同級生の彼女と僕のトラウマ
「じゃあ、次、及林さん。お願いね。」
ぶつぶつ罵倒の言葉を呟いている高巻先輩をよそに天都先輩は淡々と進行していく。
さきほどから見ているが、どうやらこの人はずっと目は半開きらしい。もしかしたら、最初会った時も睨みつけていたのではなく、あれが平常運転だったのかもしれない。
「あたしは及林桜。特に出かける用事がないときはここにいる。家に帰ってもつまんないからな。」
及林さんは渡されたチョークで器用に名前を書いた。
派手に彩られたネイル、金色に染まった長い髪、化粧をしているのだろう顔面はつけまつげや赤いリップで艶やかになっている。制服は当然のように第一ボタンを開けており、足は短くスカートによりこれでもかと露になっていた。肌が白いので否が応でも眼が吸い寄られてしまう。
ほんとに想像通りの典型的なギャルといった感じだ。校則に準拠しているところが微塵もない。
よくそれで学校生活を送れているものだと逆に尊敬すらできてしまう。
「……同学年なのか。」
足元を見ると青いスリッパをはいている。
靴下もピンク色のものを履いており、他の高校より校則が厳し目の我が校にいるのが不思議なくらいだ。
親が理事長とかじゃないと辻褄が合わない。
「何か悪い?」
「いや、悪くはないんだが……」
「……だが?」
「ちょっと同学年にいるのが不思議だなと思っただけだ。他意はない。」
僕がそう言うと、及林さんはあまり納得は言っていない様子だった。
ちなみに、他意はめちゃくちゃある。
いや、別に俺と同じ学年なことは不思議じゃないんだが、なぜか現実とは少し離れた感じがする。上手くは言えないが、僕とは別世界の人間すぎて画面の向こう側の人って感覚が薄っすらと脳内に広がっている。
「まあ、こっちの自己紹介はこれで終わりだね。」
随分と個性的な部活である。いや、部員と言ったほうが適切か。
……ちょっとだけそこはかとなくお暇したい自分がいる。
「次は君の番ね。」
言いながら天都先輩はチョークを渡してくる。
自己紹介ってすごく嫌いなんだよな。
学年が変わるたびに最初の授業で必ずと言っていいほど、自己紹介タイムがあるが、あれ何なの?何の生産性もない時間で、陽キャどもが楽しいだけの時間だろ。
真面目な僕は早く授業を開始したいと思ってるし、それに言えることなんてない。
何で自己紹介の時に趣味を言ってだの、名前のあとに適当に一言つけたしてだの言ってくるんだ。何の特徴も特性ももたない俺にとって、苦痛でしかない。
自己紹介で言えることなんて何にも持ち合わせていないのに、笑いながらこっちを見るな先生ども。心臓が止まってしまうくらい鼓動が激しくなってるんだぞ、こっちは。
「……どうしたの?急に俯いて。」
その声に僕はハッとする。どうやらちょっと長い時間考え込んでしまっていたらしい。
天都先輩はちょっと眉をハの字に寄せ、困った表情をしていた。
申し訳ない、僕の悪癖、黒歴史リバースが出てしまった。
「僕は川湊明斗です。及林さんと同じ一年生になります。」
黒板に自分の名前を書き、僕は軽くお辞儀をする。
それ以外、言いたいこともないのでこれで僕の自己紹介は終わりだ。
自己紹介いつもこれでよくない?何十人と人がいるなかで、自分の趣味や特性を開示するなんて恥ずかしいことこの上ない。
何でそんなことしなくちゃいけないの?僕を殺したいの?
「川湊くんね。第一印象と違って、さわやかな名前ね。」
おい、失礼だろ。
「そういえば、接点はないの?」
言って、天都先輩は及林さんの方に振り向く。
興味なさそうにスマホをいじっていた彼女は鋭い目つきで不機嫌そうにこちらを見た。
「あんたみたいな影薄いやつ知らない。」
おい、辛辣すぎるだろ。
「君もここに呼ばれたってことは……ぼっちってこと?」
天都先輩は拳を握りながら口元を隠し、嘲るように笑う。
おい、追い打ちをかけないでください。
黒歴史リバースと及林さんの悪口でただでさえ、心のタイマーがピコンピコン光っているのに。
三段殴りは致命傷になりえるんですよ?
「まあ、そうですね。ただ、一人でいることのほうが気楽で面白いからそうしてるってだけです。」
「ほう……。そうなの。じゃあ、君にはここに来る理由はあまりない感じなのかな?」
「それは……、この部活が具体的にどんなものか分かってから判断します。」
そうしないと最終判断は難しい。
なにせ、何も分かっていないに等しいからな。説明会段階のブラック企業でももう少し開示しているだろう。
「興味はあるんだ。」
……この人、他人を小馬鹿にするのが好きなのだろうか。
「人類、皆好奇心があるものですからね。知らないものを知りたいと思うのは普通のことでしょう。」
僕がそう言うと、天都先輩は一瞬目を見開いたが、すぐにさきほどの笑みに戻った。
「……なかなかの拗らせ具合だね。ただ、私も分かるよ、その気持ち。別に色んなことに興味はあるし、知りたいとか関わりたいとか思うけど、過去の自分が足を引っ張ってくるんだよね。」
僕はその言葉に少しだけドキッとしてしまった。
本来なら分かったような口を聞かれイラっとするところだが、その気持ちは呼び起こされなかった。……思い当たる節があったからだ。
ただ、それを肯定するにはまだ自分の気持ちに折り合いがついてなさすぎた。
「ちょっと何を言ってるか分からないですね。僕は結構、興味があるものには積極的に動きますよ。小学生のときはサッカーしてましたし、中学のときはソフトテニスしてましたし。小さいときは虫取りもよくやってました。」
これは嘘ではない。
本当にやってきたことだし、実際興味があることに積極的に動いてきた自負がある。
……ただ、その気持ちがあったのは5年以上前のことだが。
「そう……。じゃあ、今の君は?」
僕の気持ちを見透かしたように天都先輩は問うてくる。
その目に動揺した僕の姿が映っていた。
「……今は僕の好奇心は休憩中です。」
「なるほどね。じゃあ、復活したらまた聞かせてよ。」
より一層口角を上げ、天都先輩はこちらを見る。
全身に冷や汗が流れ、少し寒い季節なのに真夏のような暑さが僕の内部に流れていた。
「……それで、この部活は何をしてもいいんですか?」
とりあえず、一番気になっていたことを僕は聞く。
「うん。何やってもいいし、何なら来なくてもいい。及林さんなんて、半分来るか来ないかだからね。だから、今日は運が良い方だよ。」
「人を運勢占いに使うな。あたしは自分に正直に生きてるだけだから。」
及林さんは不満そうにこちらをキッとにらみつける。そして、すぐさま手元のスマホに目を落とす。
怖ぇぇぇ。




