ずっと前からの感情
昼間とは違い、人気のない廊下をそぞろ歩く。
生徒会室は別の棟にあり、一度外に出なければならないので、6人で一度下駄箱まで向かっていた。
生徒会室に入ったことはないが、知識としては知っており、何でそんな面倒なことになっているのだろうと初めて学校の略図を見たときは思った。
絶対本棟においたほうが色々便利だろうに。わざわざ別棟の、それも敷地内の隅っこにある棟になぜ生徒会室を作ったのだろうか。
よく意味は分からない。静かで、誰からの邪魔もあまりされないからだろうか。だとしてもデメリットのほうが多そうではあるが。
下駄箱から外へ出ると、太陽の攻撃が始まった。
現在、梅雨の真っ只中だが、今日は珍しく晴れており、暑さがものすごい。ちょっと歩いただけで、湿度が高いのも相まって汗が吹き出し始めた。
ただ、だからといってどうすることもできないので、そのまま別棟へと向かう。行きたくないな……という思いは心の奥底に押し込んでおく。
そして、2分ほど歩いたところで、目的地へと着いた。
「じゃあ、このスリッパをはいてくれ。」
言いながら、生徒会長様と副会長様は下駄箱からスリッパを取り出してくれる。
ちなみにこの棟はそんなに大きいものではなく、4階建てではあるのだが、それぞれの階に会議室っぽいものや教室っぽいものが一部屋あるだけである。
そして3階に生徒会室はあり、そこまで昇っていく。
どうせなら、4階にすれば良かったのではないだろうか。生徒会室の人たちは人を見下すの好きそうだし。そっちのほうが自分に心酔できるのでき、気分が上がりそうである。知らないけど。
3階につくとプレートに生徒会室と書かれた部屋があった。
中には黒板やホワイトボードがあり、部屋の真ん中に目を向けると黒色のソファとガラス張りの長机があった。奥の方にはデカめの机があり、机の上には黒色のプレートに白字で生徒会長と書かれたものが置いてある。
そして、恐らく他の生徒会メンバーであろう、1年生の男子生徒と女子生徒が一人ずつおり、仰々しくもこちらに向かってお辞儀をしてくれた。
ほう……、天下の生徒会室はこんな感じなのか。さすが格式が高い雰囲気である。
自分には場違い感があり、全くもって落ち着かない。
ソファに座るのも憚られる気になってしまうな……。
「それでは、まず球技大会のアンケートをまとめてほしい。」
僕が緊張していると、生徒会長様はアンケート用紙を渡してくる。
……さっそくですか。ちょっとこの場に慣れるための休憩とか挟みません?まあ、仕事しに来てるからそうもいかないか……。これが終わった暁には何か褒美をくれません?
そう思いながらも、反論できる心の強さもないので、指示通り作業に邁進する。
もらったアンケート用紙が何の球技に投票されているかを別紙に正の字で書いていく。
8等分の用紙だけをもらったはずなのだが、全生徒分あるのでなかなか骨が折れる。
ただ、こういう一人で完結できる作業は好きなので、あまり悪くない。
誰かと協力してやる作業よりは良い。
そっちは人ガチャで気分が変わってしまうからな。
一緒にやる人が良い人だったらいいのだが、傍若無人な唯我独尊的な人とだったら最悪だ。そいつに全て主導権を握られ、ちょっとでもミスしたら親の仇みたいに怒ってくる。恐らく、感情調整機能がぶっ壊れているのだろう。おお、恐い怖い。
今回はそんなこともないので、特に雑談することなく、皆で黙々と進めていく。ペンを走らせる音だけが室内に響き、自然と心が落ち着いていた。
「……終わりました。」
途中で休憩を挟みながらやっていたが、2時間くらいで全員作業を終えた。
達成感が身を包み込み、心地よい安らぎが自己肯定感を上げてくれる。
今日は帰ったら思いっきりゲームが出来そうである。
それぞれ別れの挨拶をし、生徒会室を後にする。生徒会のメンバーたちはまだ少しやることがあるとのことで、僕たちが先に帰った。
そして、いつものように高巻先輩と及林さんが足早に帰っていき、僕と天都先輩はあ二人で歩く。
これはよくあることなので、あまり感情の変化はない。……ちょっとドキドキするくらいである。
「……今日は大変だったね。」
「そうですね。手首が痛いです。」
右手首を回しながら僕がそう言うと天都先輩は優しく微笑む。
「じゃあ、今日は手首を動かすのをやめとかないとね。ゲームとか。」
「いや、ゲームは指先は使いますが手首はあまり使わないんですよ。だから、やります。」
「おお、川湊君のそんな決意に満ち溢れた顔、初めて見た。」
「そうですか?たまには僕もそんな顔しますよ。まあ、鏡を持ち合わせてないので、確認する術もありませんが。」
そんな他愛もない会話をしながら、歩みを進めていく。
副会長とのことでちょっとだけ気になることはあったのだが、聞くのは野暮だろう。
それに、折角良い感じで会話出来てるんだから、あえてぶち壊すようなことは言うべきではないと思う。僕の心がそう叫んでいる。
2分ほど歩くと、駐輪場に着いた。
僕と天都先輩は帰りが逆方向なので、いつもここで別れている。
「じゃあ、先輩。お疲れ様です。」
「……うん。お疲れ。」
目を細めながらニッと天都先輩は笑う。これがいつもの表情だ。
晴れやかな気持ちで荷物を自転車のカゴに乗せる。今日は風になれそうである。
「……もう帰らないとだめなのか。」
――――そんな声が後ろから聞こえてきた。
後ろを振り向くと、自分の自転車の近くで静かに佇んでいる天都先輩の姿があった。
俯いており、身体全体から悲壮感漂うオーラが放たれていた。
この前もその類の発言を聞いた。
これまでと変わったような雰囲気は僕には感じ取れなかったが、もしかすると前と天都先輩の状況が変わっているのかもしれない。悪い方向に。
「……天都先輩、どうしたんですか?」
恐る恐る尋ねると、天都先輩はハッとした表情になりこちらを向いた。
「…………あ、ごめんね。何でもないよ。」
―――いつもの表情だった。何の代り映えもなかった。
僕の仮説は確信へと変わった。
僕と会うずっと前から彼女の取り巻く環境は彼女にとって相当ひどいものだったのだろう。
「……天都先輩、僕……。」
どうにか言葉を紡ごうとしたが、何の言葉も出てきてくれなかった。
僕がもっと色んな人とコミュニケーションを取れる人だったら、今の状況に適した言葉が出てきてくれたのだろうか。今更、そんなことを思っても何の意味もないけど。
「……また明日ね。」
僕の言葉を待たず、天都先輩は颯爽と自転車を走らせる。
……儚い笑顔を浮かべた天都先輩を僕は引き止めることは出来なかった。




