第68話 提言
朝の澄んだ空気が通う自室のバルコニーでミコトがアリコンを振るう。
刀身の重みを肩に感じ、風を呼ぶ。
ミコトが最も深く呼吸できる瞬間だった。
「ふぁぁ...ミコトぉ、行こう〜」
グラントがあくびをしながら現れる。
「グラントわざわざ、お迎えに?元気だなぁ。」
「ひとりで行くといろんなおじさんに話しかけられるから嫌なんだよ。こんな朝早くに。」
目をこすりながらグラントが言う。
「なにも毎回、王族議会に出なくたっていいのに。いつも寝落ちしそうになってるだろ。」
「戦いに行けない分、できることはしないと、何もしてないヤツだと思われるからさ...。」
寝落ちしてたら一緒じゃないかという言葉をミコトが飲み込む。
「政治について勉強することは、五戦士関係なく大切だしね。」
ミコトのとってつけたような言葉にグラントが苦笑いする。
「だいたいわかったけどね。政治ってなんだか。」
「なに?」
「前も話したことについて、おじさんたちが頷くだけの時間...。」
グラントが背中を丸め目を細める。
もう居眠りしそうな調子だ。
グラントの議会に対する印象はミコトも否定できない。
最近は特に、ホミニスの方針に任せる議員が増えたように感じる。
「行こうか。」
「いくぞぉー。」
ミコトが鞘にしまったアリコンを担ぎ、グラントと階段を降りていく。
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「カメ族への土壌改善支援の対価として、労働者提供の増員を約束しておる。こちらは海軍基地の運営に必要な人員と交通網整備の部隊に充てられる。」
ビノダロスが先の任務内容の報告をする。
議会はスムーズに進んでいた。
開会後しばらく、遅れて席に着く議員がちらほらいたが、それも止んでいる。
「いつもより空席が多いね。」
グラントが議場をぼんやりと見渡して呟く。
報告を終え五戦士の席に戻ったビノダロスが反応する。
「海兵が持ち帰った疫病の症状が長引いとるらしいな。グラントはすぐよくなってよかったのう。」
「ボクはまだまだ若いですから。」
「ワシも気をつけて予防しておる。」
一連の報告が終わり、沈黙が生まれる。
「ゴホン、では、新たな政策の検討に移ろう。」
議長が仕切り直す。
大抵誰も新しい提案をする者はいない。
「議題を挙げる者はおるか。」
ホミニスが手も上げずに無言で立ち上がる。
「他にいないようなので...ホミニス宰相。」
議長を一瞥し、ホミニスが演壇に進む。
議場内の停滞した空気を裂くようにホミニスがきびきびと歩く。
議員たちが薄目でそれを眺めている。
「度々失礼。このホミニスから政策提案申し上げる。」
ミコトが少し首を伸ばしホミニスのほうを見ている。
「昨今のジュラヴ問題は依然解決の糸口がない。次なる悲劇を生む前に、我々のほうから切り込んでいく必要がある。」
ホミニスの声が響き、ビノダロスの視線が鋭くなる。
「...私はここに、“北方原生林開発、及び 北方国交正常化計画”を提出致す。」
数人の議員が声を漏らす。
大半の者は一度で理解できずぽかんとしている。
「北方原生林って...呪いの森のことだろ...」
誰かの呟きをきっかけにざわめきが広がる。
「先の戦いで我が軍はジュラヴの構成員“セアカ”と“ネプチューン”を捕獲。彼らの知り得る機密情報を得ることに成功している。
セアカは北方国家ウリル出身の傭兵、ネプチューンは東海岸の海賊であった。可決いただいた海賊殲滅戦において力の戦士ヘラクレスが海賊船に潜入し、ジュラヴの傭兵を移送した船長と接触している。船長がウリルへの航海法を持っていることを確認済みだ。
従ってジュラヴがウリルからの諜報組織という線が濃くなっている。それが真実ならば、海賊という反社会勢力を用いて我が国の平穏を脅かそうという卑劣極まりない軍略だ。」
ホミニスが精悍な顔つきで淡々と述べる。
議員の一人が挙手し、議長により発言が許可される。
「カナブ殿。」
「そんなの...宰相の妄想ではないか?あの広大な森を挟んで...ウリルがラーフィールになにかしかけてくるなんて考えられない。仮にそうだとしても、採算が合わないだろう。ウリルから出発した兵士は、波にさらわれるか森で野垂れ死ぬだけだ。」
カナブがところどころ声を震わせる。
「発言ありがとうカナブ殿。しかし現にジュラヴは国内で活動している。そしてその構成員が持つ力は、伝承存在として限られた者だけが知る“アネモイ”の力だった。
アネモイの能力は魔術とは異なる根源を持つ。国内で存在が確認されたのも一例だけ。風の戦士ムサシナタスの故郷コマレアだ。」
「アネモイだと...?」
「単なる魔術師だろ。」
「風の戦士をここに呼べ!」
再び場内がざわつく。
「静粛に。」
