第42話 偶像
しっかりと目を見開いたグラントの顔から、汗が滴り落ちる。
その瞬間、黒い剣士のひとりが動き出した。
グラントの喉元一直線に突きを放つ。
短く息を吸ったグラントが頭を下げ前進する。
すれ違いざまに剣士の腹をグラントの刃が走る。
「ぐわぁ。」
もうひとりがグラントの進行方向に剣を振るう。
最短の剣捌きでそれを受け流す。
反転したグラントは剣士の後頭部を斬り払った。
「ぁあ!」
声にならない声を上げ、剣士は倒れる。
グラントは勝利を確認し、滑らかな動きで剣を鞘に収める。
「カチンッ」
鍔が鞘に打ち付けられた音が響くと、民衆が喝采を送る。
「おおおお!」
「美の戦士つえぇぇ!」
「さすが天才子ども戦士!」
「かわいいわ!」
人々の声援に、グラントが気まずい様子ではにかむ。
「お見事お見事。」
城門裏から手を叩きながらホミニスが姿を現す。
倒れていた黒い剣士たちが直ちに立ち上がり、整列する。
「美の戦士の剣術の実演はここまで。皆の安全は、五戦士に任せてくれ。」
ホミニスの言葉に、民がそれぞれの思いを叫ぶ。
「頼りにしてるぞ!美の戦士!」
「えー!もっと見たかった」
「グラント様、一声だけでも...!」
ホミニスに促され、グラントが城内に戻っていく。
「どうでした?美の戦士様、わたくしめの演技、相当迫力があったでしょう!」
「いやいや、こういうのは斬られ方が大事なんだ。お前はわざとらしい。」
前を歩く黒い剣士ふたりが、グラントの返答も待たず生き生きと話している。
振り返るとホミニスも満足げな笑みを浮かべていた。
「グラント〜!よくやったな!」
フェイフェリスの姿が見えると、黒い剣士たちは一礼しどこかに去っていく。
「ホミニスから実演の話が来たときはどうなるかと思ったが、完璧だったな!さすがは俺の弟子。」
「短期間であそこまで仕上げるとは、さすが名高いスパイドスレイヤーだな。フェイフェリス師匠。」
ホミニスが笑いながらフェイフェリスの肩を叩く。
「俺の指導力は勿論だが...こいつはなかなかいいモンもってる。剣士の器だ。」
フェイフェリスの曇りのない視線を受け、グラントが一瞬誇らしげな顔をする。
しかしすぐに背中を丸めた。
「でも魔力ゼロなんですけどね...」
「いやいや...」
フェイフェリスとホミニスがおろおろしはじめる。
「ゼロとは言ってないゼロとは...」
「魔力は訓練次第で伸ばせる。」
「なあホミニス俺もほとんど魔力なかったもんなあ。」
「そうだよ。剣術はピカイチでも魔術はまるで...」
ふたりがわざとらしく目を見開き話している間に、グラントは自室に向かいはじめた。
ふたりが問答する声が、階段のほうまで響いてくる。
「...ボクがいなくなったのすら気づいてない。やっぱボクは魔力ゼロなんだ...」
グラントは渋い顔をしながら美の戦士の間に逃げ込んだ。
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リオが物憂げな表情で馬車に揺られている。
同じ馬車に乗るヘラクレスとビノダロスも深刻な顔をしながら、仮眠をとったり外を見たりしていた。
ギデオンは微動だにせず、まるで空の鎧が置かれているようだ。
仲間たちの前では素顔を見せてほしいという提案をリオは飲み込んだ。
「ミコト、ダイジョブか。」
ヘラクレスが小さく呟く。
ミコトがムサシとふたりきりの馬車を希望したため、こちらの馬車に大柄な戦士たちとリオが詰め込まれている。
発つ前に皆温泉に入ったため幸い男たちの体臭の問題はなかった。
「ただでさえ、混乱する状況に、ムサシの故郷の秘密...”漆黒“との接触」
「ギラファ...」
リオに補足するようにビノダロスが敢えてその名を口にする。
「この国は、いくつも病を抱えていた。」
「その通りじゃ。この国の繁栄は、おびただしい犠牲の上に、成り立っている。」
リオの震える手をヘラクレスが大きな手で包む。
「ミコトやムサシが、新たな犠牲となる必要はないはずよ。...ヘラクレスも。」
「その通り...と言ってやりたいが。」
ビノダロスが傷を受けた肩を押さえた。
「...おい。」
ギデオンから声が発せられる。
「何言ってんだ。シュッ。ミコトは、この国の王子。王になる存在だぞ?今更その役割からシッポ巻いて逃げようなんて、ありえん。ミコトだって望まねぇはずだ。」
「ヒメ...」
その名を聞きギデオンが激しく息を吐く。
「シューッ!この国ではな、皆それぞれの役割を持って生まれてくる。
リオ、お前は人を救う力がある。ヘラクレスはパワー。ジイさんは石頭。
それぞれが、自分の力を、国の全員のために使う。
それが俺ら人間の生き方ってもんだろうが。
ミコトもムサシも、そっから逃げ出すような男じゃねえ。」
