第33話 断つ鳥
「エアクス、ピサロ、アエギオン...クラビゲール」
ゴロファの師範ペラゴンが犠牲となった戦士の名を呟く。
「どいつもこいつも鍛練が足りないのです。」
ポルテリが口を出す。
「口を慎めポルテリ。我らの意志を体現する尊い犠牲だ。」
「意志だけでは、勝てない。スパサお前もわかってるだろ。」
竹林のなかにひっそりと構えられた拠点は、屋根も壁もすべて竹でできている。
隙間から差し込む月光が複雑に交差する。
生き残った者たちの目が不気味に光る。
「お前たちどちらも、間違ってない。彼らはゴロファの意志のため犠牲となった。力不足だったのも事実。しかし我らはここで勝ち筋を得た。」
ペラゴンの言葉に、スパサがニヤリと笑う。
「僕はとにかく、あの風の戦士を倒したい。あと一歩のところだった。あいつを倒せば、僕の剣は更なる領域に進化する。」
「そう焦るなポルテリ。お前の才能は皆わかってる。だが、ヤツは手ごわい。ヤツの力は伝承存在“アネモイ”のものだ。」
「アネモイ...なんでしょう。」
スパサが問う。
「平易に言えば、風使いというやつだ。ただ、風を吹かすそれだけではない。神がヒトにお与えなすった“魔力”とは全く別の原理から成る力だ。」
「それは...」
ペラゴンの顔の陰影が濃くなる。
「そう。我らが天を衝く刃の追い風となるやもしれん。」
手に持った兜に立つ細い突起を、ポルテリが指先でなぞる。
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(『王国...五戦士め...弟を...我らの意志を、踏みにじりおって...。』)
クラビゲールの嘆きと、悲痛な目つきが、ムサシの脳裏に浮かんでは消える。
「聞いてんのかムサシ!」
「これでは作戦の意味がない。」
ギデオンとタンキンがムサシを怒鳴りつける。
独断で行動した上に、幹部に逃げられてしまっては叱咤を受けるのも無理はない。
しかしふたりの怒号はムサシの頭をすり抜ける。
(『お前の剣は、念がない。』)
念とはなんぞや、と少し考えただけでも、自身が答えを持たぬことにムサシは気づく。
(『斬り払われた後に残るのは、冷たい屍だけ。』)
ゴロファの言うとおりであった。
ムサシはこれまで、屍の山を黙々と積み上げてきた。
彼らの顔つきなど気にも止めず。
だが今日斬り伏せた者たちの顔は、はっきりと思い出せる。
(「お前の母を殺した"国"に復讐するんだろ?」)
不意に故郷の師範の言葉が蘇る。
――そうだ。
国の権力が、故郷を追い込み、母を自害させた。
目をかっぴらいて話すタンキンの瞳に、ムサシの姿が映り込む。
自分は、剣士か。暗殺者か。はたまた五戦士か。
腰につけた真新しい剣帯を、ムサシは強く掴んだ。
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肩に担いだ魔剣で、ミコトが虚空を斬り裂く。
フェイフェリスとグラントが食い入って見つめる。
吹き上がる気流に押し上げられ、ミコトが天高く舞い上がる。
「おぉ...」
だがすぐに落下した。
慌てた様子で風を起こし、ミコトが着地の衝撃を和らげる。
「す、すごいな...。」
「そんな魔術できたんだ。」
フェイフェリスとグラントが感心する。
「いや、ダメだ。風は魔術じゃないんだ。だからこんな剣では、飛び立てない...。」
治りきっていない腕の痛みを堪えながらミコトが言う。
「こんな剣って...俺のとっておきのコレクションを...」
フェイフェリスがうなだれる。
「ああごめん。王の間にあるやつは?」
ミコトが悪びれず尋ねる。
「え...王の間のやつは、本気でガチの実践用且つ伝説の魔剣だぞ...。そんな簡単に使いこなせないし、いくら息子だからといって譲るわけには...」
「とりあえず見せてくれ。」
「許可得る気ないだろ。」
寝室を抜け王の間に向かうミコトに、フェイフェリスとグラントもついていく。
「――!」
王の間に続く扉を空けた途端、風が走り抜けた。
階段側のいつも半開きだったドアが大きく開く。
「なにこれ。」
フェイフェリスが目を向けると、ミコトは精悍な顔つきをしている。
「どれがよさそうなの...?」
壁には形状も大きさも異なる剣が点々と飾られている。
ミコトが端からゆっくりと見渡し、ある一点で目を止める。
玉座の後壁、座るとちょうど頭の上にくる位置に備えられたまっすぐ白い骨のような長物。
