3 魔術師は俯いて心配し2
「……それで、水晶をどう使うの?」
「ああ!」
ヘクシアは慌てて元の場所に戻って、水晶玉を取り上げた。それをアルゲに掲げるようにした。
「これはね、一見ただの水晶のように見えるでしょ? でも違うんだよ」
「そう?」
「南の、ずっと南に捻じれ木の森という場所がある。そこは木が黒く、捻じれ、生きているのにまるで死んでいるかのようにふるまう。その奥の奥、その森で一番古い大木の根に、清らかな色の沼がある。そこには大小様々な種類の宝石が玉となってそこから湧き上がるんだ」
「そんなおとぎ話――」
アルゲが言うのを、ヘクシアは笑いながら遮る。アルゲに向けて掲げた水晶玉を机の上に置く。
「あるんだよ……本当に。そして、これはそこから湧き出たものの一つだ。アルゲンティア様、わたしはこれを覗けば、世界のいろんな場所のことを見れるんだ。それはこの水晶だけの力じゃない。わたしの力がそれをするのに一番大事なんだ」
「わたしのことはアルゲって呼んで、そう呼んでほしいの」
「……ほんと? いいの?」
「いいよ」
ヘクシアが照れた。前髪をいじっている。
ヘクシアは机に向かって、水晶玉に両手をかざした。
「見せてあげようか? アルゲ」
「いいの?」
「できるかどうかわからないけどね。本当は何時間も、この石の様子を見てから、魔力の調子を見るんだ」
アルゲは近くの椅子を持ってきて、ヘクシアの隣に座った。
「見せて」
ヘクシアが頷いて、横目でアルゲを見る。アルゲは彼女が緊張しているのだとわかる。
「何が見たい? ……ええと、わたしはあなたの、アルゲの見たい景色を見せてあげられるんだ」
「わたしの故郷を見せて……東にある、わたしの城」
「……いいよ。そこは知ってる。有名だからね。いろいろな意味で」
いって、ヘクシアは水晶にかざした手をゆっくりと動かす。アルゲは半信半疑だったが、ヘクシアの真剣なまなざしを見て、彼女の言葉を信じてしまった。――これで本当に、どこかずっと遠くを見ることができるのだ。ヘクシアの顔つきは、いつもの弱弱しく、それを隠すために虚勢を張っている顔とは全然違った。
水晶がぼんやりと光始めた。水晶の透明さがだんだんとぼんやりとし始めた。そして、水晶の中の茫然とした感じは、だんだんと渦になり、水晶の中でとぐろを巻いた。
アルゲははっとしてヘクシアを見たが、彼女は全く動じない。アルゲの視線にすら気が付かない。
そして、水晶の中を渦巻くそれは、少しずつ形を成してきた。もやは形を変え、一部は城の壁に、一部はやわかな地面になった。
(これは……)
水晶の中に形作られた、映されたものは、アルゲの故郷の城だった。ダレナーハイド城である。今見えているのは城の中庭だ。しばらくそこの美しい花々が移され、次に映ったのは赤い敷物の敷かれた豪華な部屋。
(お母さま!)
