第48話 呪いの森
密林の早朝。
陽の光が潤った空気に差し込み、森の生命感を可視化する。
生い茂る草木の影、未だ見ぬ生物が潜んでいるような感覚を、訪れた者に抱かせる。
グラントがひとり、獣道を進む。
片手のナイフで道を塞ぐ植物を刈る。
もう片方の手には竹とんぼを握る。
なにかあったとき、竹とんぼを飛ばし後方のミコトたちに知らせることになっている。
「ボクは、戦士だ...。」
グラントが小さく呟きながら、木のツルを切り進んでいく。
振り返ると、ミコトが持つ竹とんぼの光がかろうじて見える。
光が届く距離を保ち、部隊が後続しているのを時折確認し、グラントは平静を保った。
「ボクは...戦士だ。」
グラントが勢いよくナイフを振るう。
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日が昇ってから正午前まで森を探索しているが、ユニコーンどころかネズミ一匹現れない。
清々しく晴れていたはずの空に重たい雲が流れ込む。
ミコトが不安を紛らわすように剣の柄をさする。
ムサシの横に寝かせたアリコンの代わりに、ムサシの剣を腰に携えていた。
「そろそろ休憩にするかのう。」
「...そうだね。」
ミコトは進みたい気持ちを堪え、ビノダロスの提案に同意する。
竹とんぼを点滅させ、グラントに休憩の合図を送る。
両者の中間地点で、兵士たちが腰を下ろす。
「疲れたろ。グラント。」
ミコトがグラントの背中を撫でる。
「いや、大丈夫。フェイフェリスの訓練に比べれば楽だよ。」
「父さんどんな訓練させてたんだ...。」
ミコトが呆れて眉をひそめる。
「おい!どこへいく!戻れ!」
隊長の声が響き、ミコトが駆け寄る。
「どうした...?」
「奴らが勝手に進みだしたんです。休憩はいらないとか。」
少し先を三名の兵士が進んでいる。
「...おかしいな。呼んでくるよ。」
隊長の返事を聞く前にミコトが飛び立つ。
兵士たちの前に勢いよく降り立った。
「おい。どうかしたか。部隊から離れないように。」
兵士たちはあっけらかんとした顔でミコトを見る。
「癒しの戦士様。我らの任務は、ユニコーンの捜索ですね。先を急がなければ。森は深い。」
「何を言っている。隊長の命令には従いなさい。君たちの安全のためでもある。」
ミコトが毅然とした態度で訴える。
「進まなければ...あ、いや、かしこまりました。申し訳ありません。勝手な行動を。」
「...?いや、任務に忠実なのは、感心だ。ひとまず、少しだけ休憩を取ろう。」
ミコトが首をかしげながら、三人を部隊のもとに連れ帰る。
「大丈夫か...?」
戻ってきたミコトにビノダロスが尋ねる。
「うん...。皆疲れているみたいだ。」
ミコトの応えにビノダロスは顔をしかめる。
「このまま進めるじゃろうか?グラント。」
「う...うん。大丈夫。ジャングルはもっと危険な場所だと思ってたけど、案外へっちゃらだ。はは...」
グラントが汗を拭いながら言う。
「グラントの鎧が白くてよかったよ。決して見失うことはない。」
薄暗い密林のなかでグラントの頭からつま先までの白色は異彩を放っている。
短い休憩を済ませた部隊は再びグラントを先頭に進みだした。
手がかりがほとんどないなか、時折現れる池や泉に沿って渡り歩く。
ユニコーンは水辺に出現することが多いらしい。
しかしやはり獣の足跡すら見つからない状況だった。
成果が得られないまま、日が傾いていく。
不意にグラントが竹とんぼを高く飛ばした。
「ビノダロス!」
「おう!」
異常時の合図を受けミコトとビノダロスが一瞬で駆けつける。
グラントが尻もちをついている。
「どうした!?」
「あ...足跡が...」
グラントが向かう先の地面を指差す。
「足跡?なんのだ?」
大勢の人間の足跡が道を横切った足跡がびっしり残っている。
「こんな場所に...人間?」
身を乗り出すミコトが足跡を見ながら蒼白する。
「...ワシら部隊の、足跡じゃな...。」
「なんでよ...」
グラントが震えている。
部隊は水辺を目印にまっすぐ進んできたはずだった。
一度も道を引き返していない。
「方向を...間違えたんだきっと。僕の指示ミスだ。」
ミコトが取り繕うが、太陽を目印にビノダロスが進行方向を決めていたはずであり、間違いようがない。
「やっかいじゃ...。このまま方向がおぼつかないとしたら...呪いの森に近づいてしまうかもしれん...。」
