不穏な空気
窓の外の空気は春の陽気から湿った空気へと移ろい、梅雨へと差し掛かっていた。
濁った雲からは雨が降り続け、それが地面を打つ音を聞くと心が洗われる気持ちになる。
なにやぶへと向かう最中、雨の音と自分の足が廊下を踏む音がリズミカルに僕の耳に届いてくる。
その音が僕鼓膜を打つたび足取りは自然と軽くなっていた。
今日は僕の高校生活史上でもかなり早く教室を出ることが出来たので、廊下にはほぼ人はいなかった。
他のクラスの人たちが未だ教室に残っているのに、帰れるというのは優越感に浸れる。
まあ、一応部活があるので、校舎から外に出るのは叶わないんだけど。
鼻歌を歌いそうになりながら部室につき、がらがらと扉を開けた。
「はぁ……、家に帰りたくない。」
―――そんな声が聞こえてきた。
さっきまでの良い気分は一刀両断され、代わりに胸がドクっと鳴る。
部室の中を見ると、窓の淵に頬杖をつき、外を見ながら黄昏ている天都先輩の姿があった。
「……あ、川湊君。今日は早いね。……もしかして、聞いてた?」
天都先輩が僕のことをじっと見つめてくる。
口は笑っているのに、目からは絶対に嘘は許さないという圧が感じられた。
僕の額からは汗が流れる。
「……最後、少しだけ。」
嘘をつこうかと思ったが圧に負け、正直な言葉が口から滑り落ちていた。
「……そう。別になんでもないよ。気にしなくていいからね。」
そう言われてもさきほどの言葉が鼓膜にねばりつき離れてくれない。
ただ、深く聞く勇気も僕には持ち合わせていなかった。
……とても気になるが、ここは天都先輩の言う通りにしよう。
もやもやしながら僕はいつもの定位置につく。
今日は数学の時間に課題が出されていたので、ファイルからそのプリントを取り出す。
一通り眺めたところで、何が書いてあるかほぼ分からなかった。
僕は中学の頃から数学が苦手で、授業でもほとんどついていけなかった。出来ないことによってやる気が削がれ、いつしか寝るようになっていた。
それに、中学でも高校でも数学教師の声が良い感じに耳に馴染むので、たまにやる気があり授業を聞こうと思うのだがいつの間にか意識が飛んでしまう。
何なら心地良いまであるので、心安らぐ時間になってしまっている。
……まあ、それゆえ成績は自転車を漕がなくても最速スピードを出せる坂くらい下ってるんだけど。
と、僕が数学のプリントとにらめっこしていると、急に部室の扉が開いた。
そこには高巻先輩がおり、いつもどおり顔をまっすぐ向けたまま自分の席へと向かっていった。
そして、そのまま時間は流れていった。
今日は及林さんは来ておらず、3人で各々の時間を過ごす。
ときたま、天都先輩が僕に話しかけてきたりしたが、雰囲気はいつもと変わらなかった。まるで、先ほどのことなんて何もなかったかのような感じだ。
18時になり、いつものように解散する。
体感としては昨日までより2倍ほど長かった感じだった。
僕はその間もずっと気にかかってはいたが、ついぞ聞く勇気は出てきてくれなかった。
自転車を飛ばしながら、頭の中はぐるぐると巡る。
天都先輩は僕に忘れて気にしないようにして欲しいがために、通常運転を心がけていたのだろう。恐らく、高巻先輩には勘づかれていないはずだ。……まあ、あの人は他人に興味なさそうなので、ちょっと違和感があったところで気づかないかもしれないが。
ただ、それにしてもあまりにも自然すぎた。もちろん、天都先輩が演技が上手いという可能性もある。普通にこの説が一番確率が高いかもしれない。
……しかし、僕の脳裏には一つの仮説が立っていた。
――演技ではなく、少なくとも僕と会ってからずっとあの感情を持っていたのではないか、と。




