ。中学生!」
ダンジョンを進んでいると、やがて魔物の姿が見えてきた。
そして、その先には倒された魔物が何体も転がっている。
かなり激しい戦闘があったようだ。
少し進んだところで声が聞こえた。
戦闘音も響いている。
「大丈夫かァ!!」
那由多が声を張り上げる。
すると、戦っていた中学生たちが一斉に振り返った。
「神楽さん!?」
「ナユタンブラックが来てくれた!!」
4人の中学生は、すでに限界だった。
肩で息をし、疲労でまともに立っているのも辛そうだ。
その周囲には、狼型の魔物やゴブリン、サイ型の魔物。
だが今の那由多にとっては、脅威とは呼べない。
「俺が来たから、もう大丈夫だ!」
那由多が踏み込む。
魔剣が閃き、狼型の魔物が吹き飛ぶ。
続けてゴブリンを蹴り飛ばし、サイ型の魔物の突進を真正面から受け止める。
「よっと!」
そのまま力任せに押し返した。
Fランクダンジョンの魔物では、カンタレラの薬で強化された那由多の身体能力には到底及ばない。
あっという間に戦況がひっくり返る。
――しかし。
「うわっ!」
1人の中学生が足を取られた。
その瞬間、魔物が襲いかかる。
那由多は咄嗟に左腕を向けた。
「フウ!」
義手から放たれた風が魔物を吹き飛ばす。
中学生を巻き込まないよう、あえて威力を抑えた下級魔法攻撃だ。
「喰らえ!」
吹き飛んだ魔物へ魔剣を投げる。
魔剣は魔物を貫くと、そのまま空中を旋回し那由多の手へ戻ってきた。
「す、すげぇ……」
「私、ファンになりそう……」
中学生たちは呆然と那由多を見つめている。
コメント欄も凄まじい勢いで流れていた。
〈やっぱりナユタン成長してる!〉
〈分身する必要も無かったね〉
〈そりゃBランク単独撃破だしな〉
〈※この人はフルパーティ推奨を常に1人で戦う狂人です〉
〈救助じゃなくて駆除で草〉
「いやー、なんとかなり……」
那由多はそこで言葉を止めた。
4人しかいない。
「あれ? 5人パーティーじゃなかったんですか?」
その瞬間。
1人の中学生が那由多に駆け寄って縋り付く。
「リ、リーダーが!」
「リーダー?」
「殿は俺がやるって言って、ボス部屋から戻ってこないんです! 助けてください!」
那由多の表情が変わった。
だが、すぐに笑顔を作る。
自分まで焦れば、この4人をさらに不安にさせてしまう。
「安心してください!」
那由多は胸を張った。
「私が助けます!」
そして分身。
那由多が6人に増える。
「えっ……」
中学生たちが目を丸くする。
「君たちはこの4人が守るから出口へ!」
4人の分身が中学生たちの護衛につく。
そして本体と残った分身が、ダンジョンの奥へ向かう。
那由多はギルドへ連絡した。
「もしもし? 神楽です。4人の保護をしました」
『ありがとうございます!』
「残り1人は単独で裏ボスと戦っています。俺は救出に向かいます」
『……了解しました。ですが、神楽さん。一度撤退してください』
「え?」
『4名を安全な場所まで移動させることを優先してください。残り1名については、別の救援隊を……』
「でも、残り1人は今も孤独と恐怖に耐えながら戦っているんですよ!」
那由多は走りながら答える。
「分身4人を護衛につけて、4人は出口へ向かわせています。だから私は行けます!」
『しかし……』
「任せてください!」
那由多は迷わなかった。
「誰も死なせません!」
『…………』
少しの沈黙。
『……では、頼みましたよ』
「はい!」
通信を切る。
那由多と分身は、さらに奥へ走った。
そして――
「あった!」
大きな扉。
その向こうから、激しい戦闘音が聞こえる。
那由多は迷わず扉を蹴破った。
「大丈夫か!!」
カメラドローンが室内を解析する。
『対象:牛魔金トッスル』
『推奨ランク:Eランク以上』
『推奨人数:フルパーティ』
広いボス部屋の中央。
そこでは、大きな水牛型魔物と1人の探索者が戦っていた。
探索者は重装備の男。
大きな盾を構え、必死に魔物の攻撃を受け止めている。
「こ、この声は……ナユタンブラック!?」
男が振り返る。
「……って、うわぁ!?」
魔物の突進を受け止める男。
そこには2人のナユタンブラック。
そして、その背後にはカメラドローン。
「あと少し頑張ってください!」
那由多が男と魔物の間へ割り込む。
「ここからは私に任せてください。あなたは出口付近で待機を!」
「えっ?」
トッスルが突進してくる。
那由多はその角を両手で掴んだ。
「よっと!」
