第32話 ヒーローごっこの末
「行くぞ、ネア!」
出せる全力。
今の那由多が使える、全ての装備を起動する。
それに加えて分身まで展開したことで、戦場には6人のナユタンブラックが並んだ。
『解析完了! ライブラリのデータ照合により、対象は轟腕巨獣ガーガントです! 正真正銘のBランクです!』
「そうか! 弱点や特徴は?」
『あの特徴的な巨大な右腕が最大の脅威です! 頭部が大きな弱点ですが、体長8~10メートル。あの巨体では攻撃を当てるのも容易ではありません!』
不恰好なほど肥大化した右腕を引きずりながら、ガーガントがこちらへ走ってくる。
その巨体が近づくだけで、地面が揺れていた。
「なら、シェルターに到達する前に仕掛ける!」
スラスターを全開。
一気に距離を詰める。
「ジェミニ! オービタル! ドローンッ!」
宙を舞う魔導剣。
一斉に展開されるドローン。
そして――
「レールガンンッッ!!!」
全ての火力を、ガーガントの頭部へ集中させる。
ドローンが牽制射撃を浴びせる。
オービタルが死角から眼を狙う。
ジェミニがレーザーを放ち、巨体を焼く。
そしてレールガンが、ガーガントの頭部へ一直線に飛んでいく。
「ぎゃぼあ゛ぁ゛あ゛あ゛!!」
直撃。
ガーガントが苦悶の声を上げる。
「いける!」
そう思った瞬間だった。
ガーガントが巨大な右腕を振り上げる。
「なっ……!」
ドォンッ!!
右腕が地面へ叩きつけられた。
凄まじい衝撃波が周囲を薙ぎ払う。
「うわああああっ!」
那由多も、分身も、装備もまとめて吹き飛ばされた。
地面を転がり、何度も身体を打ち付ける。
起き上がった那由多の視界には、破損した装備がいくつも転がっていた。
「くっ……!」
ドローンの数が減っている。
ジェミニも割れて、いくつか機能を停止。
オービタルも何本か損傷している。
Bランクとは想像以上だと那由多は思う。
「なんだ、このバカみたいな強さは……!」
『どうやら攻撃を受けるほど、外殻が強固になっているようです!』
「……!」
『このまま攻撃を続ければ、こちらが先にジリ貧になります! 一撃必殺が必要です!』
つまり、分身による数の暴力は、こいつには悪手。
「……分かった」
那由多は分身を解除する。
6人だった那由多は、1人へ戻った。
壊れたドローン母艦をパージ。
壊れかけで割れているジェミニの電源を落とす。
そして、へし曲がったオービタルも使えないと判断して切り離した。
残ったのは、スーツと外骨格に、守護者の魔剣。
「俺1人でやるしかないな」
魔剣を握り直す。
そのときだった。
ガーガントが那由多ではなく、別の方向へ向かい始めた。
「……なんだ?」
『ご主人!』
ネアの声が脳内に響く。
『あそこに逃げ遅れた女性がいます! ガーガントは彼女に気づきました!』
「誰か……助けてぇー!!」
女性が必死に逃げている。
だが、巨体は彼女を追っていく。
考えるより先に、身体が動いていた。
「待てッ!」
スラスターを吹かせ、女性との距離を一気に詰める。
ガーガントが口を大きく開く。
「きゃあああああ!!!」
那由多は女性を押し退け、その前に立った。
次の瞬間、凄まじい衝撃と激痛が走った。
『ご、ご主人……!』
「……!」
左腕の感覚がない。
スーツと外骨格もろとも、左腕を失っていた。
血がとめどなく溢れる。
それでも那由多は、右手を女性へ伸ばす。
「立って……逃げて!」
「そ、そんな……私のせいで……!」
「気にしないで! 早く逃げて!」
「ほ、本当にありがとうございます……!」
女性は震えながらも立ち上がり、シェルターへ向かって走っていく。
その背中を確認してから、那由多はガーガントへ向き直った。
『ご主人!』
「……大丈夫だ」
大丈夫なわけがない。
そんなことは自分でも分かっている。
それでも――
「……まだだ」
那由多は右手だけで、守護者の魔剣を構え直した。
ネアはただ一言だけ言う。
『ご主人』
「なんだ?」
『私の命を預けたんですから、勝手に死なないでくださいよ』
「……!」
思わず笑う。
「じゃあ、またサポート頼むぜ! 相棒!」
『……!』
一瞬の沈黙。
『はい!』
ネアの声に力が戻った。
『再解析します!』
ガーガントの身体を解析していく。
そして――
『新たな弱点を見つけました!』
「どこだ!」
『あの巨大な右腕の根元です! 老体が原因で自重によって皮膚が引き伸ばされ、外殻の隙間が薄くなっています! そこなら攻撃が通る可能性があります!』
那由多はガーガントを見上げた。
確かに、巨大な右腕の根元。
毛と岩のような外殻の隙間から、赤い皮膚が覗いている。
「なるほど……そこか!」
ガーガントが再び右腕を振り上げる。
「来いッ!」
ズドォン!!
