恋三の頭の中が変わった日
石田さんは面接を終えて売り場に出て行く。
恋三もその後を追った。
トイレの前を通り過ぎとトイレの小窓から灯りが漏れている。
恋三「あれ? 電気が点けっぱなしじゃないか。ッたくうー・・・」
恋三はスイッチを切った。
するとトイレの中から気の抜ける様な声が。
「ア~~~・・・」
恋三は驚いて、
恋三「あッ! すいません」
急いでスイッチを元に戻す。
恋三「・・・な~んだ、使ってるのか」
恋三は売り場に出て、カウンターの静子に、
恋三「トイレ、誰か使ってるの?」
静子「トイレ? ・・・あ~あッ! そう言えばアノ人」
静子は売り場の時計を見る。
静子「・・・ちょっと長いわねえ」
恋三「いつ入ったの」
静子「三十分位前かな?」
恋三は驚いて、
恋三「三十分ッ! そりゃあ、長いわ」
静子「オナカでも壊したんじゃない」
恋三「ウンな~・・・。何やってんだろう」
静子は怒って、
静子「知らないわよ、そんな事」
そこにバックルームから商品を抱えた石田さんが出て来る。
静子の傍に来て、
石田「店長!トイレって誰か使ってんスか?」
静子「そうなの。ず~と」
石田「おかしいっスよ。水、流れっ放しみたい」
静子「流れっ放し?」
さすがの静子も気持ちが悪くなり、
静子「ちょっと。アンタ! 見て来てよ」
恋三「見て来てよって言ったって、入ってるんだろ。それは出来ないだろう」
静子は気持ち悪そうに小声で、
静子「首でも吊ってたらどうするの?」
恋三「それは無い。さっき知らないでトイレの電気消したら変な声がしたから」
静子「変な声? いいから行って来てよ」
恋三「誰が?」
静子「誰がってアンタしか居ないじゃないの」
気の進まない恋三は静子を見て、
恋三「・・・何て言えば良いんだ?」
静子「そんな事、『丈夫ですか』しかないでしょう」
恋三「ええ?・・・」
すると石田さんが、
石田「アタシが行って来ましょうか」
そう言われたら恋三の面子が立たたない。
私 「いい、僕が行くッ!」
仕方なく恋三はバックルームのトイレに向かった。
心配そうに見送る静子と石田さん。
トイレの前に立ち尽くす恋三。
カウンターからジッと見つめる静子と石田さん。
恋三は心細そうに振り向き二人を見る。
怖い顔をした静子が恋三に目配せをする。
恋三は意を決してドアーを静かにノックする。
「トントン」
すると、あの声が、
男 「ハ~イ、今出ま~す」
恋三「すいませーん、お客さ〜ん。トイレを借りたい人が待ってるんですけど」
暫く返事が無い。
トイレの水は相変わらず流れっ放しの様である。
恋三は少し声を張って、
恋三「お客さ~ん! どうかしましたか~。大丈夫ですか~? ・・・?」
するとまた、あの奇妙な情け無い声が。
男 「は~い。大丈夫で~す。今、出まーす」
恋三「あの~、トイレを借りたい人が・・・」
男 「今、出ま~す」
石田さんがそっと恋三の傍に来る。
トイレのドアに耳を近づけ、恋三を見ながら、
石田「・・・何やってンでしょうね」
恋三「う~ん・・・」
すると石田さんが『逃げる体勢』でトイレのドアーを思いっ切り叩く。
「ドンドン!」
石田さんが大声で、
石田「お客さーんッ! 営業妨害ですよー。警察呼びますよー」
男 「は~い。すいませ~ん。今、出ま~す」
恋三はシビレを切らし、
恋三「ヨシッ、石田さん。不法占拠だ! 警察を呼べ!」
石田「ハイッ!」
するとトイレのドアーがそっと開く。
中から髪の毛を濡らし、スッキリとした顔の男が覗いた。
トイレの床は水びたしである。
恋三と石田さんは男の姿を見て唖然とする。
恋三は『何か一言』言おうするが、頭の整理がつかない。
しかし何かを言わねば・・・。
そしてこの言葉を選んだ。
恋三「お、おいキミ! トイレで何をしてた!」
男は何も言わずトイレを後に店を出て行った。
恋三は男を追いかけた。
ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が恋三を見ている。
暫くして恋三は店に戻って来る。
カウンターから静子が心配そうに、
静子「ど~お、捕まえた?」
恋三「うん?・・・うん・・・」
そこにトイレの掃除を終えて、濡れたモップを持った石田さんがカウンターに来る。
石田さんは私を見て、
石田「プー(浮浪者)でしょう」
恋三「プ~ウ?・・・うん。まあ・・・」
静子は浮かない顔の恋三を見て、
静子「元気がないわね。何かあったの?」
恋三「うん? うん。・・・アイツ・・・うちのトイレを風呂代わりに使ってた」
静子が驚いて、
静子「フロッ?」
恋三「・・・うん。ついでに洗濯もしたそうだ」
石田さんは目を丸くして、
石田「 センタク~~ッ?」
静子は男が便器の中で洗濯する姿を思い描いて、
静子「洗濯って・・・便器の中で? ・・・そんな~、ウッソ~?」
石田さんが笑いを堪えて、
石田「信じられな~い。変なヤツがいっぱい来るけど、ウチの店のトイレを風呂代わりに使って、ついでにあの便器の中で洗濯までした客なんて・・・初めてっスよ。この店、また一つ伝説が増えた」
恋三は初めて目の当たりにした『ホームレス』の実態を二人に解説した。
恋三「いいかな? アレは客じゃない。アレはまさに絵に描いた様な人生の放浪者だ。ま~あ、『ボヘミアン』とでも云おうか。・・・これが今の社会の現実なんだよ」
石田「ボヘミアン? て何スか」
恋三「うん? ま〜あ、一種のプー太郎だな」
石田さんは納得した様に、
石田「あ~あ、浮浪者ですね」
石田さんは笑いをこらえ切れず、吹き出しながら事務所に走って行った。
この日から恋三の頭の中も、変に成って行く。
つづく




