第38話 開示
浴場と打って変わって、タカサゴがいる休憩室の空気は乾いていた。
道場の女中が出した水にリオが口をつける。
「我らクリナット族の始祖ヤクシマは、果てしない密林の北方にある別世界からやってきた。風が生まれ、世界に行き渡る始まりの地から。彼は長旅の末ここにたどり着き、その風を広めようとしたんだ。」
「北方の別世界...」
リオが目を見開く。
「しかしその時代、ラーフィール王国は着実に勢力を広げ、魔術以外の力を排除していた。ヤクシマに導かれ風使いとなったクリナット族も迫害を受けたが、幸い風の力は文明に感知されない。先祖たちは王国に知られぬよう、ほそぼそと風を継承していたのだ。だが―」
タカサゴが拳に力を込める。
「ちょうど、わしが当主になった頃だ。軍が風使いを執拗に探しはじめた。捕まった風使いは研究と称して酷い拷問を受け殺された...。それを恐れ、わしは誤った方策を実行してしまったんだ。生まれた子どもに、愛情を与えない、地獄のような規律...。」
リオが見つめる先で、タカサゴが顔を歪める。
「風の力は、身内との心の繋がりで、継承されるものだ。君も、継承したならわかるだろう。親が子どもを愛する限り、我々の呪いは延々と受け継がれる。極力、子どもを残さないことも、周知したんだが...」
「なんですかそれ...あり得ない。」
リオが堪らず立ち上がる。
「その通りだ...。本当に、間違っていた。ムサシの母ヤエは、想いを堪えきれず、ムサシが眠っているときに一度だけ、抱きしめた。それでも、ムサシが起きていたのか、風は継承され、息子を危険に晒した罪悪感からヤエは、翌朝命を―」
「どうしてですか。どうして、戦わず、親子から愛情を奪ったんですか。挙句の果て、ムサシを暗殺者に育て上げ、代わりに王国と戦わせようと...!?信じ...られない。...失礼します。」
リオが部屋を後にし、タカサゴは乾いた空気のなかひとり呼吸を整える。
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「ビノダロス様!こちらです!」
不自然な土砂崩れの現場に残されていた鎧がギデオンのものらしい。
不穏な報告を受け、ビノダロスが調査に名乗り出た。
兵が呼ぶほうに行くとたしかに、切り裂かれたギデオンの鎧が血に汚れ横たわっている。
「もちろん中身はカラか...」
ビノダロスが装甲の中を覗くと、右腕を通す場所に菓子が詰め込まれている。
左腕には、可愛らしいぬいぐるみが挟まっている。
ギデオンに娘がいることはビノダロスも知っていたが、数年前王都を離れたようでしばらく話を聞いていなかった。
「なんダ?」
後ろからヘラクレスが声をかける。
大事をとって同行を許可していた。
「アラシの蹄跡ダ。」
ヘラクレスが馬の足跡を指差す。
「リオの馬か...。」
ビノダロスが考え込む。
「ミコト、大丈夫カ...?」
ヘラクレスの問いかけに、ビノダロスは最悪の事態を想像する。
「ヘラクレス。ギデオンの鎧を背負ってくれるか。少々重いかもしれんが...。」
ヘラクレスが鎧を指先でつまみ、器用に背中にくくりつけた。
「行こウ。ビノじい。」
ヘラクレスが真剣な顔を見せる。
「ほ、ビノじいか。」
ビノダロスが呟き、兵士たちのほうを向く。
「このまま先へ進むぞ!用心するんじゃ!」
30人程の部隊が細い山道を進んでいく。
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ミコトがクリナット道場の稽古を眺める。
剣士たちが休憩に入り頭の防具を取ると、温泉で絡んできた若者だった。
「さっきの五戦士じゃねえか。」
「なんだ?一騎打ちの申し込みか?」
若者ふたりの相変わらずの様子に尻込みせず、ミコトが口を開く。
「僕はミコト。ムサシとは、友人です。風使いについて、教えてほしいんだ。」
ミコトの真剣な眼差しに、ふたりは顔を見合わせる。
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「だからよ、俺は認められなかったんだ。あいつが暗殺を任されたことが!わかるだろミコトぉ!」
「うん、ハチ。状況は単純じゃない。」
「復讐なんてものは、まずは俺たち全員を倒してからだ。師範の言いなりになるなんて、バカげてる。」
「アマミ、君の言うことはもっともだ。」
三人が温泉に入り、声を響かせている。
ミコトは腕を組み、ハチとアマミからクリナット族の問題について聞いた。
直近の情報量とそれが持つ深刻さに、頭が焼き切れるかと思うほどだ。
「水風呂があったって言ってたよね?」
ミコトが立ち上がり、ふたりに尋ねる。
「おう、一番端の。」
「ちょっとひとりにしてくれ。」
行こうとするミコトの背中にアマミが声をかける。
「俺らも、戦う準備はできてる。あいつだけが、剣士じゃない。お前が、信じられる男なら、俺はいつでも剣を抜くぞ。」
「心強いよ。でも戦いは、なるべく避けたい。」
アマミとハチが不服そうな顔をする。
ミコトが勢いよく水風呂に飛び込んだ。
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リオが鬼の形相で、ヒメが眠る部屋に入る。
ケブセスが涙を流している。
「隊長、ヒメになにか...!?」
リオが取り乱した直後、か細い声が聞こえる。
「リオ...見んじゃねェ...」
あどけない少女の声で、ギデオンの台詞が発せられる。
「ヒメの意識が戻りました。」
ケブセスが涙ながらに告げる。
「クソ、最悪だ...」
ヒメが嘆くのをよそに、リオが背中の傷を確かめる。
傷跡は残っているが、しっかりと止血されている。
「背中の治癒は手が届かんからやりにくい。」
どうやら自分で治癒魔術をかけたらしい。
「ヒメ、あなた、よくこれまで、将軍の責務を全うしてきたね...。私なんて一日も持たなかっ」
「俺様は...ギデオンだ。ヒメって呼ぶんじゃねえ...。」
ヒメが頬を赤らめながら、ふてくされている。
「失礼しました。ではギデオン将軍、私と温泉に行きましょう。ここの泉質は最高です。お肌にもいい。」
「なんだと!?早く連れてけ!」
娘たちがはしゃぐのを見て、ケブセスの涙腺が再び緩んだ。
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ふたりの屈強な殺し屋が崖から温泉街を見下ろしている。
「なるほど、風使いのはみ出し者が流れ着いた場所ね。」
「まるでお前だな、セアカ。」
「ラコダール...あんたもでしょ。」
ふたりは正面を向き、淡々と問答する。
「ムサシがいたか?風を使う剣士だ。」
後ろからゴロファのポルテリが首を伸ばし尋ねる。
「あー...なんかみんなそうみたい。」
「そいつに執着するのはよせ。」
セアカとラコダールがポルテリを軽くあしらう。
「はいはい。傭兵殿の言う通りです。」
ポルテリが不機嫌に応えるのを、ふたりが鼻先で笑う。
「今度は首を、持ち帰ろう。」
ラコダールが剣を引き抜く隣で、セアカが不敵な笑みを浮かべた。




