第37話 煙幕
倒れたギデオンのそばに膝をつくミコトとムサシ。
遠目から見たリオがただならぬ状況を察する。
アラシに合図し、急いで駆け寄る。
「どうしたの!」
「リオ、よくここまで。」
「治癒中です。将軍は必ず治る。」
ギデオンの側近ケブセスが真剣な面持ちで治療を続ける。
「治癒魔術師のリオストスよ。患部を見せて。」
「ケブセス、彼女は優秀だ。」
ミコトがケブセスに訴える。
ムサシも後ろから視線を送った。
「将軍の治癒は、私だけに許された仕事なのです。」
鎧に差し込まれたエンケルが明滅し、ギデオンの状態悪化を知らせる。
「手遅れになる。鎧を開いて、治療すべきです。」
「しかし...」
リオの助言にケブセスが口ごもる。
「ケブセス隊長。ギデオンは、王国の生命線よ。今は命令より、彼の命を優先すべき。」
「...そ、そのとおりだ。」
ケブセスとミコトが協力し、ギデオンの装甲を外していく。
現れたギデオンの姿に、一同が愕然とする。
_______
火山地帯にある集落コマレアに、たどり着く。
ムサシが生まれ育った地。
彼が剣を磨いたクリナット道場に、ギデオンを運び込んだ。
「師範、恩に着る。」
「えや、お前の頼みじゃ。...よくぞ、戻った。」
師範はそれだけ言い、部屋を後にした。
部屋の中央に寝かせたギデオンの横に、リオとケブセスが張り付く。
ミコトとムサシは少し離れて、それを見守る。
ギデオンは、少女であった。
まだ12歳くらいだろうか。
身体は小さく、細く、肌は雪のように白い。
横向きに寝そべり、切り裂かれた背中側をミコトたちに向けている。
厚く重ねられた包帯に滲んだ血が痛々しい。
目をつむり、汗を流しながら必死に息をしている。
ケブセスが目に涙を溜め、時折呼びかける。
「...ヒメ、ヒメ、生きるのですよ...!」
ヒメというのが、この少女の名前らしい。
「出血が多いのと、直近で使った魔術がかなり負担だったみたい。体内魔粒子が不安定になってる。」
リオが容態を説明する。
「魔術...?」
「殺し屋を押し流した、土砂崩れだな。」
ムサシがヒメの地形操作を言い当てる。
「ギデオン将軍の素顔は、何年か前に見たはずだったけど、この子じゃなかった。頑強な顔つきの男だったはず。」
「...ヒメは...彼、ギデオンの娘です。」
ミコトの発言に応え、ケブセスが真実を語る。
「ヒメがまだ幼い頃、母親が亡くなり、ギデオンは男手ひとつでヒメを育てた。ギデオンが王都を出るたびにヒメは、行かないで、と泣きついたそうです。
ヒメは父親がいない寂しさを埋めるために、毎日ひとり、魔術でたくさんの人形を操って遊んでいた。
そして3年前の、とある演習のとき、ギデオンは特別にヒメを同行させたんです。しかしその日は控えるべきだった...。
同盟関係だった現地部族に裏切られ、ギデオン部隊は襲撃を受けました。丸腰のギデオンはヒメの目の前で殺されたそうです。しかし部下の兵たちは、ギデオンの命令を待っている。
ヒメは、兵たちが父に抱く尊敬を裏切らないため、そしてギデオンという将軍の誇りを守るため、その日から、司令官ギデオンとして、父の鎧を身にまとい、戦いはじめたんです...。
この秘密を知るのは、トラプス軍でも私のみ。命を救ってくれた皆さんには、説明するべきと考えました...。」
ケブセスが震えながら語り終える。
「この子ほどの魔力の持ち主は、見たことないわ。これで重たい鎧を動かし、お父上を演じてきたのね...。信じがたい話だわ...。」
開いた鎧の内部には柔らかい布が敷かれ、装飾が施されていた。
食料や着替えなど、生活に必要なものも揃っていた。
ヒメはギデオンとなってから、ほとんどこの“部屋”で過ごし、孤独に戦ってきたのだ。
ヒメが置かれた想像を絶する境遇に、ミコトもムサシも言葉を失った。
「...リオ、ヒメにこれを。役に立つかわからないけど。」
ミコトがアリコンをリオに手渡す。
「持ち主を回復させる聖剣、アリコンだ。」
「剣...?そうだミコト、骨」
ミコトの骨折していたはずの左腕を見て、リオが目を丸くする。
アリコンを受け取り、ヒメの正面側にいるケブセスに受け渡す。
「持たせてみましょう。」
ケブセスはヒメの震える腕の間に、アリコンを滑り込ませ、手を触れさせた。
