4話 これが……職場?
1
「この前も話しましたけど――」
隣を歩くギーゼラがアルゲに言った。
「わたしは、あなたがする仕事の内容をほとんど知らないんです。きっと大変な仕事だと思います。……それは、重要な仕事だという意味ですよ」
「そうでしょうか?」
あ、と思った。ギーゼラはこちらを励ましてくれているのに、アルゲはつい本音を出してしまった。ギーゼラは考えながらアルゲに話す。
「……ええ、それは間違いないと思います。あなたは宝物庫の管理を受け持つことになる。それは非常な名誉です。……ただあなたの言う通り、この仕事がほとんど実際の権益を持つ仕事だとは認識されていないことも事実です」
ギーゼラは廊下を曲がった。彼女は真剣な顔をしている。その表情は、なんとなく、こちらをはっとさせるものがあった。
「この仕事を不満に思う気持ちはわかります。実際、この仕事は名ばかりなものです。……ただわかってほしいのは、それはあなただから爪はじきにされているということではなくて、この仕事はそういう仕事だと言うことなんです――」
言ってから、ギーゼラは真剣な顔をひたりとやめて、焦ったような表情をし始めた。頭をあわててかきながら言い訳をする。
「ああ、ええと……ちょっと違うな……そういうことが言いたいんじゃなくて……ええと、つまり」
ギーゼラは、アルゲを励ましたいと思っていったのだが、結局は仕事がくだらないことに違いがないと言ってしまった。だから、慌てて釈明しようとしているのだ。
「気にしていませんよ。それどころか、気楽な仕事そうな仕事で良かったです」
「ああっ! わたしは何も気楽な仕事とまでは――ああ、そうか……そういう方がいいのかもしれないけど……」
アルゲはくすりと笑った。ギーゼラは気遣いが苦手らしい。彼女は真面目そうで、見るからに堅物な人間だった。それにアルゲは、彼女の家名を知っている。王国西部の小さい伯爵家の出だ。まだ深く踏み込んで聞いたわけではないが、家を継げないからここに滞在しているのだろう。対してアルゲは王国随一の公爵家の一人娘。ギーゼレも緊張するはずだ。
気が付けば、宮殿の左に伸びる翼棟の二階の端まで来ていた。少しくたびれた感じのする扉があって、ギーゼラはそこを開けようとする。
アルゲは窓から外を見ていた。宮殿が囲む中庭は非常に広大で美しい。中庭の向こう側、ずっと向こうに反対側の翼棟が見える。アルゲはギーゼラが扉を開けた音を聞いてから、視線を部屋の中へ移した。
2
「ようこそいらっしゃいました」
屈強な体つきの女が、広い部屋の奥から物をよけながらやってきた。
部屋はとても広く、作業場のようだった。部屋は下に土が敷かれた土間になっていた。建物の二階によく、と思った。部屋には木造りのよくわからない物品がそこかしこに置いてあった。他にも何人かの女が作業をしている。右側は低い壇になっていて、ひらけていた。そこに一つ扉がある。
ギーゼラはそこに目をとめた。
「あ、もしかして一つ間違えたかな」
はい、と女が声を上げた。
「蒐集官さまのお部屋なら、一つとなりでございます」
「そうか。でも、ちょうどここもアルゲンティア殿に紹介しようとしていたんだ。――こちらから見てもかまいませんよね?」
ギーゼラがアルゲンティアに聞いた。
「はい! もちろんです」
アルゲが女を見ると、女は口をぽかんと開けて呆けた。
「あの……」
アルゲが言って、女は初めて口を魚のように動かして、慌てた。
「あっ、ええと、あたしはフォタリと言います。……えっと、ここの職人頭です」
職人頭、とアルゲは思った。初めて聞いたが意味はだいたいわかる。
「じゃあ、わたしはお前と一緒に仕事をすることになるの?」
「はい――」
まだフォタリはアルゲをまじまじと見ていた。顔を俯かせて視線を隠そうとしているがバレバレだ。この女は隠し事が下手らしい。実直さ、とアルゲは思う。この性格はいかにも職人らしいのかもしれない。
ギーゼラがフォタリに言った。
