2話 これがあこがれの王都なのね!
3
アルゲたちの馬車は長い行列を組んで国を進んだ。馬車の荷台にはそれぞれ沢山のものが積まれていた。ある荷台には高級そうな椅子やテーブル、またある荷台には衣類箱がつまれていて、その中には一等のドレスが入っていた。
王都を囲む城壁を目の前にしたとき、アルゲは心躍った。これから先、虎穴に入るのだとわかっていても、アルゲはこの光景にそう感じずにはいられなかった。高い壁がずっと続いていて、等間隔で防御用の塔が城壁の間に立っている。城壁の威厳は、アルゲに子供っぽい感動を起こさせる。
「これが王都の景色なのね」
感嘆の色を深くして言ったアルゲに、ティコは言った。
「はい。でも、まだ中にも入っていませんよ」
アルゲがティコの顔を見れば、その隣にいたウーレイと目が合った。
ウーレイは猫耳の女で、獣人族の一派、猫族の出自だった。彼女もまた、ティコと同じでアルゲと関係の深い存在だった。彼女は今回の王都への出立にもついてくることになった。
ウーレイはアルゲとは反対側の窓をのぞき込んで、前方の城壁に目をやる。
「ああ、あれが王都の城壁ですね。立派です。……聞きしに勝るものだと思います」
そう言って、ウーレイは視線をアルゲの方へやる。そして、慌てたように付け加えた。
「もちろん! ダレナーハイドの街を囲む城壁は、より堅固ですけど!」
あはは、とアルゲは笑って窓から見るのをやめた。
市街は首都なだけあって発展していた。城門から続く目抜き通りは幅広い。それに面して二階建ての建物が軒先を連ねていた。建物は石造りのものが多い。通りの周辺もよく手入れされている感じがして、確かに首都なだけあるな、とアルゲは思った。
さて、本当にどうなることだろうか、とアルゲは思案する。王宮が自分を歓迎していないことは、自分がここへ来る経緯から明らかだった。とはいえ、傷つけられはしまいとは考えている。王国に今一度当家と事を構える余力はない。
街の大通りを行けば、先の方にもう一度城門が見えてきた。
「あれは?」
「――あそこから城内ではないでしょうか」
ウーレイの言葉に、アルゲは頷いた。
城門は開いていたが武装した兵士が警備している。街を取り囲む城壁の門と違って、こちらの兵士は一層武装の感じが強かった。白い鎧をつけ、王家の旗を掲げていた。
馬車の車列が止まる。列の先頭で、アルゲの家臣が兵士と話をつけているのだろう。
やがて車列は再び動き出した。
城の中の美しい中庭が見えた。それを囲む形で石造りの階層建ての建物が三方に並んでいた。また中庭が見えて、そこから進んだ先で一つの建物の前で止まる。
アルゲは窓の外を見る。車列の前方にはいくらか人が集まっていた。様相から、車列の主である自分を探しているのだとわかった。
家来がさっとこちらへ走ってきて、外から馬車の扉をノックした。
アルゲが席にもたれたまま返事をすると扉が開けられた。家来の二人が先に降りてから、アルゲは馬車階段を降りた。
王宮側の人間が数人こちらへ近づいてきた。その中に一人、マントを羽織り男装をした女がいた。この世界では、女が男の恰好をするのは普通のことだった。もっとも、その逆は不自然だったが。アルゲまもたマントを羽織っている。それは貴族の普通の装いだった。
「陛下の仰せで、あなたのお迎えに参りました」
女は丁寧な口調で言った。
相手は、ギーゼラ・フォン・クロトルフと名乗った。彼女はこの宮廷で仕えているらしい。
ギーゼラは言った。
「まずはあなたの館へご案内いたしましょう」
アルゲに王国から屋敷が貸与されるのはすでに決まっていたことだった。彼女の提案はアルゲの予想通りだ。
「館は城の外にあります。ですから、ご一行には一度戻ってもらわなければなりません。館は広いもののはずですから、これくらいの家来なら十分余裕があるはずです」
言いながら、ギーゼラはアルゲたちの車列を見る。
ギーゼラは辞去して、アルゲの車両の前方、もといた方へ戻った。アルゲは馬車に乗り込む。
しばらくすると馬車は動き出した。館へ行って、荷物を下ろして、今日はそれで終われるだろうか? 王には会うのだろうか。もちろん、会うはずだ。今日でなければいいのだけど、とアルゲは思う。
