7話 街で買い物をしよう! その3
そこを出て今度は本と服を買おうとする。アルゲが武器屋を出て早々、そのどちらも見つけた。すでに市場の中に、いくつかそれらを売っている店を見つけてある。適当に市場を歩きながら、行き当たった時に買ってみようと思う。
雑貨店には小さなきれいな石の装飾品が売ってあった。石はきれいだが大振りで、アルゲの貴族の服には似合わない。
そこから三店舗離れたところに本を売っている小店がある。
眼鏡をかけた、いかにも本好きそうな陰気な女が座っていた。女は小柄で、アルゲを見上げる。
「いらっしゃいませ――貴族様」
すぐに、へえと声を上げながらティコが店先に並べてある本を物色し始める。
「ちょっと、本をみたくて……どんな本が置いてあるの?」
「だいたいなんでもありますよ。料理から、歴史まで――こっちは古代遺跡からの発掘品かな」
え、とティコが声を上げる。店主は店先の商品台の一番端を指さした。本は台の上に所狭しと並べてある。そこには古い分厚い本が置いてあった。かつては装飾されていたのだろうとわかる表紙は、風化のせいか削れ、そこに書かれている字はほとんど見えなかった。かろうじて見える字の断片から、それが神聖文字だとわかる。
「すごい! すごい!」
ティコが目を輝かせながらその本を見る。
「これを手に取ってもいいですか?」
「いいよ」
わあ、とティコは叫んで、その分厚い本を手に取る。
「ちょっと、もっと丁寧に扱ってくれよ――はあ」
「ごめんなさい。でも、すごく貴重な品なのでは?」
「まあね。でも、最近は古代遺跡の発掘がかなり進んでるから、こういう品も出てくるようになったよ。うちはこういうのが専門だったりする……本当はね」
「へえ」と言いながら、ティコはページをめくり続ける。その様子を見て女店主は聞いた。
「おい、坊主、お前神聖文字が読めるのかい?」
店主は商品台に組んだ腕を預けて、その上に頬を乗せた。見上げながら、ティコに聞く。
「――ほんの少しだけですけど。簡単な文章はわかります」
店主はその姿勢のまま眼鏡の奥で目を見開いた。
「おお! そりゃ凄い! 果ては大学の教授かな」
「ははは」と、ティコは苦笑いする。
アルゲはウーレイにそっと話しかけた。
「いつから、あいつはアレが読めるようになったの?」
ウーレイは首を振って、小さい声で返答する。
「わかりません……前からおかしな奴だとは思っていましたが」
店主はそれを耳に挟んで大笑いした。
「ははは、坊主、お前言われてるぞ」
だがティコは夢中でページをめくっていた。
「これは古代の、歴史の本みたいです。ほとんど内容は……わかりませんけど」
「ちょっとわかるだけで大したものさ。古代の本を買うやつで内容が少しでも読める奴はそういないよ。たいていは金持ちの観賞用か、どっかにより高値で売りつけるために買ってくんだ」
「それが欲しいの?」
「……いえ、まだ値段がわかりませんから」
そのやり取りを聞いて、店主が俄然目を輝かせた。
「ほら、そうこなくちゃ」
言って、店主は姿勢を正す。
「それは銀貨4枚だよ」
「えっ! そんなにするんですか?」
「あたりまえじゃないかー。なにせ古代の遺物、だよ?」
陰気そうな女店主はニヤリとする。
アルゲは足元を見られている気がする。本の相場はまちまちだが、真剣より高い本など相当なものだ。だがアルゲは王国随一の公爵家の娘、この程度の額は大したことではない。
「じゃあ、僕は他のもので――」
店主に言いかけたティコを、アルゲが遮る。
「これでいいわ」
「でも!」
「何でも買ってあげるって言ったじゃない。高いかどうかは関係ないわ」
「それでも……これは高すぎます。銀貨四枚だなんて……」
「おい! ちょっとお前、あたしがふっかけてるって言いたいのかい?」
食って掛かる店主を、ティコはあたふたとなだめる。
「まさか! そういうことじゃないんですけど……さすがにご主人様に申し訳が――」
「そのお優しいご主人様が良いって言ってくれてんじゃねーかよ!」
アルゲは笑って、ティコ、と声をかける。
「大丈夫よ。わたしはあなたにそれを買ってあげたいの。あなたが欲しいと思うものを、今日あなたのために買ってあげたいのよ」
言ってから、アルゲはウィンクした。ティコは本を抱きながら、顔をぽっと真っ赤にしてしまった。
「ありがとうございます……!」
「あらあら、なんともまあ、お優しいご主人様だこと」
店主は立ち上がり、アルゲを見る。
「それでは銀貨四枚です」
後で服も見に行った。ティコは緑色の、上下それぞれ分かれた服を買った。ズボンの丈が短く少年らしい装いで、涼し気だった。今は夏だからそれがちょうどいいのだろう。ウーレイも同じく男装を買った。こちらは袖と脚丈の長い服だ。薄手の生地だったが、夏には少し熱いかもしれない。そもそも獣人は毛深い。獣人は夏が苦手だ。
馬車で街を移動していたら、二人が自分に礼を言ってきた。わたしはそれを聞き流しながら、窓から流れる景色を見ていた。
街には古い建物と新しい建物が混在していた。建築物の集合体はこの街の人口を感じさせるし、石造りの建築はこの街が発展していることを示している。馬車は屋敷へ戻る間、かなり遠回りした。アルゲが御者の家来にそう命じたのだ。アルゲはこの街を見たかった。一番外の、市壁近くには木造の雑な外観の家が多くなる。ひどい地域では掘っ立て小屋が立ち並んでいた。
ティコが小さな声で言った。
「ここにも難民が押し寄せているんです。三年前の反乱のせいでもありましょう」
ウーレイが付け加えた。
「それに、今は各地が動揺しています。王国辺境部では、奴隷狩りのための無茶な戦争があまりに多く続きすぎました。辺境諸侯の領地では民の不安が増しています」
(これは……一時的なもので済むだろうか?)
すでに王国のいくつかの民衆反乱の報はアルゲも受けていた。
「さて、どうなることやら」
「……どうなれば、あなた様の利益になるのでしょうか?」
「わからない。もうわたしの実家に、近々新しく戦争を行う力はない。でも、今の王家の締め付けの政策を許容するほど、わたしたちは気前が良くないんだ……」
アルゲは言う。
「まあ、もうしばらくはなるがままさ。時流に身を任せればいい」




