なにやぶ
夕日が差し込むなか廊下を歩く、いつもは帰っている時間なのでこの光景が新鮮に思えた。
この学校は校門から見ると逆コの字型、アルファベットのCみたいな校舎の形をしており、そのCの先端よりちょっと手前くらいで渡り廊下が繋がっている構造になっている。ちなみに、4階建てでその渡り廊下は2,3、4階でつながっている。
そして、歩いていた向山田先生の足が止まった。ここは、Cをコの字みたく書いた時の縦棒にある教室だ。3階である。
あまり、この場所には来ないのでここが何の教室かは分からない。
「今日はとりあえず、見学だけでいいから。」
向山田先生は柔らかい笑みを浮かべる。丸い眼鏡の奥にある眼が安心感を与えてくれた。
「……いや、見学って。何も聞かされてないんですけど。」
「まあ、とりあえず、入ってみればわかるから。」
言って、先生はがらがらと扉を開ける。
そこは普段使っているものと変わらない、机と椅子、そして前には黒板があった。
クラスの教室を小さくしたバージョンみたいな空間である。
「皆、新しい人が来たよ。」
向山田先生は優しい声音で呼びかける。
そこには女子生徒が二人、男子生徒が一人おり、それぞれがスマホをいじったり読書をしたり勉強したりしていて、別々のことをやっていた。
……何なんだ、この何の秩序がなさそうな場所は。
「……誰ですか。」
輪郭が丸く幼い印象を女子生徒がこちらを目を半開きにし鋭く睨めつける。
「そんな睨まなくてもいいでしょう?最初に来た時あなたたちもそうだったんだから。」
向山田先生が優しく諭すと、その女子生徒は不承不承といった感じで首を縦に振る。
ちなみに、他のスマホをいじっている女子と勉強をしている男子は何事もなかったかのように自分の行動を続けていた。
……歓迎はされていないようで怖いな。
「だから、ここの説明をしてくれないかな、天都さん。」
「え……、何の説明もしてないんですか?私のときは鬱陶しいくらい説明してくれたじゃないですか。」
「……それは、あなたがなかなか付いてきてくれなかったからですよ。」
あまつさんと呼ばれた人は眉間にしわを寄せる。
そんな嫌そうな顔されたら、メンタル豆腐な僕は何も悪くないのに傷ついちゃうんですが……。
「……まあ、分かりました。説明くらいはしてあげます。」
「頼むよ。とりあえず、今日は見学だけということにしてるから。」
言って、向山田先生は教室を出ていく。
えぇ……、僕、この3人と一緒の空間にいなきゃいけないの?辛すぎて、冷や汗がナイアガラなんですけど。
「はぁ……。」
ほら、あまつさんため息ついてるし。怖い。恐ろしい。逃げたい。
「ここは何でもやっていい部活。略してなにやぶ。良い名前でしょ?」
立ち上がって端的に説明してくれたあまつさんは、僕の予想に反してニッとした笑みで応えてくれた。
それを見た僕は緊張が和らぎ、こっそり息を吐く。
怖かった……。どうやら、怖い人ではなさそうである。
「皆からは怪しい部活として認知されてるよ。人の気配がないのにたまに声が聞こえてくるって。」
「いや、全然駄目じゃないですか……。」
何でそれをそんな堂々と言えるんだ……。
変わった人なのかな?僕が言えた義理じゃないけど。
「私は天都江菜、先生に頼まれて仕方なく部長をやってる。まあ、この3人の中だったら消去法で私が適任だからね。」
教室の前にある黒板に漢字と読み仮名を書いてくれた天都さんはフッと笑んだ。
自負している感じを受けるが少し諦観していそうな部分もある。まあ、仕方なくやっているのだろう。
ちなみに、この人は先輩らしい。
これは自己紹介を受けたわけではなく、我が高校はスリッパの色が学年で違うので自然と分かるという仕組みだ。