ヒメの呼吸がわずかに緩やかになる。
「おお。」
ムサシが小さく声を出す。
「ひとまずは、見守りましょう。」
ケブセスがうなずく。
「ミコトたちも、休んできな。ヒメは私と隊長に任せて。」
「ありがとう...。後で代わるよ。」
アリコンを手放したせいか、急激な疲労感がミコトを襲っていた。
「いくぞミコト。」
ムサシとミコトが部屋を出る。
--
「よかった。いい街で。師範も親切だ。」
「そう見えるよな。」
住居が立ち並ぶ通りをしばらく歩くと、至るところから濃い煙が立ちのぼっている。
「ムサシ!?ムサシなのか!?」
「え?ムサシ!?戻ったのかい!」
ムサシの姿を見た人々がざわつく。
「ムサシのお仲間かい?ほれ、これ食べてみれ。」
老婆がミコトに近づき、小さく丸い菓子を手渡す。
「ありがとうございます...!」
ムサシは声掛けに目もくれず、煙の中を進み続ける。
「ムサシ、なんか、お菓子?もらったよ。おお、甘い!なんだこれ。」
「温泉まんじゅう」
呟きながらムサシが道を逸れ、茂みのなかを突き進む。
「まんじゅう!初めて食べたよ。」
ムサシが突然立ち止まり、ぶつかりそうになる。
「ここだ。この湯が一番効く。」
白い湯気に覆われたピンク色の湯が毒々しい。
ムサシが素早く服を脱ぎ温泉に入っていく。
「早いなもう。」
固く結ばれた剣帯をほどくのに苦労しながら、ミコトも服を脱ぎ、湯に浸かる。
滑らかで心地よい湯の感触。
香ばしいような、鼻をつくような香りも相まって、身体の芯に染み渡る。
ふたりはしばらく黙って湯煙が踊るのを眺めていた。
「やけに馴れ馴れしかったな。あいつら。」
不意にムサシが話し出す。
「あいつら?街の人のことか?いい人たちだ。」
「ホミニスが寄こした兵士に、新五戦士のことを聞いたんだろう。俺が街を出る前は目も合わせなかった。」
茂みのほうから、現地民の若者ふたりが近づいてくる。
ほぼ一瞬で服を脱ぎ、勢いよく温泉に飛び込んでくる。
上がった湯しぶきがミコトの顔に直撃する。
「ムサシ!なにしに戻ってきやがった。ここにお前の居場所はないぞ。」
「五戦士になったのを自慢してえのか?」
ふたりは威圧的にムサシをまくしたてる。
「変わらんな。お前らは。」
ムサシがあさっての方向を見て呟く。
「お?お前も、五戦士か。」
ひとりがミコトに目を向ける。
「あ...そうだけど」
「ビャ!」
若者のひとりがミコトの顔面に水鉄砲を食らわす。
「ははは!」
「えぇ、なにすんだ。」
ミコトが手で顔を拭い目をぱちくりする。
「放っておけミコト。」
ムサシが湯から上がろうとしている。
「ちょっと待ってムサシ!」
ミコトも慌てて後を追う。
「また逃げる気か。ムサシ。」
「今度こそ、決着をつけるぞ。裏切り者め」
彼らの言葉を尻目に、ムサシが突風を起こし身体を乾かす。
衣服を着直し、ミコトとムサシはその場を後にした。
_______
「師範さん、とっても気持ちのいいお湯でした。助かりました。」
髪をしっとりと濡らしたリオが、ムサシの師範タカサゴに礼を述べる。
ケブセスと交代で一晩、ヒメを見守り、ようやく身を清められた。
「師範さんは、聞き慣れんな。タカで、よい。」
質素な木の椅子に腰掛けたタカサゴがリオに目を向ける。
「リオくん、目を閉じなさい。」
「え...」
リオが目を閉じると、風が勢いよく顔に吹き付けた。
「うっ!」
「すまんすまん、驚かして。髪を乾かしただけじゃ。」
リオが髪に触れると、確かに水気が引いている。
「ああ、ありがとうタカさん。とっても便利ですね。よかったらあとで私にも教えてください...」
リオが照れくさそうに頼む。
「ハハ。よいとも。」
「...少しお話いいですか?」
「ああ。掛けなさい。」
リオがタカサゴの前に座る。
「私が聞きたいこと、なんとなく、お分かりですよね...?聞いても、いいでしょうか?」
「ああ。今となっては、過去のことじゃ。」
タカサゴが遠くを見るような目で応える。
「どうして、ムサシは風使いとして、王子を暗殺しに来たのでしょうか...。」
沈黙が訪れると、遠くから剣の稽古の音が聞こえる。
「あれは、大きな間違いだった...。我らクリナット族の、大きな間違い...」
タカサゴが力なく息を吐く。




