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一角のアネモイ  作者: pandanikus
第2章 スパイダーフォレスト
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第59話 幽霊船

異変を察知した海兵たちが船内から甲板に出てくる。


右舷(うげん)を見るな!」

ミコトの叫びも虚しく、数人の目が幽霊船に釘付けになる。

兵たちが海に向かい、船の柵を越えようとする。


「ヘラクレス、海に飛び込もうとしてる兵を船に縛り付けて!」

「ワカった!」


ヘラクレスが疾風迅雷、兵たちを次々に回収し柱に縛り付ける。

幽霊船に魅了された彼らは捕縛から逃れようと芋虫のように身をよじっている。


黒目が異様に広がり、黒鉄(くろがね)の如く光を反射している。

そうしている間にもカレウチェは刻一刻とこちらに迫っている。


「帆を全開!全速前進、引き離す!」

「何をですか!」

ミコトの指示通り幽霊船に目を向けていない船員が尋ねる。


「...幽霊船だ。見てはならぬ!動けるものは持ち場につけ!」


兵たちは目を剥き、身を震わせながら仕事に取り掛かる。

甲板上で男たちが行き交う。


ミコトは距離を測りながらカレウチェを観察・警戒する。

気を緩めると自我が抜け落ちていくような感覚が襲う。

そのたびアリコンをしっかりと握り直す。


「ミコト平気か。」

自我を失った兵たちを縛り終えたヘラクレスが駆け寄る。


「大丈夫だ。キツい船酔いってとこ。」

段々とカレウチェの造形がはっきりしてくる。


様々な種類の布をツギハギしたような帆が酷く汚れ、黒い帆に見えていた。

反対に船体は漆を塗ったかのように黒く、光をギラギラと反射している。


「正面からは乗組員が確認できない...」

片手で望遠鏡を構えミコトが呟く。


船は最高速度に乗っているはずだが差が広がらないどころか、幽霊船の影は大きくなる。


「だめだ...それなら...。ボートをひとつ降ろせ!」

「どうするンだ?」

叫ぶミコトにヘラクレスが問う。


「後ろから風を送る。引き離したら飛んで戻るよ。」

「ミコト...!気をつけろ...。」

ミコトが頷き、用意されたボートに飛び乗る。


ボートの上で自軍の船とカレウチェを交互に見る。

「...出番だ―アネモイ。」

ミコトが自分自身を鼓舞し、両手を突き出す。


渾身の大風を船に送る。

「うぁあーーー!!」


風が波の上を滑りながら船に突き当たる。

帆いっぱいに風を蓄え、速度が上がる。


「いいぞ...。」

風のなかでミコトが微笑む。

尚も風を起こし続ける。


帆を見上げる船員たちのなかで、自然に拍手が巻き起こる。

「我が王よ!」

「神の力だ!」


ひとりがラーフィールの旗を大きく振り、ミコトにアピールする。

ミコトがそれに応えるように更に風を強める。


「そうだ。吹け。神風よ。」


引き離したと思いミコトが振り返る。


目と鼻の先にある幽霊船。


確実に速度を増している。

風の音で気づかなかったが、既に音色も骨を揺らすほど大きくなっている。


「まずい...」

ミコトは姿勢を低くし、自身のボートに突風を吹き付けた。

ボートが滑らかに海面を滑り、幽霊船と距離をとる。


「もう一度...」

風を起こそうとカレウチェから目を背けたとき、背筋に悪寒が走る。


もう一度振り返ると、幽霊船は明らかにあり得ないペースで接近している。


目を背けたら、次に振り返るときには船底に巻き込まれる寸前かもしれない。

最悪の展開がミコトの脳内によぎる。


ミコトは自軍の船を見ないまま、後ろ手に風を起こしはじめる。

風の角度が変わったことを、甲板上にいるヘラクレスが感じ取る。


「ミコト...。」

ミコトの身を案じ、ヘラクレスは堪えきれずボートの方を見てしまった。


ミコトのボートを覆うように、カレウチェの船体がすぐ後ろに迫っている。

「ミコト...!」

ヘラクレスが船の柵を掴む。


「——!」

突然脳が揺れる感覚に襲われる。


「ヘラクレス様...?」

隣りにいた兵士が心配し覗き込む。


「クソ...。」

ヘラクレスはよろよろと船尾に向かう。


「ヘラクレス様が!」

異変をきたしたヘラクレスを兵たちが引き止めようとするがその力に敵うはずもなく振り払われる。


「ミコトを、助けないト!」

ヘラクレスが呟き、船尾から跳び立つ。


ひとっ飛びでミコトが乗るボートを通り過ぎ、カレウチェの甲板に転がり込んでいく。


空を横切るヘラクレスをミコトが見上げる。

「ヘラクレス!!ダメだァ!」


「バギッ...ドゴォッ」

カレウチェの甲板から破壊音が鳴り響く。


「ヘラクレス!戻れ!」

ミコトの声が不協和音の渦にかき消される。


「......!」

気づけばカレウチェとの距離が遠ざかる。


「...狙いはヘラクレスか!?」

ミコトは意を決しカレウチェに向かって飛び立とうと風向きを変えはじめる。


(今助ける...!)

自軍の船は岸に向かって順調に進んでいく。

安心し幽霊船のほうに視線を戻す。


カレウチェが消えている。忽然と。


なにもなかったように水平線が広がっている。


「ヘラクレス!」

大海原の中心でミコトがひとり叫び声を上げる。



_______



「船長、デカいの、大人しくなりません。」

黒光りする甲板の上で皮膚がただれたような船乗りが報告する。


船長室から黒い羽織をテカテカと光らせた男が出てくる。

肉体は屈強だが、顔色が悪く目の下には濃いクマが張り付いている、


甲板上で錯乱し暴れるヘラクレスを目を細めて眺める。

「こいつぁ重症だ。大切な船が壊されちまう。」


船乗りたちがヘラクレスを取り押さえようと突っ込んでいく。

ヘラクレスは腕を振り回しそれを払い除ける。


ひとりの首がヘラクレスの張り手ですっ飛ぶ。

船長はその首をキャッチし、足元に倒れていた別の首のない死体にくっつけた。


「お!この身体じゃありませんェ!タランドゥス船長ォ!」

「なんでもいいだろもう死んでんだから。」


船長タランドゥスが甲板へ下りていく。

「船長、危険ですぜ。」


「ダイジョブだ。あれあるか?網。」

「網?」


身体から海水を滴らせた船員のひとりが聞き返す。

「網だよ魚取るやつ。お前よく引っかかってたろ。」


「あ!網もってこい!下っ端!」

「ヘイィ!」


太い縄で出来た網が用意され、タランドゥスに渡される。

「魚獲るの得意なやついたっけ?」

「いや誰も...食う必要ないんで。」


「そりゃ気の毒だな。」

タランドゥスがヘラクレスに網を投げつける。


網は暴れるヘラクレスに絡みつき、全身を覆った。

ヘラクレスが網のなかでもがいている。


「すぐ破られますぜ。」

「海に放り投げて引っ張って進め。息できなきゃ大人しくなる。」


「なるほど。わかりました。」

ヘラクレスが入った網が音を立てて着水し、海底に沈んでいく。


「やれやれ。不死身になんてなりたくないね。」


ヘラクレスが投げ込まれた後の波紋を見ながらタランドゥスが呟く。


「カレウチェ号へようこそ。ヘラクレス。」

タランドゥスが笑うと、黒光りする差し歯がきらりと光る。

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