下駄屋の男
客足が止まった店内。
恋三は手持ち無沙汰に店の雑誌を立ち読みしている。
ふと顔を上げると、通りを傘の先に風呂敷をぶら提げた男が歩いて行く。
男は雨でもないのに、よく洗った真っ赤なゴム長靴を履いている。
恋三は何気なくその男の格好を観ている。
そしてふと、店の周囲の環境が気に成って来た。
恋三「店長。僕、チョットその辺を『視察』してくる」
静子「シサツ?」
恋三「うん。見学だ」
静子「見学って、これから忙しく成るのよ」
恋三「分かってる。あッ、そうだ。石田さん」
石田「はい」
恋三「あの自転車貸してくれる」
石田「良いっスよ。でもあのチャリ、後ろのブレーキ利かないっスよ」
恋三「危ないなあ~。前だけじゃツンノメルんじゃないの」
石田「慣れれば平気ですよ」
恋三「ナレね~え。何でもナレりゃ大丈夫。・・・じゃ、直ぐ戻ってくるから」
恋三は自転車に跨り、フラフラと店を出て行く。
ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が恋三を見ている。
恋三の後ろ姿を心配そうに見ている静子。
静子「・・・大丈夫かしら」
石田さんは以前から『気になっていた事』を静子に聞いてみる。
石田「店長。オーナーって、前は何やってたンすか?」
静子「え?・・・自由業よ」
石田「ジユウギヨウ?」
静子「いろんな事をヤッテ来た人ってこと」
石田「じゃ、プー太郎みたいですね」
静子「プー太郎?」
静子は店の前の路上に寝ている、『自由人』を見る。
するとドアーチャイムが鳴り、小太りで背が低い職人風の男が下駄を鳴らして店に入って来た。
「カタカタカタ」
静子「いらっしゃいませ~」
「カタ、カタ」
下駄の音が店内に響く。
石田さんは男をチラッと見て、品出しの為にバックルームに入って行った。
男はカウンターの前の新聞挿しからスポーツ新聞(東スポ)を一枚抜いて静子の前に持ってくる。
静子「いらっしゃいませ。百八十円になります」
男は始めて見るトシマの熟女(静子)に視線が定まらず、目はロンパリである。
そして軽い挨拶言葉を静子に交わす。
男 「さ、寒いやねえ。やんなっちゃうねぇ。山は大雪だってよ」
静子は昔、何処かで聞いたような語り口調に、
静子「えッ? あ、そうですか」
男は指先に小銭をつまんで静子の眼の前に出す。
静子は男の仕草を見て、両手の平を広げ男の眼の前へ差し出す。
男は静子を見詰めながら、手の平に一枚ずつ小銭を落として行く。
静子は奇妙な代金の渡し方をする人だなと思いながら、
静子「あ、確かに。ありがとう御座います。またお越し下さいませ」
すると男は、あのロンパリの眼で恥ずかしそうに静子を見て、
男 「アルバイトですか?」
静子「あッ、いえ、この店の店長です」
男は驚いた顔で、
男 「テンチョウ?・・・ あ、どうも」
恥ずかしそうに店を出て行く。
男は店を出て立ち止まり、振り向いて静子を見て居る。
そして、『スケベぽい笑み』を静子に投げかける。
静子は何と無く変な客と思いながら目を伏せる。
外のダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が寝むそうに膨らみ、下駄の男を見ている。
これがドヤ街の、ほのぼのとしたごく自然な風景でなのである。
つづく




