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7話 街で買い物をしよう! その2

「あれは?」


 アルゲは向こう側を指さした。人ごみの中に、一糸まとわぬ滑らかな肌を見たからった。


 すぐにそれが奴隷商だとわかる。


「奴隷商でございます」 


 ウーレイが睨みつけながら、吐き捨てるように言う。


 アルゲたちは奴隷商に近づいた。商人は小さな少年だった。彼はアルゲをみとめると、幼い声を張り上げた。


「さあ! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! そこのお貴族様!」


「わたしのことかしら?」


「はい! そうです! おおお、眉目麗しいお貴族様! わたしはあなたほど美しい人を見たことがありませんよ」


 奴隷商の商品とは奴隷である。その奴隷とは、獣人のことに他ならなかった。獣人は人のようで人でない。彼らは人の言葉を解するし、人のような見た目をしているが、やはり人ではないのだ。神殿によって人の売買は禁止されているが、獣人はそれに当てはまらない。獣人は世界の辺境の広大な領域に住んでいて、部族ごとや、小集団、家族、あるいは国家を形成して生活している。人間はそこへ攻めていき、奴隷を獲得し人間世界の内側で売りさばくのだった。あるいは、繁殖すらさせている。


 少年は影のある笑みを絶やさず浮かべている。くすくすと笑いながら、くるりと背を向けると、立たせて並べてある商品を手で示した。獣人が三匹、裸で立たされている。後ろに立木をおいて、そこに後ろ手をしばりつけているのだ。


「こいつらは新鮮ですよ! なにせ三か月前、北方の最前線、ネセ伯爵領で獲得したものなんですよ」


 王国の北方、東方には獣人系の諸部族がたくさんある。そこの捕虜は奴隷としてよく売り物になっていた。アルゲの家も獣人をよく獲得していたが、他と比べると、奴隷からの解放がかなり容易い気風を持っていた。奴隷として働く獣人もいるが、たくさんの自由民の獣人がいた。さらにウーレイのような獣人を騎士や官として取り立てさえもした。これは異常なことだ。だからこそ、ウーレイは当家の雰囲気に親しみを感じている。


 商人は奴隷の脚をつかみながらアルゲを見る。アルゲからみて一番右の奴隷だ。


「こいつは一番ちっこくて、活きがよろしいんです。 まあなにせ若いですからね! しつけるにはちと苦労するでしょうね!」


 少年は言って、にやりとした。今度は真ん中の奴隷の前へきて、奴隷を見上げる。


 獣人は体格がいい。背が高く体つきはしなやかだ。奴隷商人は、奴隷の前ではとても小さかった。矮小なものが立派な体格のものを蔑むというのはひどくグロテスクだと思った。奴隷たちは、ウーレイのように、それぞれ種族事の耳と尾を持っている。耳の形から、猫族、虎族となるとわかる。もう一匹は、耳からは種族が何か特定できない。獣人というのは猫と犬に大別できる。猫の一派だろうとは思う。虎は猫とは別の種族だ。


 「私」はこの光景を嫌うらしい。わたしはひどく嫌な気分になってしまった。自分の召使であるウーレイが獣人であることもその理由の一つだ。


 奴隷商人はちらりとこちらを振り返る。アルゲが無言なのを、商売のチャンスととらえ続けたようだった。


「この真ん中の奴はね、見てわかりますでしょ? 大層、ほら、立派な」


 言いながら、商人はにやにやと陰気に笑いながら、真ん中の奴隷を縛る立木の後ろに回る。自分の胸あたりに来る奴隷の太ももを抱き込むようにして撫でた。


「これは虎でさあ。虎っていうのも、また珍しい。ね、わかりますでしょ?」


 アルゲも確かに珍しいと思う。だからこうして、この悪意ある光景の前で足を止めているのだ。


「確かに珍しいわね。虎は初めて見た」


「これなんぞ本当に活きがいい。もう抵抗するわするわで大変でした。今だってほら、あなた様のことを睨んでいますがね」


 少年は背後の、樽にかけてあった棒きれを取ると、奴隷の前にでて、その棒で奴隷を打ち付けた。


「こら、畜生が! どんな身分でこの美しいお貴族様をにらんでやがる!」


 少年は何度も奴隷を打ち付けようとする。


「やめなさい!」


 アルゲが一喝すると、奴隷はにやっとしながら棒きれを下ろす。アルゲがこれを買うと思ったのだろうか。


「見ていて気分が悪いです。いくら奴隷といえども、人権がありますわ」


「じんけん? それは何ですか?」


「人はそれぞれまっとうに生きねばならぬということです。いくら奴隷と言えども、やたらめったらと棒で打ち付けていい道理はありません」


「ははあ」と、商人の少年は頬をかきながら言う。


「……それで、買ってくださるんですかね?」


「買いません!」


 アルゲは一括してその場を去る。


 歩きながら、ウーレイが言った。


「まったくひどい奴でした。」


「……うん」


「わたしたちは奴隷として売り買いされるのがあたりまえなんです」


「うん」


「もし、わたしはアルゲ様に買っていただかなければ、きっとひどい生活をしていたに違いありません」


 アルゲは何も答えられず、ウーレイの方を見る。彼女は今、剣士らしく男装をしていた。上着の下に鍛え上げられた腹筋が覗く。彼女は立派だ。毎日剣の鍛錬に励んでいる。その腰に佩いた剣はあらかたの人を切り伏せられるだろう。それでも、彼女は獣人として、常に奴隷になる危険を感じながら、自分を卑下せねばならない。……かわいそうに。「私」のせいか、そのように考える。


