第47話 一角獣
城門前、遠征部隊の整列をホミニスが眺める。
「初任務、立派だ。フェイフェリスも鼻が高い。」
「たぶん胃が痛いと思うよ...。」
ホミニスの呼びかけに馬車上のグラントが苦笑いし答える。
「王都を頼んだぞホミニス。」
ビノダロスが馬に乗りホミニスに近づく。
「ヘラクレスとギデオンがいる。これ以上の防衛力はなかろう。」
「うむ。」
ビノダロスが険しい顔で部隊の先頭に立つ。
百名ほどの部隊だが、ほとんどが道中の護衛任務を任されている。
途中の拠点で兵を入れ替えるため、実際に捕獲任務に携わる人員は出発時とほとんど異なる。
「ドドドド」
太鼓が鳴らされ、部隊が前進する。
精悍な顔つきで出発するビノダロスとグラントの姿に王都の人々が釘付けになる。
「逞しい。知の戦士、美の戦士だ。200年前からなんら変わらぬ。」
ホミニスが呟くのをヘラクレスが耳にする。
「おっと、来ていたか力の戦士よ。今参る。」
「ああ。」
ホミニスとヘラクレスが城の地下に降りてゆく。
薄暗い通路に冷たい空気が停滞している。
地下牢の前でふたりが立ち止まった。
中に血色のない顔の大男が繋がれている。
「さて、君はどんな情報を持っているかな?ネプチューン。」
ホミニスが僅かに緩めた口元は、ヘラクレスの視界には入らなかった。
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ムサシの胸の上に蒸した薬草を乗せる。
治癒魔術が通じないなかで、ミコトにできることといえば感染症を防ぐことくらいだった。
常にアリコンを触れさせてはいるが、効果があるのかわからない。
ムサシの肌は日に日に色を失っていく。
シャーマン・メリーが言っていた“回復の意志がない”という言葉がミコトを思考の渦に誘い込む。
ムサシはいつからそんな状態だったのか。
そもそも出会った当初からムサシになんらかの意志を感じたこともなかったかもしれない、とミコトは思った。
ムサシから感じるものは、故郷の傷と母の痛み。
「ムサシ。必ず治すよ...。」
外が騒がしい。
周辺地域から派遣された増援兵が捕獲作戦のための野営地を築いている。
「ミコトマス様!少しよろしいですか!」
扉の向こうから隊長に呼びかけられる。
「構わない。入ってくれ。」
「はっ。現在ビノダロス様、グラント様、リオストス様がこちらに向かっているそうです。...が先に少しでも探索をはじめますか?今いる兵士が持て余しておりまして...。」
隊長は頭を上下に揺らしながら提案する。
「ご苦労です。しかし実行はグラントが来てからだ。むやみに森に侵入してもユニコーンが警戒を強めるかもしれない。グラントが来るのと、ビノダロスの作戦提示を待ちます。」
ミコトが生気のない目で隊長に言う。
「失礼しました...!森の警戒事項を再確認しておきます!」
一礼し隊長が部屋を出る。
少ししてからミコトがため息をついた。
目をやるとムサシが眠ったまま顔を歪め、汗を滲ませている。
そっと近づき、汗をぬぐう。
ミコトの肘がなにかに当たる。
ムサシの胸に折れた刃が刺さっている。
ミコトの腕が刃に引っかかり、ムサシの傷を広げる。
「うぁああ...」
「...!?ムサシ!ごめんよ!今抜いてやる...」
刃を握るミコトの掌に血が滴る。
その血まみれの手をムサシが上から強く握る。
「うぁ!やめっ...」
ミコトの手に刃が食い込み、痛みで意識が遠のく。
ムサシの目が大きく見開かれ、ミコトを見た。
「残るのは、屍。」
ムサシの手が力を増し、震えながらミコトを傷口に引き込んでいく。
「ムサシ!やめろ!違う。こんなの君じゃない!ムサ――」
住居の隅から隙間風が吹き込んでいる。
胸に重ねた薬草が一枚めくれるが、刃のかけらもそこには刺さっていない。
ムサシは顔をひきつらせながらも、静かに目を閉じていた。
ムサシが倒れてからの沈黙が当たり前のように続いている。
ミコトの浅い呼吸音だけが室内に残る。
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「王都からの遠征部隊、到着です!」
