第32話 御用改め
ムサシが正面から堂々と侵入する。
「なっ...!?」
奥にいた男が逃げ出そうとするも、エンケル錠が結ばれた裏口は開かない。
「閉じ込められた!」
うろたえる男を、頭と思しき男が制す。
「ようこそぉ。ゴロファ武術会へ。師範のペラゴンだ。入門希望かな?」
達人の風格を持つペラゴンがわざとらしい笑みでムサシに近づく。
皆が同じ兜をかぶっている。
頭頂からまっすぐ立つ突起が、ムサシには滑稽に見えた。
「景気よく暴れたらしいな。」
「え?単なる力試しさ。ほら。」
ムサシの背後に潜んでいた男が突きを繰り出す。
腕が根元からすっぱりと切り落とされる。
刃が流れるままに、その男の首を断つ。
男たちの視線が鋭く変化し、ムサシに集まる。
「五戦士だな。待っていたぞ。」
ムサシの剣帯の紋様を見て、ペラゴンが言う。
男たちが少し身構えた。
「こんなやつが。五戦士か。もっとデカいのだと思ってたぞ。」
一味のなかでも若手のひとりがムサシの前に出る。
「兄上、見ててくれ。」
「手加減してやれピサロ。」
どうやら一騎打ちということらしい。
ムサシが一瞬鼻先で笑う。
ピサロが剣を抜き、構える。
右手の細い刺突剣を頭上高々と振り上げ、左手の鎌のような曲剣を前に突き出す、独特な構え。
ムサシは無気力な目で剣を抜く。
かち合った刺突剣が真っ先に折れ、数撃の打ち合いの後やはり首が断たれた。
数名が息を呑む音、ムサシが剣を収める音が重なる。
「おのれ...弟を...」
兄上と呼ばれていた男が身を乗り出すのを、年長者が止める。
「ワシに任せろ。」
「アエギオン...気をつけろ。」
アエギオンと呼ばれる年配の男は着物を脱ぎ肩をあらわにする。
鍛え抜かれた肉体美が空間を支配する。
ムサシは相変わらず無機質な顔で敵の準備を眺めていた。
仲間から靭やかな二本剣を受け取り、アエギオンが例の構えを披露する。
たしかに厳しい鍛練の賜物ということがムサシの目からもわかる。
「お前の剣は見事だが、念がない。その刃が斬り払われた後に残るのは、冷たい屍だけ。」
アエギオンの台詞を聞き流し、襲い来る連撃を軽く受け流す。
ムサシが浅い呼吸で反撃するが、巧みに防がれる。
血の匂いが部屋に満ちていく。
「我らは屍となって尚、意志を残す。その意志は受け継がれ、やがて同胞が天を衝く刃となる。」
ムサシとアエギオンが切り結ぶ後ろで、ピサロの兄が目を見開き涙を流している。
ムサシは深く息を吸った。
瞬間的に風が渦巻き、アエギオンの剣を払う。
ムサシの剣がアエギオンの胸の中心を深くなぞる。
「ぐわぁ...!」
倒れる前に首を跳ね、息の根を止めた。
首を失くしたアエギオンの身体が音を立てて倒れる。
「ペラゴン!やりましょう!」
一斉攻撃に備えてムサシが体勢を整える。
「待て。僕に殺らせろ。」
少し離れて座っていた若者が名乗り出る。
「風の戦士だろ。僕は、ポルテリだ。お前は僕の技にふさわしい。」
ポルテリが大きく構え、ムサシが再び剣を抜く。
「腰に下げたもう一本、抜いておいたほうが身のためだ。」
ポルテリの言葉を無視し、ムサシが両手で剣を握る。
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「父さん、グラント、調子は...」
空中庭園の鮮やかな芝の上、グラントが汗だくになって倒れている。
「大丈夫か!?」
ミコトが駆け寄ると、座っていたフェイフェリスが立ち上がる。
フェイフェリスは片手に大皿を持ち、片手に布巾を持っている。
「ああ!すまん!見てなかった!」
「何させてたん!」
「いや全力素振りを100回...」
「させてもいいけど見てやって!」
ミコトが水を与え、グラントが呼吸を整える。
「無理するなよ...」
「やめたらキレられるかと思って...」
グラントのなかでフェイフェリスが怖いという認識は覆っていないらしい。
「いや、まさか、ぜんぜんキレてない。」
ミコトに視線を向けられ、フェイフェリスが弁明する。
「ひとまず日陰で休もう。」
グラントの肩を抱き、庭園と部屋の境に座らせる。
「せっかくならミコトの型も見てやろうとおもったがお前、剣持ってないのか?」
ミコトの空の剣帯にフェイフェリスが気づく。
「ああ、そうだ。ずっとムサシの剣を借りてたんだ。」
「なんだって。自分の剣を持たぬとは...我が子として示しがつかん。ついてこい。」
フェイフェリスはあのガラクタだらけの寝室にミコトを案内した。
グラントは目を細めて、いってらっしゃいという顔をしている。
寝室は王の間と違い、手入れのされていない品が山積みになっている。
様々な意匠の木箱が重ねられている場所にたどり着く。
「箱は汚いが、中身は定期的に確認してる。どれも最上級の魔剣だぞ。」
一本を木箱から取り出し、刃の根本だけ鞘から出すと、光が鋭く反射する。
