第22話 企業案件:ジェミニだったが……
物語は大きく動く
復帰配信から数日。
那由多は、以前から神代工業に貸し出していたドローンを回収するため、本社へと向かっていた。
受付を済ませて案内された部屋には、すでに律が待っている。
「そんで? 俺の改造ドローンは役に立ったの?」
那由多は椅子に座り、頬杖をつきながら尋ねる。
「もちろん! 君の改造を参考にして、十四機の魔石ドローンを搭載した、母艦を背負うタイプの武装の製品化が決まったよ!」
「おお! それは何よりだ」
「ありがとね! 君にはCMにも出てもらう予定だから、後でまた契約書とか書いてもらうからね」
「ああ。そんで、今回の案件がそれなのか?」
那由多は少しだけ眉を下げる。
最近は配信も復帰したばかりだ。
同じような案件が続けば、視聴者も飽きるんじゃないか。
そんな心配をしていた。
だが――
「いや、違うよ。今日やってもらうのはこれ!」
律は部屋の隅に置かれていた大きな段ボール箱を、机の上にドスンと置いた。
「重っ……」
那由多が箱を開ける。
中に入っていたのは、人間の頭ほどもある二つの青い球体だった。
金色の装飾が施された表面は宝石のように煌めき、機械というより高級なアクセサリーにも見える。
「これはジェミニ! モルモット君用の試験モデルだよ!」
「俺専用!?」
専用。
その言葉を聞いて喜ばない男はいない。
那由多の目が輝いた。
「なにそれ!? 投げつけるの!?」
「どうして最初に攻撃方法を聞くのかなぁ……」
律は呆れながらも説明を続ける。
「これはドローンの派生系。そこそこ大きめの魔石を動力にして、自律浮遊する武装だよ」
「ほうほう」
那由多は二つの球体を興味津々に眺める。
「んで、君が使っていたこめかみのデバイス。あれも参考にさせてもらったよ。だから、これをつけてみて」
「うん」
那由多がデバイスをこめかみに装着する。
『新規デバイスを検知しました! 接続します!』
体内のフェムトマシンが反応し、皮膚の下から無数の微細な機械が浮かび上がる。
デバイスとフェムトマシンが接続された。
「おお! フェムトマシンに直接接続するから俺専用なのか!」
「そう。民間向けには、君が使ってたゴーグルとこめかみデバイスの組み合わせで販売する予定」
『これ、めちゃくちゃ有用な装備ですよ! ご主人!』
「ネアが興奮してる……相当強いんだな、これ」
「そうだね。このジェミニαとジェミニβは、いろいろできるよ」
律は二つの球体を指差した。
「今回は、この二つだけでEランクダンジョンを攻略してほしい」
「えっ?」
那由多の顔が固まった。
「魔剣も使わず?」
「うん」
「フェムトマシンも?」
「禁止」
「体術も?」
「もちろん禁止」
「分身は?」
「無しって、まだ禁止だったか~!」
律が大笑いする。
「うざっ」
那由多も笑いながら返した。
「今回の売り文句は『無才でも、これ一つで低ランク帯を攻略できる』だからね」
「なるほど」
「だから、ジェミニ以外の力には頼らないでね」
「あいよ。まあ、死にそうになったら流石に武器とか使うからね」
「そうならないように仕事をするのが、スポンサー付きのプロでしょ!」
「うぐぐ……何も言えん……」
律の言葉に、那由多は反論できなかった。
「まあ、私は仕事があるから同行できないけど、レイちゃんとかと行ってきてよ」
「わかった」
那由多は立ち上がる。
その背中に、律が軽い調子で声を掛けた。
「じゃ、頑張ってね。死なれたら普通に号泣しちゃうから」
「物騒だな……」
律は冗談めかして笑っていた。
だが、その目だけは笑っていなかった。
「だから、ちゃんと帰ってきてね。マジで後追いするよ」
「……わかったよ」
こうして那由多は、ジェミニの試験のためにダンジョンへ向かった。
美琴は学校があるため、今回の同行者はレイとヴェルナだ。
「二人ともありがとうな!」
那由多が振り返る。
それに対して、二人は当然だと言わんばかりの態度を見せた。
「当然ね」
「恩を仇で返すようなことはしない」
