第67話 虎は千里
ミコトが王都に戻るやいなや、衛兵が駆け寄ってくる。
「陛下!大変です!」
「...どうした?」
衛兵の語気に圧倒されミコトが目をぱちくりする。
「ホミニス宰相が!...倒れられて!」
「なんだって?」
ミコトがビノダロスに目線を送る。
ビノダロスが黙って頷く。
「今すぐ、向かいます。」
ミコトが早足で歩きながら一瞬振り返ると、ビノダロスが鋭い目つきで城を見上げている。
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「ホミニス!大丈夫かい...?」
ホミニスは宰相の間に用意された移動式ベッドで寝込みながらも公務を進めていた。
「ああ...ミコトマス戻ったかい。」
「倒れたってどうしたんだよ。」
ホミニスらしからぬ気の抜けた表情にミコトが気を揉む。
「海から疫病を持ち帰ったらしい。ミコトも気をつけなさい。まぁお前には...剣の加護があったな。」
「疫病...?治るんだよね?」
疫病は遠征時もっとも注意すべきことのひとつだ。
「うん、ムサシとグラントも熱が出たと騒いでいた。城内で除菌を徹底してるところだ。だがたいしたことは...ゴホンゴホンッ!」
「ちょっと...!ちゃんと休まないと!」
ミコトが駆け寄り、ベッドの上にせり出した机と魔術盤を端に除ける。
「ムサシとグラントはずっと軽症だそうだ...。なんせ私は200歳の老人だからな。はは。一度病気したら治りが遅い...。」
これまでホミニスが体調を崩したことなどほとんどなかったように感じる。
無敵の宰相だと思っていたホミニスの弱る姿を見てミコトの胸が痛む。
「ちゃんと治るなら、いいけど...。」
「ちょっと一件報告を...」
ホミニスが魔術盤に手を伸ばすのをミコトが止める。
「だめだって。今夜は僕が見張るから、ちゃんと休んでくれよ。」
「...はい、陛下。」
ホミニスが少し笑って肩を落とす。
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宰相の間の出窓から月明かりが差し込む。
アリコンを少しだけ鞘から出し、その精巧な刀身を眺める。
僅かな月の光を増幅するように、白く輝く。
(なぜ、ツノに戻らないんだ...。)
その美しさは聖剣と呼ぶにふさわしい。
寸分の狂いもない左右対称の刃。
一度も研がずともその鋭さが損なわれない。
その両刃を見つめるだけで身体がヒリヒリと痛むようだ。
「美し...いな。」
ホミニスが薄目で語りかけてくる。
「ごめん、起こしたか。」
「いや、昼から寝てばかりで深く眠れんのだ。」
ミコトがアリコンを鞘にしまい、カチンという音が響く。
「ミコトは、覚えてないだろうな。まだ5つくらいのときだ。フェイフェリスが密林の遠征から戻ったときのこと...」
「うん...?どんなこと?」
ホミニスがぼんやりと天井を見上げ語りだす。
「珍しく、フェイフェリスがプレゼントを持って帰ってな。密林部族が作った...ぬいぐるみだ。ユニコーンのぬいぐるみ。」
たしかに数年前まで、部屋の雑貨棚にユニコーンのぬいぐるみも混じっていたのをミコトは思い出す。
今ではもう、片付けてしまっている。
「フェイフェリスが物をくれることなんてほとんどないから、お前はエラく気に入ってな。しまいには、本物のユニコーンに会いたいと泣きわめいて聞かなかった。」
「そんなときがあったのか...。」
ミコトが気まずい顔をする。
「もちろんフェイフェリスが構うことはなく、子守役が私に泣きついて来た。お前のために、兵にユニコーンを探させ死なせるわけにはいかんからなぁ。頭を抱えたよ。」
「ごめん...。」
「結局、ふつうの白馬に手製のツノをくくりつけて、お前に見せてやった。苦肉の策だ、はは...。」
ホミニスが額の前でツノのように人差し指を立てる。
「それで僕は、満足したのか...。」
「いや、お前は、それが本物のユニコーンじゃないことなんて、わかってたさ。私が必死に、なんとかしようと動いているのを見て、納得してくれたんだと、思ったよ。ミコトマスは昔から、そういう子だ。」
ミコトがホミニスの老いた横顔を見つめる。
「子供には...自分のために必死になってくれる大人の存在が、必要なんだろうな。あのとき私はそれに気づいた。お前を、ひとりにしてはならないと。」
「ホミニス...ありがとう。」
ミコトの成長のそばには、いつもホミニスがいた。
時に厳しく、時に優しく、一番近くでミコトを見守っていた存在だ。
ホミニスがミコトに視線を返す。
「お前はこんなに立派の男に...王になった。これもひとえに私のおかげかな。」
ホミニスが笑うのに釣られ、ミコトも笑う。
「本当に、優しく、頼もしい人間になった...。」
下を向き呟くホミニスの柔らかい声に、ミコトは目頭が熱くなる。
「話してくれてありがとう。もう休もう。僕も、部屋に戻るね。」
「おう。こちらこそ。心配かけてすまない。」
寝かせたホミニスにミコトが布団をかけてやる。
「ユニコーンに、会えたらよかったのにな。」
ホミニスが笑ったような眠ったような目をして言う。
「いいんだ。僕は。ホミニスがいてくれれば。」
「私もだよ。ミコトマス。」
「おやすみホミニス。」
すぐに眠りについたホミニスを見て、ミコトが宰相の間を後にした。
ミコトの部屋に続く通路の床が、すり減っている。
ホミニスがここを何度行き来したのか、ミコトには計り知れない。
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数日が経ち、ホミニスの容態も落ち着いてきた。
月に一度の王族議会が開かれる日。
宰相の間に招かれたギデオンがふんぞり返っている。
「で、なんだ話ってェ。これから議会だろ?そこで言えばいい。シュッ。」
「トラプス軍の長であるお前に、先に伝えておきたいのだ。」
ホミニスが久しぶりの正装を窮屈そうに整える。
「早くしろォ。シュッシュ!ただでさえ、かったりーんだから。」
「困ったおとこ...はは。」
含み笑いをするホミニスをギデオンが睨む。
「本日はだな...。長年構想していた計画を、提出しようと思う。」
「あん?回りくどいなまったく。シュッ。」
ギデオンが宰相の机に肘鉄を突く。
「私も今回の病で...いつまでもこの国を導けるわけじゃないと、悟ったのだ。やり残したことは、できるだけ残したくない。ミコトや...将軍お前たちのためにもな。」
鎧の中のヒメが真剣な表情で身構える。
「このラーフィールという国が...500年抱えた重い病を、私が、断ち切る。この先の世代には背負わせん。」
ホミニスが拳を握りしめている。
「んァ...だからなんだってんだよォ。シューッ!」
ギデオンが声を荒げると、ホミニスが僅かに口元を緩ませる。
「この私が...」
「...?」
「スパイダーフォレストを切り開く。」
見開かれたホミニスの目が、生気を取り戻している。




