第24話 普通にEランクダンジョンで配信しようか
那由多は入院から一日で退院した。
その後、警察から事情聴取などを受けたものの、特に問題なく家へ帰ることができた。
そして遂に分身は解禁して良いと言われた。
そして翌朝。
いつものように日課の鍛錬をしていると、スマートフォンから通知音が鳴った。
ピロンッ!
「ん? ギルドからの案内……?」
画面を確認すると、先日の実績を鑑みて……
「Dランク昇格試験クエストの……受注許可!!?」
思わず拳を握る。
また、心の中の那由多は踊った。
しかも、なぜだか踊っている分身をイメージしたら合計六人いた。
だが、そんなことはどうでもいい。
自分の実力が認められた。
その事実が、何よりも嬉しかった。
「よっしゃあ!」
那由多は早速、ギルドへ向かった。
「すみません! 神楽那由多です。Dランク昇格試験を受けたいのですが!」
受付で声を掛けると、受付嬢がにこやかに答える。
「神楽様ですね! はい、こちらのダンジョンの攻略をお願いします!」
「面倒な対人戦は無し……?」
「今回は特例で無しです!」
受付嬢は書類を確認しながら説明する。
「条件は、本日中にボスを討伐すること。そして討伐したことを証明するために、配信を行ってください!」
「分かりました!」
こうして那由多は、指定されたEランクダンジョンへ向かった。
『やりましたね、ご主人! 私も全力でサポートに努めます!』
「頼りにしてるぞ、ネア!」
Eランクダンジョン。
その入口に立った那由多は、しばらく周囲を見回した。
「うん。普通そうだな!」
入口からして、何の変哲もないダンジョンだった。
前回のような異様な雰囲気もない。
それだけで、那由多は少し安心した。
そして中へ入る。
すると、カメラドローンが浮かび上がった。
配信開始。
タイトルは、
『Dランクへの昇格試験』
だった。
「どうもー! 心配させちゃったかな?」
那由多はカメラに向かって笑い、親指を立てる。
「こうして元気にしてるから、応援よろしくぅ!」
コメント欄が一気に流れ始めた。
〈マジで懲りてないの草〉
〈バトルジャンキー過ぎる、あんな目に遭ってまだやるか〉
〈那由多、お前がナンバーワンだ〉
〈マジで死ぬなよ〉
〈お前の入院頻度おかしいからな!〉
「ははは……」
散々な言われようだった。
だが、探索者というものは、一度の失敗や挫折で探索を辞めてしまう者も少なくない。
だからこそ、こうして復帰した那由多を心配する声が多いのも当然だった。
「まあ、逃げるのもプロだって理解したから!」
那由多は笑う。
「ネア、このダンジョンをスキャンして」
『スキャン完了。魔素は安定しています。モンスター自体にも異常性はありません。ただし、個体数はやや多めです』
「まあ、昇格試験だから簡単じゃないのかな」
那由多は周囲を見渡す。
「……でも、普通ってのは素晴らしいなぁ」
前回見た、あの「人間かもしれない存在」
その記憶が、まだ頭から離れない。
だからこそ、今いる場所が普通のダンジョンであることに、那由多は心の底から安堵していた。
しばらく歩く。
今回の装備は、守護者の魔剣といつもの軽装鎧のみ。
するとコメント欄に疑問が流れた。
〈そういえばドローンとかどうしたん?〉
〈アレすごかったから、また見たい〉
「ああ、あれか」
那由多は苦笑する。
「研究のためにバラバラにされたせいで、今は動作不良が多くてさ。まあ、また手に入れるから安心して!」
〈なるほど〉
〈あの大量ドローンまた見たいわ〉
〈スポンサーから貰えないの?〉
「そのうち何とかなるでしょ!」