ヴェルナは拳を手のひらにパンッと叩きつける。
そして那由多は、配信タイトルを入力する。
カメラドローンが浮上した。
「じゃあ、配信開始!」
開始直後から、視聴者数が一気に増えていく。
復帰後二回目の配信。
しかも、またしても那由多はよく分からない新兵器を持っている。
視聴者が食いつかないわけがなかった。
「今日はこのデカい玉二つだけで攻略します!」
那由多はジェミニαとβを掲げる。
「これは誰でも低ランクダンジョンを攻略できる武器です! だから、剣も魔弾もフェムトマシンも無し!」
〈魔族の子の圧つよ〉
〈きたか!〉
〈ボーリング場から盗んできた?〉
〈この前胸の痛みで戦線離脱したけど大丈夫だった?〉
「これならストライク間違いなし!」
那由多は親指を立てる。
「それと胸の痛みは――多分、大丈夫!」
〈多分!?〉
〈大丈夫じゃねえだろ〉
〈病院行け〉
コメントを横目に見ながら、那由多は頭の中でネアに話しかけた。
『そういえば、これって何ができるんだっけ?』
『ビーム、バリア、エネルギーブレードなど、複数の機能があります! まずは浮かせますね!』
ジェミニαとβがふわりと浮き上がる。
青い光が球体の表面を走り、二機が那由多の左右に展開された。
〈うわ! めちゃ綺麗!〉
〈なんだこりゃ〉
〈最先端の技術はすごいな〉
「ね! これすごいかも!」
那由多は笑う。
「じゃあ、進んでいくよ!」
今回のダンジョンは、廃墟となったショッピングモールを思わせる構造だった。
薄暗い店内。
止まったエスカレーター。
割れたガラス。
そこには、これまで訪れたダンジョンとは明らかに違う空気が漂っていた。
レイが足を止める。
「……気をつけた方が良いわ」
「えっ?」
「洋館タイプの時もそうだったけど、スタンダードなダンジョンじゃない場合、敵が特殊なことがある」
「あー……あの時は斬撃無効だったな」
「そう」
レイは周囲を警戒する。
「何が出てくるか分からない」
その直後だった。
遠くから、何かを引きずるような音が聞こえた。
ズル……
ズル……
そして――
大量の人影が、暗闇から姿を現した。
普通の服を着た人間。
だが、その歩き方は明らかにおかしい。
身体を揺らしながら、こちらへ向かってくる。
その数は一体や二体ではない。
十。
二十。
さらにその奥からも次々と現れる。
〈ぎゃあああ!!!???〉
〈なにここ……〉
〈てか、ここって○○モールに似てね?〉
〈待って待って待って〉
コメントが一気に流れていく。
那由多も脂汗を浮かべた。
「ジェミニ! 撃ち抜け!」
二つの球体が青く輝く。
次の瞬間、眩いレーザーが放たれた。
一直線に伸びた光がゾンビの群れを薙ぎ払い、次々と倒していく。
「撃ち抜けって言ったのに、切り裂いてるんだけど!?」
『バッカですね、ご主人!』
「えっ」
『あそこで吹っ飛ばしたら、周囲にいろいろ飛び散るでしょうが! もし感染するタイプのゾンビだったらどうするんですか!?』
「……」
『安全第一です!』
「……すまん」
ネアに正論で叱られた。
ゾンビを排除しながら、三人は止まったエスカレーターを歩いて上へ向かう。
その途中だった。
ォォォォォン。
遠くから、獣の遠吠えが響いた。
「……?」
那由多が振り返る。
次の瞬間。
レイが光となった。
閃光が走り、奥のゾンビ犬魔物が弾き飛ばされる。
「ちょっと! 俺の案件!」
〈レイはマジで速度世界一だな〉
〈どうした?〉
〈レイが問答無用なの珍しくね?〉
だがレイは那由多の言葉を無視した。
険しい表情で倒れた犬を見る。
「……おかしいのよ」
「何が?」
「これ、魔物じゃない」
レイが呟く。
「本当のゾンビじゃない?」
濁った瞳。
肉が抉れた異様な身体。
「んじゃあ、なんだ? これは魔物じゃないのか?」
ヴェルナが頭を掻く。
「前にも言ったかもしれないけど……ダンジョンって、異次元や並行世界の地球と、時空の捩れによって接続されたものだって説があるわ」
那由多がヴェルナの方を振り返る。
「だから、私がこっちの世界に来たと言ったろ?」