「一応説明は済んだな? わたしはこれから、お前の上司を隣の執務室へ連れて行くよ。これからはこの方がお前たちのご主人様だ。いいかい? 彼女の話をよく聞くように。決して侮るんじゃないよ」
はい、とフォタリは平服するように腰をかがめた。
アルゲの中の「私」はこの光景を不思議に思った。現代日本では、ここまで強い上下関係はあまり見ない。
アルゲは部屋の中を見渡した。様々な物品は、一つはまるで椅子のようであり、まるでテーブルのようであり、あるいは壺になる前の加工品のようだった。アルゲは少し気になって、ギーゼラを見る。
「もう少しここを見てもいいですか? これから、ここの人たちと一緒に働くから、もう少し仲良くしておきたいんです。それに、ここにあるものが気になります」
もちろん、とギーゼラが言った。
アルゲたちは部屋の中をものを見ながらゆっくりと歩く。フォタリがアルゼの隣を案内するように歩く。ギーゼラの召使は廊下で別れてもういない。今はアルゲのティコとウーレイだけがアルゲの後をついていく。
「ここではものを作っているの?」
「はい、その通りです」
フォタリが頷いた。
「お前たちはものを作るのが仕事なの?」
「はい、その通りです」
アルゲはいまいち要領を得なかった。自分の役職は名前通り、古い物品を集めることではなかったのか。自分の配下は、ものを作りさえするのか。それを言うと、フォタリは愛想笑いを浮かべた。
「わたくしどもは、古物の修理を主に行います。古い遺跡から出土した高価な物品は、往々にしてどこか壊れていますから。でも、新しくものを作ったりもするんです。王様にそれを献上するためです」
なるほど、とアルゲは思った。
フォタリはあたりを見渡しながら続けた。
「ここにあるものは今は木で作ったものばかりですが、本当は石や鉄と、たくさんの材料を使います。もう一つの作業場には鍛冶場があります」
今も数人の女職人たちは、道具を使って木を削ったりして、いろいろなことをしていた。
「それはどこにあるの?」
「城内のここからそう遠く離れていない場所にあります。なんならそこが、大体作業する場所です。ここは今はこうして使っておりますけど、普段は保管庫っていう感じなんです」
「そうなのね」
ギーゼラが口を挟んだ。
「どうして、今はこっちを使っているんだい?」
「鍛冶場があるって説明しましたけど、炉が故障しまして。ひどい煙がもくもくと天井を覆っちまったんです。ですから、今はこっちでできることをしている次第です。わたくしどもも真っ暗な中では作業できませんからね。それに新しい管理官様がこられるというので、ここで職人どもを並べておくのもいいと思ったんです」
アルゲはそれを聞きながら、もくもくと作業を続ける女たちを見た。今の会話は彼女たちにも聞こえているだろう。それでも、アルゲが命じるまで、彼女たちは一言も話さずに仕事を続けている。みんな腕が太い。腕には血管が張り、こぶしは固そうだ。みんな体格がよかった。その中でもフォタリが一番体格がいい。
「もう満足しましたか?」
ギーゼラがアルゲに言った。アルゲは頷いた。その時、視界の端に違和感を覚えた。
「これは?」
言いながら、アルゲはそれに近づいていく。木組みの小さい鑑賞品のようなもののが、長テーブルの上にたくさん置いてある。その隙間に、鈍い光をアルゲは見た。
アルゲはぎょっとした。それはここにあっていいものではなかった。
「どうかしましたか?」
ギーゼラがアルゲの前をのぞき込もうとする。アルゲは彼女を見やってから、ゆっくりとそれに手を伸ばす。
それはスマートフォンだった。
フォタリは説明した。
「それは最近遺跡から発見されたもので、これを見つけた学者は、おそらくここれは装飾された文鎮だろうと言っておりました」
アルゲはその側面に指を伸ばして、恐る恐る電源ボタンを押してみたが、当然のように反応はなかった。
「ただ、妙に軽くて使いづらいのです。古代人は変なものを好むとは聞きますが、これもそうでしょうかね?」
アルゲはまだスマホをじっとみて、手で触っている。
(懐かしい。なんでこんなものがここにあるの?)
