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一角のアネモイ  作者: pandanikus
第2章 スパイダーフォレスト
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第54話 委譲

庭園の奥にホミニスが立ち、遠征隊を出迎える。


馬車を降りたミコトはホミニスのもとへ一直線に歩き出す。

無意識の早足で、強く地面を踏み進む。


「ミコト...!」

グラントの声は届いていない。


ホミニスの無機質な表情に威圧感が漂う。

ミコトがホミニスの目の前で、発言しようと大きく息を吸う。


「すまない...」

「...?」

吸った息を吐き出せないまま、ミコトが停止する。


「ミコト、すまなかった...!このとおりだ...。」

ホミニスが深々とミコトに頭を下げる。


ミコトを追いかけていた仲間たちも、異様な光景に足を止める。

ホミニスの側近が慌ててふたりを囲み、一般兵の視線を遮る。


「ホモデラ族の重要性と、敵の危険度を見誤った。ホモデラの壊滅は、私の責任だ...!」

見慣れぬホミニスの頭頂部を見て、ミコトは言葉を失う。

側近がホミニスの姿を隠そうとしていることから、宰相が頭を下げることの重大性がミコトにもわかる。


「ホミニス、待って。一度、頭を上げてくれ。僕は落ち着いて、話せたらいいんだ...。」

ホミニスの左肩に触れ、頭を起こすよう促す。


「申し訳ない...。王子...。」

ホミニスはいたたまれない表情で渋々頭を上げる。


「取り返しの、つかぬことだ...。恥ずべき歴史を、重ねてしまった...。」

「ひとまず、城内に。」


ミコトの導きでホミニスと側近たちが城内に戻る。

ミコトは振り返り、ムサシたちに解散するよう目で合図した。


ムサシ、グラント、リオが顔を見合わせその場を後にする。


外が明るかったからか、城内がいつもより暗い。

空気が停滞しているのをミコトが感じる。


ホミニスの顔色もよいとは言えない。

「ホミニス、どこか調子悪いの?」

少し間が空き、一同の足音が響く。


「いや、なんともない。ただ、お前が無事帰ってきて、なによりだ。」

不自然な返事だが、しぼり出すような声色から、ホミニスが本気でミコトの身を案じていたことが伝わる。


「悪かった。心配かけて。」

「いや、お前は昔から、そういう男だ。私ももう少し覚悟しなければ。いつまでも子供じゃ、ないもんな。」

ホミニスがほんの僅かに笑みを見せる。

それだけでミコトは安心した。


街の人々にさえ追い詰められていたミコトが、命の危険を顧みず戦いに身を投じている。

親代わりであるホミニスにとって、それは重い心労に違いないということに気づく。


「僕は、このとおり大丈夫だ。これからはしっかりと、国の方針を話し合いたい。」

「そうだな。こんな状況だ。我らが一枚岩とならなければ、民は守れぬ。これまでの勝手な任務計画を、謝るよ。」


「...うん。守りたい気持ちは、同じだよね。」

ミコトがホミニスを真っ直ぐに見つめた。

「もちろんだ。」


ホミニスが不意に立ち止まる。

王の間に続く階段の入口前だった。


「フェイフェリスが、話があるそうだよ。」

「父さんが...。」

フェイフェリスのほうから呼ばれることは滅多にない。


「わかった行ってくる。少し休んで。」

「雑務がまだあってな...」


「王子命令だ。」

ホミニスが微笑むのを確認し、ミコトが階段を登りはじめる。



_______



王の間の前にたどり着くと、扉がぴたりと閉じられている。

半開きが当たり前だったため、そこはかとない違和感を抱く。


「国王、ミコトマスです。いらっしゃいますか。」

返事はないが、しばらくして扉がひとりでに開く。


中を覗くと、飾られていた骨董品や剣がひとつも見当たらない。


フェイフェリスは玉座に腰掛け眠っているように見える。

王冠をずらし、目元まで深々と被っている。


「父さん、起きてるだろ。扉開けてくれた。」

玉座についている魔術スイッチで扉が開閉するのをミコトは知っていた。


「あ、そうだった。」

フェイフェリスが王冠をつけ直し、姿勢を正す。