「……」
那由多は目の前の光景を見る。
ゾンビ。
ゾンビ犬。
廃墟のショッピングモール。
そして、この異常なダンジョン。
「ってことは……」
那由多の顔から笑みが消える。
「ここは、ゾンビで世界が滅んだ地球ってことか……?」
コメント欄が爆発した。
〈え?〉
〈待て〉
〈並行世界??〉
〈そう言えばそういう論文もあったな〉
〈じゃあヴェルナの世界も……?〉
〈こいつら魔物じゃないの!?〉
〈マジで別世界なのかよ〉
だが、考えている暇はない。
先ほどの遠吠えに呼ばれたのか、今度は複数のゾンビ犬が走ってくる。
「ジェミニ、撃ち抜け!」
小型の魔弾が連射される。
迫ってきたゾンビ犬たちが次々と倒れていった。
そのまま進む。
すると今度は、巨大な人型の影が現れた。
人間の姿をしている。だが、その身体は異様なほど膨れ上がっていた。
「切り裂け!」
ジェミニが刃を展開する。
二つの刃が高速回転し、巨体を薙ぎ払った。
飛び散るものは、ジェミニのバリアが受け止める。
「よし!」
那由多は先へ進む。
そして――
モールの出口に辿り着いた。
その先には、大きな自動ドアがある。
「これ……ボス部屋に当たる場所だよな?」
「ええ」
レイの声が低くなる。
「本当に気をつけて」
ヴェルナも拳を握る。
「那由多。お前なら、よく分からないモノでもやれる」
「任せろ」
那由多は笑った。
自動ドアをこじ開ける。
ギギギギ……。
扉の向こうには、広大な駐車場が広がっていた。
そして、その中央に――
巨大な何かがいた。
「……なんだ、あれ」
それは五メートルほどの巨大な肉塊だった。
無数の人間が一つに融合したような異形。
何本もの腕が身体から突き出し、いくつもの顔が身体のあちこちに浮かんでいる。
それら全てが、低い呻き声を漏らしていた。
ウゥ……アァ……
カメラドローンが解析を開始する。
『対象:ERROR』
『ライブラリに登録されていません』
『推奨ランク:荳肴?』
『推奨人数:繧上°繧峨↑縺?』
「おいおい……バグっちまったぞ?」
那由多の頬を冷や汗が伝う。
待て。
これ、本当にヤバいんじゃないか?
単純な強さだけなら、どうにかなるかもしれない。
だが――
レイの言っていた通りなら。
こいつが本物のゾンビで、何らかの感染性を持っているなら。
「ネア」
『はい』
「俺たち、感染しないんだよな?」
『おそらく感染しません』
「おそらく?」
『何故か、ご主人たちはウイルスの対象外みたいです』
「……」
那由多は巨大な肉塊を見る。
「そうか」
そして、拳を握る。
「じゃあ、やるぞ!」
えっ。
ウイルスなのは確定なんすか??
そんな不安を抱えながらも、那由多はジェミニへ指示を飛ばした。
「αはチャージしながら敵の視線を集めろ!」
ジェミニαが光を蓄える。
巨大な肉塊がゆっくりとαへ向かっていく。
「βは刃を回転させて、動きを止めろ!」
ジェミニβが高速回転。
青い刃が巨体を削り、その動きを鈍らせる。
「そのままβは内部でゼロ距離エネルギー爆発!」
ジェミニβが肉塊の内部へ突入する。
「αは奴の目に、蓄積したエネルギーでレーザーだ!」
二つの攻撃が同時に炸裂した。
凄まじい閃光と爆発。
そして、巨大な身体が大きく崩れた。
「勝った!」
油断。
それは、命取りだった。
崩れた肉塊の内部から、何かが飛び出した。
「なっ!?」
伸びた腕が、那由多の首を捉える。
「ぐふっ……!」
「ジェミニ! 切断しろっ!」
ジェミニが即座に反応。
伸びた腕を断ち切る。
那由多はその場から転がるように離れた。
そして、肉塊の中から本体が姿を現した。
三メートル近い巨体。
異常なほど発達した筋肉。
その顔には巨大な眼球が一つ。
そして耳の位置には、人間の口のようなものが開いていた。
異形はジェミニには目もくれない。
ただ一つ。
那由多だけを見ていた。
そして走る。
〈これ絶対Eランクじゃない!〉
〈ナユタン、案件はやめて武器使って!〉
〈通報しろ!今日のダンジョンおかしいぞ!〉
「……っ」
