第65話 出遇い
カメ族が毒ガスをどんなに振り撒こうと、追い風を纏うミコトに届くことはない。
「どういうことだ...!アネモイだと!?」
「やめろ。自然が死んでしまう。」
一瞬で詰め寄ったミコトが、毒ガスが出る筒をつかむ。
「速いッ!?」
「やっちまえ!」
剣を持つ者数人が叫ぶ。
ミコトに向かって剣を振りかぶる。
「危ない。」
ミコトは掌を突き出し大風で敵を吹き飛ばす。
「魔術師かッッ!」
カメ族の男たちは立ち上がり果敢に立ち向かおうとするが、ミコトが起こす強風に目も開けられない状態だった。
風圧で表情が滑稽に歪む。
駆けつけたセミ族の者たちが後ろで声を上げる。
「はっはっは!ヤツらひどい顔してる!」
「魔術師さん!そのまま殺ってくれ!」
「カメ族に天誅を!」
ミコトは振り返らず、風量を保つ。
「おい!そんなんじゃヤツら懲りねえよ!」
「ほとぼり冷めたらまたやってくる。」
「父ちゃんの仇を取ってくれ!」
「ジャーミン!ジャーミン!」
ひとしきり叫んだ後、セミ族が一斉に祈りはじめる。
「手を出したら、報復されるだけだ!」
ミコトが精一杯に叫ぶが、祈りの声量にかき消される。
セミ族の集団は数を増し、大声で祈りを上げながらミコトのすぐ後ろまで迫っている。
「ボーッシ!ボーッシ!」
セミ族の者たちがミコトの背中を強く押す。
「落ち着け!」
ミコトの声は届かない。
視線の奥で、森から新たに現れたカメ族がなにやら合図を送っている。
カメ族が風に立ち向かうのを諦めた。
息を切らして集合しだす。
「反撃だァ!」
セミ族が拳を振り上げる。
「待てェい!」
ビノダロスが兵を率いてやってくる。
走り出そうとするセミ族の前に隊列を組み、進行を食い止める。
カメ族領側から、権力者と思しき男が出てくる。
「知恵の戦士ビノダロス。土壌改善の件、よろしく頼むぞ。」
「ああ。キマダラ知事。王国はそなたらを見捨てん。」
ビノダロスが視線を送るとカメ族の者たちが帰っていった。
「ミコト。遅れてすまん。思ったより交渉が長引いたわい。」
「大丈夫さ。僕こそ、助けてもらって、申し訳ない。」
ミコトとビノダロスが視線を交わし、農地を後にする。
部隊の去り際も、セミ族の祈りは続いていた。
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帰りの馬車のなか、ミコトとビノダロスが顔をしかめている。
「うむ...なかなかキツいのう。」
「そうだね...窓開けても変わらない。」
カメ族の街のニオイがビノダロスの服にこびりついているらしい。
カメ族は薬品の開発が盛んだが、それに伴う環境汚染が深刻らしい。
「すまんのう。土産がオイニーとは。」
「大丈夫。仕方ない。戦士用の馬車はひとつだし...。」
ミコトはダジャレ発表とどっちがマシか考えつつニオイをやり過ごす。
「到着しました!陛下!」
「早いね。」
馬車が止まり、扉が開かれる。
そこには見慣れた王都ではなく、厳粛なたたずまいの寺院がそびえていた。
「ここは...」
「ちょいと寄り道じゃ。ここはマクレー教総本山、コーフマン寺院。」
黒を基調にした堅牢な木造りの建物。
随所に金の装飾が施され格式の高さを感じさせる。
「...初めてです。コーフマン寺院。」
門の前に進み、ミコトが無意識に敬語で呟く。
「マクレー僧以外は滅多に立ち入りを許されないが。今回はワシの頼みで、特別にミコトを招いてよいとのことじゃ。」
「ありがとう...。」
ミコトは寺院を見回し僅かに目を潤ませる。
「フェイフェリスも、来たことはない。」
「そうか。父さんも...。」
ビノダロスの厚意を感じながら、ミコトが確かな足取りで寺院内に踏み込んでいく。
「―てやぁ!」
死角から突然甲高い声が響く。
振り下ろされる木刀をミコトが素手で受け止める。
「パシィ!」
「あれ...?」
木刀で襲ってきたのは少女だった。
あどけない表情がミコトより少しだけ幼く見える。
「いたた...」
ミコトが手を振り木刀に打たれた痛みを紛らわす。
