第19話 帰ってきてよ
眠り続ける那由多。
那由多が眠る病室。
あれから1週間が過ぎようとしていた。
ある日はレイが。またある日は美琴が。
那由多を想う人たちが、交代するように彼の傍でずっと待っている。
「こんなに寝ていたら筋肉が落ちる。私より大きく、人間の中では強い男がいつまでここで眠り続けるつもりだ?」
ヴェルナは病室で1人。眠り続ける那由多に話しかける。
「……なんとか言えよっ」
届かない。
一方で、那由多の精神の奥底。
何もない真っ暗な空間で、那由多は体育座りをしていた。
そこへ、1人の少女が歩いてくる。
「やっと見つけましたよ、ご主人。私のプロテクトを真似するなんて」
「……ネアか」
那由多は顔を上げる。
「見つかったか」
そして、再び顔を膝に埋めた。
「……もう、起きたくない」
「……え?」
ネアは驚愕し口に手を当てた。
「ど、どうしてですか?」
「怖いんだ」
短い言葉だった。
倉田に襲われたこと。
慈悲を与えた者に裏切られたこと。
自分自身が瀕死になったこと。
それから導き出した答えは、あまりにも単純だった。
——どれだけ相手を信じても、相手次第では自分を傷つけてくる。
「俺さ……人間同士なら話せばわかると言ったんだよ」
那由多は虚ろな目で前を見つめる。
「暗殺された昔の総理大臣もこんな気持ちで死んだんだろうな」
その瞳には、もう光がない。
ネアは何も言えず、視線を逸らした。
「……」
付き合いは、まだ本当に短い。
それでも。
自分が気に入った人間が、こうして壊れていくのを見るのは嫌だった。
「悪い奴だってさ、悪くなった原因があるはずなんだよ」
那由多は倉田に更生してやり直せと言ったこと思い出す。
「だから、それを何とかすればやり直せると思っていたんだ」
乾いた笑いが漏れる。
「でもさ……俺って間違えちゃったのかな」
「……ご主人」
ネアが声をかける。
「私は心配を……」
それを遮るように言う。
「引っ越してきたばかりの隣人には、分からないだろうけどさ」
那由多は言葉を遮った。
「もう誰も信用したくない」
「……」
「俺は甘かったんだろうな」
その言葉に、ネアは拳を握る。
「私は!」
声を張り上げる。
「ご主人が間違った判断だとは思いません!」
那由多は顔を上げる。
「……なんで?」
「ご主人が、あんな悪党でも助けようとした姿が……私は好きだったんです」
ネアは那由多の目を見る。
「少なくとも私は、あなたを大切な存在と思っています!」
「ネア……」
「ですが……」
ネアが少しだけ俯いた。
「私も怖かったです」
「そりゃあ……俺が死んだら、ネアも終わりだしな」
「違います」
即答だった。
「私は、ご主人が死ぬことが怖かったんです」
「……」
「自分の存在がどうなるかより先に、ご主人の心配していました」
ネアは苦笑する。
「変なAIですよね……」
そして、少し間を置く。
「倉田は許しません」
「……」
「でも、ご主人が殺さないと選択したことを尊重します」
ネアは真っ直ぐに那由多を見る。
「だから、ご主人も私の言うことを一つだけ聞いてください」
「……?」
「ご主人が目を覚ますか、覚まさないか。それはご主人自身が決めることです」
「……」
「ですが」
ネアは手を差し出す。
「現実には、ご主人を待っている人たちがいます」
何もなかった空間に映像が浮かび上がった。
那由多の病室。
ベッドの横で手を握る両親。
心配そうに話しかけるレイ。
黙って那由多を見つめる美琴。
仕事の合間に駆けつける律。
何度も病室に訪れるヴェルナ。
そして、学生時代の友人たち。
誰もが那由多の帰りを待っていた。
「……みんな」
「はい。ご主人は毒による脳死をしたと思って泣いている人もいます」
那由多は目を背ける。
「……俺を?」
「はい」
ネアは静かに続ける。
「……私はご主人をここで見つけた時点で、強制的に目を覚ますことができます」
それに不思議そうに反応する那由多。
「なぜしない?」
「自分で歩み出さないと意味が無いからです」
「っ……」
「ご主人の記憶を見ました」
ネアはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「貴方は昔から躓いてきた」
「……」
「その度にメソメソして……それでも、最後には立ち上がってきた」
ネアは微笑む。
「不屈で、不殺の精神は……ここで終わるのですか?」
「それは……」
「ご主人の何があっても人を殺さない心に……私は心を打たれたのです」
ネアは手を差し出したまま、優しく笑う。
「だから戻ってきてください」
そして——
「おかえり、と言ってくれる人がいる場所へ」
現実の病室。
那由多を囲む、両親、レイ、美琴、律、ヴェルナ。
母は那由多の手を握っている。
「那由多……」
そう母が呟くと那由多の指が僅かに動く。
「!」
母が那由多の顔を見る。
「那由多?」
那由多はゆっくりと目を開けた。
「……病院か?」
その声を聞いた瞬間、病室にいた全員の表情が変わった。
母は抱きつこうとするも那由多に繋がれた管が外れてしまうので止まる。
そして。
「おかえり、那由多」
みんながそう言った。
那由多は少し困ったように笑う。
「……ただいま」