なぜ寝たフリをするのかミコトにはわからなかった。

ミコトは他の者が王と接するときのように、玉座の前に膝をついた。


「父上が話があると。ホミニスに聞きました。」

改まってミコトが切り出す。


「ああ、そう。話がある。」

「なんでしょう。」

ひとたびの沈黙。


「えっとな、王位のことなんだが...」

ミコトが僅かに首を傾ける。


「お前に譲ろうと思う。」

ミコトの表情が引き締まる。


「突然、どうしたんです。生前退位は極めて稀なことです。正当な理由がなければーー」

「わかってる。理由はもちろん、ある。ホモデラ族を、守れなかった...。」

フェイフェリスが語尾で息を吐きつくす。


「俺はもう、なにかを守れる男じゃないんだ。そんな者が玉座に居座っては、これから待つ困難に立ち向かえない...。」


フェイフェリスがうつむくと顔に影が差し、老いを感じさせる。

父親の顔をまじまじと見たことはほとんどなかったが、ミコトの思い描いた誇り高き戦士の面影は確かに薄れていた。


「グランディアトールに助けを求められたとき、俺が行くべきだった...。でもホミニスに止められて、どこかホッとした自分が、情けない。」

「父さん...」


「ギラファが仲間を殺したときも...もっと早く出ていけたはずなのに...」

ミコトが眉をひそめる。


フェイフェリスがラーフィール王国で残した功績は計り知れない。


凶暴なスパイド族を掃討したスパイドスレイヤー。

王国五戦士(アロミリナ)が誇る魔剣の使い手。


一時代を築いた英雄の終焉をミコトは目の当たりにしている。


「わかった。僕はもう、覚悟できてる。光栄です。」

ミコトは膝をついたまま、深々と頭を下げた。


「すまない。こんな親父で。」

ミコトが顔を上げ、フェイフェリスと熱く視線を交わす。


「王が代々、受け継いできた宝がある。」

フェイフェリスが手を後ろに回し、黒ずんだ角笛を持ち出す。


「初代王・アロミリナのラッパだそうだ。父さん...じいちゃんから、譲り受けた。時が来たら、次の王に授けるようにと。」


「アロミリナの...ラッパ...」

ミコトが玉座に歩み寄り、それを受け取る。


片手に収まるほどの角笛で、ざらついた手触りは森に転がる木片のようだった。

ミコトが口元に持っていこうとするのを、フェイフェリスが止めようとする。


「何度か試したが、音は出なかった。表面もよーく磨いたんだが、そんな調子だ。口のなか苦くなるから、それ咥えるのは辞めといたほうがいいぞ。」


「...そっか。」

ミコトはラッパを懐に大事にしまった。


がらんどうに片付いた寝室を抜け、ふたりは庭園に出る。


「父さん、見せたいものがあるんだ。」

「...ん?」


ミコトはフェイフェリスの身体をしっかりと抱き寄せた。

想像よりずっと痩せた感触が手から伝わる。


「いくよ。」

ミコトは上昇気流を打ち上げ、フェイフェリスを天高く連れ去った。


「うおぉぉおお!」


フェイフェリスが驚き叫ぶ。

「わっはっは!」


すぐに降下に移行し、ミコトの耳もとで父親は大笑いしている。

ミコトが少しうるさそうに口元を歪めた。


ゆっくりと、ミコトの部屋のバルコニーに降り立つ。

階段だと、少し下らなければならないので、飛んだほうが早かった。


「すごいぞミコトぉ!」

フェイフェリスに頭を小突かれ、ミコトがはにかむ。


「見せたいのって、今の飛ぶやつか?見事だった。」

「いや、この景色。」


バルコニーから、王都の街並みが望める。

活気に満ちた声が聴こえる。

色とりどりの織物が道沿いに並び、風に靡いている。


その先の荘厳な山々。

東に果てしなく続く大森林。

斜光を受けた雲を風が引き伸ばし、鳥の羽のような形を描く。


「見事だ。」

「これが、父さんの国です。父さんが守った国。」


ふたりが横に並び、静かに涙を流す。


涙を見せ合うことはなかった。

光のなかを風が駆け抜け、その涙を乾かす。


王はひとりの男となり、子は新たな王となる。


森から流れ込んだ風が、ミコトの身体に吹きつけている。

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