第66話 吸入
「そういえば、寺院長に会えなかったね。」
「そうじゃな...。院内を歩いていればオババにも会えると思ったんじゃが。」
「オババ...」
院長は修行者たちからオババと呼ばれている親しみやすい人物らしい。
「大僧正だっけ。」
「そうじゃ。本人はそう呼ばれたがらんがな。ワシらマクレー僧全員の師じゃ。」
「400歳超えだもんね...。あまり無理に呼び出せない。」
ミコトが真剣な顔で呟く。
「いや、オババが弱っている姿は見たことがない。」
「でも院長室にもいなかったろ。」
「...」
含みのある顔で、ビノダロスが口を結ぶ。
「...オババは、昔から王国の人間を避けるんじゃ。理由はわからんがな。フェイフェリスが視察に来れなかったのもオババの許可が降りんでな。今回ミコトが許可されたのは、異例な話じゃ。オババ自身は、黙認という形だったが。」
「なにか心当たりはないの?」
ビノダロスの目つきが鋭くなる。
「ホミニスじゃ。」
「...ホミニスは、たしかコーフマン寺院出身じゃないんだよね?」
ミコトが頭の片隅にある記憶を引き出しながら話す。
「そうじゃな。辺境のマクレー寺院の修行者だったらしい。」
「うん。オババとの関係は...?」
「ホミニスが王族議会に出席する前、オババの直系がマクレー人の代表議員として出席しておった。だがホミニスが現れ、オババが議会に出ることはなくなったんじゃ。
その後、ホミニスはほとんどコーフマン寺院に訪れない。オババも王都には近づかない。あのふたりの間には、なにかある。」
ビノダロスとミコトが同時に顎に手を添える。
「なるほどね...。ホミニスに聞い」
「いや、いい。ホミニスに目をつけられてはならん。」
「でもホミニスは、父のような存在だ。なんでも聞けるよ。」
「ミコト、お前に言うのも心苦しいが、ワシは以前から、ホミニスの動きにひっかかるところがある。ホミニスも、ワシや...ディコトムス、ダビディスと一定の距離を保ってきた。」
ミコトの頭に死んだ五戦士の顔が浮かび上がる。
「言いたいことは...わかるな。ミコト。お前は王として、今まで通り自分の信じる正義を貫いてほしい。ワシやホミニスが、どうあろうとな。」
表情をひきしめ、ミコトが頷く。
しかしビノダロスの主張の全貌をまだ把握できていない気がしていた。
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「第三世界...と。」
メルヘト城内の中層中心部にある宰相の間で、ホミニスとヘラクレスが向かい合い座っている。
「第三世界...。タランドゥス船長が言うに、オレの生まれに関係あるラシい。」
ヘラクレスが幽霊船カレウチェでのことを思い出し話す。
「たしかに。神話のとおり第三世界...神の国があると考えるほうが、この世界には説明がつく事柄が多い。お前の存在含めてな。」
ホミニスが神話の流れが映し出された魔術盤を操作している。
「オレの力について、どう考える...?」
ヘラクレスがおそるおそる問う。
「んん...。お前の肉体の魔粒子構造は、魔術師の体内の魔粒子のように後天的なものではないと思う。ほとんど想像に頼ることになるが...ヘラクレスお前は...」
「俺は...」
「天界人と人間の間の子...とでも言うか...。第三世界を、仮に“天界”と呼ぶならば。」
ホミニスの魔術版の上で、無機質な“天界人”の絵が踊っている。
「テンカイジンは...どうやってここに...。」
ヘラクレスが納得がいかない表情をする。
「タランドゥスが欲しいのは、その情報だろうな。ヘラクレスに生を与えた存在がどうやってこの世界に干渉したのか。その経路を求めてるんだ。」
ヘラクレスがホミニスと目を合わせない。
「気になるか?自分の起源が。」
「...いや。...考えたって、わからナイ。」
思考の負荷に耐えきれずヘラクレスが宰相の間を出ようとする。
「ネプチューンと、話してみるといい。なにか見つかるかも。」
「イイのか...?」
ヘラクレスがホミニスの助言に少し驚く。
「ああ。丁度リオストスの診療の日だ。本部にいるよ。」
ヘラクレスが軽く会釈をする。
「...ホミニス、窓から行っテも...?」
「...あ、ああ。構わんよ。」
ホミニスが苦笑いする。
ヘラクレスが窓から勢いよく街の方に飛んで行った。
「そんなに階段が嫌かね。最近の若い者は...。」
ホミニスが窓から望むと、ヘラクレスの背中がすでに小さく遠ざかっていた。
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「リオちゃん...お花は好きかい。今度連れてってやる。近くにあるんだ、王国一の花畑が。」
ネプチューンが診療台に横たわりながら必死にリオに声をかける。
「ああー。素敵ねとっても。」
「よかった!」
リオの棒読みを気にも止めず、ネプチューンが純粋に喜び目を輝かせる。
ネプチューンが衛生兵に向けて静かにウインクを送る。
衛生兵にデートスポットを教えてもらったらしい。
衛生兵はきまり悪そうに目をそらす。
「リオ、調子イイか。」
ヘラクレスが不意にやってくる。
「あら!ヘラクレス!どうしたのこんあとこまで。」
リオの表情が明るくなり、ネプチューンが不快感を露わにする。
「お、お前は!俺を縛って運んできた化けもの...!」
「最近化けモノに化けモノと言われル。」
ネプチューンを無視し、ヘラクレスがボヤく。
「ヘラクレス。そこに座りな。化けモノなんてホント失礼よね。ヘラクレスのほうが断然イケメンなのに。」
(ヘラクレスのほうが断然イケメン!?ヘラクレスのほうが!?断然!?イケメン!?イケメン?イケメン...)