今度は城の門で止められることはなかった。きっと、この車列の先頭では馬に乗ったギーゼラが誘導しているはずだった。
街へ出て少しすると大通りから外れて、別の通りへ進む。アルゲが連れてきた家来は十数人、荷物の類が多いのだ。「私」が入り込む前のアルゲは豪奢な性格だったから、家財道具が多いのだが、それ以上に母親が持たせたものが多かった。
馬車が止まった。アルゲは窓から館を見る。横幅があって、上は二階か、三回建てだろうか。前庭は狭い。庭が好きなアルゲにとってそこはあまりうれしくない。
アルゲが馬車を下りると、ギーゼラがすでに近くにいた。
「アルゲンティア殿、ここがあなたの屋敷ですよ」
ギーゼラは言いながら屋敷の方を見たが、馬車が邪魔だった。彼女は軽く笑いながらアルゲを見た。穏やかな性格の人だと、アルゲは思った。
「屋敷の前まで見送りますよ」
言って、ギーゼラとアルゲは歩き始めた。アルゲの馬車の前に、数台馬車があったから、それを迂回する形で屋敷の方へ歩いた。
「明日、王様がアルゲンティア殿を御覧になりたいと仰せです」
「わかりました」
「明日の朝、わたしがここへあなたを迎えに上がりますよ」
「お願いします」
「しばらくは、わたしがあなたの助けになるようにと仰せつかっていますから、この屋敷のことでも、仕事のことでも、何か必要なことがあればいつでも言ってください。わたしは城の中にいます。また機会があれば、あなたがわたしの小さな部屋を見ることもあるでしょう。……ああでも、わたしはあなたの仕事の具体的なことはわかりませんが」
二人はもう、屋敷の門の前に立っていた。
ギーゼラがアルゲを見た。
「あなたの仕事のこと、何か聞いて言いますか?」
はい、とアルゲは頷いた。
「古物蒐集官だと聞いています」
ギーゼラが頷いた。アルゲは聞いた。
「でも、どんな仕事かはよくわからないんです」
「わたしもです。でも、あなたが仕事をうまくこなせるように、他の人にわたしが話を通すことはできます。そういった形で、あなたがここに慣れるまで、わたしがお手伝いしますよ」
「まあうれしいです」
アルゲが言って、笑んだ。すると、ギーゼラはたちまち顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「……まあ、それが仕事ですから」
言いながら、ギーゼラは誤魔化すように自分のマントをはたいた。
最後にギーゼラは繰り返した。
「明日の朝、わたしが迎えに参ります」
4
家来たちが荷物を下ろしている間、アルゲはティコとウーレイを連れて屋敷の中を探検した。
玄関の両扉を開けると、玄関ホールがあって、奥に上へ続く大きな螺旋階段があった。
そこを登りたい気持ちを抑え、アルゲは一階を見て回る。さて、何があるだろうか。左も右も似たような造りで、玄関ホールから左右に廊下が続いていた。廊下の庭に面した方はガラス窓で、窓下に花壇があって、そこの草花が窓辺まで伸びている。だが花壇は手入れされていないから、その草花が伸びている光景はあまりきれいではない。アルゲは部屋の中までは覗かなかった。通例に従えば、一回は私室、二階が広間だ。まずは二階が気になった。
「さあ、わたしの部屋はどこかしら」
言いながら、アルゲは玄関ロビーに戻って、二回へ上がる。別に二階の部屋を自分の部屋にしたっていいのだ。
二回には小さな広間と、部屋がいくつかあった。客室と応接室だろう、と思う。
「なかなかいい家ですね」と、ティコは言った。二階の窓から外を見て「すぐそこに離れもあります。きっと召使の居室にちがいありません」
一階に戻ってから、廊下を進むと、先ほど見た部屋はやはり私室だった。同じようにすこし贅沢な部屋がいくつも続いている。この屋敷の主人とその一家のための部屋だろう。食堂もあった。
反対側、屋敷の正面から見て右側の通路に面した部屋は、召使の部屋だった。中には炊事場もある。ここの内二つは、ティコとウーレイの部屋になるだろう。
二階にあった応接室で三人は椅子に座った。アルゲが一息つきたかったのだ。