ビノダロスの表情に影が差し、ミコトも思わず身を震わせる。
「落ち着こう。今日の残り時間は来た道を引き返しながら、探すとしよう。みんな慣れない環境でよく歩いたよ。」
「戦士様!」
後方から隊長の声がする。
「隊長なにかあったかの?」
隊長が汗をかき口ごもる。
「それが...私たちが進んで来たはずの道が、なくなっております。」
「——!?」
グラントの恐怖を伴う視線がミコトの後頭部に刺さるのを感じる。
「そんな——」
ミコトが部隊の後方を見ると、道がなくなったというよりは、新たな草木が生え揃ったように見える。
「ここの植物が、特殊なのかもしれない...。」
「なんにせよ、今日のところは撤収じゃな。」
「ああ。」
グラントが歯を食いしばり、恐怖を堪えているのが伝わる。
「グラント、帰りは近くで歩こう。そばにいれば、心配ない。」
ミコトに肩を抱かれグラントがうつむきながらも歩き出す。
鳥の甲高い鳴き声が響くが、どこにも鳥の姿がない。
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拠点に向かって進んでいるはずが、一向に景色が変わらない。
何度か自分たちの足跡の上を歩いた感触がしたが、もう誰も地面を確認しなくなっていた。
すでに日は暮れ、一寸先は闇となる。
エンケルの光魔術が当分消えないということだけが部隊の統制を保っている状態。
ミコトが定期的に樹上に飛び上がり方向を確認する。
そのまま飛び続ければ、おそらく拠点に戻れることは皆気づいていた。
そして森のなかを進む限り拠点にたどり着けないことにも気づきながら、皆無言で足を動している。
「今夜はここで一夜を明かすしかないわい。体力を使い切ってしまう。」
ビノダロスが沈黙を破る。
「そうだね...。」
ミコトの視界の端でグラントが足元を見つめている。
自分たちを囲う果てしない闇を直視できないのはミコトも同じだった。
「ミコトマス様...!私たちだけで、もう少し進んでみます...。我々、森の夜には慣れている。なにかしら手がかりを掴んで、もどりますよ!」
一部の兵が名乗り出る。
「待って。それは危険だ。離れたら、戻れなくなる。」
「じゃあここで全員死ねと!?」
ひとりの兵が叫び出し騒然とする。
隊長が兵を落ち着かせようと前に出る。
「おい、口を慎め」
「関係ない。俺達が全員くたばってから、王子は自分ひとり飛んで生き延びる気だろう。」
「そういうことですか...!?」
兵たちの押し込めていた不安がまたたく間に伝播していく。
「断じて違う!朝になれば活路が見えるはずだ!落ち着いてくれ!」
ミコトの声が兵たちのどよめきにかき消される。
「ユニコーンなんて見つけられるわけがないんだ!最初からわかりきってた!」
「探し方はただ森を歩くだけだろ!?それで出てくるなら俺はとっくに見つけてるよ!」
「違う!ユニコーンは魔力を...」
混乱は山火事のように勢いを増す。
口論しつかみ合う兵士も現れる。
「五戦士ならなんとかしろ!」
ビノダロスが不意に立ち上がる。
「...静まれ!!」
いがみ合っていた兵たちの視線がビノダロスに集まる。
「お——」
「ぎゃぁぁぁあああ!!」
兵士のひとりがわめき出し、部隊は完全にパニック状態となる。
兵たちが散り散りに駆け出し、闇の奥に消えてゆく。
「待て!落ち着け!」
ミコトが剣を抜き叫ぶが我を失った兵たちは止まらない。
グラントがひとりの屈強な兵士に担ぎ上げられ、連れ去られる。
「美の戦士、共に逃げましょう!」
兵士は無我夢中で森の中を走り抜ける。
「やめろ!降ろせ!ミコトに従って!」
「ミコトマスに利用されてはなりません!あなたは気高い美の戦士です!」
(“利用”されている...?)
グラントの頭のなかで新たな思考が巡る。
ヘラクレスが囚われの身だった頃の記憶。
グラントはヘラクレスとふたりで自由に暮らすはずだった。
しかし何故か、この恐ろしい森で戻る術を失っている。
「バタッッ」
グラントを抱えていた兵士が突然つまずき倒れ、グラントの身体が投げ出される。
なんとか受け身を取り、兵士の方を向く。
「グラント様、どうかご無事で...」
そう言った直後、木の根の間に引きずり込まれ兵士は消えた。
「兵士さん!」
真っ暗な森。一切の視覚情報がない。
グラントは竹とんぼを取り出し、光らせる。
目と鼻の先にしわくちゃに笑う白い顔が浮かび上がる。