研ぎ澄まされた鋼の美しさにミコトは息を呑む。
「ひとつずつ、手にとって、馴染むものを見つけろ。人に宿る魔力は千差万別だ。魔剣も同じ。ここにあるものは俺の趣味だが、息子であるお前ならどれかに適合するはずだ。」
「ありがとう。」
ミコトは頷き、何箱か庭園に持ち出す。
剣を取り出しながら、ミコトがグラントに声をかける。
「グラントは合う剣が見つかったの?」
「...」
グラントがうつむき、フェイフェリスが慌てて応える。
「ま、まあ、魔力関係なく、身体に合うものがあったよ!」
「小人族用の剣さ...」
「...小人族は勇敢な戦士たちだ!魔力が弱くても、剣技を磨いておけば身は守れる!」
フェイフェリスが空元気に話すのをグラントが悔しそうに聞く。
「...でも、僕もなかなか、しっくりこないみたいだ。」
ミコトが何度も剣を持ち変える。
「そのムサシナタスは、どこにいるんだ?もう任務か?」
「そうらしい。」
ミコトが素振りしながら応える。
魔剣の重さに軸がブレる。
「ゴロファ武術会の取り締まりだって。」
「ゴロファか...誰が言ってた?」
「ホミニスの秘書が。父さん、ゴロファ武術会を知ってる?」
ミコトは次を試すため、剣を箱に収める。
「ああ...ゴロファ族は珍しくない民族だ。」
フェイフェリスも箱についた埃を拭きながら話す。
「太古から南方で独自の文化を発展させていたようだが、ラーフィールの拡大で平和的に属国となったらしい。だが知られているとおり、スパイド反乱後は他の異民族同様、差別を受けた。」
グラントが不安げな顔をしている。
スパイド反乱戦争は史上最大の内戦で、呪いの森スパイダーフォレストができるきっかけとなった。
「ゴロファは文化を守る意志が強かったらしく、国に抗う勢力はかなり厳しい弾圧を受けた。今の武術会の過激さはそこから来ているんだろうな。」
ミコトが剣を強く握る。
「兵士の犠牲を考えたら、五戦士が殲滅に出るのも無理はない。」
「殲滅...?」
フェイフェリスが何気なく呟いた言葉に耳を疑う。
「あっ...いや、取り締まりだったな。」
「殲滅ってどういうこと?捕獲任務じゃないのか」
ミコトの追及にフェイフェリスが口ごもる。
「五戦士が派遣されるということは、その...そういうことだ。トラプス軍では対処しきれない危険任務。積極的排除を辞さない。」
わざとらしい表現にミコトが顔をしかめる。
「僕は聞いてない。まず武術会との交渉が先では。」
磨いていた剣を手にフェイフェリスが立ち上がる。
「ミコト...。もう任務は始まってる。交渉できる段階じゃないんだ。ホミニスも手を尽くしたはずだ。危険勢力を放っておいては、現地民に被害が出る。」
「しかし。一方的な排除は、復讐の意志を残すだけだ。」
ミコトが剣を構えたままフェイフェリスを睨む。
ふたりを見るグラントが微かに震える。
「現地に行く。グラントを頼むよ。」
「本気か?ミコト...。まずゴロファの活動拠点は、馬を乗り継いでもここから4日はかかるぞ。腕も完治してないだろう。」
「わかってる。移動手段は他にもある。」
庭園の彩る花が風で大きく揺れる。
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「おい!軍が迫ってる!」
頭上から男の叫び声。
ムサシはポルテリの剣の長い間合いに入れずにいた。
二本の剣は細くしなり、絶え間なくムサシに迫る。
「風の戦士!仕掛けてこい!」
ポルテリが声を上げると、ムサシがついにもう一本を抜く。
両手の剣が閃くと、室内の空気がざわめき出した。
「そうだ!全力を出せ!」
嬉々とするポルテリの後ろで、師範ペラゴンが裏口をこじ開ける。
「逃げるぞ!ポルテリ、時間切れだ!」
「先に行け!こいつを仕留める!」
ポルテリが豪語し、追い込みをかける。
ムサシの対応が後手に回り、幹部たちが次々に逃げていく。
斬り捨てられた男の亡骸に、ひとりがすがりついている。
「死体は諦めろ!クラビゲール!」
「俺の弟だァ!...離さん!」
ムサシの視界の隅で、クラビゲールがムサシを睨み歯を食いしばっている。
外部から重たい足音が迫る。
「クソ、ここまでかッ!次は必ず決着をつける!」
ポルテリが宙返りをし、裏口から逃げていった。
ムサシは残されたクラビゲールに目を向ける。
「王国...五戦士め...弟を...我らの意志を、踏みにじりおって...。死ね!」
クラビゲールが剣を抜きムサシに飛びつく。
クラビゲールの胸に投げられた剣が突き刺さる。
「当たったァ!シューッシュ」
ギデオンが乗り込んでくる。
部屋の隅に飛ばされたクラビゲールが絶命している。
ムサシの後ろに駆けつけた戦士たちが並ぶ。
「ムサシナタス、作戦を無視しましたな。」
タンキンがムサシの横顔を睨む。
横たわる数体の亡骸をムサシは見ていた。




