第51話 赤心
ミコトが飛び去り、グラントが立ち尽くす。
ミコトは兵たちのところに隠れるように言い残した。
五戦士が隠れるなど、兵たちは受け入れるだろうか。
なによりあの凍てつくような鋭い風。
グラントがこれまで感じた風とは全く別物だった。
あの一瞬だけで、恐ろしさがわかる。
あの風の主に敗れる姿を想像し、悪寒が走る。
ミコトやビノダロスの力になれるとしたら―。
グラントが走り出す。
「兵長さん!五戦士に敵襲です!」
野営地にグラントが駆け込み、息を切らしながら報告する。
「美の戦士!本当ですか...!援軍命令ですか!」
兵長が迫真の表情で指示を仰ぐ。
「あっ...。」
グラントが言葉に詰まる。
「グラント様?」
「いえ、警戒し、待機してください!伝令を出して近くの部隊に広めて!不測の事態に、備えてください...!」
ミコトの隠れるようにという指示からグラントが導き出せる精一杯の命令だった。
兵を投入したところで、いたずらに犠牲を増やすことになる相手だと踏んだ。
「かしこまりました...!戦況次第で、命令をお願いします...。」
グラントが怯えているのを察して、兵長の声色にも不安が滲む。
「...信じてください、戦士を。」
そう呟くと、グラントが森を目指し走っていく。
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ビノダロスの魔術装甲が、いとも簡単に斬られる。
ギラファの予測不能な動きに翻弄される。
ギラファの黒刃の背には、剣の残像をかたどったような突起が無数に並ぶ。
全力で振り抜いたかと思えば、逆向きに払うように突起を突き立てんとする。
しかしビノダロスも三度目の対面である。
呼吸によって風を認識する。
ギラファの動きが、ひと振りごとに可視化されていく。
ビノダロスは魔術装甲を敢えて斬らせ、対応しやすい動きに誘導する。
徐々に森の方向に進み、ムサシとリオから遠ざける。
ギラファは素直にビノダロスを追撃する。
「そうか、おヌシの狙いは、最初からワシじゃな。」
肩の装甲が刈り取られ、刃が傷跡をかすめる。
ビノダロスは大きく息を吸い、足の震えを止めた。
「ギラファ...!」
ミコトが上空から剣を振り下ろす。
ひらりと躱し、ギラファが少し距離を取る。
「ビノじい大丈夫か...?」
ミコトがビノダロスの刀痕だらけの装甲を見る。
「大丈夫じゃ。身体はまだ斬られとらん。」
ムサシやヘラクレスでさえ敵わなかった漆黒の剣士と向かい合う。
「ビノダロス呼吸を合わせて。」
「わかっとる。シュー...じゃろ?」
ふたりが一度目を合わせる。
「シュウソク!」
激しい風がぶつかり合う。
乱気流を伴い、剣を打ち付ける音が森に響く。
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入り乱れる木の根につまずきながら、グラントが森のなかを走り抜ける。
幸い視界はよく、木々の隙間に潜む動物を見つけるには都合のいい光が差し込んでいる。
前回と打って変わって、虫や爬虫類と時折すれ違う。
竹とんぼを回しながら、探し求める神獣の名前を叫ぶ。
「ユニコーン!グラントだよ!出てきてよ!もう一度、話したいんだ!」
見慣れない人間の姿に驚くように、白い鳥が樹上から見つめている。
見上げたグラントの脳裏に、あの恐ろしい白い顔が呼び起こされる。
白い鳥から目を背け、恐怖をかき消すように叫び続ける。
「ユニコーン!ユニコーン!」
一切反応がない。
生い茂る植物に音が吸い込まれるように、必死の声が虚しく響く。
一度立ち止まり、竹とんぼを飛ばすのに意識を集中させる。
竹とんぼが風を集め、回転数を増す。
少しずつ、上昇していく。
グラントが祈るように目を閉じる。
あの白い顔が瞼の裏で歪み続ける。
ユニコーンとの時間を思い返した。
心を澄ますと、恐ろしい顔が次第に霞む。
一瞬、竹とんぼが揺れた。
一方向に風の流れを感じる。
グラントが竹とんぼを低く戻し、風の流れる方向に進んでいく。
奥に進むにつれて明るさが増していく。
