第23話 重い修羅場
那由多はレイによって、またこの前の病院へと運び込まれた。
幸い、ネアがフェムトマシンによる治療を続けていたため、肺に穴が空いたが一命を取り留めることができた。
治療は折れた肋骨を元の位置へ戻して処置を施し、あとはフェムトマシンに任せるという方針になった。
そのため、手術自体は短時間で終了した。
そして現在。
病室にはレイ、美琴、ヴェルナの三人がいた。
那由多の両親もすでに駆けつけていたが、ひとまず帰宅している。
そんな中、病室の扉が勢いよく開いた。
「那由多っ……!」
息を切らしながら飛び込んできたのは律だった。
配信を見ていたのだろう。
今回の一部始終を知っているらしい。
律は那由多のベッドへ駆け寄ると、その手を両手で握った。
「私が……プロ意識を持てって軽く言っただけなのに……そんなに本気にするなんて……」
目には涙が浮かんでいる。
レイが静かに口を開いた。
「イレギュラーが重なった結果よ。律の責任じゃないわ」
ヴェルナも続ける。
「最後のアレはEランクじゃない。C……いや、Bランクの下位くらいはあっただろ」
ヴェルナは大きくため息を吐いた。
「低ランク向けの装備だけでどうにかできる相手じゃなかった。……タイミングが悪かったんだよ」
「で、でも私は……死んでもやれなんて……そんな意味じゃないのに……」
律の脳裏に、あの時の自分の言葉が蘇る。
『そうならないように仕事をするのが、スポンサー付きのプロでしょ!』
軽口だった。
いつものように、那由多をからかうつもりだった。
なのに――
律は唇を噛む。
あんな言葉を、まだ酒も飲めない年齢の青年に投げかけた自分が憎かった。
レイが言う。
「那由多は自分の意思で決めた。そして、私たちも止められなかった」
「だからよ」
ヴェルナが肩をすくめる。
「コイツって割と頑固なんだよ。金にがめついくせに、自分のことは後回しにする。善性の塊みたいな奴だ」
ヴェルナはお手上げとばかりに両手を上げる。
「それで全部が、悪い方向に回っちまっただけだ」
だが。
「……っ!」
美琴だけは、冷静ではいられなかった。
突然立ち上がると、律の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「那由多が馬鹿真面目なの、知ってたでしょッ! なんで律は緊急時の武器の使用すら禁止にしたの!?」
「っ……」
律は何も言い返せなかった。
確かに、いつものEランクダンジョンなら問題なく終わる。
そう確信していた。
まさか世界を揺るがすような事件が起きるなど、誰が予測できただろう。
――いや
そんなもの、予測できるはずがない。
「あの人が死んだら誰が責任を取るのッ! 本当のモルモットにし……」
そこでレイとヴェルナが割って入り、美琴を律から引き離した。
「おお……お前、小さい割に怪力だな」
ヴェルナが美琴を押さえながら言う。
「取り敢えず落ち着け。同じパーティの仲間だろ?」
「律に怒っても何も始まらないわ」
レイも美琴を宥める。
「やっとできた仲間を、こんなことで失うつもり?」
「でも……!」
美琴の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
そして、叫ぶ。
「私は那由多が本気で好きで、好きで、大好きなのッ!」
「…………」
病室が一瞬静まり返った。
美琴は勢い余って拳を握り締める。
「レイ以外の二人も、どうせ好きなんでしょ!?」
レイが驚いた顔をする。
「今それを言うの!?」
ヴェルナは一切動じない。
「そうだが?」
「即答!?」
レイは驚く。
「それが今、関係あるか? とにかく落ち着け」
律は目を伏せながら答えた。
「……言う権利はないけど、否定もしたくない」
律は那由多の手を見つめる。
「そうだよ。彼は……大切だよ。だから、配信も見ていた」
「尚更ッ!」
美琴が叫ぶ。
「配信を見ていたなら、緊急時の武器の使用くらい許可してよッ!」
そして――
美琴の拳が振り上げられた。
だが、その瞬間。
那由多の腕から板状のフェムトマシンが飛び出し、拳を受け止めた。
「……え?」
美琴が目を丸くする。
板には、小さなスピーカーが取り付けられていた。
『あの~……ご主人は、こういうのが一番嫌だと思いますよ』
ネアの声だった。
『みんな仲良く、という性善説が大好きなお間抜けさんたちなので』
「……」
美琴はハッとした。
そして律を見る。
「ご、ごめん……。カッとなりすぎた……」
「いいよ。私も、確かに途中で指示を出せばよかったから」
『はい。関係にヒビが入ってからでは遅いですからね』
ネアの声が、少しだけ低くなる。
『……私の那由多を悲しませないでください』
その一言に、病室の空気が少しだけ固まった。
