3話 王さまに会いに行きました!
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翌朝、ギーゼラが馬車で迎えに来た。アルゲは盛装に着替えている。ギーゼラの馬車は門から入って玄関前まで乗り付けた。馬車は二台来た。
アルゲは馬車から降りていたギーゼラに近寄って、挨拶をした。
「おはようございます」
ギーゼラも同じように返してきた。それから彼女は手先を馬車に向けて、相乗りを促した。
「後ろに召使を乗せればよろしいですよ」
彼女が言うから、アルゲは背後に控えるティコとウーレイに、後ろの馬車に乗るように言った。
「でも、獣人をつれてくるなんて、あなたは変わった人だ」
ギーゼラが感慨深げに言った。それから、アルゲに先に乗るように促す。二人とも馬車に乗る。馬車が出発した。
はす向いに座るギーゼラがすぐに声をかけてきた。
「昨日はどうでしたか? 屋敷の様子は? よく眠れましたか?」
ギーゼラは愛想よく言った。アルゲは頷いてから答える。
「ええ、素敵なお屋敷でしたわ。どの部屋も不足なくて……。ああそう、離れもありましたね! 驚きました」
ギーゼラは微笑む。
「どうして驚くのですか? 驚くことなど何もありはしませんよ」
くすりとアルゲは笑って、彼女のことを見た。ギーゼラはまじまじとアルゲを見る。
「しかし、本当にアルゲンティア殿はお美しい。あなたのような花が咲いてしまえば、周りの……わたしのような色のない花は、誰もが雑草と見違えるでしょうね」
アルゲはゆったりと首を振ってその言葉を否定した。
「あなたほど親切な方は、この街にいらっしゃいません。誰かがあなたを雑草と罵っても、わたしはあなたを雑草と取り違えるような真似は絶対にしませんよ」
言って、アルゲはギーゼラの眼をじっと見た。彼女は顔を真っ赤にして、俯いた。
アルゲは経験的に、落とした、と思った。これは自分のひどい性だ――。だが、この街に味方は多いに越したことがないとも思う。だからもっと自分の側に寄せたい……。
「……でも、庭があまりなくて」
え、とギーゼラは顔を上げる。
「わたし、花が好きなんです。見ていて気持ちがいいから……。でもあそこは前庭がすごく狭いでしょ? 門もあるから、手狭で……」
「あっ……それはもうしわけないことをしました」
「いいえ、いいえ。謝らないでください。わたしちっとも責めていません」
ギーゼラがひどく申し訳なさそうにするから、アルゲはとっさに謝った。
城内には城砦があり、広大で壮麗な宮殿と、何棟かの大きな建物があった。中庭はいくつもあった。奥には神殿の影も見えた。城内は広く、アルゲにはまだ何があるのか完全にはわからない。
宮殿の馬留で降りて、アルゲとギーゼラは宮殿へ入る。二人に使える召使たちも後をついてくる。
宮殿は大まかに言って、円形屋根をもつ大きな建物があり、そこから左右にそれぞれ建物が折れて伸びる形になっている。その中央には宮殿が囲む形で広大な中庭があった。左右に伸びた建物は二階、三階建てに見える。円形屋根の下側は、壁は白く華美な彫像や彫刻が華々しくそこを飾っていたが、左右に伸びた方の建物の外壁も、目立たぬ風だがしっかりと装飾が施されていた。
アデルがギーゼラに誘導されながら廊下を歩く。召使たち、貴族たちがこちらを見て、アルゲが誰かを確認する。そしてみな悉く端へよけて立ち尽くし、アルゲたちが通り過ぎるのを待つ。
貴族も、召使も、みんなアルゲの美しさに目を引かれている。
アルゲは、豪華な貴族のドレスを着た女が、隣の同身分の女にささやいていたのを聞いた。
「あの美しい娘は……?」
また別の貴族の女はほとんど叫び声に近いささやき声で言った。
「あれが例の、ダレナーハイド公の一人娘だって?」
(そうだ……それがわたしだ)
アルゲたちは翼棟から宮殿中央部、遠目からは円形屋根の見えたところへ向かう。
「あまり人の話は聞かない方がいいですよ」
