1 水が冷たくて
高い天井は、暗く濁ってその形が見えない。広間に幾本も、左右にそれぞれ一列で並んだ柱の先も、暗い濁りの中へ消えていく。
中央は帯状に一段低く、薄く水が張っていた。左右の列柱の奥は通路になっていて、絨毯が敷かれている。部屋の前後にある大扉は銀でできていて、表面には黄金で細かい装飾がされている。
少年は小さい足で誰もいないその場所を歩く。彼の足音は静かな石の空間に反響した。彼は通路ではなく、列柱と中央、帯状の池との間の、柱のすぐ近くを歩いていた。柱に手をかけ、通路に戻ったり、またある時は通路の陰気な絨毯を数回ステップしたのち、また柱に手をかけながら躍るようにして外側へ飛び出す。
彼は通路の陰気な影の深い絨毯の上より、中央部の石がむき出しの無機質な空間の方が好きだった。
彼はちょうど広間の真ん中あたりまで来たら、池の近くまで進んで、腰を下ろした。
少年はサンダルを脱いで、足先を池につける。池の水は薄い。少年が足を付けたら、その小さい体の足首より少し上くらいまでしか水につからなかった。
池とは言うが、その水は非常によく透き通っていた。水は全く透明で、それどころか、暗くどんよりした部屋の中にもかかわらず、心なしかきらきらと輝いている。たまに小さな緑色の綺麗な葉の片が流れてくる。池は水の大本からここまで人工的にゆっくりと流されている。川というにはあまりに水の流れは穏やかだ。その葉は、水の流れの元になる場所のものだと、少年は知っている。列柱から池まではほとんど高さのない急な三段の階段のあとは平場だ。そして一段下がり、池となる。
少年は顔を上げた。ちょうど少年が入ってきた扉が、ぎい、と音を立てて小さく開けられたからだ。少年はそちらを振り向いた。純白のフードが、半分彼の顔を邪魔する。少年は白い長衣を着ている。それが池の水で濡れないように、股まで裾を上げて左右の水辺に上げていた。
少年は扉の向こうのから差し込む光の中に、うっすらとした影をみとめると、それがこちらへ近づくのを待った。
足音は石の壁と床によく反響した。ゆっくりと、落ちつきはらってその人はこちらへ来る。
足音が自分のすぐ近くまで来て、少年は瞼を閉じた。一つ小さく息を吐く。
「こんなところで何をしている」
「水を見てるんだ」
隣に立つ美しい少女はため息を吐いた。少年はちらりと視線を上げて、彼女の上品な唇が気だるげに震えるのを見た。
「そんなことはわかってるんだよ」
「でもあなたが聞いたんだ……」
「……」
少年はもう一度女を見上げた。
「君もここに座ったらどう?」
「わたしは嫌だよ。その水はあまり好きじゃないんだ」
「こんなに透き通って、きれいなのに……」
「呪われているよ。その水がどこから来ているか知ってるだろ?」
少年は何も答えない。女も少年と同じ、白いゆったりとしたローブを着ていて、フードをかぶっている。その上にさらに、縁を金で細工したケープを重ね着していた。しかい少年のそれと少女のそれとでは違いもある。どちらにせよ、高位の聖職者の装いだ。
「奥へ行かないの? もうみんな待っているよ」
女が静かに言った。少年は首を振る。
「退屈なんだよ……あそこは」
「そんなことを言って、また猊下のお叱りをうけたいの?」
少年はしばらく黙っていたが、これ見よがしに大きなため息をついてから立ち上がった。サンダルを履いてとぼとぼと前へ進みだした。背後から女が付いてくる。
その女、レネスは背後から少年に問う。
「今回の儀式がうまくいくと思うか?」
問われた少年、ガザラクは首を振る。
「さあね。でも、なんとか……うまくいかせるんじゃないのかな。どんな形であれ」
「もし聖女様がおられたら、王も我らに手出しできまいよ」
「そうだね。あの人が信心深ければね」
「そういう問題じゃないんだ」
二人はレネスが後を行く形で、天井の見えない薄暗い広間を歩く。ガザラクが背後を振り向いた。
「じゃあ、君はいったいどういう問題だと思うんだろう? ぼくには何もわからないよ。一体全体、これから先猊下がなさったことで何が起こるか見当もつかないんだから……」
「見当ならついてるさ」
「すべてが目論見通りうまくいけばね」
二人は向こう側の扉の前まで着いていた。ここから先は儀式の間となる。扉には金で装飾をされているが、みれば古代の神聖文字で文字が書かれている。二人にはそれが読み取れる。これは歌だ。そして本来は別の場所を飾るためのものだった。
「そういう言葉を使うのはやめろ」
レネスは一拍子おいて、ガザラクに言った。ガザラクはため息を吐いた。




