第60話 第三世界
トラプス軍本部でムサシとホミニスが並び立ち、兵の往来を眺める。
ネプチューンがトラプス軍の軍病院に移送された。
充実した魔術設備でリオストスが解析を進めたいと申し出た。
ネプチューンの勾留環境もずっとよくなる。
「あんたにしては優しいな。」
ムサシがホミニスを見ずに呟く。
「私はもともと、優しい政治家だ。」
「ふん...」
ムサシが鼻で笑う。
「ゴホンッ。実を言うと、ミコトに感化されてな。最近は事件続きで判断が合理に寄っていた。時には慈悲も、見せるのだ。」
咳払いをしたホミニスが少し笑いながら話す。
伝令兵が走ってくるのが見える。
「ホミニス宰相!伝令です。」
「述べよ。」
ホミニスの顔がひきしまる。
「海兵基地へ帰還時、海上を移動中に、敵襲あり!ミコトマス様、ヘラクレス様が応戦し、ヘラクレス様が拉致されております!」
「なんだと。」
ムサシが眉をひそめ、問いかける。
「海賊がヘラクレスを捕らえられるほどの戦力を?」
「報告通り申し上げますと、幽霊船とのことで...。ヘラクレス様が飛び乗った瞬間に忽然と姿を消したそうです...。」
「援軍に向かう。」
歩き出そうとするムサシをホミニスが止める。
「風の戦士よ、剣でどうやって幽霊と戦う?幽霊船の噂は知っている。」
「だが誰かが行かねば。」
ムサシがホミニスを睨む。
真剣な眼差しでホミニスが小さく頷く。
「私が行く...。魔術存在の対処は私の専門だ。」
「いいのか。王都は。」
「お前がいるだろ。ビノダロスと。
頼んだぞ。それに、ネプチューンは見張ってないと危険だぞ。リオストスを取って食いかねん。」
「必ずミコトとヘラクレスを連れ帰れ。」
「恐ろしい風の戦士だ。」
ホミニスが行くと、近くで控えていた側近が後に続いた。
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海軍基地、軍議室でミコトが海図を眺める。
「ヘラクレス...どこだ...」
「ミコト、落ち着け。ヘラクレスのことだ。幽霊とも仲良くやってるさ。シュッ。」
やってきたギデオンが不器用に励ます。
「海図を眺めていても無駄だ。我らにできることは攻撃を続けることだけ。」
フローレンシスが靴を鳴らして近づく。
「ヘラクレスの捜索が先だ。」
「ではその幽霊船とやらの居場所がわかったのか?」
ミコトとフローレンシスが睨み合う。
「ミコト、幽霊船に詳しい海賊がいるかもしれん。戦いを進める意味はあるぞ。シュッ」
ギデオンとフローレンシスが捕虜たちを尋問してもカレウチェの情報を持ち帰らなかった。
ミコトは海賊連合には期待できない。
「ったくヘラクレスの野郎。自力で戻って来れんのかァ。」
ギデオンの言葉でミコトがなにかに気づく。
「わかった。作戦を続行しよう。僕を指揮系統から外してくれ。今は正常な判断ができそうにない。」
フローレンシスが冷たい視線を向ける。
「いいでしょう。私もそのほうが兵を動かしやすい。その代わり私のやり方に口出しは無用だ。」
フローレンシスを見つめ、ミコトが頷く。
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目が覚めると、ヘラクレスは船底の薄暗い魔術牢の中にいた。
「またか...」
見慣れた鉄格子にため息をつく。
指先を慎重に鉄格子に近づけると、魔粒子が反応し腕全体に痛みが走る。
「くっ...」
痛みを払うように手をぶんぶんと振る。
奥の階段が軋む音がする。
何者かが降りてきている。
「ヘラクレスだな?目覚めたか。」
黒く輝く衣装が僅かな光さえ反射しテラテラと光る。
「誰ダ...。」
「タランドゥス。この船の船長だ。お前の船長。」
タランドゥスが手を広げ挨拶する。
「タランドゥス...。オレをドウしたい。」
「海の掟がわかってないな。船長には船長をつけて呼ばないと。言ってみなよタランドゥス“船長”と。」
「ドコに連れて行く気ダ。」
ヘラクレスが牢の周りをうろうろ歩くタランドゥスを睨みつける。
「言えよもう。こういうのは形から入るもんなんだ。」
「センチョウこの牢屋、本気出せば壊せル。」
ヘラクレスが牢屋内を見回す。
「だーったらやってみろ化けもんが。」
「化けモンはオマエだ。」
ヘラクレスの言葉に、歩き回っていたタランドゥスがピタリと止まる。
「そうかもな?」
タランドゥスが突然勢いよく牢屋に近づく。
「俺は、人間だ。生きた人間。あいつらとは違う。」
格子越しに小声で訴える。
「お前なら逃げ出せんのか?ここから。」
ヘラクレスが隙間から手を伸ばし、タランドゥスの首を掴む。
歯を食いしばり、魔粒子反応の痛みを堪える。
「逃げ出せル。その前に、この船のコト聞かせろ。」