ギーゼラがこちらを振り返らず言った。
「ええ、ここはきっとわたしの嫌なうわさをする人が多いでしょう」
ギーゼラは何も答えなかった。アルゲは続けた。
「ギーゼラ殿には、わたしのお味方になっていただきたいわ」
「もちろん、そのつもりですよ」
言ってから、彼女はこちらを振り向いた。アルゲは廊下を歩きながら、彼女に笑んだ。彼女がどきりとしたのが、アルゲにはわかった。ギーゼラは顔を赤くして前に向きなおる。
「さあ、つきました」
円形屋根の下は大広間だった。そこに入るための大扉は固く閉ざされている。しかし、その両脇に脇戸があって、それは開きっぱなしだった。ここから中の声が漏れ聞こえてくる。
広間前のロビーにはたくさんの貴族と、それらに使える召使たちがたくさんいた。アルゲが来ると、彼らはアルゲをじっと見つめて話し合った。アルゲが見れば彼らはすぐに眼を反らした。
「ああ、今日は例の……!」
「あれがダレナーハイドの――姫君か! まさかここまで美しいとは……」
背後で小さな召使が声を、抑えきれないという風に上げた。
「ああ――! すごい、まるで女神さま……」
アルゲが背後を振り返ると、その若い女の召使は頬を赤らめながら、さっと人影の中に隠れてしまった。
ギーゼラがアルゲに近づいた。
「今からそこの扉から、わたしと中へ入りましょう。中の奥には玉座があって、陛下と王配陛下がいらっしゃいます。玉座前は長く伸びた通路になっていて、この閉じた正面扉に繋がっています。左右には廷臣たちが立っています。わたしはその中へ行きますから、あなたは後ろの方から通路へ入ってください。今は謁見の最中です。アルゲンティア殿以外にも、たくさんの意見を持った人が通路の先に立っているはずです。あなたは彼らの背後へ回ればよろしい」
アルゲは非常に緊張した。アルゲはわがままで、頓着がなく、気ままだ。それでも、どれだけ強がろうとも、こういう場に弱い。心臓がどきどきする。
「わかりました」
言って、アルゲは強く頷いた。
ギーゼラは扉の方へ歩き始めた。アルゲはそれを追ったが、すぐに足を止めた。振り向いて、ティコとウーレイを見る。
ティコが心配そうな顔をしてこちらを見た。
「アルゲ様、どうかご無事で。……その、心配なんです」
ウーレイはそんなティコを見てから、アルゲを見た。
「謁見はすぐに終わると聞きました。どうか早く戻ってきてください」
アルゲは頷いた。ギーゼラはこちらを振り返っていた。アルゲは彼女の後を追って中へと入る。
広間の中央通路と、左右の細い空間の間は大理石の列柱で区切られていた。廷臣たちは列柱の手前側、あるいは柱と柱の間に立って王とその前に立つ請願者を見ている。柱の上部の膨らみや、下部の土台は金細工で飾られている。中央の幅広の通路も、左右の廷臣が立つ空間も、上品な赤色の絨毯が敷かれていた。左右の壁はガラスで飾られている。一枚の大きいガラスは縁飾りを付けられていて、それが幾枚もつなぎ合わさって飾っていた。
故郷の城も絢爛豪華で知られていた。アルゲはそれを誇りに思っている。しかしそれでも、この宮殿はすごい――。
脇戸の先は左側の空間だった。アルゲはギーゼラを一瞥してから、通路の方へ足を踏み出す。
その時、にわかに人の騒めきが生じた。大通路の先に立っていた請願者の数人が背後を振り向いた。アルゲは努めて堂々として彼ら請願者の背後に立った。
大通路の先は数段の階段があって、壇上に続いている。壇上には玉座が二つ並んでいた。一つは大きく壇上の中央に、もう一つはやや小ぶりでその右隣にある。
中央の玉座には女王が、その隣にはその婿が座っていた。
女王は首をかしげて、請願者たちの背後にたったアルゲをみとめた。その視線をみて、アルゲの周りの人間がそろそろとよけ始める。アルゲはその感じを受け取って、自然と一番前に進み出る形となった。
