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一角のアネモイ  作者: pandanikus
第1章 五戦士
38/75

第37話 煙幕

倒れたギデオンのそばに膝をつくミコトとムサシ。

遠目から見たリオがただならぬ状況を察する。

アラシに合図し、急いで駆け寄る。


「どうしたの!」

「リオ、よくここまで。」

「治癒中です。将軍は必ず治る。」

ギデオンの側近ケブセスが真剣な面持ちで治療を続ける。


「治癒魔術師のリオストスよ。患部を見せて。」

「ケブセス、彼女は優秀だ。」

ミコトがケブセスに訴える。

ムサシも後ろから視線を送った。


「将軍の治癒は、私だけに許された仕事なのです。」

鎧に差し込まれたエンケルが明滅し、ギデオンの状態悪化を知らせる。

「手遅れになる。鎧を開いて、治療すべきです。」

「しかし...」

リオの助言にケブセスが口ごもる。


「ケブセス隊長。ギデオンは、王国の生命線よ。今は命令より、彼の命を優先すべき。」

「...そ、そのとおりだ。」

ケブセスとミコトが協力し、ギデオンの装甲を外していく。

現れたギデオンの姿に、一同が愕然とする。



_______



火山地帯にある集落コマレアに、たどり着く。

ムサシが生まれ育った地。

彼が剣を磨いたクリナット道場に、ギデオンを運び込んだ。


「師範、恩に着る。」

「えや、お前の頼みじゃ。...よくぞ、戻った。」

師範はそれだけ言い、部屋を後にした。


部屋の中央に寝かせたギデオンの横に、リオとケブセスが張り付く。

ミコトとムサシは少し離れて、それを見守る。


ギデオンは、少女であった。


まだ12歳くらいだろうか。

身体は小さく、細く、肌は雪のように白い。


横向きに寝そべり、切り裂かれた背中側をミコトたちに向けている。

厚く重ねられた包帯に滲んだ血が痛々しい。

目をつむり、汗を流しながら必死に息をしている。


ケブセスが目に涙を溜め、時折呼びかける。

「...ヒメ、ヒメ、生きるのですよ...!」

ヒメというのが、この少女の名前らしい。


「出血が多いのと、直近で使った魔術がかなり負担だったみたい。体内魔粒子が不安定になってる。」

リオが容態を説明する。


「魔術...?」

「殺し屋を押し流した、土砂崩れだな。」

ムサシがヒメの地形操作を言い当てる。


「ギデオン将軍の素顔は、何年か前に見たはずだったけど、この子じゃなかった。頑強な顔つきの男だったはず。」

「...ヒメは...彼、ギデオンの娘です。」


ミコトの発言に応え、ケブセスが真実を語る。

「ヒメがまだ幼い頃、母親が亡くなり、ギデオンは男手ひとつでヒメを育てた。ギデオンが王都を出るたびにヒメは、行かないで、と泣きついたそうです。

ヒメは父親がいない寂しさを埋めるために、毎日ひとり、魔術でたくさんの人形を操って遊んでいた。

そして3年前の、とある演習のとき、ギデオンは特別にヒメを同行させたんです。しかしその日は控えるべきだった...。


同盟関係だった現地部族に裏切られ、ギデオン部隊は襲撃を受けました。丸腰のギデオンはヒメの目の前で殺されたそうです。しかし部下の兵たちは、ギデオンの命令を待っている。

ヒメは、兵たちが父に抱く尊敬を裏切らないため、そしてギデオンという将軍の誇りを守るため、その日から、司令官ギデオンとして、父の鎧を身にまとい、戦いはじめたんです...。