那由多は魔剣で受け止める。
「ぐっ……!」
受け止めきれない。
凄まじい衝撃で身体ごと後方へ吹き飛ばされ、地面を転がる。
魔剣の内部に蓄積されたエネルギーが、最大まで充填された。
「……チャージ完了か、恐ろしい威力だ」
那由多は立ち上がる。
残った装備を確認する。
外骨格の損傷は大きい。
それでもまだ飛べる。
「外骨格、フルアクティブ!」
スラスターを全開。
「空を飛べッ!!」
身体が一気に浮かび上がる。
狙うは、右腕の根元。
だが――
「っ!」
外骨格のエネルギーが尽きた。
スラスターが停止する。
「しまっ……!」
身体が落下していく。
ならば。
那由多は手を伸ばし空中で身体を回転させる。
右手に握った守護者の魔剣を、弱点へ向ける。
「これで!」
落下の勢いを全て乗せて、魔剣を振り下ろす。
「ぎぃや゛や゛ぼだあ゛!!!」
魔剣が右腕の根元へ食い込む。
ガーガントが絶叫する。
そして巨大な右腕が、その自重によって崩れ落ちた。ガーガントは痛みに悶えて倒れ込む。
同時に那由多も地面へ落下する。
「パージ……」
外骨格を解除。
立ち上がった那由多の身体には、もう左腕がない。
それでも。
目に宿った闘志だけは消えていなかった。
ガーガントは苦しみながらも、まだ立っている。
「……まだ終わってないだろ」
那由多は右脚に力を込めた。
そして跳ぶ。
超人的な跳躍力で、一気にガーガントの顔へ迫る。
「これで終わりだァァア!!!!!」
魔剣を眼球に突き立てる。
そして己の魔力が、その残された力を一気に魔剣へ送り込んだ。
「うおおおおおおおおッ!!」
ガーガントの巨体が大きく揺れる。
そして遂に轟腕巨獣ガーガントは、地面へ完全に崩れ落ちた。
「……ははっ」
那由多も瓦礫へもたれかかる。
変身を解除した。
「やったぞ……」
『止血処理、完了』
ネアの声がする。
『身体内フェムトマシン残存量17%』
「……え?」
『上限から減少しています』
「減った?」
『左腕の損失に伴い、フェムトマシンも大量に失われました。私の判断で咄嗟にアーマーを形成しましたが……完全には間に合いませんでした』
ネアの声が少し震えている。
『……ごめんなさい』
「そうか」
那由多は空を見上げる。
「気にするな」
『でも……』
「大丈夫だって」
何故だか、笑いが漏れた。
『笑い事じゃないです!』
「でもさ」
那由多はガーガントの倒れた場所を見る。
「勝ったよな」
『……』
少しだけ間があった。
『……はい』
「そっか」
身体の感覚が、少しずつ薄れていく。
もう、まともに立っていることも難しい。
そのときだった。
「那由多!」
遠くから声が聞こえた。
レイ続いて美琴、ヴェルナの姿も見える。
3人がこちらへ駆けてくる。
「那由多!」
レイが駆け寄る。
「おお……よく俺を見つけたな」
「バカ!」
レイの目には涙が浮かんでいた。
「こいつに1人で挑むなんて……!」
美琴も怒鳴る。
「なにしてんのさ! 本当にもう! あーしだってこいつ倒すのだるいってのにさ!」
そしてヴェルナの視線が、那由多の身体へ向いた。
「……?」
表情が固まる。
「お、お前……」
ヴェルナの声が震える。
「う、腕は……どうした……?」
「……!」
レイと美琴も気づいた。
「そ、そんな……」
誰も言葉を続けられない。
那由多は3人を見て、少しだけ笑う。
「なんだよぉ……」
声が掠れる。
「これで1人の命を守ったんだぜ?」
「……」
「褒めてくれよ」
3人とも絶句した。
やがてレイが、震える声で言う。
「……自己犠牲が過ぎるのよ」
そして那由多の身体を支える。
「早く病院に行かないと」
レイは那由多の手を握った。
美琴とヴェルナも、それぞれ那由多を支える。
「行くよ!」
次の瞬間。
視界が光に包まれた。
レイの瞬間移動。
那由多たちは戦場から消えた。
こうして、那由多は左腕を失いながらも、格上であるBランクの魔物を1人で撃破した。
得た自信に見合わぬ、大きな代償。
それでも那由多は、満足そうに笑っていた。
そして、この戦いは瞬く間に日本中へ知れ渡る。
これまでの那由多は少し変わった、面白い配信者。
そして「1人軍隊」と呼ばれる探索者。
だが、この日を境に。
人々が彼を見る目は、少しずつ変わっていく。
彼はただの配信者ではない。
誰かを守るために、自らを危険に晒した。
そして、最後まで戦い抜いた。
その姿は、多くの人々にとって、ヒーローそのものだった。




