7話 街で買い物をしよう! その1
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朝、アルゲはノックで起こされた。
あ、と唸り声を上げながら、アルゲは枕から顔を上げる。扉の外から何か声が聞こえてくるが……。
上体を起こそうとしてみれば、自分が寝巻でないことに気が付いた。ここで、昨日晩餐の後にすぐ寝てしまったのだと気が付いた。
またノックがあった。扉の向こうで誰かが何かを言っている。アルゲは特にその内容を気に留めることもなく、「入れ」といった。
部屋に入ってきたのはティコだった。
「おはようございます、アルゲ様」
「おはよう。――昨日は?」
「アルゲ様のご命令によって、わたしとウーレイがアルゲ様を部屋にお連れしました。その後しばらく、アルゲ様はお話をなさっておりましたが、すぐに寝てしまいました」
「あら、そう……せめて服くらい変えてくれればよかったのに」
ティコは苦笑いしながら弁明する。
「まさかわたしたちが、アルゲ様のお召し物を勝手にどうこうするわけにはいきません」
アルゲは鈍い身体を無理やり持ち上げる。
「別にいいわよ……うーん、何があったか大体は覚えてる、かなあ
」
「申し訳ありません。もっと早い段階で、わたしが――」
アルゲが止めた。
「まあまあ、大丈夫。それで、どうしたの?」
「はい、ただアルゲ様を起こしに来ただけです」
「あれ?」アルゲは首をかしげる。「もうそんな時間なの?」
「はい、もう朝の十時です」
普通は日の沈む時が眠りにつく時刻で、日の出が目を覚ます時刻だ。それが朝の十時とは……。
アルゲはあくびをしながら口に手をかざす。ティコが目を反らした。その様子がかわいい。
アルゲは鏡台の前にたたずんでから、ティコに言う。
「服を着替えさせて」
「はい」ティコが言ってから、アルゲの服を脱がせる。「失礼いたします」
ティコはアルゲの服を丁寧にたたんで鏡台に置くと、ワードローブから下着を持ってきた。アルゲがそれを身に着けると、今度は同じ場所からドレスを持ってきた。それはレースと襟飾りのついた豪奢なものだった。
「今日は街に行くと話していたわよね?」
「はい」
「じゃあ、それはだめね。目立ちすぎるわ」
言われて、ティコはそれをワードローブにもどした。そして一番地味な見た目のものをハンガーにかけたまま持ってきたが、アルゲが首を振った。
ティコはそのドレスを元あった場所に戻すと、「すぐに戻ります」と言って外へ出た。少しすると、ティコが速足で戻ってくるのがわかった。彼はノックして、アルゲの返事を待ってから中へ入る。
「これでいかがでしょう」
ティコが持ってきたのは、地味な単色のドレスで、すこしの飾り以外何もついていない。
「よし、これにしましょう」
ティコは一人でアルゲの手伝いをする。わがままな公爵娘の着替えを一人でこなすの大した苦労のはずだ。ティコは十五歳だ。アルゲは、大した子だと思う
。
着替え終わると、アルゲはティコに言う。
「顔を洗いたいわ」
それを受けて、ティコは外へ出て、外で待機していたらしい召使に何かを言った。しばらくすると、ティコがお湯の入った銀の器を持ってきた。その端にタオルをかけてある。
アルゲがその器のお湯で顔を洗い、かけてあったタオルで顔をふく。ティコはそれを持って出て、今度は少し小さい器を片手で持ってきた。もう一方の手にはコップを持っている。アルゲはそれで口をゆすいだ。ティコはそれを持って帰り、また戻ってきた。
そして二人で食堂に行くと、朝餐が用意されているのであった。
アルゲは左右に、ティコとウーレイを立たせる。これが彼女の食事の光景だった。アルゲはパンと軽いスープを飲んだ。
食事を済まて食堂を出るとき、アルゲは召使に自分が街へ出る用意を整えるように言いつけた。彼女たちの用意ができるまで、アルゲは二階の応接室でティコとウーレイの三人で時間をつぶすことにした。
いくらか話したのち、ウーレイが言った。
「街には何がございましょうか?」
ティコがウーレイにニヤリとした。
「なんでもあるはずだよ。ぼくは知ってるんだ」
「あら、ティコ、あなたは何があるのを知っているの?」
「もう何でも、ですよ! きっとアルゲ様が欲しいと思うものを、王都はすべて用意してあるはずです。昔本で読んだことがあるんです。花の王都の市では、なんでも売ってるって!」
くすくす、とアルゲは笑う。
「では今日は何をみましょうか。二人とも、何か買ってあげるわよ」
二人が喜色を漲らせて腰を浮かせた。
「何が欲しい?」
まずティコが元気のいい声で答える。
「わたしは本が欲しいです」
ウーレイがそれを微笑んで見守る。アルゲが聞く。
「どんな本が欲しい?」
「……歴史の本が」
少し照れた顔で、ティコが言う。ウーレイがくすりと笑う。
「こいつめ、本当に歴史が好きなんだな」
ティコが笑った。
「ウーレイは何がいい?」