コメントとやり取りしながら進んでいると――
「ギギーッ!!」
「グバァ!」
「ウボォォ!!」
前方からゴブリンの集団が現れた。
那由多は一瞬だけ目を細める。
「……ちゃんと普通のダンジョンだな」
そして、ニヤリと笑った。
「よし! 分身ッ!」
那由多の隣に、1人。
さらに1人。
そしてまた1人。
次々と分身が現れる。
「1人、2人、3人……」
数えていく。
「よし、分身が五人いるな」
そこで那由多が固まった。
「……五人?」
首を傾げる。
「……あれ!? なんか増えてんだけど!?」
那由多を含めれば、合計六人。
今朝、脳内でイメージした分身の数も六人だった。
「だから今朝の脳内の分身が多かったのか?」
少し考える。
「……いや、そんなのに因果関係はないか」
ならば……
「つまり、単純に成長したってことか!」
コメント欄も一気に沸き立つ。
〈なんか一人多いんだけど〉
〈分身の数って増えていくのかよw〉
〈本当にEランクスキルじゃないだろこれ〉
〈それって全員フェムトマシン使えるの?〉
フェムトマシンについては、那由多も気になっていた。
「ネア、俺の分身はどうなってる?」
『確認しました! 私は増えていません!』
ネアが胸を張る。
『天上天下唯我独尊の電脳美少女なので!』
「そこは関係あるのか?」
『ありません!』
「だよな!」
『ただし、フェムトマシンは全員が自由に使用できます!』
「そうか!」
那由多はニッと笑った。
「ならば皆、両手に刃を纏え!」
6人全員の前腕に、フェムトマシンが一斉に集まる。
アーマーが形成され、その先端から青白く輝く刃が伸びた。
ゴブリンたちが迫る。
「では蹂躙だッ!」
最前列のゴブリンを蹴り上げる。
宙へ浮いたところを、青白い刃が捉えた。
続いて別の分身が踏み込み、次々と敵を切り伏せていく。
その最中。
死角から一本の矢が飛んできた。
分身の一人が反応するよりも早く。
だがフェムトマシンが自動的に局所アーマーを形成した。
矢が弾かれる。
〈ずるい! 並の攻撃じゃ倒せないやんw〉
〈これも暫くすれば民間人も使えるのか……〉
〈フェムトマシンは当分無理だから俺らはナノマシン〉
〈那由多って動きに無駄が少ないよね〉
敵を捌きながら、那由多が笑う。
「嬉しいねぇ。昔はガシャガシャ動く分身同士で足を引っ張ってたからさ!」
最後のゴブリンへ向けて踏み込む。
「これで終いだっ!」
足へフェムトマシンを集中させる。
強化された蹴りが、最後の一体を吹き飛ばした。
「ふぅ……」
那由多は腕を回し、軽くジャンプする。
〈やっぱり数の暴力はええなw〉
〈ソロなのに見応えあるわ〉
〈久々の数の暴力キター!〉
「いやぁ、やっぱりこれだな!」
そんなことを言っていると。
ドスン。
地面が揺れた。
「ん?」
前方から姿を現したのは、体高3メートルほどの牛型魔物だった。
「やばっ!」
那由多が叫ぶ。
「五人とも囲め! 手を刃から魔弾砲に変形!」
六人が一斉に散開する。
前腕の刃が変形し、魔弾を撃ち出すための砲身へと姿を変えた。
「撃てぇッ!」
六方向から、一斉に魔弾が放たれる。
爆音。
魔物の姿が煙に包まれる。
そして煙が晴れた時――
そこには、角の欠片が一つ転がっているだけだった。
〈飛び級しても良いレベルだな〉
〈これでフェムトマシンはフルじゃないんだよね?〉
〈やばい、怖い〉
「確か、フェムトマシンは15パーセントくらいだったかな?」
『現在は少し増えて、約17パーセントです! 波はありますが、着実に増えています!』
「そうか、ありがとう」
那由多はカメラを見る。