一端が先細っているが、鋭利というほどではない。
表面がかすかに歪んでおり、有機的な印象を抱かせる。
「あれだ。」
「え、どれ。」
フェイフェリスに目もくれず、ミコトは靴を脱いで玉座の座面に登り、その長物を手に取る。
「それ、剣じゃないだろぉ。」
「なにかのツノかな?」
先細っていない一端は、柄としてしっかりと加工されており、ミコトの手に馴染んだ。
ミコトが説明を求めフェイフェリスのほうを見る。
「これは...俺も詳しくないが、ラーフィールの建国者アロミリナが持っていた聖剣らしい。
その名も、“アリコン”。
剣かどうかは疑わしいが...。儀礼的な品なんだろう。なんでもユニコーンのツノでできているとか。」
「実在するのか。ユニコーン...」
ミコトの呟きにグラントが目を輝かせる。
「いやあくまで建国神話上の話だよ。ユニコーンは建国後千年、実在する生物として公式な登録がない。
だからなんかデカい生き物の骨の一部か、鉱物を加工したものなんだと思うが、なんせ歴史的価値が高いからな。
研究はほどほどに、ここで大事に飾られるに留まってる。」
ミコトが無言で歩き出し、庭園に向かう。
「俺も一回軽く振ってみたけどよ、ぜんぜん魔力が入ってかないんだ。あんまり期待すんなよな?」
ミコトを追いかけながらフェイフェリスが早口で問いかける。
空中庭園に出ると、風が音を立て騒ぎだす。
「ミコト...」
ミコトの背中に、グラントが小さく呼びかける。
ミコトは両手でアリコンを持ち、先端を下げる。
アリコンが反射した光が一瞬ミコトを照らした。
風が去り、静寂を呼ぶ。
「ミコト...?」
「腕が、治ってる...。」
ミコトの呟きにふたりは耳を疑う。
「治るってお前」
「グラントと、都は任せた。」
そう言うと、ミコトがアリコンを空に振り上げた。
フェイフェリスの反応をかき消すように、突風が駆け巡りミコトを空の彼方に連れ去る。
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ゴロファ幹部が残した微量の魔粒子を頼りに、殲滅部隊は街はずれの竹林に足を踏み入れていた。
極めて鮮やかな竹の濃緑が視界を埋め尽くす。
林の方ばかりを見ていると遠近感が崩壊しそうになるので、前を歩く兵の後頭部を頼りに進む。
ギデオン、ケブセス、タンキンは交代で先頭を務めていた。
ムサシは後方、ヘラクレスの隣を歩き、最後尾をビノダロスが務める。
ビノダロスは危機察知能力の高さに定評があるという。
前進しながらも後方に注意を張り巡らしている様子であった。
「ヘラクレス。」
ムサシのか細い声に、ヘラクレスが即座に反応し目を向ける。
ヘラクレスは聴覚にも優れているようだ。
「今回は、動くな。お前が戦うほどの強敵じゃない。」
「?」
ムサシの指示にヘラクレスは一瞬眉をひそめるが、戦わなくていいという言葉はヘラクレスの気持ちを軽くする。
それよりムサシの表情がいつにも増して冷たいのが、ヘラクレスは気がかりだった。
「コゥゥン!」
竹林一帯に響き渡る太い空洞音に、部隊が足を止める。
「コゥゥン!」
「コゥゥン!」
周囲の至るところから、同じ響きが繰り返され、囲まれていることを察する。
「ビノダロスおい!」
ギデオンが叫ぶ。
「いやこれは...!」
「ヒュヒュヒュッ」
風切り音とともに、部隊の側に生える細い草木が爆ぜる。
「うぁ!」
隊列内のひとりが叫び、その場に倒れた。
「吹き矢か!?」
「なにも刺さってません!」
倒れた兵を確認し報告がなされる。
「武術を応用した遠隔攻撃か!?」
「ぁあ!」
問答の間、次々に兵が倒れていく。
「コゥゥン!」
兵が被弾するのと、空洞音の関係も掴めず、もはやなす術がない。
「ワシらの魔術装甲で守るしかない!」
ビノダロスが声を上げる。
「おぅよ!シュゥ!」
武器を手にビノダロス、ギデオン、ケブセス、タンキン、ムサシ、ヘラクレスが輪になり兵を守る。
戦士たちが輪の外側を向き、全方位をくまなく見渡すも、攻撃の出どころが掴めない。
部下の盾となる異常な状況。
タンキンも息を荒げ動揺を露わにする。
「コゥゥン!」
「コゥゥン!」
それでも、守られているはずの兵がひとりひとり倒れていく。
「タンキン、俺が索敵にまわ...」
ムサシが振り返ると、タンキンが口を開け、白目を剥いて倒れ込んできた。




