第36話 原点
「こりゃヒデぇ...。」
霧が立ち込める岩山の斜面でギデオンがゴロファの死体を眺める。
「ゴロファ以外の痕跡、剣を打ち合わせた跡もない。一方的な斬殺だ。」
ケブセスが淡々と状況を伝える。
ビノダロスが手で口を覆い、険しい表情をする。
「これは...あの“漆黒”の仕業じゃ...」
ビノダロスがあの悪夢のような一日を思い出す。
五戦士3人が、いとも簡単に斬り殺された。
傷跡が疼き、ビノダロスが肩に手を当てる。
「痛むのかい?ビノじい。」
ミコトが歩み寄り尋ねる。
「...いや、なんともない。ただヤツの狙いが、見えんのじゃ。五戦士を崩壊させ、ゴロファ族を襲う。一見真逆の行動に見える。一貫した目的があるとしたら、それは果たして...」
「“漆黒”の力...ビノじいの報告聞いたよ。」
考え込むビノダロスを見て、ミコトが言及を忍んでいた“漆黒”について触れる。
「ああ、ヤツの力は、一切の魔力を伴わぬものだった。もっとも魔術師であれば、ワシら五戦士が対応できないはずがない。そしてワシだけが、ヤツの攻撃をすんでのところで躱すことができた。ヤツは...」
「アネモイだね...。」
岩山の風は冷たく吹きつける。
「さあ、王都に戻るぞ。シュッシュッ」
「そのことなんだけど...」
やってきたギデオンにミコトが切り出す。
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「シュッシュッ」
ギデオンが呼吸を弾ませ山を登る。
「ずっと重い兜かぶって、苦しくないの?」
斜面を進みながらミコトがギデオンに問いかけるが、答えがない。
「ギデオン将軍は、花粉症なんです。兜がないと、鼻水が止まらないそうで...」
ケブセスが説明する。
「余計なことを言うな!シュッシュッ」
ギデオンは疲れる様子もなく、足を動かし続ける。
「将軍が護衛とは、贅沢なもんだ。」
ムサシが不満げに呟く。
「ホミニスじじいの命令だ。風の戦士をしっかり守れとよ。過保護なジイさんは困るよなぁ!シュッ!」
ホミニスが兵を入れ替えたという故郷の状況が、ムサシは気がかりだった。
南方地帯からであれば、ムサシの故郷は王都よりずっと近い。
アネモイと思われる“漆黒”についてなにか手がかりが掴める可能性を訴え、ギデオンとケブセスの同行を伴って帰郷が実現した。
ムサシは突如生まれた剣の迷いを、故郷に戻ることで振り払いたかった。
剣を振るい、風とひとつになること。
ムサシが母を思い出す唯一の行動となっていたはずだった。
斜面を進むムサシの左手で、竹とんぼが回る。
「こんな険しい道の先に、故郷があるって!?」
ギデオンは気が立っている。
「そうだ。」
今にも崩れ落ちそうな崖や、細い獣道、鋭く尖った岩場と厳しい環境が延々と続く。
「肉食獣に気をつけろよ。」
ムサシが脅かすが、ギデオンの鎧が獣の牙でどうにかなるとは思えない。
「ナメんなよ俺様の魔術装甲。シュッ!」
ギデオンが胸を叩きゴンゴンと鳴らす。
「魔術装甲は、着用者が持つ魔力によって強度が変化する。ギデオン将軍の鎧は、ビノダロスの次に硬いと言われてますからね。」
ケブセスが丁寧に説明するのを聞き、ムサシが感心したような顔をする。
「俺とミコトは、丸裸だな。」
「まあそういうことだね...。」
ミコトが猛獣を警戒し目を見張る。
「「――!!」」
ミコトとムサシが風の乱れを感じ、目を合わせる。
「来る。」
ムサシが呟き、ギデオンが注意を向ける。
「あ!?なんも来ね―」
ギデオンの装甲に、亀裂が走る。
暴風を伴う斬撃だった。
ケブセスが吹き飛ばされる。
倒れたギデオンの鎧の裂け目から血がしたたる。
「ミコトぉ!」
ムサシが剣を抜くと同時にミコトも担いでいたアリコンを構える。
剣士がふたり、ミコトとムサシの前に立ちはだかる。
黄色と黒の派手な装甲を纏う男は、猛獣のような黄色の瞳を冷たく光らせている。
隣はところどころに赤い花びら模様を施した黒装束を纏う、屈強な女であった。
「ギデオンになにをする!武器を捨てろ!」
ミコトがアリコンを突き出し、叫ぶ。
剣士たちが怪しく微笑み、剣を構えた。
「話は通じないか。いくぞミコト。」
「ああ。シュウ!」
「ソク!」
ミコトとムサシが互いの風をぶつけ合い、ひとつの流れとなり剣士たちにまとわりつく。
剣士たちがシュウソクの連撃をひとつずつ剣で受ける。
「ペース上げるか!?」
「まだまだ余裕だ!」
シュウソクの風が勢いを増す。
剣士たちは繰り出される斬撃に巧みについていく。
「ラコダール。そろそろ飽きたでしょ。」
「気が短いぞ。セアカ。」
剣士たちが呟いた次の瞬間、シュウソクが斬り払われミコトとムサシが後ろに飛ばされる。
「うわ!」
背中を強く打った衝撃でミコトが呼吸を奪われそうになるが、アリコンを握ると呼吸が楽になる。
ムサシはうまく受け身を取り、敵を睨みつける。
「なーんだ、こっちの世界にも風使いがいるんじゃない。ボットが言うには原始的な魔術文明って話だったけど。」
「セアカ、ちょっと黙れ。俺たちの仕事はもう終わった。退散するぞ。」
会話の不可解さに気づき、ミコトとムサシは耳をそばだてる。
「ラコダールぅ、初任務がこれだけ?あくびが出るわ。ターゲットが死んだかだけ、確認しましょう。」
「そうだな。首を持ち帰ろう。」
ラコダール、セアカがもう一度ギデオンに迫るのを、ミコトとムサシが迎え撃つ。
「もう少し頑張りなさい。」
セアカが呟くと、ラコダールがそれに応えるように踏み込む。
セアカとラコダールの連撃が、ミコトたちを襲う。
ほとんどを後退してかわすしかない凄まじい斬撃。
シュウソクも意味をなさない。それを遥かに上回る連携は、迫りくる竜巻の如くふたりを圧倒した。
再び弾き飛ばされ、ミコトが身を震わせる。
「原始的な文明には変わりないわ。」
セアカが落胆の表情をする。
「殺してやってもいいが。」
ラコダールはそう言うと、斜面上部に目をやった。
「セアカ!」
局所的な土砂崩れがラコダールたちを襲う。
ふたりは押し流され、その場から消え去った。
「なんなんだ...?」
ミコトは目を見開き、すぐにギデオンのほうに駆け寄る。
ケブセスが鎧の裂け目にエンケルを差し込み、治癒魔術をかけている。
エンケルの脈動から、息があることがわかる。
「大丈夫なのか...!?早く兜をとってやって...」
「グォォ、グォォ」
変わった獣の鳴き声が聞こえ、山道の向こうにリオの姿が見える。




