第41話 虚構
ギデオンの首が、斬り落とされる。
ディディエールが滑らかに体重移動し剣を振り抜いた。
衣装に散らされた灯火のような輝きが残像を帯びる。
「期待外れの傭兵だな。」
ディディエールが言い放ち、セアカに鋭い視線を送る。
息を切らしたビノダロスとムサシが新たな強敵を睨みつける。
「セアカお前は解雇だ。脳筋ひとり殺せない傭兵に用はない。最初から私が殺るべきだった。」
「いや、よく見な...筋肉すら詰まってないよ。」
ディディエールが斬り落としたギデオンの兜は空っぽで血もついていない。
「―よくも父上を。」
ヒメが鎧をこじ開け姿を現す。
ディディエールとセアカが、唖然とする。
あの鉄塊の本体とは考えられない、小柄で幼気な少女の姿。
ヒメは赤黒い魔粒子を纏い浮遊し、か細い両手を前に突き出す。
一帯に閃光が走ると、空気が冷たく冴え渡る。
「子どもが魔術!?なにができる。」
ディディエールが警戒し低く構える。
「魔術ナメんな、よそもんがァ。」
ヒメが手を振り上げると、戦場に転がる無数の剣が浮き上がる。
「死ねェ!」
剣、岩、瓦礫が一斉に、無秩序に飛び交いはじめた。
全方位からの攻撃に、ディディエールとセアカは呼吸を研ぎ澄まし対応を試みる。
飛んでくる剣を叩き落とすが、際限がない。
細かい石や砂は防ぎきれず、消耗していく。
蚊柱のような魔術嵐のなか、逃れる出口も見当たらない。
「これが我が軍の力だァ!!」
ヒメが飛ばす剣一本一本に意識を分散し、次から次へと敵を襲う。
そのなかの一本がギラファに弾かれ、ミコトの胸に刺さった。
「ミコト!」
ヒメの集中が切れ、剣の乱流が収まる。
ディディエールの身体すれすれに剣が落下する。
ヒメがミコトのもとに向かおうとしたとき、死角から片腕を失ったラコダールの剣が襲う。
咄嗟に放った防御魔術が、風の刃に斬り裂かれる。
ヒメが死を悟った次の瞬間、迫っていた剣はラコダールの手から離れていた。
セアカがそばで剣を振り抜いている。
「...!?」
ヒメが状況を理解できぬまま、セアカがラコダールを担ぎ連れ去る。
「クソ...ジュラヴ、撤退だ!」
ディディエールが叫ぶ方向、アルテミスが肩から血を流している。
拘束を解いたヘラクレスが動きだす前にギラファがアルテミスを抱えて行く。
ジュラヴが消え、皆ミコトのもとに集まる。
ミコトの胸に剣が突き刺さり、血が滲んでいる。
「剣抜くからすぐ止血しろギデオン!」
ムサシが我先に剣を掴む。
「待って!」
リオが街のほうから駆けつける。
ミコトと離れて転がっていたアリコンを拾い上げる。
「これをミコトに。」
ヘラクレスが受け取り、ミコトの手に握らせる。
「行くぞ!」
ムサシが剣を引き抜くと、リオとギデオンが魔術をかける前に傷口が治癒していく。
「なんと...」
ビノダロスが目を丸くする。
「...ん、」
ミコトがゆっくりと目を開け、皆の顔を見回す。
その目に涙が滲み、静かにこぼれていく。
「どうしたのミコト!助かったよ!」
「泣くな、男のくせに。」
リオとギデオンが安心した顔で声をかける。
「ミコト、黒いのと戦ッた。」
「ギラファ、だな。恐ろしかったろう。よくぞ生きた。」
ヘラクレスに次いでビノダロスが呟く。
ミコトが虚空を見つめ、無表情で涙を流し続けている。
「......よかった...。」
そう呟くミコトのただならぬ様子を見て、皆表情が固まる。
リオの目からも涙が落ちる。
ムサシがミコトの顔の前に出る。
「ミコト!大丈夫だ!終わった!やつらは消えた!」
ムサシと一度視線を交わし、ミコトは目を閉じた。
ミコトの震える吐息の音で、皆それぞれの死闘を思い返す。
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ムサシが母の墓に手を合わせる。
温泉街と違ってひらけた斜面にあり、爽やかな風が吹き抜ける。
剣の修行に行き詰まったときに、よく訪れた場所だった。
「ここにいたか。」
腹に包帯を巻いたアマミがやってくる。
すでに剣を腰に下げている。
師範タカサゴの墓に、花を手向ける。
「温泉街のやつらはのんきだ。俺らが命がけて戦ってるのに。国軍に道の整備計画を急かしてた。」
「今回は、すまなかった。俺が招いた敵だ。」
ムサシがうつむく。
「本当にめちゃくちゃだ。でもハチは道場を立て直すと意気込んでる。そんなに熱いやつだったとは。」
「...助かってよかった。」
「俺は温泉街に婿入りでもするかな。」
「それが安全だ...」
アマミがちらとムサシを見るが、ムサシは母の墓から視線を外さない。
「冗談だ。剣を捨てるなど。俺もお前も、自分が最強だと思っていた。だがヤツらの剣は、圧倒的だった...。
今後、更なる力が必要になる。俺はこんなところで腐る気はない。道場の立て直しが落ち着いたら、この街を出る。」
「俺は...」
ムサシが言葉に詰まる。
「次に会うとき、お前との決着をつけよう。」
「...」
ムサシがようやくアマミに視線を向ける。
「それまでは死ぬなよ。」
そう言い残し、アマミが墓地を後にする。
ムサシはもうしばらく、母のもとでたたずんだ。
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「どうしたセアカ。手負いの俺になら勝てると思ったか...?仕事を放棄するとは。とんだ傭兵だな。」
薄暗い森の中、背を向けるセアカにラコダールが言う。
遅れてディディエールたちが合流する。
「見ていたぞ。どういうことだ。まさかギデオンの姿に情が湧いたわけではあるまい。」
ディディエールが問い詰める。
セアカの肩がわずかに震えている。
木々の影が重なる最暗部から、ボットが這い出るように姿を見せる。
「やれ...私の美しい女王が血を流している。」
ボットは木の根元に寝かされたアルテミスに近寄ると、アルテミスの肩を優しく撫でた。
傷が塞がり、アルテミスの陶器のような肌が元通りになる。
「感謝致します、尊師...」
アルテミスがボットの手を握る。
「デカブツの処理は...失敗か。揃いも揃って...」
「セアカが、裏切りやがったんです...!」
呆れた様子のボットにポルテリが告げる。
「...面白い。傭兵とはその程度か。」
セアカが背を向けたまま片目で振り返る。
「あのあばずれを殺せ。」
ボットの声でギラファが動く。
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王都の民が、城壁の前に集まっていた。
人々の視線の先、ふたりの黒い剣士が、同じ方向に剣を構える。
黒い布で口を覆い、濁った目だけが鋭く光る。
剣を向けた先、純白の装備に身を包んだ銀髪の少年がたたずむ。
一度も傷つけられたことがない鎧は太陽の光を眩しく反射している。
上階からフェイフェリス王がその様子を見守る。
「グラント、気をつけろ...」
グラントがゆっくりと剣を抜き上げ、堂々と構えを取る。