これは、「私」が現世で持っていたものとは違う。全く関係のないものだ。
ギーゼラはアルゲの顔と、彼女が手にもつスマホとを交互に見ながらいう。
「これがそんなに気にかかりますか?」
「ええ、その……すごく珍しいものだと思います」
「でしょうね。わたしもこんなものを見たことがない。さっきこやつが、これが文鎮だと申しておりましたが、このようなものをどう使ったのでしょうか?」
アルゲは声が震えたのを隠せなかった。
「さ――あ? わたしにはわかりません」
ティコとウーレイが心配そうにこちらを見ている。アルゲは努力して、冷静さを取り戻そうとした。
(待て、落ち着け、わたし! あとで……後でこよう。一人でゆっくりみればいい)
アルゲはスマホを元あった場所、物の陰に置いて、顔を軽く振って少し汗ばんだ髪の毛を振った。頬に突いた毛を、指先で落とす。
「ギーゼラ殿、わたしを執務室へ案内してくださる? わたしはもうそっちを見たいわ」
ええ、とギーゼラは言った。
「もちろんです」と言って、ギーゼラは手先を部屋の奥の扉の方へ向けた。
アルゲが低い段を上がって扉の前に来た時、フォタリは段に乗らずに立ち止まり、アルゲたちを見送った。
執務室は椅子とデスク、来客用の長椅子が一つの簡素なものだ。壁際には本棚があったが、空白が目立つ。絨毯も引かれていて豪華と言えば豪華だが、貴族の部屋としては大したことがない。仮にも宮廷職の一つなのにこれなのだから、いかにこの仕事の重要度が低いのかわかる。
「ここが執務室なのですが……」
言って、ギーゼラが気まずそうに笑う。
本当に面白みのない部屋だった。鑑賞品の類は一つもない。ただ、ここにあるだけの部屋。前任者が作業した感じもなかった。デスクの上はがらんどうだ。
「わたしが案内できるのはここまでです。わたしはもう、これ以上踏み込んだことを知らない」
「ありがとうございます。ギーゼラ殿、わたしはすごく助かりました」
「そういっていただけると嬉しいのですが……」
「ただ一つどうしても聞きたいことがあります」
「なんでしょう?」
「わたしは実際、どのようにここで働けばいいのですか? 職人は作業がございましょう、わたしは何の仕事がここにあるのですか?」
「正直申し上げて、あなたは何もしなくていいんですよ。この仕事はそういう仕事なんです。――ごめんなさい。わたしはただ、こういう仕事は、そういう傾向があるんだと申し上げただけです。もしかしたら、この部屋でする仕事があるのかもしれませんけど、見た感じそうではなさそうだ」
「じゃあ、何時にここに来ればいいんですか?」
「あなたの好きな時にここへ来ればいいんです。そして、あなたはこれからの大部分を、ここで過ごすことなく過ごすでしょう」
「そんなものでいいんですか?」
「……はい、そんなものです」
アルゲは頷いた。貴族にできる仕事など、たいしてないとギーゼラは思っている。ギーゼラはこの仕事のことをほとんど知らないといった。だから、本当はアルゲにもできる仕事があるのかもしれない。しかし、アルゲもギーゼラの言っていることが正しいだろうという予感があった。この、空虚な部屋。貴族がここにいるだという照明をするためのもの以外の何も、この部屋にはありはしなかった。
「……ごめんなさい。最後にあなたをがっかりさせたくはなかった。本当はもっと楽しげなものを期待していたんでしょ?」
ギーゼラは本当に申し訳なさそうに言った。アルゲは慌てた。
「いえいえ。……たしかにがっかりはしたんです。でも、それはずっと前からわかっていました。大体なんですか古物収集官って、たいした官職なわけがありませんよ!」
ははは、とギーゼラが笑った。
「でも本当に、宝物庫を預かる名誉はあるですよ」
アルゲは言葉をかぶせた。
「一体この王国の宝物庫に、どれだけのものがあるとお思いですか? わたしは一番の公爵、ダレナーハイドの跡継ぎですよ!」
しまった、と思った。言い過ぎたかもしれない。そう思ったが、ギーゼラが抑えきれない、という風に俯きながら大いに笑い始めた。口をしっかりと止めようとしているが、笑いが漏れるのが止められないようだ。アルゲは、自分の言葉が自信過剰だととられなくてほっとした。
「いやあ……そう、そうですね……ははは」
あはは、とアルゲは苦笑いする。ギーゼラはアルゲを見た。いまだにくすくすと笑っていて、頬をが赤い。
「――でもよかったこともあります」
「なんですか?」
「わたしはあなたに、もっとたくさんのことを紹介できる。もしあなたの仕事が忙しければ、あなたはきっともうわたしとは会ってはくれなかったはずだ」
「確かにそうかもしれません! こんな執務室に来てもやることがないんだったら、わたしはあなたと遊びますよ」
「ええ、ぜひそうしてください! わたしはあなたに見せたいものがたくさんあります。この宮殿の庭園をご覧にないたいですか? 今日の朝、あなたは庭が好きだと言っていたから……」
「ぜひ、お願いします」いいながら、アルゲはにこりと笑う。それからギーゼラを見て、「いろいろ楽しい場所を、わたしに教えてくださいね」