そのまま勢いを利用して、魔物を投げ飛ばす。
「マジかよ……」
男が呆然とする。
投げ飛ばされた魔物の着地点には、すでに分身が待ち構えていた。
「ナユタン5、頼んだ!」
分身が魔剣を構える。
一閃。
牛魔金トッスルはその場に崩れ落ちた。
血飛沫を浴びる分身。
〈そんな投げるって……〉
〈あの魔物かなり重いだろw〉
〈カンタレラの薬すごいな〉
〈義手もヤバい〉
〈Eランクボス相手に完全にオーバーキル〉
那由多は変身を解除する。
そして、座り込んでいる男へ手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
「……もうダメかと思っていました」
男は差し出された手を掴む。
「ナユタンブラックは、本当にヒーローっすね……」
「そんなことないですよ」
那由多は笑う。
「身体を張って仲間を逃がした。それはすごいことだと思います」
「……でも、俺はFランクです」
「関係ないですよ」
那由多は即答した。
「ランクと勇気は関係ありません」
そして笑顔で親指を立てる。
「あなたも立派なヒーローです!」
「……!」
男の目が大きく開く。
「じゃあ、帰りましょうか」
那由多が歩き出す。
「皆さん、待ってますよ」
「……はい!」
『ヒーローですね〜ご主人〜!』
コメント欄も一気に盛り上がる。
〈ルーキーを助けたルーキー!〉
〈ナユタンありがとう〜!〉
〈リーダーえらいぞ!〉
〈ナユタンは真面目な時はちゃんと真面目で好き〉
〈こういう救助回いいな〉
ダンジョンから脱出すると、那由多はカメラに向かって笑った。
「それじゃあ、配信はここまで!」
そして視聴者へ向けて指を立てる。
「みんなも危ないと思ったら、躊躇せずSOSシグナルを出してくださいね!」
「保険に加入していれば無料なので!」
そう言って配信を終了したつもりだった。
那由多はまだ知らない。
カメラドローンが、配信を終了していないことを。
「……」
那由多は、まだ少し震えている男を見る。
「どうしました?」
「あの……」
男は申し訳なさそうに口を開いた。
「ほ、保険……入ってないです」
「えっ?」
『ありゃ、また面倒なことになりましたね』
「…………」
「…………」
那由多は固まった。
「そうなると……1人5万円、合計25万円になりますけど……」
「はい……」
男は今にも泣きそうになっている。
那由多は少し考えた。
そして――
「では、私が払います」
「えっ!?」
「そこのコンビニで引き出してきますから」
「な、なんでそこまで……!」
男が慌てる。
「俺達が悪いんで、いいですって!」
「探索者は、楽しかったですか?」
「……え?」
突然の質問に、男が戸惑う。
「はい……」
少し考えてから、男は答えた。
「もう今回で4回目です。今回みたいなことがありましたけど……楽しかったです」
「そうですか」
「クエストをやれば小遣い稼ぎにもなりますし……」
「なら、続けてください」
那由多は笑った。
「このままだと、多分……親に禁止されちゃいますよね?」
「それは……そうですが……」
「私は、探索者を楽しめる人の力になりたいだけです」
那由多はそう言って笑う。
「だから、払いますよ」
「……ほ、本当にすみません」
「いいえ!」
那由多は笑顔でサムズアップした。
その時だった。
ピコン。
カメラドローンから通知音が鳴り。
そしてコメント読み上げ機能が再度始まる。
那由多は首を傾げた。
「……ん?」
そしてコメント欄を見る。
〈配信事故wwww〉
〈終わってないぞwwww〉
〈事故ってナユタンの優しさ露見してて草〉
〈配信外でも聖人の神楽〉
〈お前かっこいいな〉
〈あまり人助けて金欠とかにはなるなよ!〉
「…………」
『爆笑です!』
那由多はしばらく画面を見つめて——
「あはは……」
照れくさそうに頭を掻いた。
こうして、今回の救援案件は無事に終了した。
死者も、重症者も出なかった。
そして、救助された中学生たちも無事に家へ帰ることができた。
さらに、那由多の行き過ぎた善意まで配信されてしまったことで、ネットでは大きな話題となった。
ただ探索者を楽しんでほしい。
そのためだけに、25万円を払おうとした青年。
もっとも幸いにも、今回のギルドからの救援報酬で、その費用は十分に賄うことができた。
結局、25万円の処理はギルド側が引き受けることになったのだった。
そこから差し引いたほんの少しの報酬が那由多の口座に振り込まれた。