「我が国は兼ねてから魔境とされていた海への進出を避けていた。そのツケが回ってきたのかもしれん。ウリルは既に航海法を確立し、海から攻め込む機会を探っている。
フローレンシス海軍の編成は順調であるが、我が軍は海戦に関しては歴が浅い。従って、堅強なトラプス軍による迎撃体制を早急に整える必要がある。」
ホミニスの目線の先、ギデオンが自信ありげに腕を組んでいる。
「待てホミニス。おヌシ、ウリルに宣戦布告する気か?スパイダーフォレストは脅威であると同時に我が国にとって自然の要害じゃ。それをご親切に切り開き陸路の往来を可能にするとな。ウリルの軍事力が未知数である以上、無謀な計画に他ならない。」
ビノダロスが議長の許可を待たず発言した。
「宣戦布告とは。知恵の戦士は極端だな。申し上げた議題のとおり、あくまでもこれは北方との国交正常化を目的とした政策だ。ジュラヴがウリルの手先でないにしても、ウリル政府に情報を共有し対策を進めなければ問題の解決には近づかない。知恵の戦士はそれをせず、ジュラヴの破壊工作を指をくわえて見ていろと言いたいのか...?」
「そんなことは断じて...。」
ビノダロスの反論を遮り別の議員が声を上げる。
「知恵の戦士の言うことはもっともだ!それにあの森は外縁の調査ですら死者が出る。方向感覚を失い精神を犯されるというのは周知の事実。開発ができるならとっくに取りかかっている!海と同様、通行不能領域だ。」
反対派が声を揃えはじめる。
品格漂う金色の衣装を着た宗教者が手を挙げる。
「トゥクストラエンシス司祭。」
議長が指名し、他の声が落ち着く。
「ディナステス教が、皆様に必要な言葉を示します。このトゥクストラエンシスが、告げる。」
仰々しい挨拶とともに司祭が立ち上がる。
「あの森には神の子の末裔、“スパイド族”の生き残りが身を潜めていらっしゃる。ホミニス宰相はその件についてどうお考えか。スパイド族は、森への侵入を拒むでしょう。」
司祭は開いているか閉じているかわからない伏し目で語る。
「もちろん。スパイド族の存在は承知している。今回の開拓は、スパイド族の保護も兼ねているのだ。彼らは...大反乱を起こした重罪人であるが、500年の経過と宗教的重要性を鑑み、その生存と安全を保障される権利があると考える。もっとも、彼らが本当に生存しているのであればだが...。」
一瞬嘲笑したようなホミニスの表情に司祭は憤る。
「スパイド様は、生きてらっしゃる。傷つけることは断じて許されない。」
「わかっている。スパイドたちも、あの森にいたくているんじゃなかろう。あの森に囚われている彼らを、救いたいのだ。」
司祭の顔は納得していない。
「さらにだ。森を進む方法は、我らが新王ミコトマスによって確立されている。ミコトマスを含め五戦士は皆“アネモイ”の力をその身に宿すことに成功している。ラーフィール史上初のアネモイ五戦士。彼らの扱う“風”は呪いの森のなかでも方向を失わない唯一の手段だ。この好機を逃すわけにはいくまい。」
ホミニスがミコトのほうを見る。
ミコトは言葉を堪え、目を閉じて議場内のすべての声に耳を傾けようとしている。
「王族諸君...隣を見てみろ。皆老いたかつての戦友だ。思い出してほしい。若かりしあの頃、この広大な世界に目を輝かせていたあの頃だ。自分らの代で、ラーフィールを史上最高の国にすると胸に誓っただろう。
それが今はなんだ。呪いの森が怖い、海は危険だ。ウリルは未知だ。我らがかつて嫌った先代たちと同じ結論にたどり着いてしまっている。スパイダーフォレストを放置し、この国が緩やかに森に侵食されていくのを良しとしている。」
ホミニスが議員たちひとりひとりの目を見て語り、彼らが静まり返る。
「見てみろ。ミコトマス王と、美の戦士グラントを。彼らは若い。未来がある。先代が残した呪いを、このまま彼らに投げ渡していいのか?
...今しか、ないのだ。若く逞しいアネモイ五戦士たちと、かつての英雄である諸君が手を取り合える機会は。」
沈黙のなか、ホミニスが自らの席に戻っていく。
「ガンッ―」
ギデオンが机に両肘をつき、しっかりと手を打ち合わせ、ホミニスに拍手を送る。
議員のなかにも少しずつ拍手をする者が現れた。
反対意見を述べていた者が怪訝な顔をする。
グラントも釣られて拍手をはじめるが、ビノダロスは厳しい表情を動かさなかった。
ミコトが立ち上がり、口を開く。
「―今回の計画については、即断できる内容ではない。我ら五戦士も、詳細の共有を受け、検討を進めて参る。その結果も含めて、総合的判断のもと、再度話し合う必要がある。」
議員たちがミコトの発言に拍手を送る。
一部の議員の振る舞いに、議会を切り上げたいという意志が見え隠れする。
拍手を続けるグラントの表情が次第に曇っていく。