「ありがとう」と、アルゲはウーレイを見る。笑って、「あなたの剣と服を探さなくちゃね。ほら、服はそこらにあるよ! でも、きちんとしたものはお店に行った方がいいかもしれないね」


 そう言いながらも、アルゲたちは市を歩く。市には貴族やその召使、市民と入り交じっていた。


 アルゲは武器商人の前で止まる。背の高い女が椅子に座りながら俯いていた。女はアルゲが来たことに気が付くと、顔を上げた。


「……どうぞ、見て行ってください」


 アルゲは店先に並ぶ商品を見てみる。店先には台が据えられていて、そこには小さいナイフ、少し短い細い剣などがおいてある。小店内には一枚板がおいてあって、そこにはひっかけがあり、そこにいくつかの剣がひっかけられている。


(どれがいいものかどうか、わからない。……それに、一応来てみたけど、剣も服と同じで店に行った方がいいんじゃないかしら)


 アルゲはこういう市に来たことは、故郷のものを除いてほとんどない。しかしその時の記憶と「私」の感性、今のわたしのなんとなくの常識が、市のそれより店のそれのほうがいいんじゃないかと、わたしに思わせる。


 そう思うと、ここに並べられた剣はどれも質が低いものに見えてきた。


「どれもいいもんですよ。あたしらが精魂こめて作ったんです」


「なるほど」と、アルゲは頷いたが、良いかどうかがわからない。


 アルゲはちらりとウーレイを見た。彼女はまじまじと台や店内を見ていた。それを邪魔しても悪いから、アルゲはティコにそっと聞いてみた。


「あなたは何か欲しいものがある?」


「ははは」と、ティコは苦笑いしながら、「わたしに剣は振れませんよ。この体では重すぎます」


 それもそうか、とアルゲが微笑みながら納得したとき、ウーレイが言った。


「ここにあるものはどれも質が良いようです……。驚いた」


「そうだよ、獣人さん」


 女店主が顔を仰向けて、自慢するように言った。


「触ってもいいか?」


「別にいいがね。あんた、その身なり、騎士かい?」


「ああ。隣にいらっしゃる主人の下で働いている」


 言いながら、ウーレイは台上に置いてあった細い剣を取り上げた。ふうん、と女店主は鼻を鳴らす。


「それはそれは――」


 ウーレイは剣の刀身をじっくり眺めながら、店主に問うた。


「珍しいか?」


 ああ、と店主は頷く。


「珍しいね。あちらこちらで裸で並べられている獣人は見るが、騎士様の獣人はなかなかお目にかからないねえ。オスの獣人よりも珍しいさ」


「そうだな……この剣、お前たちが作ってるって?」


「ああ。わたしと仲間で作ってるよ」


「質が良い。こんなものが市に並んでいるとは思わなかった」


「市だからってバカにしちゃあいけないよ。わたしたちは鍛冶場と店を持ってる。そこでも売ってるし、ここにも持ってきて売ってる。だから、もし気に入ったのなら店の方にも足を運んでくれ。この市にわたしらはよくいるが、ずっとってわけじゃない」


「なるほどな……」


 ティコはアルゲを見て苦笑いする。


「正直、わたしは剣を見て、何がいいのかどうかわかりません」


 ウーレイはティコに笑う。


「お前にはまだ早いかな?」


 アルゲはティコに同調した。


「わたしも全然わからないわ。よくウーレイがそんな風に見れるなと関心してるところよ」


「奥のそれを見せてくれ」


「いいよ」言って、店主は椅子から立ち上がり、木板にかけてあった長剣を取ってウーレイに渡した。


「いいな……」


「おほめくださり光栄ですよ」


 女店主がにやりとした。アルゲがウーレイを見た。


「それが欲しいの?」


「……正直に申し上げれば」


 ウーレイは木剣を欲しがっていたのだが、この剣を気に入ったようだ。


 それをウーレイは思い出したのか、慌てて訂正しようとする。


「ああ、ああ、そうだ! わたし、木剣を買ってもらいにここへ来たのでした!」


 それを聞いた店主が大笑いする。


「木剣だあ!? そんなのそこら辺に落ちてるよ。だまってこれ買ってもらいなよ! ――ははは。棒きれが欲しいならやるよ。これだ、はいおまけね」


 店主は片手を店の床付近に突っ込んで、まさぐり、汚い木剣を拾いあげてウーレイに渡した。


「ええと」


 ウーレイは戸惑った。


「いいわよ。買ってあげる。ティコ、払いなさい」


 はい、とティコは返事をして、腰に下げていた荷物袋から袋を取り出した。アルゲはティコに金を持たせていた。


「いくら?」


 アルゲが聞いた。


「銀貨3枚でいいよ」


 通貨には金貨、銀貨、銅貨の三種類がある。


 ティコがアルゲを見上げる。


「よろしいですか?」


 アルゲがうなづくと、ティコは袋に手を入れた。

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