レイとヴェルナも動こうとする。
だが……
「それじゃあ、プロじゃないんだよっ!」
二人が止まった。
那由多は頭の中でネアに問い掛ける。
『ジェミニは他に何ができる!?』
『残念ながら、現状で有効な機能はやり尽くしました』
「クソッ!」
那由多は叫ぶ。
「ジェミニα、β! 魔弾を連射しろ!」
二機から無数の魔弾が放たれる。
しかし、効かない。
異形は強靭な肉体で攻撃を受け止め、そのまま突っ込んでくる。
「なっ……」
次の瞬間、凄まじい衝撃が那由多の腹部を襲った。
「がはっ!」
身体が宙に浮く。
そのまま地面へ叩きつけられた。
「カヒュッ……コヒュッ……ぐぶぇえ……」
吐血。
鉄の味。
呼吸ができない。
視界が揺れる。
肋が折れた痛みで身体が動かない。
それでも、那由多は立とうとする。
レイの拳が震えていた。
怒りではない。
恐怖だった。
目の前で、那由多を失うかもしれない。
その恐怖。
「那由多っ!」
レイが叫ぶ。
「もういい! 案件ってやつはやめろ!」
ヴェルナも叫ぶ。
「俺は……プロだ……」
「……っ!」
「スポンサーから任された仕事なんだ」
那由多はふらつきながら立ち上がる。
「だったら……最後までやる」
その言葉を聞いた瞬間。
レイの脳裏に、律の言葉が蘇った。
『そうならないように仕事をするのが、スポンサー付きのプロでしょ!』
那由多の中にも、その言葉が残っている。
プロなら。
任された仕事なら。
最後までやらなければならない。
だから、逃げない。
「馬鹿っ!」
レイが叫ぶ。
「命より大事な仕事なんてないでしょう!」
「探索者なんて……そんなもんだろ?」
那由多は笑った。
そして、ジェミニを見る。
「ちょっとズルかな……」
那由多は自分の魔力をジェミニへ流し込む。
「あはは……」
青い球体が凄まじい光を放ち始める。
それと同時に那由多は倒れ込む。
「自爆しろ、ジェミニ!」
ドォンッ!!
二つのジェミニが大爆発を起こした。
閃光が駐車場を覆い尽くす。
異形の上半身が吹き飛び、その姿が見えなくなる。
「……やった……か……?」
那由多が倒れた状態で呟く。
だが――
ドン。
足音が聞こえた。瓦礫の向こうから、異形が歩いてくる。
失った部分が、異常な速度で再生していく。
「……嘘だ……ろ……」
那由多の顔が青ざめる。
その瞬間。
レイの表情が変わった。
「これは……Eランクじゃないッ!」
怒りに震える。
「今日、このダンジョンのランクを決めた役員は誰なのよッ!!」
青筋を浮かべながら、レイの身体が光へ変わる。
一瞬。
世界からレイの姿が消えた。
次の瞬間には光を纏った拳が、異形の魔物を正面から殴り飛ばしていた。
「こいつは、ちっとばかしおかしいぞっ!」
ヴェルナが跳ぶ。
巨大な身体を蹴り上げ、異形を十数メートル上空へ叩き飛ばす。
「消し飛べ」
レイが空を見上げる。
光が一点へ収束する。
そして、極太のレーザーが放たれた。
異形の姿が光の中へ消えていく。
やがて、何も残らなくなった。
〈ナユタンがまた死んじゃうよ!!〉
〈レイ、ヴェルナ! 早く那由多を運んで!〉
〈救急隊呼んで!!〉
「わかっているから黙れっ!!」
レイが叫ぶ。
その声には怒りよりも、焦りが滲んでいた。
「ああ……那由多……」
レイは倒れている那由多を見る。
「なんで貴方は……不幸な目にばかり遭うの……」
返事はない。
レイは那由多を抱き上げる。
「しっかりして!」
そして光になる。
次の瞬間には、三人の姿はダンジョンの外へ消えていた。
ヴェルナも翼を広げ、後を追う。
こうして、異質な企業案件配信は途中で打ち切られた。
だが――
終わったのは配信だけだった。
その映像は瞬く間に世界中へ拡散される。
ダンジョンなのに魔物ではないかもしれない存在。
異世界。
並行世界。
これまで人類が「ダンジョン」と呼んでいたもの。
その常識そのものが、根底から揺らぎ始めていた。
元から論文で言われていた理論通りだったことになる。
そしてこの事件をきっかけに、政府までもが動き始めることになる。