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手錠をかけられたヘラクレスが甲板上に連れてこられる。
外の明るさに目を細める。
「見ろおヘラクレス。」
「なにヲ。」
360°見渡す限りの水平線。
一方から分厚い雲が流れ込んでいる。
「なにもない。」
「?」
「海だ。」
最初から海を見ろと言え、とヘラクレスは思った。
「邪魔なもんはなにもない。むさ苦しいオヤジに指図されない。自由な世界。」
タランドゥスが水平線の彼方を見据える。
「だった...」
タランドゥスが小さく添えた呟きをヘラクレスは聞き逃さなかった。
「何があっタ?」
甲板でよろよろと作業する乗組員たちが手を止めて真顔でタランドゥスを見る。
「...え?何も?楽しくやってる。」
乗組員が作業を再開した。
「ズット海の上か。」
「そうずーっと海の上。」
「行き先もナク?」
「行き先は、ある。いや、ない。いや、まだないというか見つからない。」
タランドゥスがツギハギだらけの帆を見上げる。
ツギハギのひとつに、古い絵が描かれた生地がある。
「この世界には、俺たち人間が未だ足を踏み入れてない領域がある。わかるか?」
「...?」
ヘラクレスの怪訝な顔を見てタランドゥスがニヤリと笑う。
「陸でも、海でもない第三世界。俺はそれを探してる。」
「ダイサン...?」
「神話について知ってるか?」
ヘラクレスは王都でミコトに見せられた絵本を思い出すが、内容はハッキリと思い出せない。
「神や天使が住むという世界。世界のはじまりの場所。神話には頻繁に登場するが、実際に行ったという者はいない。でも俺は確信してる。第三世界は実在する。」
ヘラクレスが目を凝らすと帆に裸の人間が描かれている。
よくある壁画に見られる装飾や性器が描写されていない。
「この海のどこかにその鍵があるはずだ。鍵を隠すために、海は人を襲う。理由はわからないけどな。」
タランドゥスが口角を上げたまま話している。
「第三世界にたどり着いた者が、真実と共に真の自由を手に入れる。」
ヘラクレスが知りたい以上の話を聞かされ困惑する。
「オレはなぜ捕まった...?」
タランドゥスがヘラクレスの方に振り返る。
「お前、気になったことないのか。」
「何が。」
手応えのない返答にタランドゥスが顔をしかめる。
「お前がなぜ異常な力を持ってるのか。だよ。」
「なぜ...?」
ヘラクレスはまだ腑に落ちない。
「この世界の魔力ってやつは、神が人間に与えた力だ。お前はそれを直接身体に宿してる。偶然として片付けていい話か?」
ヘラクレスがハッとする。
「お前はどこから、やってきたんだ...?」
「オレは...」
ヘラクレスがうつむく。
思い出せる最も昔の記憶は、幼い頃ジャングルで獣を追いかけた日々。
「お前の親は、誰なんだ?」
考えたこともなかった。
皆、別の人間から赤子として生まれるということは、ヘラクレスも知っている。
「心当たりないか。まあ仕方ない。船に揺られてたらなにか見つかるかもしれない。」
タランドゥスが静かに水平線を見続ける。
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艦隊の先頭を進む船の船首にミコトが立つ。
分厚い雲が空を覆い、風が強まっていく。
ミコトは目を閉じ、意識を集中させる。
(ヘラクレスは毎日竹とんぼを飛ばしてる。風を読めば方向がわかるはずだ...。)
奥の船長室からフローレンシスがミコトの背中を眺める。
「ヘラクレスの手がかりはないか...。シュ...」
ギデオンがフローレンシスの隣で言う。
「主砲が欠けたのは痛いが、そもそも海賊など五戦士の力を借りるまでもない相手だった。このまますべて駆逐できる。」
「まあな。純粋な兵力では我がトラプス軍に敵う敵はおらん。」
「フローレンシス海軍です。」
「あ、海軍。海軍ね。」
フローレンシスに背を向け、ギデオンは鎧のなかで声を殺して笑った。
「だがフローレンシス。油断すんな。これまでは天候や風に恵まれたが...海の本当の驚異は海賊でも幽霊でもねえだろ。荒れ狂う波のせいで、ラーフィールは海に進出してこなかったんだ。...シュッ。」
「そんなものはわかっている。」
「敵艦隊が見えました!」
報告を受け、フローレンシスが甲板で望遠鏡を覗く。
白煙が立ちのぼる火山を擁する島だった。
山の麓にこれまでで最も大規模な拠点がある。
隣接する港に海賊船が集まっている。
海賊側もこちらの侵攻を確認し、碇を上げはじめる。
「総員戦闘用意!沖で迎撃し、上陸させない気だ。」
「一隻でも上陸して連合の拠点を切り崩せェ!シュッシュ!」
フローレンシスとギデオンが高らかに指令を叫ぶ。
海兵たちがそれに応え勇ましい声を上げた。
ミコトがアリコンを持ち、迫り来る海賊船を見据える。
遠くで雷鳴が轟きはじめる。




