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一角のアネモイ  作者: pandanikus
第2章 スパイダーフォレスト
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第43話 混濁

竹を削る小気味いい音が、馬車のなかに響く。

「思い出せない。ヤツの顔が...。」

ミコトが頭を抱える。


片腕で巻きつけるように、アリコンを抱く。

「ギラファじゃないのか。」

ミコトは先の戦いのさなか見た凄惨な光景を、ムサシに語っていた。


「違う。ギラファ...彼は、心があった。最後に出てきた男は...心のない...。僕が見たのは、ギラファの記憶だ...そしてそれは僕の記憶...」

「なに言ってる。落ち着け。」

ムサシの手が止まる。


「そのなかに、俺や、リオが出てきて...死んだといったな。現に、俺らは生きてる。あのヘラクレスが死ぬとは思えんしな。それに...」

ミコトが震えながらアリコンにしがみついている。


「もうよせ。思い出すのは。そのためにコイツがある。」

出来上がった竹とんぼをミコトに手渡す。

ミコトは竹とんぼを回す気は起きなかった。


「恐れや疑問は、剣を迷わせるだけだ...」

ムサシが黙って剣を見つめる。


「...ありがとう。」

他の言葉をぐっと堪え、そミコトは竹とんぼを飛ばすのに意識を集中させた。



_______



「おいおい!」

王の間に迫る足音を警戒し、フェイフェリスとグランディアトールが立ち上がる。


「ホモデラ居住区に襲撃です!」

伝令兵の声に王の間が凍りつく。


「誠か!?ありえない!どこの部族だ!?」

グランディアトールが凄み、伝令兵が震え上がる。


「部族ではないと...!ひとりの男です!」

「ひとり!?ふざけるな...伝令を出すほどの事態か!?」

受け入れ難い情報にグランディアトールの顔が強張る。


「”怪人“だと...」

伝令兵の言葉にグラントが蒼白する。


「王都まで伝令が来るということは...現地部隊では手に負えないということか...」

グランディアトールの鋭い視線がフェイフェリスに突き刺さる。


「まさに...グランディアトール戦士長が発たれた翌日の襲撃だったようです。」

「このグランディアトールの留守を狙って...卑劣な怪人...め。」

グランディアトールの拳がきしむ。


「最初に接触した現地部隊は壊滅...ホモデラの戦士隊が怪人を食い止め、民の避難を急いでおります。」

「現地部隊が壊滅だと...!?ホモデラ居住区一帯は特に兵力を割いているはずだ...。」


グランディアトールが突然膝をつき顔を上げると、血走った目でフェイフェリスを見つめた。

「フェイフェリス王...我々ホモデラに...父上とその家族に、ご加護を...!五戦士の派遣をお頼み申し上げます!」

フェイフェリスが目を剥く。


「五戦士...」

グラントが小刻みに震え出す。


五戦士は出払っていると言いかけたフェイフェリスが、グラントを一瞬横目で見る。

グランディアトールの鬼気迫る顔が、グラントに向けられる。

「...美の戦士よ...何卒。」


グラントは口を開けたまま静止していた。

「戦士長...」

フェイフェリスの声と同時にグランディアトールが深々と頭を下げる。

「グラントは...」


「王都守護のため、派遣は難しい。」

伝令兵の後ろでホミニスが告げた。


緊迫感が足音をかき消していたのか、誰もホミニスが階段を登ってきたことに気付かなかった。

「なんですと...」

グランディアトールが歯を食いしばる。


「戦士長殿もお分かりのように、王都も安全とは言えない。五戦士を最低でもひとり配置しておくようにしたのです。それに単独犯のために五戦士を派遣するのは過剰防衛に当たる。」