ヘラクレスがリオを手を握る力が少し強まる。
「くだらねえ心配する前に、この先の仕事に備えて爆睡しとけ。...シュー...」
「え、眠った...?」
ギデオンの穏やかな呼吸音にリオが拍子抜けする。
ビノダロスの口元にほんのわずかな笑みが見える。
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魔術盤の上で、魔粒子の光が兵の形を成している。
グラントは魔術盤上に並べられた小さな円陣に触れ、光の兵を動かし、迫る障害物や敵を越えていく。
やがて現れた大きな獣を攻略し、愉快に光が舞う。
「よっしぃやー。まず一面クリアしたぁ。次は...」
「...グラント様、国王陛下がお呼びです!」
美の戦士の間に首だけ突っ込んだ従者が叫ぶ。
「わあびっくりした、なんで突然大きい声出すの!」
グラントの慌てぶりに、額に汗を滲ませる従者が困惑する。
「いらっしゃらないと思って失礼ながら中を覗いたらいらっしゃるのに、私の声が一切届いてませんでしたので...」
「なか覗くなよぅ!」
「国王のお呼びですから...わたくし毎日お掃除には入ってますし...」
従者が不憫に思えてグラントは落ち着きを取り戻す。
「ああ...すみません従者さん、今度から気をつけます。フェイフェリスが呼んでるって?よかった装備を外してなくて。今、行きます。」
グラントが階段を降りていくと、従者が汗を拭いながらそそくさと掃除をしはじめた。
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王の間の扉は相変わらず半開きになっている。
「グラントです!参りました!」
慣れた様子で声を上げる。
「お!入ってくれ。」
フェイフェリスの言葉遣いから、肩の力を抜いていい用事ということがわかる。
「失礼します!」
グラントが入室する。
王座にフェイフェリスはいなかった。
王の間の中央にテーブルが置かれ、同じ目線で来客をもてなしている。
来客が立ち上がり、グラントに身体を向ける。
「ホモデラ族の次期族長、グランディアトール戦士長だ。」
「美の戦士、お会いできて光栄だ。グランディアトールでござる。」
グランディアトールが礼をすると、逆立ったオレンジのたてがみが大きくなびいた。
赤、青、黄色の鳥の羽がふんだんに取り入れられた衣装が、落ち着いた色調の王の間で異彩を放っている。
屈強な体躯と精悍な顔つきは、グラントでも男ながらに惚れ惚れするほどだった。
「グ、グラントでござる。」
グラントの語尾が明らかにグランディアトールに釣られた。
グランディアトールはそれを気にも止めず、太陽のような笑顔でグラントと握手を交わす。
彼がラーフィール王と紹介されても疑わない、とグラントは思った。
「グラント、ここに座りな。」
「はい、我が王よ。」
グラントの仰々しい振る舞いにフェイフェリスが口元を歪める。
「グランディアくんの父上は、俺が現役バリバリの頃の戦友なんだ。事件続きの王都を心配して、父上がグランディアくんを遥々遣わせてくれたらしい。」
「だが、話に聞いていたよりこの街の民は活気がある。たくましい一族でいらっしゃる。民の強さが、それを守る我々戦士の魂を燃やす。」
同意を求めるように、グランディアトールがグラントに視線を送る。
不意を突かれたグラントは目を開き大きくうなずく。
「五戦士殿の存在は、我らホモデラの民の心をも守っている。神から授かった力を持つ五人の戦士。ジブンも子どもの頃は五戦士になりたかった。」
グランディアトールは目に光を溜めて話す。
「グランディアくんの父上は、五戦士以上の戦士だったよ。」
フェイフェリスが笑顔で声をかける。
「ここだけの話、父もそう言ってました...。ジブンの父ですから、信じはしませんでしたが。陛下がおっしゃるなら、父はお役に立てたのでしょう。
辺境民である自分には、五戦士になる資格はない。しかしホモデラにラーフィールの加護がある限り、我々にできる助力は存分に致したい...と父も申しておりました。」
言葉の随所がグラントに重圧を感じさせていることを察したのか、フェイフェリスの笑顔がぎこちない。
「国の平和のため、いずれ共に並び戦うときが来るやも知れない。美の戦士グラント、今後とも、宜しくお頼み申す!」
グランディアトールの堂々たる態度に、グラントが顔をひきつらせながら頭を下げる。
フェイフェリスが話題を変えようとグランディアトールが持ってきた土産袋に目を向けた。
「伝令!伝令です!」
階段下から切迫した声が鳴り響く。
「どうしたァー!来客中だ!」
フェイフェリスが大声で返すも、伝令兵が階段を駆け上がってきている。
足音が迫り、王の間に緊張が走る。




