第53話 機密
「ゥワァアア!!」
ギラファが突然その場にうずくまる。
ミコト、ムサシ、ビノダロスは風を止め唖然とした。
「バッッ」
ギラファは勢いよく飛び上がり、空に消え去った。
巻き上げられた木の葉が舞う。
ムサシが剣も収めず、振り返る。
「今あいつ...」
肩で息をしムサシが呟く。
「彼の、記憶だ。」
「尋常ではないな。」
三人の中にもギラファの痛みの記憶が流れ込んでいた。
森の奥からなにかがこちらを見ている感覚がする。
それを確かめたい衝動を振り払うように、三人は走り出した。
「振り返るでない。」
首を回しかけたミコトに、ビノダロスが囁く。
森深くにゆっくりと吸い込まれていく風に逆らい、三人は拠点を目指した。
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「ギデオン将軍、伝令です!」
「あいよ!」
王都がある山岳を少し下った場所に、トラプス軍は本部を構えている。
司令官の執務室の堅牢な椅子にギデオンが深く腰掛けていた。
「第五兵舎に侵入した謎の女が、将軍に会わせろと暴れています!」
「オンナぁ!?」
ギデオンが間の抜けた声を上げる。
「そんなもん縛り上げて牢にぶち込んどけ!ほっとけば大人しくなるだろ。シュシュッ」
「それが...捕縛もままならず、包囲はしているのですが、連行できない状況です。異常な腕力と機動で、兵士が束になっても敵わず...。」
伝令兵が目を泳がせる。
「なんだそいつは!近頃おかしな連中だらけだ...。わかった。シュッ...今から行くから犠牲を出さず見張るよう伝えておけ。」
「はっ!」
伝令兵が出ていき、ギデオンが武器を装着する。
側近数名を伴い第五兵舎を訪れると、人だかりができている。
兵が侵入者に武器を向け、動きを警戒している。
「ギデオン将軍到着だ!」
側近が叫ぶと、兵たちが道を開ける。
ギデオンが兵のなかを堂々と進んでいく。
中心に、黒装束に赤い花模様を散りばめた女戦士があぐらをかいて座っている。
「お前は...」
「やっと来たか将軍殿。」
ヒビ割れた装甲、破けた衣装の女がニヤリと微笑む。
「お嬢さん...と言」
「黙れクソババア。」
ギデオンが真の姿を明かしてまで戦った敵。
忘れもしない。
そしてギデオンの命を救ったのもその女だった。
「クソババアなんてひどいじゃないか。アタシはセアカ。」
「...セアカ、おとなしくついて来い。話はそれからだ。シュッ」
「最初から案内しろっての。」
セアカが目を細め兵たちを見渡す。
「テメェら、容易く口走んなよ。コイツは重要機密となる事案だ。シュッシュッ」
ギデオンが喝を入れると、兵たちが黙って姿勢を正す。
セアカが不敵な笑みを浮かべながら、ギデオンの後に続く。
側近を外に待たせ、ギデオンとセアカはふたりきりで執務室に入る。
「座れ。そこに。」
「将軍の椅子に?」
「おう。...シュッ。」
セアカが軽やかに移動し、ギデオンのデスクに腰掛けた。
「――っ。」
ギデオンが手を伸ばすと、椅子に魔粒子が巡りセアカの身体を拘束する。
「なにも、そんなに警戒しなくても。あんたのホームでアタシにできることはないさ。」
「...貴様何しに来た?言うとおり、俺はもうやられんぞ。卑怯者が。」
セアカに背中を斬られたことで、ギデオンはミコトたちに正体を見られることになった。
ギデオン―ヒメが三年間守り抜いた秘密。
それを暴いた張本人を前に、ギデオンは苛立ちを隠せない。
「わかってるわかってる。」
セアカは平然と頷く。
「じゃあ何が目的だ?宣戦布告か?我らトラプス軍、受けて立つぞ。...シュッ!」
語気を荒げるギデオンをセアカは冷めた目で見る。
「...あんたならわかるでしょ。もうアタシはもうヤツらの仲間じゃない。」
戦闘の混乱のさなか、ギデオンに向け放たれた敵の斬撃を、セアカは阻んだ。
その姿が、ギデオンの脳裏に蘇る。