「明日から、アルゲ様のことが心配です」
ティコが少しの沈黙を破って、そういった。アルゲはティコを見る。
「きっと大丈夫。別にとって食われはしないと思うの」
「でも、王様はきっと当家を恨んでおられますよ」
ウーレイはティコを諭すような眼で見たが、ティコは言うのをやめなかった。
「きっと何か悪さをしようとなさるにちがいありません」
「……」
アルゲは何も言わなかった。ウーレイがアルゲを見た。
「わたしがお守りいたします」
ウーレイは腕の立つ剣士だ。アルゲをよく守ってくれるだろう……。
「そうね」言って、アルゲは息を吐く。「期間は五年――」
和平によって決められた条件では、アルゲは五年間は王都にいなければいけない。
「楽しいことを考えましょ。わたしの仕事、笑っちゃうわ。きっと他にわたしにやるのがなかったのね」
ティコとウーレイは苦笑いした。ティコが微笑み混じりに言った。
「でもまさか、アルゲ様が木工細工をするわけはありませんよね?」
それを聞いて、ウーレイはくすりと笑った。アルゲは苦笑いしながら言う。
「まさか、まさか! ははは、くだらないわ。そんなこと、わたしにできるかしら」
ティコは微笑みながら続ける。
「ええ、もちろんそんなわけがありません。きっと職人は他にいて、古い物品を整理しているに違いないです」
「それを聞いて安心したわ」
言ってから、アルゲはくすりと笑んだ。
この時間が心地いい。でも、アルゲは本当は、明日が不安でたまらない。明日の明日が不安でたまらない。この広い王都で、アルゲは一人だ。いや違う、ティコがいて、ウーレイがいる。二人ともアルゲが小さいころから傍にいる。それでも……アルゲは自分がこれから一人ぼっちだとふと思わずにはいられなかった。どうして心がこれほど心細いんだろう。……もしかしたら「私」のせいなのかもしれない、と思う。
しばらく三人でそうして過ごしていると、家来の一人が部屋に入ってきた。荷物を全部下ろしたから、部屋の差配をしてほしいとのことだった。
アルゲはその家来に離れのことを聞いた。返ってきたのは、そこは召使の棟だということだった。だから、アルゲはウーレイとティコを除く家来にそこをあてがい、二人には屋敷一回の召使部屋を与えた。一階の一番豪華な私室を主人である自分の部屋と決めた。
そこからまた少しして、アルゲは自分の部屋に戻った。小さな部屋――もちろん、自分の城の自分の部屋に比べて――の端には天蓋付きのベッド、元の城から運び込んだ高価そうなテーブルと、脚先が曲がった同じく高価そうな椅子。鏡台も前の城からここへ運び込んだ。
アルゲはちょうど扉をノックした家来を中へ招き入れて、着替えを手伝わせた。マントを脱ぎ、ドレスをもっと軽いものにする。家来を外へやると、アルゲはどっと疲れが押し寄せた気がした。
天蓋のたれ布をよけて、息を吐きながらベッドに倒れこむ。アルゲは本当に疲れていた。
「つっかれたア~……」
言いながら、アルゲは髪をかき上げて額を見せる。両手で額を包んだ後、強く皮膚を押しながら両手を目元まで持ってきた。暗くなる視界を見ながら、アルゲはじっとしている。
「ああ、何が何かまったくわからない。いや、わかってはいるけど、おぼろげっていうか……私、わたしってどっち? どうして、わたしはわたしになったの? あの池のほとりでわたしはどうしちゃったの?」
アルゲは言ってうつ伏せになる。枕を手でひったくるように寄せて、そこへ顔をうずめた。
「わたし、どんな嫌な目にもあいたくないわ……」
アルゲは母親の言葉を思い出す。
(ここは……敵地だ……)
(わたしは……苦しいことはいやだし、つらいことも嫌だ……)
だが、王は自分を敵視するだろう。するに違いない。だから怖い。一方、「私」とは違う心の中の遠いところにいるアルゲンティアが叫ぶ。(王がどうした。東部一の公爵家の一人娘が、何が怖い。わたしはそのうち、万の人民すら差配するのに……)それは彼女の強がりだと、「私」はわかる。アルゲンティアも、怖いのだ。
(そうだよね。心細いよね――)それはアルゲが、アルゲ自身に向けた言葉だった。