「しかしジブンの一族が...」

グランディアトールの言葉が遮られる。


「心苦しいが、妥当な采配だ。しっかりと各地から増援が送られ、トラプス軍本部の指揮系統も機能している。

伝令兵が、過剰に騒いだ。

それは、謝罪させてくれ。怪人など...それほど何体もいたならラーフィールなどとっくに滅びておる。」


グランディアトールが鬼の形相でホミニスを睨む。

ホミニスは平然と視線を動かしている。


「今すぐ帰還致す!速い馬をお借りしたい!」

「もちろん。名馬揃いだ。」

グランディアトールが伝令兵と共に王の間を出ていく。


「...ホ、ホミニス宰相、助かりました...。」

沈黙を破りグラントが声を発する。


「いやいや、いいんだ美の戦士。いくらフェイフェリスの旧友の息子とはいえ、国王に五戦士の派遣を直接依頼するなど無礼極まりない。」


「ホミニスやっぱり俺が...」

フェイフェリスが身を乗り出すのをホミニスが制す。


「落ち着けフェイフェリス。そなたが守るべきはホモデラ族だけではない。ラーフィールの王であれ。」

「...ああ。」

フェイフェリスがうつむき、暗い寝室に入っていく。


不安な目をしたグラントの肩にホミニスが手を置く。

「身の程をわきまえない者が、脅かして悪かったね。むやみに面会を受けないよう、フェイフェリスにも注意しておく。今日はゆっくり休みなさい。」


ホミニスが温かな笑顔でグラントを励ます。

グラントは小さくうなずき、ホミニスと共に階段を降りていった。



_______



暗いジャングルのなか、小さく光る虫が数匹、間隔を空けて飛んでいる。


その一匹を少女が空中で掴み取り、火にかけた壺のなかに投げ込む。

奇怪な獣の顔ような仮面をつけた少女。


壺に油を少量流した後、棒で壺の中身をかき混ぜていく。


「ルカーナァ・メンガ・メンガ・ホモデルス...」

何かに取り憑かれているかのように、少女の声は二重の響きを放つ。


壺から湧き出た色鮮やかな煙が全身を包むと、少女は大きく息を吸う。

か細い身体をくねらせて右に左に揺れ動いた。

光の当たる向きによって仮面が複雑に表情を変える。


「ブエノラァ!」

少女が両腕を大きく振り上げると、火が消え煙が四方に散る。


ぐったりと壺に覆いかぶさった少女のもとに、きらびやかな衣装の男が駆け寄る。

仮面が外され、少女のあどけない顔が露わになる。


「メリー!メリー!大丈夫か...!」

「お父様...成功の...はず。これでしばらくは、怪人は精神の樹海から出られない。」

少女メリーがうつろな瞳で呟く。


「よくやったシャーマン...それでこそ私の娘だ。強く、強く魂を保て。もうすぐグランディアトールも戻るはずだ。」


「ジョンストン族長、シャーマンを運びますか?」

側近がメリーを抱きかかえようとする。


「待て。触るな。私が、メリーを運ぶ。」

ジョンストンは軽々とメリーを持ち上げると、後ろで見守っていた側近らの横を通り過ぎ、彼の住居に向かった。


「神よ、天使よ、落し子よ、我がホモデラの一族を守りたまえ。あの忌まわしき怪人を、この世で最も恐ろしい森より更に深い、精神の樹海に、永久に閉じ込めたまえ...。」


祈りの言葉を繰り返し、その夜ジョンストンはメリーの手を握り続けた。



_______



長い槍を引きずった大男が密林を彷徨っている。

生気を欠いた目は進行方向を見ない。

おぼつかない足取りで木の幹に身体を打ちつけると、木のほうが倒壊する。


時折その巨体より長い槍で地面をえぐると、大地が割れたように掘り起こされる。

自らの手で破壊した森を、大男が突き進んでいく。


「...おや?蛮族の駆除は未完ですよね...」

黒装束に金の装飾を光らせたマンダリンが、大男を離れた場所から観察する。


「まったく、猛獣ショーは依頼にないですが...。」

マンダリンが指先に魔力を溜める。


「エサのお残しは許されませんよ。ネプチューン。」

五本の魔術針が、密林に放たれる。

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