僕の学年が青色で、天都先輩が属している2年が赤色、3年が緑色といった具合だ。あと体操服もそれに準拠している。
「はい。次、高巻くん、こっちにきて自己紹介して。」
天都先輩はそう言って、今もなおずっと勉強している人にチョークを向ける。
「……。」
しかし、何事もなかったかのようにタカマキと呼ばれた人は勉強を続けていた。
こちらを向く素振りもなく、シャーペンの音が全く止まっていない。
「ちょっと、確かにここは何をやってもいい部活だけど、無視は良くないよ。ほら、自己紹介してくれない?」
再度呼びかけるも、どこ吹く風。全くシャーペンの足は止まらない。目線もずっとノートと参考書に向いたままだった。
すごい、学年でもトップクラスに協調性がない僕と比べ物にならないくらいヤバい人だ……。
「ほら、高巻いけよ!部長が内心怖がってるのに、勇気を出して指示出してくれてるんだから。」
「内心まで言わなくていい!」
と、教室の隅のほうでずっとスマホをいじっていた金髪ロング化粧装飾マシマシギャルが怒鳴った。
それに呼応し、天都先輩が頬を赤らめながら絶叫する。
ほぉ……、バラバラに見えたが分かり合っている部分はあるのか。
「はぁ……。ちょうど、難問とされるソファの問題の自分なりの解法を編み出せそうだったのに。」
頭を掻きむしりながら、めんどくさそうにため息をつき、その人はこちらに歩いてくる。
そして、天都先輩からチョークを受け取り、黒板に名前を書いた。
「俺は高巻。勉強に集中するためだけにここにいる。他のところは蠅どもがうるさくて、気が散るからな。」
ダルそうに高巻先輩は自己紹介する。スリッパは赤色なので、天都先輩と同学年なのだろう。
「……ちょっと高巻くん。自己紹介なんだから、下の名前も言わないと駄目だよ。」
そそくさと元いた席に戻ろうとした高巻先輩を天都先輩は呼び止める。
口元は笑っているが、目は全く笑っておらず確実に逃がさないと強い念を持っているように感じられた。
あの目で見られたら俺なら汗が濁流並みに流れるだろうな……。
「はぁ……、めんどくさい。」
高巻先輩は頭を掻きながら気だるげに戻ってくる。
意外と従順ではあるのかもしれない。
「俺のフルネームは高巻蘭斗。俺のくそ親がキラキラネームをつけやがったんだ。大人になったら改名するつもりだから、別に覚えなくていい。」
高巻先輩は眉間にしわを寄せ、鋭い目つきでこちらを見てくる。
怖すぎる……。親に恨みを持っているのは分かったが、それをこちらに向けるのは寿命が縮むので止めて頂きたい所存です……。
「ちょっと、高巻くん?自己紹介なんだから、ちゃんとした君の名前を言わないと、ここ出入り禁止にするよ?」
立ち去ろうとした高巻先輩を天都先輩は再び呼び止める。
それに加え、何故かにやにやした表情を天都先輩は浮かべていた。
どうしたのだろう。フルネームの自己紹介は終わったと言うのに。……まさか、本当はこの人はハーフでミドルネームがあるとか?それなら気になるので是非とも教えてもらいたいところだ。
「お前ってやつは……。はぁ……、分かったよ。あとで覚えておけよ。」
熊でもビビるんじゃないかくらい高巻先輩は鋭い目つきをしているが、口調はそこまで怖いものではなかった。
案外しつけられてるのかもしれない。
「俺の名前は高巻蘭斗丸だ。今日しか言わねえから。もし、これを全部言ったときは明日はないと思え。」
こぇぇぇぇ……。俺の予想の斜め上の答えが返ってきたが、そんなことより恐ろしすぎてそっちの驚きはどうでもよくなっていた。
全身が震えあがりすぎて、皮膚が取れるかと思った。目力もすごいし。……もしかして、かたぎの人間じゃない?
この人には今後関わることがあっても逆らわないでおこう。