「みんなー。大体17パーセント身体に入ってるって!」
〈大体で済ませるなw〉
〈怖すぎる〉
〈それでもまだ17%なのかよ〉
そんなコメントと会話をしながら、さらに奥へ進む。
やがて、ボス部屋へ続く場所に到着した。
扉はない。
だが、道の先は深い霧に包まれている。
「ここがボス部屋か」
那由多が息を吐く。
ダンジョンでは、こうした霧がボスの存在を示すことが多い。
「入るぞ……」
霧の中へ踏み込む。
そこにいたのは、巨大な牛頭の魔物。
ミノタウロスにしか見えない怪物だった。
その魔物は、何かを苛立たしげに壁を殴り続けている。
カメラドローンが飛び、解析を開始する。
『対象:下位ミノタウロス型魔物種』
『推奨ランク:Eランク以上』
『推奨人数:フルパーティ』
「まあ、妥当ってところか」
〈いやいや、アンタいつもフルパーティ推奨を一人で倒してるのおかしいからな〉
〈E同士の即席パーティ組むより一人を選ぶなんてイカれてるよなw〉
「まあ、仲間がいるとやりにくい戦法とかあるからしゃーなし!」
那由多は笑いながら、守護者の魔剣を抜く。
分身たちも一斉に魔剣を構えた。
そしてフェムトマシンを脚部へ集中させる。
「ブースター、準備完了!」
足裏から小さなジェット噴射が起こる。
身体がわずかに浮き上がった。
「翻弄してやるわ!」
六人が一斉に駆け出す。
魔物の周囲を高速で旋回し、死角を探る。
「うがぁあああっ!!」
しかし、魔物が大きく腕を振り下ろした。
ドゴンッ!
地面を叩いた衝撃が広がり、分身たちがまとめて吹き飛ばされる。
「うわっ!?」
だが、その瞬間。
本体はすでに魔物の背後へ回り込んでいた。
「全然翻弄できなかったけど取ったッ!」
魔剣を振り抜く。
しかし、刃は分厚い肉に阻まれ、決定打にはならない。
「チッ!」
那由多は即座に判断する。
「ブースター解除!」
脚部のフェムトマシンが解除される。
「フェムトマシン――魔剣を経由して侵食しろッ!」
魔剣を通じてフェムトマシンが魔物へ流れ込む。
魔物の動きが鈍る。
「今だ!」
那由多が叫ぶ。
「分身! 俺に斬りかかれ!」
五人の分身が一斉に那由多へ向かって駆ける。
魔剣に力が集まっていく。
そして、フェムトマシンが魔物から離れ、地面を伝って那由多の身体へ戻ってくる。
「チャージ完了!」
那由多が魔剣を構える。
「吹き飛べッ!」
蓄積された力を、先ほどの攻撃で生じた傷へ向けて一気に放つ。
轟音がダンジョンに響き渡った。
魔物が倒れる。
『対象の生命反応、消失。討伐完了です!』
「やったー!!」
那由多が両手を上げる。
〈誰も彼も全然参考にできない戦い方で草〉
〈異端すぎる〉
〈これに外骨格、ドローン、オービタル、ジェミニとか全乗せしたらA行けるかもな〉
〈これでDかぁ……感慨深いなぁ〉
「というわけで!」
那由多はカメラへ向き直る。
「これで今回の配信は終わり!」
親指を立てる。
「次からはDランクです! 本当に応援ありがとうございました!」
〈おめ!〉
〈おめでとうナユタン!〉
〈流石ね、それでこそあなたよ〉
〈↑レイが現れたぞ!?〉
〈ナユタンの配信って有名人たまに来るよね〉
こうして神楽那由多は、正式にDランク探索者となった。
いつも通りの戦法。
いつも通りの勝利。
そして、いつも通りの配信。
続いた非日常を終わらせたかった那由多にとって、今回の探索は心の底から安心できるものだった。
「……やっぱり、普通が一番だな」
那由多はそう呟いて、笑った。
だが全世界から注目される存在となった彼が、これからも平穏に暮らせるのか。
それを知る者は、まだ誰もいなかった。