アルゲは確かに、その部屋の中に自分の母親がいて、机に向かっているのを見た。
「あっ!」
アルゲがつい叫んだ時、水晶玉の中の映像は途切れた。中に映された形はくずれて、靄となった。そして水晶はまた完全に透明できれいな玉となった。
「……ふう」
「今のは?」
「アルゲの故郷だよ。あってた?」
「うん、あってたよ!」
「今はあの程度しか映せない。本当はもっとたくさん準備しなくちゃいけないんだ……」
「……ありがとう」
ヘクシアはにこっと笑う。彼女の髪が、彼女の顔を隠してしまうからもったいない、とアルゲは思う。
「でもどうしてこんなことができるの?」
「魔術っていうのは奥が深いんだ」
「わたしには理解できない、と思う?」
「うん、思う」
言って、ヘクシアはこっちを伺うような表情をする。
「怒った?」
怒ってないよ、とアルゲは言った。
「でも、本当に説明が難しいんだ。信じてくれると嬉しいよ。それに、実は説明したくない、って思う。いろいろと話して、変にわたしを嫌ってほしくないし……」
「どうして、わたしがあなたを嫌うの?」
「みんな、わたしのことを毛嫌いする。魔術師は悪い奴だっていうんだ」
それは事実だ。城内のほとんど誰もが、ヘクシアを嫌いだ。それを態度に出すかどうかはともかくとして。それは彼女自身の性格の問題ではない。
「わたしは、今あなたをいい人だと思ったよ」
「あなたは変わってる……それか……余裕があるのかも」
「え?」
「わたしは生まれたころからずっと、足りてないものばかりだった。それはお金だったり、家だったり、……才能だったり。だから、これにすがるしかなかった」
言いながら、ヘクシアは自分の手を見る。
「普通の人も、大なり小なりそんなものでしょ。わたしから見ればみんな恵まれてるとは思うけどね。でも、あなたは違う。生まれたときから全てを持っている。城も領地も、時間の問題で手に入れられる。ただの貴族ではそうはいかない。それに、その美しさ! すべてを支配できるその美しさがあれば、何も怖いものはないと思う。だから、わたしみたいなやつにそうやって優しくできるのかもね」
アルゲはそれを聞き終えると、ひどく優し気な声を出した。
「わたしが、あなたに一体何を優しくしたの? まだわたしは何もあなたにしてないよ。でも、わたしは今日、あなたと仲良くなれた。だから、今度はあなたにうんと優しくしてあげられる。他の人は、まだちゃんとあなたを知れてないだけなのよ」
「……ありがとう。でも、魔術師は本当に嫌われるんだ」
「わたしはあなたを嫌わないよ。今日見たことは、すごいと思った」
「……王様が、わたしに悪いことばかりさせるんだ」
ヘクシアは悲しげな顔をしながら言った。彼女の眼は俯いている。
アルゲは彼女の言いたいことを理解できた。宮廷魔術師は王の忠実な下僕だ。ヘクシアはこの力が悪いものではないという。しかし、魔術の様々な力――アルゲはそれをほとんど知らないが――の使い道など、碌なものではないと知っている。王が彼女に何をやらせているのかは知らない。しかし真っ当なことではないだろう。
ヘクシアは俯いている。
「何も言わなくてもいいよ」
何をさせられたの、とは聞けなかった。
「……」
しばらく二人は黙った。ヘクシアはいろいろ考えているのだと思う。アルゲもこの女魔術師のことを考えていた。彼女の歩んできた苦労を思うと、いたたまれない。
しばらくの沈黙に耐え切れずに、アルゲは口を開いた。
「わたしはしばらくいないから」
「え?」
「王様の命令で、北の遺跡へ行くんだよ」
「北の遺跡って、どこ?」
「ヘーフェン公爵領に、古代の遺跡があるでしょ? そこへ行くのよ」
「……」
ヘクシアはそれを聞いて、知らく考え込んでいる。
「どうかした?」
「あ、いや……なんでもない……」
「そこがどんなところか知ってるの?」
「……少しだけ。遺跡は昔からあって、採掘もずっと続いてる。でも最近、やけに人を使って開発を進めてるって話を道具屋から聞いたことがある。わたしの道具は、古代の遺物をつかうことが多いから……」
そう、とアルゲが言う。
「でも変だな。どうして、アルゲがそこへ行くんだろう……魔法の道具があなたの仕事の範囲だとは思えないけど……」
「わたしもそう思うけど、よくわからない」
「……気を付けてね」
「え?」
「魔術師の予感、嫌な予感が……するから」
「わかった」
アルゲはただ頷いた。悪い予感とは何だろう。アルゲは先ほど、彼女の技を見ているから、どうにも笑ってそれで終わりにはできなかった。アルゲは内心でため息を吐く。




