迷いと天都の心情
吹奏楽部の金管楽器の音色が流れてくる頃、僕は一人廊下を歩いていた。
普段はそそくさと誰の追随も許さぬくらい、一番手で校舎を後にしているのだが、今日はなんだか気持ちが違った。
昨日あの部活を紹介?的なものをしてもらい、あの場所に行くという選択肢が自分の中で追加されたからだ。
ただ、だからといってそれは100%ではなく、行かないという選択肢も存在している。
別に行く義理もないので、このまま帰ってしまっても何の罰にも値しないはずだ。中学の運動部と違って、行かなくても怒られない自由な部活と昨日教えられた。
……というか、そもそも正式に入部はしていないはずだ。入部届も出してないし。昨日は見学しただけである。
……まあ、それはそれとして今日も見学に行くべきなのだろうか。もちろん、行きたい気持ちがないわけではないが、あの扉を開けるにはあと少しばかりの気持ちと勇気が足りない。
それをチャージしようと校舎の廊下を歩き回っていると、もう3週もしてしまっていた。できるだけ怪しまれないよう自分は影だという認識で廊下の端をすり抜けるように歩いていた。
はぁ……。どうしようかな。こんだけ迷うくらいなら帰ろうかな。
と思いながら足を動かしていると、3度目となるなにやぶの扉が見えてきた。……ちょっとこっそり覗き込むくらいはしようかな。
と、扉についている窓の端から覗こうとした瞬間、がらがらという音ともに計画は崩れ落ちた。
「うわ……。どうしたの?」
間違えて、扉が開くほうから覗こうとしたのもあり、天都先輩と真正面で向かい合ってしまった。それも至近距離で。
「い、いや、何でもないです……。」
僕は即座に離れ、5mくらいの距離を取った。
「どうしたの?まさか、ここに入る勇気がでなかったとか?」
ニヤニヤした表情で天都先輩は聞いてくる。
やめろ。無駄に口角を上げるな。もっと、相手を慮った表情をしろください。
「いや、ちょっと放課後用事があったんで。」
「君に放課後、用事があるはずがないでしょ?」
辛辣すぎる。
「……はぁ。まあ、ちょっと迷っていただけです。この得体のしれない部活動に入ったものかどうか。」
「得体は昨日で知れたんじゃない?何も得体がないってことを。」
「結局、得体は知れないじゃないですか……。」
正しく言うと知ることができないかもしれないが。
「ははっ。昨日も思ったけど、君って結構面白いよね?ぎりyoutuberとかになれるんじゃない?」
「不安定な職業でギリなら、もっと確約されたお堅い職業に就きますよ……。」
そもそも危ない橋なのに、それが向こう岸まで繋がってるかどうか分からないんじゃ、行く理由がなさすぎる。
「?……そもそも君がお堅い職業に就けるかどうかも分からなくない?」
「そんな、純粋無垢な表情でひどいこと言わないでくださいよ……。」
ナチュラルに疑問に思ってそうなところが余計に傷つく。
「まあまあ。とりあえず、入る?」
「……こうなったのも何かの縁ですしね。」
僕がそう言うと、天都先輩は再びクスッと笑う。
相変わらず眼が半開きなまま笑うので、本当に面白いと思ってるかは微妙なところだ。
教室に入ると、昨日と変わらない景色がそこにはあった。
高巻先輩は一心不乱に勉強をしているし、及林さんはスマホを上下にスクロールしている。
何だか不思議と心が落ち着く気がした。
まだ、ここに来るのは2回目なのに、なぜなのだろうか。
……もしかして、前世でこんな場所に来たことある……わけないか。
「ずっと今日は来ないのかなとか言ってたぞ、そいつ。」
恐る恐ると教室の中に入っていると、及林さんが出し抜けにそんなことを言ってきた。
……え、待ってくれてたの?
「……言わないでよ。まあ、道ずれは多い方がいいからね。」
天都先輩のほうを見ると、ちょっとだけ顔を赤らめながらもそれ以外はいつもと変わらない表情だった。
……それはそうと、何かよく分からないことつぶやいてましたね。やっぱりこの部活入るの止めようかな。
「え……。」
何やら、天都先輩が硬直し絶句した表情を浮かべていた。
どうしたのだろうか……。まさか、声に出ていた?
「声に出てました?」
入るの止めようかなっていうセリフ聞かれてたのか……。
迷っているのは事実だが、闇雲に相手を不安にさせるつもりは毛頭なかった。しくじったな、これ……。
「うん。私にしか聞こえないくらいの声量で。」
「あーー。……だって道ずれにされるんですよね?」
「言葉の綾だよ。言葉選びを間違えただけだよ。悪い道ずれじゃなくて、良い道ずれだから。」
どこに良い道ずれがあるというんだろうか。
「川湊。もっと察してやってくれ。」
及林さんはスマホに顔を向けたままそんなことを言う。
察してか……。
それが出来てたらもっと上手く人生を歩めていたのだろう。言葉通りの意味しか受け取れず、見えた態度でしか判断できなかった。それが改善出来ていたら、もしかすると、もっと友達も多かったのかもしれないな。
「……それで、この部活入るの?」
天都先輩は相変わらずジトッとした目で聞いてくる。
ただ、そこには幾ばくかの願いの成分が入っているように感じられた。
「まあ、来ない日もあっていいのなら。」
「……じゃあ、決まりだね。」
少し伏し目がちになっていた顔が次第に明るいものになっていく。
天都先輩の笑顔はなかなか破壊力があった。