ネプチューンが気を失っている。
「え!?どうして!?なにもしてないのに!」
リオがネプチューンの魔粒子反応を確認する。
ヘラクレスがおもむろに近づき、ネプチューンにデコピンを食らわす。
「うぁあ!痛ェ!なにしやがる!」
ネプチューンが目覚め、声を荒げる。
「ハナシに来た。オマエと。」
ヘラクレスがネプチューンに顔を近づける。
「ああ。ねえけどな。真新しい情報なんて。」
一度虚空を見つめ、ヘラクレスが質問をまとめる。
「乗った海賊船。襲われたラシいな。黒く光る、幽霊船か?」
「たしかに、そんな気もする。」
ネプチューンが目を細め微かな記憶を辿る。
「海賊たちが、取り憑かれて海に飛んだハズだ。」
「たしかに。たしかにそうだった。」
「ウン...。」
ヘラクレスが考え込む。
「ふたりは同じ幽霊船に、乗ったのかもね...。」
リオが付け加える。
「その時から、記憶がないナ?」
「そうだ。見たものがなんとなく、浮かぶくらい。」
「言ってみて。なにを見た?」
リオが真っ直ぐ見つめるのに、ネプチューンが少し照れる。
「闇のなか、ばかりだ。黒い人影...。闇の中じゃ誰でも黒いだろうよ。でも闇より遥かに黒い...。」
ネプチューンの話しぶりに、リオの背筋が冷たくなる。
「そうだ、言ってた。使えそうだとか。俺のことなんだろう...。」
「戦士を探してタ...?」
ヘラクレスが呟く。
「その後、マンダリン粒子を入れられ改造されたのよね。」
ヘラクレスが深く腰掛け頭を抱える。
「無理しないでヘラクレス。」
廊下からか細い声がする。
「リオ〜どこだ〜ゴホッ」
グラントだ。
後ろにムサシも連れている。
ふたりとも顔が火照っている。
「ん?どうしたの?」
「身体が熱くてな。動きも鈍い。」
ムサシが他人事のように話す。
「あ、ヘラクレス!いたんだ!ゴホッ...なんか咳も出てて。」
「ちょっと!1回マスクして!」
リオが白いマスクをふたりに渡す。
「ありがとう...ゴフッ」
グラントが素直にマスクをつけるが、ムサシは気が進まない様子だった。
「海鮮に当たったか。」
しぶしぶマスクをつけたムサシが呟く。
「もしかして、海に行ったか?」
ネプチューンがなにかに気づき問いかける。
「え、ええ。ふたりは海の視察に。」
リオがふたりの代わりに応える。
「よそもんが来たとき絶対かかる風邪だぜ。油断したな。悪化したら死ぬぞ。」
ネプチューンが深刻な顔で告げる。
「死ぬ...!?ぁああ...神様天使様リオ様どうかボクを死からお救い...!」
「いいから!しっかり治しましょう!疫病はちゃんと治ります!」
リオが泣きつくグラントの背中をさする。
「とりあえず、この吸入をしたら呼吸器の炎症はよくなるから。」
リオがふたりを吸入台に座らせる。
鼻水を垂れ流すふたりの横でヘラクレスが話し続ける。
「マンダリンと、幽霊船の繋がりが見えナイ。」
「たしかに。マンダリンはラーフィールの裏社会を牛耳るヴェスパ組の組長。彼のこれまでのやり口から見て、海みたいな不確定要素が多い領域には手を出さないと思う。」
ヴェスパ組に搾取されていた村にいたリオには、組の方針がなんとなくだがわかる。
グラントがおもむろに手を上げて話しだした。
「ズビッ、マンダリンが、ネプチューンを連れてきた。スビッ、幽霊船は、傭兵を連れてきた。もっと上の...ズビッ、ボット?がそれを繋いでるんじゃない?」
鼻水まみれのグラントの説に皆が頷く。
「そういうことだな。ズビッ」
ムサシも鼻水を垂らし頷く。
「ボット...。タランドゥスがオレを逃がすとき...慌てていた。ボットが、オレやネプチューンを捕まえるように、言ったんだナ。」
「タランドゥスはなぜ、ヘラクレスを逃がしたの?」
リオがヘラクレスの顔を覗き込む。
「“天界”の情報を...得るタメ...。」
ヘラクレスの呟きにリオがハッとする。
「タランドゥスの幽霊船...ボットが幽霊船と繋がる理由は、傭兵の移送だけじゃないんじゃない...?ボットの本当の狙いは...タランドゥスが“天界”を発見すること...。」
「ズビビビ!」
大きな吸入音を立てたムサシに視線が集まる。
「俺も、そう思った...。ズッ」
ヘラクレス、ネプチューン、リオが考え込むなか、グラントとムサシが涙を流しながら吸入を続ける。