「これェ!」
ビノダロスが少女のほうに一歩踏み出そうとする。
「てぇーい!」
少女は構わず木刀を振るったが、ビノダロスにすぐ取り上げられた。
「いかんじゃろぉ!突然ミコトを襲うなど!」
ビノダロスが声を荒げる。
「あたしの剣!返してよ!」
少女がじだんだを踏むと、ふたつに結わえ分けられた髪が耳の上で踊る。
「ビノじいこの子は...?なんか僕悪いことしたかい...。」
ミコトが申し訳なさげに尋ねる。
「この娘は、ワシの孫じゃ。ワシの孫ルイスヴェイグ。」
「そーよ!知恵の戦士の孫、女戦士ルイスヴェイグとはあたしのこと!」
少女が意気揚々と名乗る。
「ルイスヴェイグ...よろしく。」
ルイスヴェイグの受け止めきれない勢いにミコトが苦笑いする。
「なにゆえミコトに斬りかかるんじゃあ。失礼じゃろ。」
「だって...あたしの力を王子様に示せたら、五戦士に入れてもらえるかと思って...。」
ビノダロスに注意され、ルイスヴェイグが肩を落とす。
「ミコトマスは、王になったんだぞ。怪我でもさせていたらお前は五戦士どころか、一生監獄行きじゃ。」
「えええそうだったの...!じゃあもう...結婚しちゃった...!?」
「まだ予定すらないけども...」
ミコトがため息混じりに応える。
「よかった!あたし、ミコト王子...ミコトマス王の姫として、添い遂げるつもりよ!」
「えっ...!」
「やれやれ...」
ビノダロスが頭を抱える。
「小さい頃から、王子と一緒になると聞かなくてな...わざと会わせないようにはしていたが...まだその夢は捨てていなかったか。」
「夢じゃないわ!今日こうして出逢えたんだから!また一歩現実に近づいてる!」
「...」
ミコトがあっけにとられて固まっている。
ビノダロスの不意を突き、ルイスヴェイグが木刀を取り返す。
「そういうわけでミコト様!あたしと一戦!」
「どういうわけじゃ。」
「◎$♪¥●%#!」
すぐにまた取り上げられ、ルイスヴェイグが癇癪を起こす。
3人はコーフマン寺院のなかを歩き、信者の修行を見学したり、高僧と交流したりした。
半日を寺院で過ごし、帰路につく。
「ルイスヴェイグ、今日はありがとう。王都に来たときは、案内するよ。」
「やったー!ミコト様!待っててね!それと剣の手合わせも忘れずに...!」
「う、うん...。」
ミコトは終始苦笑いぎみである。
「師匠たちの言うことをしっかりと聞き、心を鎮めて過ごすんじゃぞ。」
「別れの言葉のレパートリーそれだけじゃん!わかったよー。じいちゃんも気をつけて。」
「大切なことじゃ。じゃあまたの。」
馬車が寺院から離れていく。
ルイスヴェイグは見せつけるように門の前で木刀を振り続けた。
「いい動きだね。」
豪快な太刀筋が鮮やかな残像を描く。
ミコトがルイスヴェイグの剣さばきにしばらく見惚れた。
「あの腕があれば、早く実戦に使いたいじゃろうな。」
ビノダロスが鼻高々に言う。
「おい、いつまで見とるんじゃ。」
「あ、今見えなくなった。」
馬車が角を曲がり、ルイスヴェイグの姿が見切れる。
「言っとくが...」
「...?」
ビノダロスが神妙な面持ちをしている。
「孫はやらんぞ。」
「いや、待ってよ、僕はなにも。」
「まだ早い。」
理不尽な忠告にミコトが顔を歪める。
「というのは冗談じゃが...」
「はぁ...」
ミコトが胸をなでおろす。
「ルイスには、昔から手を焼いた。小さい頃はそれが嬉しかったが。今は心配も大きい。あの子には、力がある。ワシ譲りで頭もいい。」
ミコトが静かに頷く。
「能力がある者が、ふさわしい役割を与えられるのは、人間なら当然のことじゃ。だがそれが本人を縛ることになるのなら...自分のために、静かに生きるのも...ワシは否定せん。できることなら...」
ビノダロスが言葉の途中で、しばらく窓の外を眺めた。
「ありがとうビノじい。ルイスに会わせてくれて。」
「うむ。大切な孫娘じゃ。」
ビノダロスが目を閉じ、少し開いた窓から流れる風を感じている。




