第43話 混濁
竹を削る小気味いい音が、馬車のなかに響く。
「思い出せない。ヤツの顔が...。」
ミコトが頭を抱える。
片腕で巻きつけるように、アリコンを抱く。
「ギラファじゃないのか。」
ミコトは先の戦いのさなか見た凄惨な光景を、ムサシに語っていた。
「違う。ギラファ...彼は、心があった。最後に出てきた男は...心のない...。僕が見たのは、ギラファの記憶だ...そしてそれは僕の記憶...」
「なに言ってる。落ち着け。」
ムサシの手が止まる。
「そのなかに、俺や、リオが出てきて...死んだといったな。現に、俺らは生きてる。あのヘラクレスが死ぬとは思えんしな。それに...」
ミコトが震えながらアリコンにしがみついている。
「もうよせ。思い出すのは。そのためにコイツがある。」
出来上がった竹とんぼをミコトに手渡す。
ミコトは竹とんぼを回す気は起きなかった。
「恐れや疑問は、剣を迷わせるだけだ...」
ムサシが黙って剣を見つめる。
「...ありがとう。」
他の言葉をぐっと堪え、そミコトは竹とんぼを飛ばすのに意識を集中させた。
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「おいおい!」
王の間に迫る足音を警戒し、フェイフェリスとグランディアトールが立ち上がる。
「ホモデラ居住区に襲撃です!」
伝令兵の声に王の間が凍りつく。
「誠か!?ありえない!どこの部族だ!?」
グランディアトールが凄み、伝令兵が震え上がる。
「部族ではないと...!ひとりの男です!」
「ひとり!?ふざけるな...伝令を出すほどの事態か!?」
受け入れ難い情報にグランディアトールの顔が強張る。
「”怪人“だと...」
伝令兵の言葉にグラントが蒼白する。
「王都まで伝令が来るということは...現地部隊では手に負えないということか...」
グランディアトールの鋭い視線がフェイフェリスに突き刺さる。
「まさに...グランディアトール戦士長が発たれた翌日の襲撃だったようです。」
「このグランディアトールの留守を狙って...卑劣な怪人...め。」
グランディアトールの拳がきしむ。
「最初に接触した現地部隊は壊滅...ホモデラの戦士隊が怪人を食い止め、民の避難を急いでおります。」
「現地部隊が壊滅だと...!?ホモデラ居住区一帯は特に兵力を割いているはずだ...。」
グランディアトールが突然膝をつき顔を上げると、血走った目でフェイフェリスを見つめた。
「フェイフェリス王...我々ホモデラに...父上とその家族に、ご加護を...!五戦士の派遣をお頼み申し上げます!」
フェイフェリスが目を剥く。
「五戦士...」
グラントが小刻みに震え出す。
五戦士は出払っていると言いかけたフェイフェリスが、グラントを一瞬横目で見る。
グランディアトールの鬼気迫る顔が、グラントに向けられる。
「...美の戦士よ...何卒。」
グラントは口を開けたまま静止していた。
「戦士長...」
フェイフェリスの声と同時にグランディアトールが深々と頭を下げる。
「グラントは...」
「王都守護のため、派遣は難しい。」
伝令兵の後ろでホミニスが告げた。
緊迫感が足音をかき消していたのか、誰もホミニスが階段を登ってきたことに気付かなかった。
「なんですと...」
グランディアトールが歯を食いしばる。
「戦士長殿もお分かりのように、王都も安全とは言えない。五戦士を最低でもひとり配置しておくようにしたのです。それに単独犯のために五戦士を派遣するのは過剰防衛に当たる。」
「しかしジブンの一族が...」
グランディアトールの言葉が遮られる。
「心苦しいが、妥当な采配だ。しっかりと各地から増援が送られ、トラプス軍本部の指揮系統も機能している。
伝令兵が、過剰に騒いだ。