板状のフェムトマシンは役目を終えると、那由多の腕へ戻っていく。
それから三人は、それぞれ那由多の手を握ったり、ベッドの傍に寄り添ったりしていた。
那由多は、まだ眠ったままだった。
一方、その頃。
世間では大騒ぎになっていた。
『政府は本日、今回の異常ダンジョンの調査を目的として、自衛隊を派遣すると発表しました』
ニュースでは、那由多が遭遇したダンジョンについて報道されている。
これまで半ば冗談として扱われていた、とある日本人教授の説にも注目が集まっていた。
ダンジョンとは、時空の捩れによって並行世界と繋がった場所なのではないか。
誰も本気にしていなかったその説が、今回の事件によって一気に現実味を帯びた。
さらに、ダンジョンには一つの問題があることも判明する。
入り口そのものは変わらない。
しかし、中身は不定期に変化する。
つまり、同じ入口だからといって、中まで同じとは限らない。
今回のダンジョンも、那由多が初めて入った場所だった。
そして、そこで待っていたのが、あの世界だった。
那由多の配信アーカイブには、今も大量のコメントが投稿されている。
〈あのダンジョン、本当に別の世界なの?〉
〈ナユタン大丈夫なのか?また入院だなんて〉
〈ジェミニ強すぎる、買うわ〉
〈次の配信はあるのか? 流石にトラウマになるだろ〉
〈てか、アレが並行世界ならこっちにもああなるリスクがあるってこと!?〉
そしてネット上では、別の問題も浮上していた。
ウイルスが持ち帰られたのではないか。
その可能性を恐れた人々によって、ネットは大混乱に陥っていた。
神代工業の上層部も、今回の事件について頭を抱えていた。
「ジェミニは、確かに戦えたな」
「はい。低ランク向けとしては十分以上の性能です」
「ですが、低ランクを想定している装備です。間違って中ランク以上のダンジョンで使用されれば、危険性が高い」
「キャッチコピーを変更する。安全基準も見直せ」
「了解しました」
そして、話題は那由多へ移る。
「神楽さんに対する案件料はどうしますか?」
一人の研究員が尋ねる。
「ボスを倒せていません。契約上、支払いが不要になる可能性も……」
「予定通り払いますよ」
上層部の男が即答した。
「当然だ。むしろ追加で補償しろ」
「追加ですか?」
「ピンチはチャンスだ。今回の件で企業イメージが下がると思われているなら、逆に上げればいい」
「……なるほど」
「それより、担当の柊律の処分はどうしますか?」
「処分したら?」
「神楽那由多は、絶対に反発するでしょう。世間からの反発も避けられません」
「なら継続だ」
即答だった。
「神楽那由多は、もう放置できないほど大きくなった存在だ」
その存在感が、結果的に律を救うことになった。
そして、再び病室。
律は、ずっと那由多の手を握っていた。
するとピクリと那由多の指が動いた。
「……うぅ……」
「「「「那由多!」」」」
四人の声が重なる。
那由多がゆっくりと目を開けた。
「はっ!?」
そして第一声。
「ジェミニ壊しちゃったよっ!!」
「そこじゃない!」
美琴が即座にツッコんだ。
律は目から大量の涙を流しながら、那由多の手を握る。
「ごめんよ……私があんなことを言ったから……」
那由多はキョトンとした。
「えっ?」
そして少し考える。
「なんだか知らんが、律は悪くないだろ?」
「プロ意識を持てって言ったり、武器の仕様を制限したことだよっ……!」
「ああ、なんだ」
那由多は苦笑する。
「俺が意地張っただけだよ」
そして、ゆっくりと律の頭に手を乗せた。
「律は悪くない。仕事だからな」
「……っ」
律の目から、また涙が溢れる。
すると美琴が割って入った。
「心配させたんだから、あーしの頭も撫でろ!」
「ははっ、楽しいのか?」
「楽しい!」
「そうか」
那由多は笑った。
「それより、プロってのは見直すかな」
「……!」
律が強く反応する。
「まさか……引退するの?」
「違う違う」
那由多は首を振る。
「無理なモンは無理って判断するのも、プロだと思うのよ」
少しだけ間を置いて続ける。
「ただ仕事を遂行するだけじゃないってね」
レイが微笑む。
「それで良いと思うわ。アタシも無理な時は無理って言うしね」
「だな」
那由多は頷いた。
「まあ、探索はやめないけど」
「だろうな」
ヴェルナは腕を組み、呆れたように笑った。
「ただ、次からはもう少し安全にって気を遣わないとな」
『ご主人が安全第一なんて……成長しましたね!』
わざわざ体にスピーカーを生成して話すネア。
「俺のことをなんだと思っている!」
病室に笑い声が響く。
こうして那由多は、再びみんなのもとへ帰ってきた。
女性陣も、ようやく胸を撫で下ろす。
だが彼女たちが那由多に向ける感情は、もう隠しきれなくなっていた。
那由多を巡る修羅場は、これからが本番だった。