ビノダロスを先頭に部隊が整列していく。
「長旅、疲れたろう。」
「慣れたものじゃ。」
ビノダロスに声をかけるミコトの視界の奥、グラントとリオが馬車を降りる。
少しフラつく足取りでグラントが近づいてくる。
「ミコト、すぐに出るの...?」
「いや、もうすぐ日没だ。夜の森は危ない。もう一晩、ムサシには辛抱してもらおう...。グラントも今夜はゆっくり休んで。体力が必要だ。」
ミコトが不安げなグラントの肩に手を置く。
「休む前に、作戦を共有しましょう。ムサシの容態も診ないと。」
リオの声で一同はムサシが眠る住居に入る。
ビノダロスが魔術盤を起動し、粒子がユニコーンの姿を形成する。
「ユニコーンの記録を漁った。まず存在するかも疑わしいが、建国神話では初代王アロミリナの愛馬として描かれておる。不老不死の神獣じゃ。アロミリナはユニコーンのツノを刈り取り、聖剣アリコンを作ったとか...。ミコトが持っとるそれじゃな。」
ミコトがムサシのほうを指差す。
ムサシの隣に寝かされたアリコンに視線が集まる。
「アリコンの神秘的な性質から考えて、ユニコーンは実在する、と僕は思う。」
「触れたものを癒す性質ね...」
リオがアリコンを見つめ呟く。
「それだけじゃない。僕が無我夢中でネプチューンと戦ったとき、あのツノは白く鋭い刃に変わった。」
「刃が...。たしかに人が作ったものとは思えんな。」
ビノダロスが大きく息を吸い腕を組む。
「ホモデラ族のシャーマンによると、ユニコーンは魔力を嫌う。理由はわからないけど、魔力に依存する人間が接触することは不可能らしい。」
「ヘラクレスから、聞いてる。」
グラントが呟きミコトと目を合わせる。
「アロミリナはなんで、ユニコーンのツノを刈り取ったのかな。大切な愛馬じゃなかったの...?」
「たしかに...建国神話の終盤、アロミリナは強大な魔力で邪神を打ち倒し国に平和をもたらしたと記されている。
常にアロミリナと共に壁画に描かれていたはずのユニコーンが、そこには描かれていない。」
剣を掲げる初代王の姿が、魔術盤に映し出される。
「ユニコーンは先に亡くなったとか...」
「そんなはずはない。ユニコーンは...生きてる。」
間髪を入れずミコトがリオの言葉を否定する。
ユニコーンが存在しなければ、ムサシを救う手立てはない。
「うむ...。アロミリナ没後も各地に、ユニコーンと思われる生物の伝承が散在している。どれも、幼子や深窓の姫が森で一角獣に出会う逸話じゃ。」
「シンソーの姫...?」
グラントが聞き慣れない響きに戸惑う。
「権力者の屋敷の奥で外界から隔絶され大切に育てられた娘のことじゃ。要するに、魔粒子に触れていない者。」
「ボクはシンソーの姫じゃない...。」
うつむくグラントの顔をリオが心配そうに覗き込む。
「...あくまでも、伝承での話じゃ。魔力との関係は定かではない。」
「でもかなり、筋が通ってる。」
ミコトが真剣な顔でひとり頷く。
「魔力を持たない人間は多くない。グラントが森に入れば、ユニコーンから寄ってくるなんてこともあるかもしれない。」
「...ちょっと、グラントをエサにするってこと?ミコトちょっと、早まりすぎよ。ユニコーンと出会った子たちは、逸話ではどうなったの?ビノダロス。」
グラントに寄り添いながら、リオが問いかける。
「ユニコーンが自発的に危害を加えるような情報はない。じゃが、囮の子を使ってユニコーンを捕らえようとした部族がそのツノで囮ともども蹂躙されたという話はある...」
「殺されるってこと...?」
グラントが震え出す。
「そんなことは、させない。グラントの安全は守る。ユニコーンを力ずくで捕らえるようなことはやめよう。とにかくまずは、この森にいるかいないか。それを突き止める。」
ミコトが魔術盤に描かれたユニコーンをじっと見つめる。
「...」
リオが不安な視線を向けるのを、ミコトは感じ取った。
「ムサシを、救うためだ...。」
ミコトの拳が固く握りしめられている。