この世界の人間は外見からは年齢が分からない。しかし、鼻筋、頬の感じから、彼女の見た目が最盛期を迎えていることがわかる。それは彼女が二十代後半を既に迎えたことを意味していた。
王は、かわいらしい女の顔をしていた。眼は大きく、愛嬌がある顔立ちだった。隣に座る王配は穏やかそうな顔をした男だった。
「お前が……アルゲンティアか。よくぞはるばる東から来てくれたな」
王が言うか否か、アルゲは腰を曲げて礼の姿勢をとっていた。
アルゲは上体を上げ、王に拝謁する
「はい。アルゲンティア・フォン・ダレナーハイド、陛下の仰せにより、ただいま参上いたしました」
「うん、ご苦労」
言って、王は頬杖を解いて、姿勢を正す。見下ろす形でアルゲンティアを眺めた。
「しかし本当に……なんと美しい娘だ」
感嘆したように王が言う。
「まるで一流の職人の彫像が、そのまま動いたような娘だな」
アルゲは何も言わない。
「しかし恐ろしくもある。尋常の美とは思えん……。いや、うわさには聞いていた。ダレナーハイド公の跡継ぎが、美しいとは聞いていた……」
王配はじっとアルゲを見ている。その目はどこか少し憂いの色を含んでいるようにも、アルゲは思えた。アルゲはちらりと彼の顔を横目に見た。
王はアルゲをじっと見る。
「もうお前にやる仕事は聞いているな?」
「はい。古物蒐集官の役職を拝命すると聞いています」
「その通りだ。改めて、お前をその職に任じることをここで伝えよう。さて、もうよい。下がれ」
アルゲは一礼して、踵を返すと、王への請願者たちの間にできていた細い通路を通って最後尾に回った。隣に立っていた女が、何度もアルゲのことを横目で盗み見ようとしたのがわかりやすかった。
廷臣たちのざわめきがここまで聞こえてくる。話の内容まではわからない。
やがてすべてが終わり、アルゲは他の者たちと一緒に大通路を戻った。広間の大扉が開け放たれ、外の煌めきが広間に差し込んでくる。ここでやっと、アルゲはこの場所が外に比べて薄暗いのだと気が付いた。王の背後、壁の上にはガラスが一面に張られていて、王に後光のように光が差し込んでいた。それをつい先ほど間近で感じていてもなお、アルゲは今そう思った。それだけ緊張していのだ、と思う。
大広間前のロビーに出ると、ティコとウーレイが急いで近づいてきてくれた。
「ああ、アルゲ様。ご無事ですか?」
言ったのはティコだった。ええ、とアルゲは答える。
ウーレイは安心したような顔でアルゲを見ていた。息を大きく吐いてから、アルゲに言う。
「本当に良かったです。ずっと心配していました。わたしも、ティコも」
「ありがとう……」
アルゲは二人の従者の声が、すごく心地よかった。
周りの貴族たちが、ほとんど隠すこともなくこちらを見ている。一応は偶然を装った体――扇子で扇ぎながら横目でこちらを見たり、互いに談話しながらこちらを見たりしている――で、たくさんの視線がアルゲに集まっていた。
あたりは謁見を終えた貴族とその召使でいっぱいだった。
「まあ! 獣人を宮殿に連れてくるなんて、汚らわしい!」
「お美しい、お美しい。ダレナーハイド公の娘、お美しや!」
叫ぶような声がロビーのどこかから聞こえてきた。人々は口々にアルゲの話をする。
「しかしこれで公爵殿が心底臣従するとは思えない」
「娘がこの歳でこの美しさだ。――末恐ろしい!」
「……先の戦争で公爵殿についた我らの判断は間違ってはいなかった……」
人々のささやき声はまじりあって、どんどんと大きくなって、今や謁見の大広間前のロビーは、アルゲの話の大合唱の様相を呈している。
ギーゼラが人の波をかき分けてこちらへ来た。少し焦ったような表情を見せている。
「申し訳ない! 遅くなってしまった」
「お待ちしておりました」
アルゲは言ってギーゼラの方へ近づく。ギーゼラは周りを見渡しながら言う。
「ここへいては、あなたが目立ってしまう。――さあ、あなたの執務室へ案内します」
お願いします、とアルゲは言ってから、ギーゼラの後を追った。




