第31話 東京スタンピード
外は、けたたましい銃声と叫び声に包まれていた。
ここはもう、地獄だ。
那由多は魔剣を抜刀する。
手に汗握る緊張感。
自分以外の命まで背負っていることを、改めて理解する。
「分身……死者を減らすぞ。ヴェルナ」
「ああ」
「全てを起動するっ!」
『はい!』
瞬間。
36本の魔導剣オービタルが宙を舞う。
ドローンも一斉に起動し、その数は合計84機。
ジェミニは12個。
レールガンはチャージを開始する。
これが、現在の那由多が持つ全戦力。
魔物たちはその異様な気配を感じ取ったのか、一斉にこちらへ振り向いた。
「うぎゃぎゃ?」
「ぐぎぃ!」
だが、一瞬の油断が命取りだった。
「撃てぇーっ!!」
那由多の号令と同時に、ドローンが一斉掃射。
魔石から放たれた魔力弾が魔物の群れへ降り注ぎ、ジェミニから放たれたレーザーがさらにその群れを薙ぎ払う。
何十体もの魔物が一気に倒れていく。
「ヴェルナは別の場所で戦ってくれ! ここは俺がやるっ!」
「分かった! 気をつけろよ!」
そう話している間にも、オービタルが宙を駆け、魔物を次々と切り裂いていく。
ヴェルナは翼を広げ、別の戦場へ飛び立った。
それを見届けた那由多は魔剣を握り直す。
「行くぞ!」
外骨格のスラスターを噴かせ、魔物の群れの中心へと一気に突っ込む。
「回転斬り!」
速度を一気に引き上げ、身体を回転させながら魔剣を振るう。
その間もドローンは射撃を続け、オービタルが周囲の魔物を自動で切り伏せていく。
まさに一人軍隊。
いや今の那由多は、それすらも超えようとしていた。
その圧倒的な戦力を目の当たりにした探索者や自衛官たちから、歓声が上がる。
「おおーっ!! 神楽さんが来たぞー!!」
「一人軍隊を見せてくれー!!」
「ナユタンブラック助かる!」
その声に、那由多は思わず笑みを浮かべる。
だが、戦いの手は止めない。
「俺が来たからには、ここで死者は出させないっ!!」
さらに魔物の群れへ飛び込んでいく。
その頃。
ヴェルナは少し離れた場所へ着地すると、翼を広げたままSATの部隊へ加勢した。
「お前らは私ごと気にせず撃て」
「なっ!? 神楽さんのところの……!」
「本物の魔族を初めて見た……!」
銃口がヴェルナの背後に向けられる。
「そんな程度では死なない。撃て!」
ヴェルナは自信満々に言い放ち、そのまま魔物へ向かって走り出した。
「インフェルノ」
呟いた瞬間。
ヴェルナの身体の一部が燃え上がる。
那由多すら知らない、少しだけ本気の姿。
「お前ら如きにこれを使うのは癪だが……数が多すぎるんでな」
ヴェルナは口から炎を吐き出す。
炎が魔物の群れを包み込み、次々と倒していく。
別方向から迫ってきた魔物には、炎を纏った拳を叩き込む。
「さあ来い! 全員まとめて滅してくれるっ!」
一方、レイと美琴も別々の場所で戦っていた。
レイは光速で街中を駆け抜け、逃げ遅れた人々を優先して救助している。
「手を取って!」
「は、はい!」
レイが手を取った瞬間、2人の姿が光へと変わる。
次の瞬間には、避難シェルターの前。
「さあ、早く入って!」
「ありがとうございます!」
避難者を送り届ける。
だが、その直後。
巨大な魔物がシェルターへ向かって走ってきた。
レイは振り返る。
「推定Cランク上位ね」
その顔に慢心も焦りもない。
「アタシの敵ではないわ」
魔物が迫る。
しかし、次の瞬間にはレイの姿が消えていた。
魔物が周囲を見回す。
「遅いのよッ!」
その背後にレイが光線を放つ。
魔物はその場に崩れ落ちた。
「次は雑魚の群れを始末するッ!」
光の剣を手に、レイは再び戦場へ駆けていく。
圧倒的な速度と火力。
その戦いに、一切の迷いはなかった。
そして美琴。
「サンドイッチだ!」
重力を操り、宙へ浮かび上がる。
壊れた車を引き寄せ、魔物の群れへ叩きつける。