「だったら...何だ。」
「あくまでアタシから持ちかけろって?そうよね。」
セアカが唯一自由な首を大きく揺らす。
「取引しようじゃないの。ヤツらの情報を、渡すよ。あんたたちは今喉から手が出るほど欲しいはずだ。」
セアカの威勢に張り合うように、ギデオンが頭を低くし睨む。
「貴様は何を、要求する。...シュ」
セアカがクスッと不気味に笑う。
「守ってくれ。ヤツらから。このままじゃ、殺される。」
セアカの目が据わり、恐怖を浮かべる。
常に余裕に満ちていたセアカの表情が一変し、ギデオンも一瞬怯む。
しかしすぐに持ち直し、豪快に剣を抜いた。
「ほう...シュゥ...」
切っ先をセアカの喉元に向ける。
「まずは、俺様との取引だ。俺様の正体は、絶対に口走らない。誰にもだ。万が一口を滑らせたときにゃ...」
ギデオンが左手でセアカに首輪をはめる。
「コイツが貴様の首を捻り潰す。イイな。」
「物騒なモノを...魔術師は野蛮だねぇ。」
手足の魔術拘束を解かれたセアカが笑いながら首輪を撫でる。
ギデオンが側近に馬車を用意させ、セアカを王都に連行する。
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密林遠征部隊が王都に帰還する。
ミコトはムサシたちと馬車に乗ったまま民に顔を見せなかった。
珍しく、殺気立っている。
「ミコト大丈夫...?」
リオが心配しうつむくミコトを覗き込む。
「...え?なに。ぜんぜん、普通だけど。体調悪そうに見える?」
ミコトが即座に表情を緩める。
「眉間にシワの痕が。」
ムサシの指摘を受け、ミコトが指先で額をマッサージする。
「ホミニスのことだろ...。」
グラントはミコトの頭の中をなんとなく察していた。
ここしばらくミコトは、ホミニスに構わず独断で動いている。
今回はミコトの行動の結果、ムサシが重症を負い、密林で兵を死なせた。
「大丈夫よ、ホミニスもユニコーン捜索には同意してる。ビノダロスも派遣してくれたじゃない。」
リオが思いつく限りの励ましを述べる。
ミコトは一瞬リオを見てすぐに下を向き、真剣な顔を見せる。
「...違う。もちろん僕の責任は追求されて然るべきだ。でもそれ以前に、ホミニスの判断に納得できない。ホモデラを見捨てたも同然の判断...。」
「それはボクが動けないから...。」
グラントが派遣可能な状態であればたしかにホモデラの壊滅は食い止められたかもしれない。
「それは、仕方がない。グラントに責任はない。」
ミコトの言葉にグラントがため息をつく。
「ホミニスは、南方から帰還中の僕らに伝令を出さなかった。ホモデラ襲撃を僕が聞いたら、真っ先に飛び出すのを知っての判断だろう。」
「だろうな。」
ムサシがミコトを見て呟く。
「王都に着く前に僕らに伝令が届いていれば、ホモデラを救えたかもしれないんだ。」
ミコトが拳を握りしめる。
「でも、ホミニスの判断は一貫してる。ミコト、あなたを守りたいのよ。」
リオが芯のある声で話す。
「たしかにミコトがこれまで救ってきたものは多くある。でもそれはアリコンの力や、ギデオン...ヒメの助けがあったからよ。今回は、グラントのおかげ。」
グラントが力なく口元だけ微笑む。
「ホミニスは確実に国を維持する方向で、軍や五戦士を動かしてるんだわ。いたずらに戦士を派遣して、失ってしまっては国を守れない。ミコトを失ってしまっては...。」
リオが苦しい表情でミコトを諭す。
馬車内に沈黙が訪れた。
「ありがとうリオ...。僕は王子や戦士である前に、ひとりの人間だ。危機を前にして、自分の命を優先することはできない。ホミニスとはしっかり話し合うよ。」
王都の民に戦士の凱旋を告げる角笛の音が響き渡る。
小刻みな揺れで、馬車が城門をくぐっていくのがわかる。
ミコトの表情険しくなっていくのを、仲間たちが心配し見守る。