それは、謝罪させてくれ。怪人など...それほど何体もいたならラーフィールなどとっくに滅びておる。」
グランディアトールが鬼の形相でホミニスを睨む。
ホミニスは平然と視線を動かしている。
「今すぐ帰還致す!速い馬をお借りしたい!」
「もちろん。名馬揃いだ。」
グランディアトールが伝令兵と共に王の間を出ていく。
「...ホ、ホミニス宰相、助かりました...。」
沈黙を破りグラントが声を発する。
「いやいや、いいんだ美の戦士。いくらフェイフェリスの旧友の息子とはいえ、国王に五戦士の派遣を直接依頼するなど無礼極まりない。」
「ホミニスやっぱり俺が...」
フェイフェリスが身を乗り出すのをホミニスが制す。
「落ち着けフェイフェリス。そなたが守るべきはホモデラ族だけではない。ラーフィールの王であれ。」
「...ああ。」
フェイフェリスがうつむき、暗い寝室に入っていく。
不安な目をしたグラントの肩にホミニスが手を置く。
「身の程をわきまえない者が、脅かして悪かったね。むやみに面会を受けないよう、フェイフェリスにも注意しておく。今日はゆっくり休みなさい。」
ホミニスが温かな笑顔でグラントを励ます。
グラントは小さくうなずき、ホミニスと共に階段を降りていった。
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暗いジャングルのなか、小さく光る虫が数匹、間隔を空けて飛んでいる。
その一匹を少女が空中で掴み取り、火にかけた壺のなかに投げ込む。
奇怪な獣の顔ような仮面をつけた少女。
壺に油を少量流した後、棒で壺の中身をかき混ぜていく。
「ルカーナァ・メンガ・メンガ・ホモデルス...」
何かに取り憑かれているかのように、少女の声は二重の響きを放つ。
壺から湧き出た色鮮やかな煙が全身を包むと、少女は大きく息を吸う。
か細い身体をくねらせて右に左に揺れ動いた。
光の当たる向きによって仮面が複雑に表情を変える。
「ブエノラァ!」
少女が両腕を大きく振り上げると、火が消え煙が四方に散る。
ぐったりと壺に覆いかぶさった少女のもとに、きらびやかな衣装の男が駆け寄る。
仮面が外され、少女のあどけない顔が露わになる。
「メリー!メリー!大丈夫か...!」
「お父様...成功の...はず。これでしばらくは、怪人は精神の樹海から出られない。」
少女メリーがうつろな瞳で呟く。
「よくやったシャーマン...それでこそ私の娘だ。強く、強く魂を保て。もうすぐグランディアトールも戻るはずだ。」
「ジョンストン族長、シャーマンを運びますか?」
側近がメリーを抱きかかえようとする。
「待て。触るな。私が、メリーを運ぶ。」
ジョンストンは軽々とメリーを持ち上げると、後ろで見守っていた側近らの横を通り過ぎ、彼の住居に向かった。
「神よ、天使よ、落し子よ、我がホモデラの一族を守りたまえ。あの忌まわしき怪人を、この世で最も恐ろしい森より更に深い、精神の樹海に、永久に閉じ込めたまえ...。」
祈りの言葉を繰り返し、その夜ジョンストンはメリーの手を握り続けた。
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長い槍を引きずった大男が密林を彷徨っている。
生気を欠いた目は進行方向を見ない。
おぼつかない足取りで木の幹に身体を打ちつけると、木のほうが倒壊する。
時折その巨体より長い槍で地面をえぐると、大地が割れたように掘り起こされる。
自らの手で破壊した森を、大男が突き進んでいく。
「...おや?蛮族の駆除は未完ですよね...」
黒装束に金の装飾を光らせたマンダリンが、大男を離れた場所から観察する。
「まったく、猛獣ショーは依頼にないですが...。」
マンダリンが指先に魔力を溜める。
「エサのお残しは許されませんよ。ネプチューン。」
五本の魔術針が、密林に放たれる。