さらに周囲の瓦礫を浮かせ、次々と魔物へ飛ばしていく。
「ほぉら! 重圧の美琴をナメんな!」
広範囲の重力を一気に増幅。
魔物たちの動きを封じる。
そこへ美琴が操るトラックが引きずられていき魔物はミンチになる。
「はっはっ!」
腕を組み、宙に浮かびながら得意げに笑う。
しかし――
「ハァッ!!」
不意に飛びかかってきた魔物へ、美琴は拳を叩き込む。
極真空手黒帯初段。
そこへ重力操作まで加えた一撃。
魔物は吹き飛び、建物の壁へ激突した。
「まだまだぁ!」
美琴もまた、戦場を駆け回っていた。
そして再び那由多。
彼は最も魔物の数が多い場所で、迎撃を続けていた。
「……多くないか?」
『魔物の総数は減るどころか増えています!』
「増えてる!?」
『今、ダンジョン氾濫ランクがAに上昇しました!』
「A……!?」
那由多の表情が変わる。
つい先ほどまで、Bランクだった。
それが今はAランク。
「Cランクの魔物が明らかに増えているっ! レールガン、発射!」
チャージを終えたレールガンが轟音を響かせる。
一直線に放たれた魔力の奔流が、魔物の群れをまとめて吹き飛ばした。
「……倒せはするな」
『当然です! 今のご主人なら、Cランクダンジョンの魔物程度なら問題ありません!』
「そうか……!」
再び那由多は魔物へ向かう。
だが倒しても、倒してもCランクの魔物が次々と現れる。
さすがの那由多も、徐々に表情を険しくしていった。
「……マズいな」
その時だった。
ドォン!
遠くで巨大な音が響いた。
魔物たちが一斉にざわめく。
そして、明らかに雰囲気の違う巨大な魔物が、同族すら踏み越えて姿を現した。
「おい……アレはなんだ?」
『解析します!』
ネアの声が一瞬止まる。
『……アレはCランクではありません』
「えっ?」
那由多が目を見開く。
「弱いのか?」
『違います』
ネアの声が低くなる。
『推定Bランク。政府が発表した上限Cランクを突破しました』
「……Bランクか」
那由多は魔物を見つめる。
Bランク。
それは、かつての自分ならまともに戦うことすら考えなかった領域だ。
「俺が行ったことのある、一番上のダンジョンが確かBランクだったな……」
荷物持ちだった頃を思い出す。
あの頃自分はただ、強者の後ろを歩いていた。
そして今。
那由多は守護者の魔剣を握り直す。
あの頃には握っていなかった剣を。
『逃げることを推奨します』
ネアが言う。
『東京にはSSランクの探索者も多数います。わざわざご主人が戦う必要はありません』
「だが、逃げてどうする?」
『今のご主人は疲弊しています。無理をすれば――』
「ヒーローは敵に背を向けない」
『……こんな時にもヒーローごっこですか?』
ネアの声が少しだけ強くなる。
『今のご主人には無理です。逃げてください』
那由多は巨大な魔物を見る。
その向こう側には、避難シェルターがある。
「……あいつが、すぐそこのシェルターに行けば」
那由多は静かに言う。
「何人死ぬと思う?」
『……』
「シェルターだって絶対じゃない。あんなのが暴れたら、限界がある」
那由多は一歩前へ出る。
「だったら、俺がやる」
『ご主人……』
「俺たち、一蓮托生なんだよな?」
那由多は少しだけ笑うも真剣な表情になる。
「悪いが、お前の命を俺にくれ」
その言葉に、ネアは沈黙する。
ほんの数秒。
やがて――
『……所詮はどこまで行ってもAIなのに』
その声は、いつもの軽さとは少し違っていた。
『命と言ってくれて、ありがとうございます』
ネアの声に力が戻る。
『私も全力でサポートします。必ず勝利に導きます!』
「……ああ!」
那由多は魔剣を構える。
「俺たちで倒す!」
『はい!』
那由多は手前の魔物を切り払いながら、Bランクの魔物へ向けて駆け出した。
東京23区を覆うスタンピード。
その戦いは、ここからが本番だった。