あの夜の湖がグラントの目の前に現れる。
湖の奥から、ゆっくりと波紋が伝う。
ユニコーンが水面を歩き、姿を現した。
背後から吹く風が、青白いたてがみを揺らしている。
「ユニコーン...!」
グラントが水際に進み、足首を濡らす。
ユニコーンは頭をわずかに下げ、ゆっくりとグラントに歩み寄る。
グラントがユニコーンの顔や首を優しく撫で回す。
「ユニコーン、来てくれると信じてた。」
グラントが涙ぐみながら、ユニコーンの毛並みを確かめる。
懐から手早く採血針を取り出し、しっかりと握る。
ユニコーンの首もとに、針先を向ける。
グラントが目を見開き、唾を飲んだ。
「キーン...」
ユニコーンが小さく鳴く。
採血針は、ユニコーンの視界に入っていないはずだった。
針を持つグラントの右手が震える。
左手には、ユニコーンの呼吸と体温を感じた。
太陽の光を浴びた真新しい織物のような匂いが、グラントを包む。
生まれたばかりの赤ん坊を包む、愛情の匂い。
「ああぁ!」
グラントは岸に戻り、採血針を岩に叩きつけた。
竹でできた採血針は折れ、破片が散らばる。
グラントはユニコーンに背を向け膝をついた。
涙をすする音が湖に響く。
「ごめんよ、ごめんよ。キミを傷つけようなんて。」
ユニコーンが静かにグラントの背中を見ている。
「キミの力があれば、仲間を救い、ボクは戦士になれる。そんなこと思ってた。
でも戦士なんて、本当はどうでもいいい。ボクはひとりぼっちが嫌なだけ...。」
グラントが握った拳に涙が落ちる。
「ボクもキミも、ひとりぼっちなのに。キミを傷つけて、ボクだけが皆のところに戻るなんて。そんなの身勝手だ...。」
ユニコーンが岸に上がる足音がする。
「ボクは、ここにいるよ。ずっと。なにもないボクなのに、キミはそばにいてくれた。こうして、また姿を見せてくれた...。」
グラントの震える肩に、ユニコーンがなにかを押し付ける。
「え...?」
ユニコーンが折れた採血針の筒部分を口にくわえ、差し出す。
それを受け取ったグラントが、涙で濡れた顔を向ける。
ユニコーンも瞳を潤ませ、顔をグラントに近づけた。
グラントが持つ筒のなかに、ユニコーンが大粒の涙を落とす。
グラントが目を丸くしユニコーンを見上げた。
ユニコーンがわずかに頷き、身体を低くする。
「ユニコーン...」
グラントがユニコーンの首すじをなで、背中にまたがる。
涙の入った筒を握りしめながら、ユニコーンの首にしがみついた。
「キィィイイン」
ユニコーンが地面を蹴り森を突き進む。
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ムサシが激しくうなされている。
リオは魔術盤に魔粒子を再現し、地道に解析することしかできない。
外ではビノダロスがギラファと戦っているはずだ。
これまでギラファが出した被害を考えると、いくら歴戦のビノダロスでも分が悪いことはリオにもわかる。
ミコトや兵たちが増援に来ていることを祈り、解析を急ぐことしかリオにはできない。
「ムサシ...耐えるのよ...。」
リオの額に汗が滲む。
勢いよく扉が開かれる。
「リオ!これで治せる?」
グラントが割れた採血針の筒を差し出す。
「これは...?」
「ユニコーンの涙だ。」
グラントが真剣にリオを見つめる。
「ユニコーン...」
リオが呟きながらエンケルを取り出し、液体を魔粒子解析にかける。
「魔粒子は検出されない。傷が反発することはなさそう...。」
「このまま、傷にかけていいかな...?」
グラントが尋ねる。
「...賭けるしかない。」
ムサシのそばに駆け寄り、リオが包帯をめくる。
痛々しい傷にグラントが顔を歪める。
「ムサシ...ボクらには、キミが、必要だ。」
グラントが筒を逆さにし、しずくが傷口に注がれる。
「......」
目立った反応を見せず、ユニコーンの涙は傷口に浸透していった。
何事もなかったように、ムサシの荒い息が続く。
リオが眉をひそめ、グラントがムサシの手を握る。
「ムサシ...!頼むよムサシ。」
ムサシの手が、焼けるように熱い。




