第35話 加護
ミコトが絶叫し、倒れる。
ペラゴンが放った技は全身を震わせ、指の先まで雷撃のような痛みが走る。
「五戦士。魔粒子まみれの身体にはさぞ効くだろう。お前はもう死ぬまで動けまい。」
ペラゴンがミコトを見下ろしほくそ笑む。
しかし再びアリコンが振られ、ペラゴンは難なくかわす。
「なんと。まだ戦えるか!?」
ミコトがみぞおちを押さえながら立ち上がり、構える。
今度は軽快な動きで三発、ミコトの身体を捉える。
「うあぁ...!」
ミコトが悶える声が響く。
そして苦悶の表情を浮かべながらも、ミコトはまた立ち上がりペラゴンに立ち向かう。
「どういうことだ。これだけ技を浴びれば確実に死ぬはず...」
「死ねない」
ミコトがアリコンを握りしめると、光が白く反射する。
「教えてくれ。ゴロファの痛みを。」
「...はは、そうかまだ足りんか!ならば思う存分味わわせてやる。」
ペラゴンが連撃でミコトを滅多打ちにする。
ミコトは倒れるがまた立ち上がり、痛みに震えながらペラゴンに向かう。
「これじゃない。ゴロファが受けてきた痛みは。身体の痛みは、耐えられる。傷つけられた君たちの意志が、なにを叫ぶのか。それを聞きたいんだ。」
ミコトがしっかりとアリコンを握る。
「...っ!気安く神の名を語る者に、我らの苦しみがわかるか。お前にできるのは、ただ、死んで詫びることだ!」
ペラゴンが更に力を込め、ミコトを叩きのめす。
「...神の名など、語らない。君が言ったろう。
私は単なる、一角のアネモイ――」
ミコトが光を背にアリコンを掲げる姿に、ペラゴンが目を細める。
そして歯を食いしばり、またミコトを殴りつける。
「その細い、ツノが、刃もない、棒切れが、なんの役に立つ!」
ミコトは渾身の一撃を何度も受けながら、薄れる意識を引き戻し続ける。
アリコンをしっかりと握り締め、ペラゴンの目を見つめる。
「本当の君の痛みを、教えてくれ...」
精神が崩壊するはずの攻撃を受けて尚、ミコトは対話を求める。
ペラゴンは自身の構えた拳が震えていることに気づく。
「風の戦士!本気を出さんか!」
向こうからポルテリの叫び声が聞こえる。
ムサシが力なく二刀を下げている。
ポルテリが激しく斬りつけても、それをかわすのみで反撃に出ない。
「僕は、お前との命を懸けた戦いで、更なる高みに昇らねばならないんだ!お前の剣技を、見せてこい!」
ムサシは無表情で、言葉と剣を受け流し続ける。
これほど猛々しい剣士でさえ、ムサシが斬り捨ててしまえば、二度と動かぬ肉塊となる。
味わったことのない恐れが、ムサシに攻撃を躊躇わせている。
「ポルテリもういい!態勢を立て直すぞ!」
ペラゴンが森のほうへ走り出す。
距離をとり、ポルテリとムサシが睨み合う。
ポルテリは剣を握りしめるが、ムサシに戦う意志がないことを悟る。
顔を歪めながら、ポルテリがペラゴンの後を追った。
ゴロファが去り、倒れたミコトにムサシが駆け寄る。
「大丈夫か、」
ムサシが問いかけると、ミコトが息も絶え絶え起き上がる。
「この剣が、守ってくれた。大丈夫だ。痛みが落ち着けばね...」
ミコトが両手でアリコンの芯を握りしめている。
「ムサシは、元気そうだな...。敵を、殺さないでくれたんだな。」
「違う。...斬れなかったんだ。」
ムサシがうつむき、剣を握る手を震わせている。
竹林の方角から、ギデオンの呼吸音が聞こえる。
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「あの風の戦士!許さん!」
「また負けたのか。」
スパサがポルテリを煽る。
「黙れ!負けるものか。それにお前の竹林の罠もすぐに見破られた!」
「ちっ...」
明らかに窮地に立たされたゴロファ武術会の生き残りたちが浮足立っている。
霧に覆われた岩山に20人ほどが逃げ込み、周囲を警戒する。
「落ち着け...。今日は犠牲者が出ていないのが、救いだ。我らがいる限り、ゴロファの意志は運命に抗い続ける...。」
「そのへんにしたらどうだ?」
突然、聞き馴染みのない声がかけられる。
振り向くと、見慣れぬ男がゆったりと岩に座っている。
男は鋭い目つきでゴロファたちを眺める。
不意に立ち上がると、平然と話し出した。
「絶体絶命のようだな。ゴロファ族。今ならお前たちにぴったりの仕事がある。魔粒子を刺激する武術とは興味深い。」
ゴロファたちが身構える。
「これまでお前たちは居場所を取り上げられてきた。だが今度は、お前たちが奪う番だ。力を、富を、国を。手に入れたいんだろ?」
男が目を細め、誘惑する。
「ふ...大変ありがたい話だが、結構だ。我ら誇り高き武術会はお前の手下に成り下がる気はさらさらない。他を当たってくれ。」
「ならば邪魔なだけだ。殺れ――ギラファ。」
男と反対に位置する岩の影から、“漆黒”が躍り出る。
ギラファと呼ばれるそれはひらひらと風に舞いながら、一瞬でゴロファに接近する。
ギラファと接触した者はひとりひとりの魂を吸われたように倒れる。
「貴様ァ!」
ペラゴンが襲いかかるも、次の瞬間には男の目つきより鋭い剣がペラゴンの胸に突き刺さっていた。
「踏み込みが甘い。」
男がペラゴンの耳もとでささやく。
ゆっくりと、着実に、ゴロファたちが死んでいく。
「俺を、雇ってくれ。」
ポルテリが男の前に歩み出る。
「...今更だな。お前は、なにが欲しい?」
「風の戦士ムサシナタスを、始末したい。」
男が笑い、手を前に出す。
「いい動機だ。ジュラヴへようこそ。私は、ディディエール卿。」
「ポルテリだ。」
ふたりは手を取り合う。
「ポルテリ!なにしてる!武術会を助けろ!」
スパサの叫びは、ポルテリには届かない。
「ぐあ!」
ポルテリを見たまま、背中を裂かれスパサが息を引き取る。
ゴロファ武術会が、殲滅された。
ギラファが漆黒の長剣を背負い、ディディエールのもとに歩み寄る。
ポルテリは恐る恐るギラファを見ると、無造作に伸びた髪に覆われた顔が確認できる。
あくまで人間であることを知り、ポルテリは一抹の安堵を覚えた。
霧のなかから、全身黒装束の存在が近づいてくる。
こちらも顔半分まで覆われ、人相が見えない。
ディディエールとギラファが膝をつくのを真似て、ポルテリも跪いた。
「ボットよ。ゴロファの戦士、ポルテリが加わりました。」
ディディエールがポルテリの加入を報告する。
「ひとりだけか。ああ、むしろいい。くだらぬ思想は、役には立たん。」
岩山を撫でる風にボットの低い声が乗り、不気味な響きを生む。
「ポルテリよ、ゴロファ族の再興を願うか?」
ポルテリが顔を上げる。
「い、いいえ...。俺が願うのは、風の戦士を倒すこと...。それだけです。」
ポルテリの視線の先、黒装束のなかでボットの目が鈍く輝く。