アルゲの問に、ウーレイは答える。
「わたしは、木剣が欲しいです。ここへ来るのに私物は持ってこられませんでした。ですから訓練用のがないのです。立木に打ち込むための剣がないと、訓練がはかどりません」
「わかったわ」
言って、アルゲは手を叩く。
「だから、それを見つけることを目標にしなきゃね。――ああ、あと、服も買わなくちゃ。ティコも、ウーレイも、ここへ来るときに着てきた一着以外は召使ようのものを着ているでしょ? 特にウーレイは騎士なんだから、それなりのものを着ないとだめよ。ティコもね。あなたがここで女もののメイド服なんか着ているから、笑ってしまうわ」
ウーレイとティコは今、黒と白のメイド服を着ている。これは女中の服で、獣人ながら公爵家の騎士であるウーレイはおかしかった。ティコは少年だ。男が女ものの服を着るのは奇妙なことだ。
「それぞれ数着買ってあげるから、自由に選びなさい」
それを聞いた二人は大いに喜んだ。
そこからさらにしばらくして、女中が来て、用意が整ったと言った。アルゲは下に降りて玄関前に留めてある馬車に乗り込む。前の座席にティコとウーレイが座った。
馬車はゆっくりと動き出す。
「知っていますか? ここは昔、古代帝国の首都だったんですよ」
ウーレイがティコを見ながら、アルゲに言う。
「もちろん知ってるよ!」
ティコがウーレイに怒った。
「聞いたことがあるわ……。確か今でも遺跡があるんでしょ?」
ティコが声を上げる。
「ほら、今です! あそこを見てください」
ティコは言いながら窓を指さした。アルゲが席をずれて窓際に近づき、覗き込む。馬車はちょうど広い交差点に差し掛かっていた。アルゲの道路に直進する形の道路の向こうの景色に、面白そうなものがあった。
「あれが女神の神殿の、大神殿です」
あれが、とアルゲは思う。そう思う間に馬車はさっと交差点を抜けてしまった。
それは遠目からは黒々として見えた。丘の上に構造物があるのは見てわかった。それが、大神殿と呼ばれる女神の神殿の本拠地なのだと、知識で知っていた。丘も薄黒色に見えた。たしか――。
アルゲが二人に聞くと、今だに窓に顔を近づけて余韻に浸っているティコが、顔を上げた。
「はい、その通りです。丘は石組みで、黒い大きい石をたくさん作って外を埋めているんです。本によると、あそこは古代の皇帝の墓所だったようです。丘を石材で覆い、高くして、中を削って玄室を設けたとか。神殿はその墓所の上を削り取って、大神殿を築きました」
女神の神殿は、神殿とだけ呼ばれることもある。
「しかし皇帝もよくそんなことをできたものですね。あれだけ巨大な丘を、石で覆うなんて。遠目には黒い石の山そのものだ」
ウーレイのつぶやきに、ティコが反応する。
「実際、中も石材だらけなんだ。古い時代にあそこは採石場にされてたくらいなんだよ。でも、掘っても掘っても下の石材、また下の石材って感じなんだよ。伝承では、元になった裸の丘があるはずなんだけどね」
「おもしろいわね」
アルゲは呟いた。
王都の町並みはやはりすごい。石組みの道路は左右の端に側溝が彫られている。道路に面して店舗が並ぶ。いくつか広場が見えた。目的地は別の広場で、そこでは市が開かれているらしい。この街に市はいくつもあるが、そこが一番大きのだと、聞いていた。
馬車は街を走る。ティコが「着いたようです」といった。
アルゲたちは広場の外、馬車用の空き地に馬車を止めた。数台、他の馬車も止まっている。
馬車が止まると、家来の御者がさっと御者台を下りて扉の下に回り込み、階段を下ろした後に扉を開いた。
アルゲは馬車を下りる。広場はすごい活気だった。たくさんの人がいる。ここからは人でよく見えないが、小店の色とりどりのテントがここから見えるから、店がたくさん並んでいるのはわかる。
アルゲは自分の服を見る。見れば貴族だとはわかるだろう。だがまさか公爵家のものだとは思われまい。アルゲはできる限り目立たない恰好でここへ出てきたかった。
「しかし珍しいですね。アルゲ様がそんな恰好をするなんて」
ティコが言った。
今までなら、アルゲは豪奢を隠すことがなかった。華やぎはアルゲとは不可分だった。……でも今日は、こうして目立たぬようにして街に出たかった。「私」の影響なのだろう。
アルゲは大きく息を吐いてから、力なく頷いた。
「――まあ、そんな気分なのよ」
アルゲたちは人の間を縫うようにして、広場へ向かう。ここのことは、ギーゼラに教えてもらった。ギーゼラも誘ってみたのだが、生憎今日はこれないらしい。ここはアラール広場と呼ばれているらしい。ここで開かれる市は常設のものだ、と彼女は言っていた。
小店は広場の一番外側にずらりと並んでいて、その内側もさらに小さい円を描くように店並び、その内にももう一つ同じものがある。
店の内容はそれぞれで、肉や魚を売っているものもあれば、動物そのものを連れてきていたりもする。剣や防具、さらには――。