この秘密を知るのは、トラプス軍でも私のみ。命を救ってくれた皆さんには、説明するべきと考えました...。」

ケブセスが震えながら語り終える。


「この子ほどの魔力の持ち主は、見たことないわ。これで重たい鎧を動かし、お父上を演じてきたのね...。信じがたい話だわ...。」

開いた鎧の内部には柔らかい布が敷かれ、装飾が施されていた。

食料や着替えなど、生活に必要なものも揃っていた。


ヒメはギデオンとなってから、ほとんどこの“部屋”で過ごし、孤独に戦ってきたのだ。

ヒメが置かれた想像を絶する境遇に、ミコトもムサシも言葉を失った。


「...リオ、ヒメにこれを。役に立つかわからないけど。」

ミコトがアリコンをリオに手渡す。

「持ち主を回復させる聖剣、アリコンだ。」


「剣...?そうだミコト、骨」

ミコトの骨折していたはずの左腕を見て、リオが目を丸くする。

アリコンを受け取り、ヒメの正面側にいるケブセスに受け渡す。

「持たせてみましょう。」


ケブセスはヒメの震える腕の間に、アリコンを滑り込ませ、手を触れさせた。

ヒメの呼吸がわずかに緩やかになる。

「おお。」

ムサシが小さく声を出す。


「ひとまずは、見守りましょう。」

ケブセスがうなずく。

「ミコトたちも、休んできな。ヒメは私と隊長に任せて。」


「ありがとう...。後で代わるよ。」

アリコンを手放したせいか、急激な疲労感がミコトを襲っていた。

「いくぞミコト。」

ムサシとミコトが部屋を出る。


--


「よかった。いい街で。師範も親切だ。」

「そう見えるよな。」

住居が立ち並ぶ通りをしばらく歩くと、至るところから濃い煙が立ちのぼっている。


「ムサシ!?ムサシなのか!?」

「え?ムサシ!?戻ったのかい!」

ムサシの姿を見た人々がざわつく。


「ムサシのお仲間かい?ほれ、これ食べてみれ。」

老婆がミコトに近づき、小さく丸い菓子を手渡す。

「ありがとうございます...!」


ムサシは声掛けに目もくれず、煙の中を進み続ける。

「ムサシ、なんか、お菓子?もらったよ。おお、甘い!なんだこれ。」

「温泉まんじゅう」

呟きながらムサシが道を逸れ、茂みのなかを突き進む。


「まんじゅう!初めて食べたよ。」

ムサシが突然立ち止まり、ぶつかりそうになる。

「ここだ。この湯が一番効く。」

白い湯気に覆われたピンク色の湯が毒々しい。


ムサシが素早く服を脱ぎ温泉に入っていく。

「早いなもう。」

固く結ばれた剣帯をほどくのに苦労しながら、ミコトも服を脱ぎ、湯に浸かる。


滑らかで心地よい湯の感触。

香ばしいような、鼻をつくような香りも相まって、身体の芯に染み渡る。

ふたりはしばらく黙って湯煙が踊るのを眺めていた。


「やけに馴れ馴れしかったな。あいつら。」

不意にムサシが話し出す。

「あいつら?街の人のことか?いい人たちだ。」

「ホミニスが寄こした兵士に、新五戦士のことを聞いたんだろう。俺が街を出る前は目も合わせなかった。」


茂みのほうから、現地民の若者ふたりが近づいてくる。

ほぼ一瞬で服を脱ぎ、勢いよく温泉に飛び込んでくる。

上がった湯しぶきがミコトの顔に直撃する。


「ムサシ!なにしに戻ってきやがった。ここにお前の居場所はないぞ。」

「五戦士になったのを自慢してえのか?」

ふたりは威圧的にムサシをまくしたてる。


「変わらんな。お前らは。」

ムサシがあさっての方向を見て呟く。

「お?お前も、五戦士か。」

ひとりがミコトに目を向ける。

「あ...そうだけど」


「ビャ!」

若者のひとりがミコトの顔面に水鉄砲を食らわす。

「ははは!」

「えぇ、なにすんだ。」

ミコトが手で顔を拭い目をぱちくりする。


「放っておけミコト。」

ムサシが湯から上がろうとしている。

「ちょっと待ってムサシ!」

ミコトも慌てて後を追う。


「また逃げる気か。ムサシ。」

「今度こそ、決着をつけるぞ。裏切り者め」

彼らの言葉を尻目に、ムサシが突風を起こし身体を乾かす。

衣服を着直し、ミコトとムサシはその場を後にした。



_______



「師範さん、とっても気持ちのいいお湯でした。助かりました。」

髪をしっとりと濡らしたリオが、ムサシの師範タカサゴに礼を述べる。


ケブセスと交代で一晩、ヒメを見守り、ようやく身を清められた。

「師範さんは、聞き慣れんな。タカで、よい。」

質素な木の椅子に腰掛けたタカサゴがリオに目を向ける。


「リオくん、目を閉じなさい。」

「え...」

リオが目を閉じると、風が勢いよく顔に吹き付けた。


「うっ!」

「すまんすまん、驚かして。髪を乾かしただけじゃ。」

リオが髪に触れると、確かに水気が引いている。


「ああ、ありがとうタカさん。とっても便利ですね。よかったらあとで私にも教えてください...」

リオが照れくさそうに頼む。

「ハハ。よいとも。」


「...少しお話いいですか?」

「ああ。掛けなさい。」

リオがタカサゴの前に座る。


「私が聞きたいこと、なんとなく、お分かりですよね...?聞いても、いいでしょうか?」

「ああ。今となっては、過去のことじゃ。」

タカサゴが遠くを見るような目で応える。


「どうして、ムサシは風使いとして、王子を暗殺しに来たのでしょうか...。」

沈黙が訪れると、遠くから剣の稽古の音が聞こえる。

「あれは、大きな間違いだった...。我らクリナット族の、大きな間違い...」

タカサゴが力なく息を吐く。

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